3-⑨
[十二月上旬]
政府は抑止対策に対し、ほんの一か月も経たないうちに限界を感じていた。とある国営企業が行った支持率調査では過去最低を記録し、内部にすら反対意見が上がるほど。
心療内科やカウンセリングルームの混雑状況は続いてはいるものの、自殺者数に変動は見られない。
更には政治家の上松を筆頭に圧力をかけられ、他事業にも影響が出てしまうほど。
どんな手を考えようと、目には見えない心を扱うのは数奇な事。それらを掴んでしまう上松の言葉や〝詩〟は稀有な力。そんな物を欲し、縋りたいと願う政府の人ら。
成人式を再来月に控える各自治体は、それぞれの判断を下す時期でもあった。
洸吉や亜椛が住んでいる街は例年通りの開催予定と発表されたが、他街では既に中止や延期の発表がされている。振袖の予約や着付けなどを含む、祝い事に関わる多くの人々が抑止対策によって予定が狂わされていた。
そうした事による国民の怒りを、政治家の上松は逆手にとって吸収していく。これ以上は野放しには出来ないと語る政府上層部や市議会は、何度も彼に注意を課すが聞き入れはしない。
上松をここまで変えてしまったのは何か。
数年前に〝良い国づくり、街づくり〟を掲げ、初当選を果たしたあの自信に満ち溢れた表情。そんなものが残るのは彼の選挙ポスター写真のみ。演説台を下り家に帰れば国や市民への愚痴を漏らし、死に際伸ばしにと栄養ドリンクを一気に飲み干す。
上松の視線の先には一枚の写真があり、そこに映るのはサッカー少年。柔らかい髪先を宙に浮かし、ゴールを決める瞬間に彼の母親が撮ったもの。その写真は数日前、息子を亡くした話を打ち明けてくれたふくよかな女性から送られている。今でも頼りにしていますという一文が書かれていて、その時は悔しさで涙が溢れた。
それでも、ようやく掴み取った信頼と栄光を捨てる選択はできるはずがないと、写真に向かって「ごめんな」と語りかける。
明日も駅前にて昼過ぎから演説台に立ち、観衆を騙し続けなければいけない。ようやく目が覚めて我に返ったとしても、後戻りは許されないほどの指示を得ている。
ずっと前からもう、上松は国や税金なんてどうでも良かった。決断して死を実行する若者が羨ましくもあるこの頃、藁にも縋る思いで〝詩〟を調べ始める。
そしてゆっくり、上松に笑みと大粒の涙が溢れた。
寒空の下、怒る大人らは白い息を放ち、若者の先々を曇らせるばかり。
既に駅前の温度計は常に一桁台を示し、震える体をなんとか制御し人々は先を急ぐ。
何が起きても動じない心を、知らぬ間に身についた人々へ向け、ある若者が言葉を世に放つ。
[十二月中頃]
例年よりも積雪量が多く、ある学者は死んでいった若者の魂の数とも言った。
地上から空へと昇った多くの魂が希望となって降り注ぐ。多くの人が浪漫のある絵空事だと思う反面、少しだけ信じてみたい話だったりもする。そんな人の心は分かりやすく街中の装飾に現れ、彩りある煌びやかな電飾が視界に光をもたらす。
クリスマスを数十日後に控えたこの日、SNS上に新たな〝詩〟が一枚の写真と共に投稿される。投稿したアカウントは五年前から存在していたものであり、名は「幸太郎」。
数十文字程度だが、この言葉にある街の若者は勇気を貰い、ある街の若者は明日への活力を湧き上がらせた。今までは卑屈で闇色の強い言葉だったが、新しく出た〝詩〟は読み手を鼓舞する内容へと変わっている。
同時に投稿された写真に映るのは、五年前に集団自殺をした三人の若者と、幼なげな印象を持つ謎の少年。既に三人の死亡は明確になっている中、突如として現れたもう一人のメンバー。昔からのファンであった者の多くは、写真に映る少年こそが「幸太郎」ではないかと予想を立てる。
何処かの浜辺にて映る四人は、こんな言葉を世間へ向けて発した。
【時間をかけて引き伸ばしたその、口元の皺をよく動かしながら
ある人は言うんだよ、次は君らの時代だよって。
「分かった」と返事をしておいた、だから追い抜こうか。】
そんな投稿を目にした亜椛は複雑ながらも、ただ携帯を眺めるだけ。
雑な演説で観衆を惹きつける上松よりも、圧倒的なスピードで視線を掻っ攫う〝詩〟と写真。
手のひらを返すようにメディアは新たな兆しと続けて報道し、視聴率が見込めると続報を待つばかり。
五年ぶりとも言えるアカウントの更新。「幸太郎」は死んでいった三人の若者の仲間と言う認知で世の中を駆け巡っていった。
混乱の最中に現れた〝詩〟は果たしてヒーロとして見られるのか。それとも抗い戦うための武器として見られるのか。賛否は分かれるが、「幸太郎」は短いながらそのありふれた影響力を用いて時代の変換期を見届ける位置についた。
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