1-②

 

 本来の仕事をしない翳りある電灯が一本、ぼーっと聳え立つ夜の公園。周りの遊具は砂を被り、飲み残されたペットボトルが散らばる閑散な空間。辺りは一応住宅街ではあるが、聞いて誰もが想像する、夕飯の匂いが漏れる家庭はどこにも無い。

 活気を失った空き家が揃って立ち並び、数時間後に日が昇ったとしても部屋には明かりは灯らず。そんな平然とした薄暗い公園のベンチに若者が二人、画面の明かりは俯いた顔面を照らす。


 聞こえてくるのはバイトの失敗談や異性との交友話、端に座る亜椛は髪型が気になるのか、必死に前髪を手櫛で揃えている。横風を遮る物が無い夜の公園では、諦めた方がいいこともあったりする。

 その横で両膝を大っぴらに広げ、どっしりと座る蓮司は三文字程度の返答を繰り返している。日常での言葉数は少ないが、すぐに表情や行動に出てしまうせいでコミュニケーションに支障はない。


 そんな二人がいる場所へ遅れた洸吉は近づく。靴底をかすかに持ち上げながらも、地面を掠め音立てて歩いてきた。挨拶程度の会話を交わし、大きく息を吐いてベンチの端へと座る。三人は高校の同級生であり、卒業して一年経ってもこうして夜中に顔を合わせていた。


 蓮司と亜椛は大学へ通っていて、進学をしなかった洸吉は大人嫌いを理由にアルバイトすらした事が無い。いつも通りに互いの身辺を話し、目には見えぬ部分で劣等感や焦りを感じる数十分。友人とは言え、見栄はどこかしらへ挟んでいく。

 長々続く話の途中にもかかわらず、洸吉はポケットから携帯を取り出し何かを探し出した。すると動画を再生し、二人の視線先へと持っていった。動画時間は数十分くらい。


 「何のニュース?」と、端で目を細めて見始める亜椛は問う。画面の右端に置かれた見出しには〝急増中の若者の自殺・過去の事件の繋がり〟と言う赤と白のロゴ文字。


 ニュース内の女性が語っているのは、例年の自殺者数と今年の比較であり、異常なまでに直近年で伸びた棒グラフ、ひな壇にいるタレントは危険視の声を揃えて発する。何処かで聞き覚えのある薄いコメントと、過大なリアクションの連続。


 「俺らの歳くらいが一番、人数が多くなってるんだな。その次に三十代で……」と洸吉は二人に内容を要約する。


 「今更、死んだ数なんて大きく取り上げる必要なくね? 何年も騒がれてるし」


 そんな短絡的な意見を返す蓮司だったが、ことごとく情勢に疎い。

悲しみを知らず呑気に暮らせて良いと捉えるか、現代人で情弱は弱みだと捉えるか。


 「このニュース映像は特別だからな〝今更〟って言葉が通用しないし」


 「知っていて当然でしょう? あんなに話題になったんだから」と亜椛は補足をするも、真ん中の蓮司だけは言葉の意味を理解していないよう。勝手に動画を静止させ、不意に立ち上がると何処かへ歩いていった。前置きに話した通り、言葉の欠如ゆえの行動の速さ。蓮司はおかしくも面白くもある。


 「あいつと自殺者数なんて、確かに全く縁がないことだよな」


 「私も思う、多分興味なさすぎてあっちに行ったんだろうしね」


 「亜椛だけでもまともで良かった」


 二人は蓮司をいないものとし、すぐに動画を再開させる。画面に映るのはいくつもの遺書に書かれていた、若者らが瞬間に死ぬと決めた理由。


 以前まではストレスや人間関係、人生の虚無が理由の大半を占めていた。しかし近年、若者は別の理由で死んでいる。見ている二人にもあまり理解できないような〝自由〟や〝夢〟といった前向きな文字が並ぶ。


 顔を終始、顰めている亜椛は真ん中の席へと座り直し、時々、洸吉に視線を移しては画面に向き直すを繰り返していた。そうするのには話せば長い訳がある。


 「なんか色々重なってるもんね。時期っていうかタイミングっていうか」


 「あれから四年も経ってるしな、そりゃ世の中も生きずらくなるわ」


 洸吉は痩せた枝葉が掠める夜の空を見上げ、喉の中腹あたりで「今更だけど」と声に変えて呟く。「なんで純粋な若者ばっかりが死んでいくんだろうな。もっと薄汚い大人なんてそこら辺にいるだろ。そいつらが……」


洸吉は悪びれる事もなく、口癖のように大人を蔑める言葉を使う。


「そう言う言葉を私の前で使わないでって言ってるでしょ? それに街の中でも」


「本当、生きづらい世の中だよな。クソ老人はすぐ睨むつけてくるしよ」


 「……私は別に生きづらいとは思ってないけど」


 「まぁ、こんな可愛い亜椛と夜中に会えるんだから、こんな世の中も------」と言い終わる瞬間、洸吉は横にいる亜椛に肩に頭を乗せようとしたが安い恋愛観に呆れられ、すぐ離された。


 「そう言うこと言っているうちは、大丈夫そうね」


 「俺は肉が剥がれてもこの性格だから、変わんねえよ」


 動画内では実際に、死んでいった若者の友人がインタビューに答えていて、字幕がなければ聞き取れないほどに顔を崩して泣きせびる。涙を誘う演出等はないが、話されるエピソードは重たく悲観な世界観。少し離れた位置に座った亜椛は膝下を振り子のように揺らし、続く画面を見つめる。


 どうやら自殺をした若者の多くは、〝詩(うた)〟と言う特別な言葉に感化されて実行したそう。映像は切り替わり、四年ほど前のニュース映像が映し出された。

 時間は経っているが、忘れる方が難しいくらいの記憶。〝今更〟と言う言葉が通用しない過去の事件の全貌が再編集されて続く。

 


 当時、二十歳前後だった三人の若者が地上四階にあるコンビニ内を占拠し、数時間ほど自由に飲み食いをした後に集団自殺を図ったと言う事件。そして余罪は店への動線であったエレベーターの破壊、非常階段にはガソリンを撒いて引火。


 更にはビルの中ということもあり、午後十時には店の明かりが消えて外門が閉じる。そのため警察や消防がようやく四階にある店に辿り着いた時は皆、首を吊った状態で発見された。防火扉に守られた三人の遺体は火傷等の外傷は無く、満足そうに目を瞑る。


 足元に広がっていたのは食べかけの菓子や炭酸飲料、そしていくつもの銘柄の煙草。当時は謎の多い事件として霞んでいったが、後に彼らが残した遺書と言葉が物議を醸すことになる。スーツや時計を残すと遺書には記載されていたが、どこを探しても彼らの言う品は見つからなかった。

 

 〝詩〟と言うのは簡単に言えばポエムや短文であり、世間への僻みや大人への対抗心などを数百文字の言葉に込めたもの。歌詞のように韻を踏むこともあり、声に出したくなる語感の良さも人々が引き込まれていく要因の一つだった。


 彼らが生前に使っていた、SNSのアカウント内に残された〝詩〟の多くは同年代を鼓舞するものであり、先々に託したい夢が含まれていた。

 

 そうした言葉が時を経て、似た境遇の若者の間で神格化されているという話題にニュースは切り替わる。好きな事をして死んでいった三人は、先立つ親不孝と卑下されるどころか称賛を受けていた。彼らが残した〝詩〟を、SNSのプロフィール欄に載せていた街の若者がマイクを向けられる。


 「別に万人に理解されようとして、彼らは発したんじゃないと思いますよ。分からないのなら無視して過ごす、共感するなら心に留める。それだけです。それに今の世の中で大人に頼っても、何一つ得られません」


 そんなけったいなニュース映像を見つめる洸吉と亜椛は視線を合わせ、同じような苦い表情を浮かべる。言葉には変えづらいもどかしさが、数秒間の沈黙を生んだ。

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