1-⑤

[四月上旬]

 

 見事に太った中年の女性はその日、ある街の市議の元に訪れていた。

 持ち寄った話題は、息子の自殺の件とこれからの抑止対策案。


 頭の固い老人議員では頼りにならないと、数年前に初当選を果たした三十後半の上松が話し合いの相手に選ばれた。彼が公約として掲げている〝良い国づくり、街づくり〟。そんな言葉を裏盾にして、その女性は真っ向から意見を交わした。

 

 涙と憤り、昨今の若者の悲しき現状に実際、肌で触れた者の身として今後の日本を早急に変えるべきだと、彼女は強く言葉を残す。


 そして聞いた話を、数日後には市議会の場に上松は持ち込んだ。だが、数十分もかからない彼の抑止案の公言を、目の前に座る他市議らは嫌な表情で受け取る。年齢面だけで言えば上松よりも二回り以上も離れていて、長年この街の議員の席に居座っている。


 腰が痛むのではなく、長時間座った姿勢が辛いのはない。彼らは安泰した場所で、何一つ改革を求め悠長にふんぞり返っていた。そんな場において、ぽっと出の議員の意見など聞いてくれるはずもない事は理解していたつもり。しかし案を持ちかけた女性は最愛の息子を失っており、さらには街への信用も失いかねない。


 上松は粘り強く市議会内で角度を変えて案を出したが、終いに老人議員らは若者への不満交換会を始めていた。カメラや他関係者がいたら絶対に口にはしない、差別的な用語から侮辱、そして若者の命の軽視。


 こんな奴らが何故、街の未来の舵取りを任されているのだろうか。そんな疑問を持ちながらも、上松は疼く拳を必死に押さえ込んで議員らを見つめていた。早く死んだ方が世の為になるとさえ、その時は思ってしまう程に。


 上松が住むこの街にも、例に倣って数年に一度の市議選挙はある。しかし市民は政治にまるで興味がなく、微かな票も聞いた事がある名前の元へと入れる。必然的に歴が長い人が独占していく仕組みが出来上がっており、新たに立候補する人らも気が引けていた。


 そんな中で上松はなんとか当選票数を勝ち取り、古い統制環境を変えようと立ち上がったが、名が通っている事は過去の功績より強く、新たな議会もそれらの思想に塗り潰されていった。


 上松が描いていた良い街づくりのビジョンまでもが染め上げられ、怒りの矛先は政治に興味を持たない奴らへと照準を変える。

 

 事の発端は女性が持ってきた若者自殺抑止の案。しかしそれ以前に世の中には何かを発し変える環境が全く事を知り、周りを無視して一人でに行動を始めた。

 

[四月上旬]

 

 春風も徐々に火照り始め、草木のみが喜ばしい声をあげる。カーディガンの袖を亜椛は捲り、身勝手なその風を嫌うかのよう眉間に皺を寄せ、真上の空を睨みつけた。


 「暑すぎるわ、まだ四月でしょ?」


 大学への通学途中だったが複数の人身事故で電車は上下共に滞り、運悪く乗りの換え駅ということもあって大混雑。急な暑さもあって時間の経過が著しく遅い。


 ホーム内でのアナウンスでは事情が未だ明かされる事はなく、亜椛の横にいたスーツ姿の男性は「また馬鹿が誰か飛び込んだのか」と愚痴をこぼす。おそらく周りにいる大半が同じ考えを持っているとしても、口には出さず眉元に出すくらい。


 アナウンスが入った。「線路内に人が立ち入り------」


 亜椛はすぐに大学へ遅れの連絡を入れ、壁に寄りかかって携帯を眺める。やる事もなくネットを漁っていると、特集記事として「コンビニで集団自殺をした三人の仲間の存在」と言う見出しと共に、当時のメールのやり取りの写真がいくつも載せられていた。


 今になって明確になっていく事件の細かな部分、死んでいった三人のいくつもの写真。缶チューハイを片手に楽しげに笑う犯人Aが残したとされる〝詩〟、それが最近になって再注目を浴びているという廉価な関連記事すら出てきた。


 亜椛の両親も以前より気に掛けていたが、全く心配はないと常日頃から返している。蓮司に話した夢は偽りでも見栄でもない、こうした荒波は先の糧として考えられるほどに、俯瞰して世の中を見る事ができている。


 結局電車は一時間経っても動くことは無く、仕方がなく改札を出て街へ繰り出した。横には友人も笑声もない、それでも窮屈なホームで生まれた憂鬱はすっかり晴れていた。


 亜椛はファストフードをテイクアウトし、駅前に併設されたテラスに向かう。昼時を大きく過ぎた時間帯のせいか、ポツポツと空席が目立つ。かといって真ん中に座るわけもなく、一人の時は内向的に端の方に座った。


 誰かを呼ぼうにも、亜椛にはあまり友人がいない。


 結局その日は学校へは行かず、適当なショッピングをして家に帰った。

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