2-⑥
亜椛が追加の飲み物を頼みに行ってしまった為、話は一度途絶えた。
「よくあんな量、飲んだな。カロリー凄いんじゃねーか?」
ここまで語った中で、第三者の目に母親はどう映っているのだろうかと、一人待つ洸吉はぼんやりと考える。
全てを体調のせいにすれば仕方が無いとも見て取れるが、実際にあの日々は我慢をいくら重ねても耐えられかねない。
唯一あの頃、家族の話をしていたのは蓮司くらい。彼もまたあまり仲睦まじい家庭ではなく、共感する事さえもあった。
側に母親がいる代わりに理不尽を受け入れるか、死んで自由に生きていくかと言う二択があるのであれば、どんな状況下であっても後者を選ぶ。時に優しい顔を見せたとして、それはいつしか偽物だと思えてしまう。長年の経験がそう言っている。
何を呑気に笑っているんだと、母親ですら嫌気に捉えてしまう事がある。そんな時は日記に書き残し、ストレスを溜めないように過ごしていた。
少しすると新たなグラスを持った亜椛が席へと戻り、伸びをして退屈感を抜く。
気がつけば話し始めて三十分ほどが経つ、いかにも重たい会話をしているのだろうと店員は視線を小まめに向けている。
「もし亜椛の母親がアレだったら、絶対に家を出て行ってたと思うよ」
「仲悪い親子なんていくらでもいるでしょ? 難しいって言うじゃん、子供との接し方って」
「接するも何も勝手にキレてどっか行って、次の日は普通になってたし」自分有利な話し方をしないようには心がけていたが、自らを卑屈に見えないように話を進めていたかもしれないと洸吉は少し反省をし始めた。
「でもその話の一年後には死んじゃうんでしょ? 多分、心配されたくなかったから変に気をつかってたんじゃ無いの?」
「急に死んじゃったから、未だにそこら辺は分からない」
果たして気を使える人だったのか。父親が家を出て仕事ばかりだったのも、母親と暮らす事が困難だからだと勝手に思っていた幼少期。会えば喧嘩が絶えない二人と言う認識のまま歳だけを重ね、母親は先に死んだ。
「なんか洸吉って変な人間が出来上がったのには、色々と深い理由があったのねって事だね」
亜椛は飽きずにコーヒーを口に含み、ぼーっと何かを考えるよう俯く。
「俺の家族は……俺も含めてどこか気を使わないと、成り立たなかったしな。だから表情にも口にも現れない、日記をつけるという習慣ができたのかも」
「日記? そんなの話にあったっけ?」掃除をしていた時に理不尽に怒られたあの日から、高校一年まで書き続けたもの。話の中ではあっさりと触れただけだったが、洸吉の中では欠けてはならない。その理由を亜椛が知るのは、もう少しだけ先のこと。
「二年間くらいね、不定期だったけど汚い字で書いてたんだよ」
「私に見せられないくらい? 恥ずかしかったりする?」
「きっと嫌いな類だと思う」小刻みに理解したように頷く亜椛。
その数分後、話題の歯切れが良かった事もあり二人は店を出た。
「一度、お父さんに聞いてみれば? お母さんの事、久しぶりにさ」
そんな言葉を亜椛にもらい、数時間後にその日は解散をした。
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