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時を遡ること今から四年ほど前。
「幸太郎」と言う名で世間に対する僻みを〝詩〟へと変換し、SNSに載せている若者がいた。描かれているのは世知辛さや社会の綻び、不確定な将来への怖さなどのリアリティのある感情変化、時には常識への反論など。
それはメロディーを持たず、言葉のみを世に送る真新しいものであった。繰り返されるフレーズや韻と言った歌詞の特徴も持ちつつ、聞きなれない造語や情景描写。
始めたばかりの頃は惜しくも誰の目には留まらず、自己満のみで続いていたがある時、そんな「幸太郎」の才能に惹かれた男がいた。それが後の〝死んでいった三人〟のうちの一人になる、二十一歳の哲希。
哲希はすぐに個別にメッセージを送り、回数をこなすとやがて浅はかな交流を持つようになった。載せていた言葉の裏話や思いついた経緯、どんな生き方をしているのかと。
口遊みたくなるような言葉数、思わず首を縦に振ってしまうほどの理解性。
「幸太郎」もそんな哲希の反応に嬉しくなり、少しずつ素性を明かしていった。互いの顔は知らないが、家庭環境、趣味や恋愛、歳はたったの十五であった事。哲希は彼を尊敬の目で見始めると共に、日常で抱えた嫌悪な私情を話したりもした。
そんな小波程度の人気はやがて、話題を攫う大波ほどの注目を集めるように。
自死を考えたことが何度もあった哲希は多くの〝詩〟を「幸太郎」に貰い、やがてその輪は広げていった。新たに彼と交流を持つ事になったのは、集団自殺の中で唯一の女性だった望花と、同じく大学生の秀志。その二人も哲希と同じように、何度も自死を意識していたと言う。そんな中で偶然、SNS上に上がっていた〝詩〟を見つける。
その三人を何よりも大切に思う「幸太郎」は、載せていた言葉の方向性を誰かを救うべく鼓舞する内容へと変化をさせていった。元々は特定の誰かへ向けたものが多かったが、やがて感情や常識などの人では無い何かを対象とし始める。
数百の閲覧だった数字は数ヶ月で跳ね上がり、把握し切れないほどの嬉しい言葉を貰う。
だが、「幸太郎」の私用で一時期、新たに〝詩〟を載せない日が続いた。
そんな状況を、元より心が弱かった三人は自らの責任だと思い込み、それぞれが似通った言葉を使って〝詩〟を独自に書き始める。一人で賄っていた執筆作業も、三人が同時にやれば出来上がる作品も自ずと三倍に増えていく。
世間に受けが良かったのは「幸太郎」が作ったものではなく、他三人が手掛けたもの。しかしそんな事情を知らない彼は、数ヶ月後に何の変化もなくSNS上に戻ってきた。
数年後に世の中へ広く知れ渡る〝詩〟の九割は三人が手掛けたもの。
個々のアカウントで活動していたが、より関係が密接になっていく中で一つのグループが出来上がった。そのグループこそが後に集団自殺をし、世の中へ多くの〝詩〟を届けることに。
重なる人生はあれ、同じものは無いと強く思わせる多くの境遇に合う〝詩〟。四人はそれぞれの経験を持ち寄って、幾度の話し合いを重ね作っていった。
飛躍は思わぬ方向へと舵を切り、いつしか知名度を持つ人らまでを巻き込んで行く。グループの人らと同世代である若者は比較的に蜜な意見を送るが、反対に皺の寄った大人は針のような意見を飛ばす。
〝甘え〟や〝我慢〟〝苦労〟と言った身勝手な押し付けを、どうして浴びなくてはいけないのかとグループは言葉として世に出すも、長上を気取った奴らは気にもせず。
一時期は休止という形で沈静を図ろうとはしたが、グループの復活を願う声を優先的に尊重し、数ヶ月後には活動を再開した。
そんな状況はむしろ好都合だと捉えられたのも、経験や知覚的な知識が全て言葉に変わるからであった。四人はそんな思いで逆境をも乗り越えようとしていた。
それぞれメンバーの年齢はファンには決して明かされず、また素顔や本名も出してはいない。それでも世間は若者の代弁者だと評し、時にはメディアにも取り上げられるほど。
それでも「幸太郎」だけは驕ることも価値観が変わる事なく、世間を別角度から捉える稀な視点で揺るがせ続けた。そんな彼を哲希、望花、秀志の三人も変わらずに彼を慕い続ける。世間受けは悪いものの、三人には何よりも読んでいて心地が良かった。
活動が始まって数ヶ月が経った頃、実際に顔を合わせてみないかと言う話が上がる。当時未成年だった「幸太郎」は一度断るも、三人は彼の地元まで出向くと言う。元より匿名でのコミュニティだったはずが、いつしか友人と呼べるまでに仲が深まっていた。
それから四人は度々集まり、多くの経験を共に得ることに。
自死を仄めかしていた三人は彼に出会い、一年で夢を持つまでに明るくなれたと
〝詩〟に込めて世に出し続けた。
だが、冬を過ぎた辺りで「幸太郎」は急遽、理由も言わずに三人の前から消えた。
匿名が主なSNS上での出会いだった為、住居も知らなければ本名も知らない。ただ活動面においてその事実は世間には明かされず、そのままグループも〝詩〟だけを残して霞んでいった。
それから数ヶ月後、一つの投稿が世間で物議を呼ぶ。
『世界を反対に見るために数ヶ月を生きる』という一行からなる文。
今までにない短文であり、遠くの方に死を感じさせるために心配の声が上がる。メンバーの内、誰が流したかは明かされず、それ以降も投稿がされなかった。
それから数日後、グループの内の三人の名が日本中を駆け巡った。
それが地上四階で起きた窃盗、放火が絡むコンビニ内での集団自殺。死んでいった彼らが活動を公表したのではなく、事件を報道したメディアが三人の本名を公開し、年齢や顔写真も公開が主な原因だった。
一方のグループのアカウントでは犯行直前の時間に〝自由な事をして、最後は笑って死にたい。それが今の夢〟と言う投稿をしていた事。それらが偶然にしては時間までが揃うのはあり得ないと、コンビニで集団自殺を図った三人は〝詩〟を書いていた人と言う認識が広まっていった。
彼らが死ぬ数ヶ月前に姿を暗ました「幸太郎」は、弔う事もなくどこへ行ってしまったのかすら分からないまま。
一時代を沸かせた彼らの最期を見たファンは〝最高の死に方だった〟と、常識的に良からぬ方向へ流されていった。最期まで若者の代弁者を演じた三人を悲嘆する声は少なく、逆に敬慕する言葉が溢れる。
事件から四年経った今もその名声は消えることなく、更に多くの人の心を揺るがすものに。想像もし得ないほどの大きな負荷を抱えるも、当の本人らはもうこの世にはいない。
いつしか世間では〝詩〟は死んでいった三人のものと解釈へと変わり、「幸太郎」というもう一人のメンバーの存在は霞んでいくことに。
覚えているファンも多くいたが、後にメディアが公開した写真には三人しか写っておらず、存在していたかすら疑われるほど。
世の中の話題の中心にある〝詩〟は、そんな事情を経て作られていった。
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