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 リアルタイムで放送される事となった発表を国民は総じて注目し、駅前に設置された街頭ビジョンなどには大勢の観衆が足を止める。自殺者数が桁を増やしてから二年以上が経過し、ようやく事態を重く捉えた政府が出した政策は------

 


 ・カウンセリングルーム等の精神治療を目的とした施設の無償化。

 ・二十九歳以下への旅行やレジャー体験等の特別割引(国内限定)。

 ・残業規定超過に対して処罰の厳重化。

 ・心身を責めた者への処罰の厳重化(匿名へも対応可)。

 ・子育て支援金各都道府県別、増額検討。

 ・新たに〝標〟(しるし)と銘打たれた簡易的カウンセリング冊子の各家庭個人配布。

 ・そして〝詩〟を取り締まる本部を一時的に設置すると言う案の検討。

 ・全国規模の成人式見送りの検討。などが大々的に発表される。

 

 さらには政策を行うべく目安となる期日も同時に明かされ、明日から三年の間に負の連鎖を止めると強く言葉を残した。


 どの基準でたった三年という期限を出して来たか語られはしなかったが、誰もが短いと思ってしまうばかり。


 さらには〝標〟と言う冊子の配布は国民の想像通り、多額の税金を使用し施行される。


 中身を担当しているのは、全国の小中学校に配られている道徳史の著者と同人物。しかしその効果は未知数。

 

 そんな発表を駅前の街頭ビジョンで見上げる数人の若者。高校の制服姿だが両耳にはピアスが吊り下がり、一人は蒸した芋のような色髪。それぞれが顔を合わしながら喜びを分かち合い、騒がしくその場で踊る。


 「冊子とかいらねえけど、お金貰えんのデカくね?」と斜め上に携帯のカメラを向け、数回シャッターを切る。「マジありがたい、税金ラブ!」と周りには大勢の観衆がいる中、若者らは気にせずに声を荒げる。


 ただ、世の中の大半の声は違っていた。比率で言えば成人以下の割合は全国民の15%ほど、それらへの優遇とも呼べる政策はすぐに反感を生んでいく。若者らのすぐ横にいた腰の曲がった老人は舌打ちをし、街頭ビジョンを見上げながら言葉を放つ。

禿げ上がった頭に血管が浮き彫りとなり、怒りは分かりやすく言葉へと変わる。



 「無駄な税金ばかり使いやがって、誰が幸せになるってんだっ……」必死に絞り出した声は次第にしゃがれ、顔を赤ながらも吐き出す。周りは急な怒号に驚いたのか、腫物を見るような視線を老人へ向ける。


 「現代病だか精神病だかなんて知らねえ、死にてぇやつは勝手に死ねばいい。どうして俺らが必死に出した金を、死ぬことしか頭にない奴に使わなきゃいけない」


 忙しなく動き続けていた若者はその場で立ち止まり、殺気を感じ取ったのかその場から走ってどこかに消えていった。


 「原因がまるで俺らにあるみてぇな言い草しやがって、死にてぇんなら勝手にさせてやればいい。なぁ、お前だってそう思うだろ?」運悪く側にいた主婦に対して睨みを効かし、老人は意見を求める。だが彼女が言葉を返す事はなく、続けて隣、その隣と対象を変えていった。それでも何一つ答えは出ない。


 「……そうやって黙ってるから、国は好き勝手やっていくんだろ?」


 言っている事は大方、正論だと半数以上が思っていた事だろう。それでも国柄なのか、自らの意見を盾に国へ抗議する気はない。このような小規模な抗議は日本各地で見られることとなり、すぐさまメディアは多角的にその現状を伝え始めた。


 暴動や刑事事件などは幸い起きなかったものの、支持率には分かりやすく現れていく。

 

 全会一致で望んで始まった政策案なのか、それとも未来への投資と考えているのか。早急に対応を課そうとした空回りとも呼べる不手際が、徐々に国内を混乱へと導いていく。


 数日前の元人気子役の死から続き、人気アイドルや俳優も名を連ねていった。


 長く生きる事が幸せだと言う世情はもう、薄っすらと消えかかりつつある。

 

 根本的な解決には程遠いと非難もある中、圧倒的な注目を集めていたのはとある政治家が発した日本の未来を心配する発言。それは人より早く対策を打ち出していた上松。


 以前からSNS上で若者の支援等を促していたが、気がつけば彼も人気にあやかり過去に持っていた改革への情熱を忘れ、多数派の意見を尊重し始めていた。それらが示す未来は昨今と何も変化ない、支持率や票だけに固執したゴマスリのような政治。過去に上松が嫌っていた形態であり、変えようとしていた道半ばのことであった。



 人間は焦りや同調は重なると、視野が狭まり感情が妙に昂る。そうして見事に囃し立てられた上松は、数日後には有頂天で演説台へと昇り、悠々と理想論を話し続ける。一時の関心と共感、さらには偽りのリーダー性などを評価された結果だった。


 誰かを盾に、ある時は矛にして大きな敵へと立ち向かう。敵として視線を向けるのは若者でもなく、ましてや核の部分でもある〝自由〟でもない。

 


 気が付けば政策に反対する大人対、なんとか若者を救おうとする政府の関係が生まれていた。


 誰のための政策か。誰を救わなければいけないのか。そうした答えがわかっている人ならば、こんな無意味な争いに参加はしないと嘆く者もいた。


 明るい未来の実現と言う理想論を話す上松に、賛同する若者はほとんどいない。こんな世の中が出来上がったのは、政治に関心がない若者や民衆の責任だと話し、いつかの小さな声に耳を傾けていた彼の姿は権力に溺れ姿を消した。


 数ヶ月前に上松だけを頼り、死んだ息子の話をしていたふくよかな女性は現状を見て途方に暮れるばかり。死を無駄にはしたくないと心に決めていたものが、呆気なく撃ち抜かれてしまったような。彼女は街への信用を完全に失った。


 上松の持論に笑顔で賛同する大人を片端から見る若者は、愚かな廃人間だと理解している上で旅行やカウンセリング等の政策の一環を利用している。


突如現れた大人側の代弁者に世間の大半、そしてメディアすら関心を寄せる。絶望した若者が〝詩〟に縋ったよう、彼らも〝上松〟に縋りながら大きな敵に抗っていく。

 


 話題に上がったのは上松だけではなく、まるで〝詩〟の対として生まれた〝標〟



 中に書かれていたのは周りの理解や大人への頼り方、ポジティブ思考の作り方など綺麗事ばかり。万人が共通して良心を持っているなどの誤情報や、繋がらない相談窓口の電話番号。


 早急に作られた政策が動かしたのは、肝心の若者の心でもなく多額の税金のみ。

腰の曲がった国民がまるで幼稚園のお遊戯会のよう、国に対し声を揃えて同じ言葉を放つ構図はあまりにも滑稽に映る。


 配られた冊子を笑顔で燃やす中年男性の動画や細々と破かれ川へ捨てられた数十冊。後先に目も向けないその姿は全国に流され、それを見た若者は嘲笑の目を向ける。


 年齢など、せいぜい大人と子供の区別線。それ以外の人生経験や生涯学習はその人らの立ち振る舞いに濃く反映されていく。そんな事を学ぶ機会でもあった。

 

 

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