第6話
翌日。
郁人が木崎と廊下を歩いている。
「早見!」
ふと後ろから聞こえた声。
その声が郁人の名前を呼んだことは一度としてない。
引き寄せられるように振り返れば、やはり律だ。
教室移動の時間で、周りには大勢の生徒がいる。数人の生徒が律を見ていた。
それでも真っすぐ郁人を見る律。
「昨日はありがとう」
律はそう言って微笑む。
それは初めて自分に向けられた笑顔だった。驚きと喜びと色々な感情が郁人の中で溢れだした。
きっと自分は今情けない顔をしているに違いない。郁人は思わず口元を隠す。
郁人の反応をみて、満足したように教室へと入っていく律。その姿は以前より堂々として見える。
横にいた木崎が呟く。
「郁人でもそんな顔するんだな」
「彼女に惚れるなよ」
「惚れねえよ。……なあ」
木崎が伺いを立てるように、郁人に尋ねる。
「あの条件は別に実現しなくても良いんじゃないか」
郁人は先ほどまでの自分が嘘のように、すっと冷え込むのがわかった。
「一応聞くけど、何故」
「いやだって、もう良い感じに見えるよ。俺からは」
「これから何が起こるかなんてわからないだろう。進めるだけ進めておこう」
わかった、と嫌々答える木崎。
やっと見せてくれたあの笑顔が、自分の前から消えるなんて考えたくない。
この男の愛し方、異常です。 青崎ねいこ @yuuu78
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