ローカルタイムライン

「ここは、その、『Misskey.io』の、どこなんですか?」


 僕が訊くと、小林素顔は満面の笑みで答える。


「ここはMisskey.ioの『ローカルタイムライン』の表通り。Misskey.ioのサーバーに投稿される全てのノートがこのローカルタイムラインに流れ込んでくる」


 小林素顔は車道のほうを指さす。片側二車線の道では、文字や写真、イラストが映し出された映像がまるでホログラムのように空中に浮かんで、先を急ぐように走っていた。


「もしかして、あれが『ノート』?」


 僕が訊くと、小林素顔は鼻先の球を揺らしながらうなずく。


「そう。ノートは車道以外にも、大型ビジョンやデジタルサイネージにも映し出される。みんなそれに向かって『リアクション』を投げるんだな」


 道路の両側に立ち並ぶビルには、いくつもの大型モニターが設置されていて、このMisskey.ioの住人によるオリジナルなのか、見たことも無い造形のキャラクターのイラストやアニメーションが映し出されていた。


 表通りの歩道を行くひとたちは、手のひらの中で「リアクション」を生み出して、車道や大型ビジョンのノートに向かって投げ込んでいたのだった。


 僕がその様子に呆気に取られていると、小林素顔は訊いてくる。


「もう『ノート』はした?」


 僕は首を振って答える。


「まだです。どうやってすれば」


「スマホは持ってるだろう? ウェブブラウザでMisskey.ioを開いてるなら、そこからノートが投稿できる」


 そう言われて、僕は自分の体を見回す。そういえば自分の格好が部屋着のままだった気がしたけれど、 気がつけば普段の外出の格好で、ジャケットのポケットにスマホも入っていた。この「街」が用意してくれたのだろうか。


 スマホのブラウザを開くと、たしかにMisskey.ioのタイムラインが表示されている。まだフォローもフォロワーもゼロの状態で、何をすればいいか分からない。


「いつのまにユーザー登録したんだろう」


 僕のつぶやきに、小林素顔は顔を上げて笑った。


「あるある! 気づいたらMisskey.ioに登録してて、いつのまにかこの街で暮らし始めるんだよな、ありがちありがち。さあ、なんでもいいから挨拶のノートをしてごらん」


 そう言われて、僕はノート投稿のボタンをタップして、「言いたいことは?」と書かれている入力ウインドウに文字を打ち込む。


<こんにちは はじめまして 井畑アキラです>


 そして、紙飛行機のマークと「ノート」と書かれたボタンを押した。


 すると、スマホの画面が泡のように膨らんで、そのままどんどん大きくなり、僕の撃ち込んだ文字を映し出した「ノート」の「風船」が、ぽこん、と目の前に浮かび上がった。その風船はふわふわと車道のほうに流れていき、ローカルタイムラインのノートの激流の中に合流していった。


「飲み込まれた」


 僕が思わずそう言うと、小林素顔は手のひらをかざして遠くを眺めながら、言う。


「そろそろ来るよ」


 その言葉のすぐだった。道行くひとが僕の方を振り向いて、両の手のひらを合わせると、それぞれに「リアクション」を手のひらの中で作り出して、僕に向かって投げつけてきたのだ!


 「ようこそ」「hello,world!」「Welcome to Underground」といった様々なリアクションを、歩道を行く人々が波動拳でも撃つように投げつけて来る。なかには「レターパックで現金送れ」なんて物騒なリアクションまであって、僕は今までにないくらいに面食らった。でも、ぶつけられたリアクションはその感触はあっても衝撃は軽く、体にぶつかると、やっぱり溶けるように体に染み込んで、体が温かくなっていくのだった。


「どうだい、歓迎の『通知破壊』は?」


 小林素顔が異形の顔をニヤつかせながら訊いてくる。大量のリアクションに驚いて身構えていた僕は肩で息をしながら訊き返す。


「なんで、ノートが車道に行ったのに、リアクションが僕のほうに?」


 すると小林素顔は誇らしげな表情で言った。


「ノートに投げ込まれたリアクションは、君にも投げつけられる。ちなみにスマホのブラウザのなかも一緒だ。それは同時に起こる仕組みになっている。それが『Misskeyの街』なんだ」



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タイムライン・ファンタジア 小林素顔 @sugakobaxxoo

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