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翌朝、浮多郎は定町廻り同心の岡埜吉衛門が浅草寺向かいの番屋まで出張ってくるの待って、●人部落の墓地で十字架が燃えた話をした。

「十字架が逆さになって燃えたぐらいのことでいちいち奉行所を呼んでたら、からだがいくつあっても足らねえだろうよ。・・・なにっ、首のない死体が逆さになっていっしょに燃えたって?」

岡埜は浮多郎の話を取り合おうとせず、小者を従えて肩で風を切るようにして三ノ輪方向へ立ち去った。

しかし、一刻ほどすると、その岡埜が手配したという検死の役人が●人部落の墓地にやってきた。

『処刑された切支丹の墓を暴いて首を切り落として逆さ十字架に縛りつけ、油をかけて燃やしたのだろう。生きたまま首を切って燃やしたわけではないので、これは殺人事件ではない』

などと、ごく当たり前のことを口にした検死役は、焼け焦げた死体を元の土饅頭にもどすよう捨吉に命じてすぐに帰って行った。

・・・なぜそんな手の込んだことを?

浮多郎は首をひねった。

切支丹仲間が遺体を逆さ十字架に架けて荼毘に伏し、遺骨を持って帰ろうとしたが、われわれが駆けつけたので果たせなかったのだろうと傍らの捨吉がいった。

・・・それならどうして首だけ焼かずに持ち去ったのか?

どうにも腑に落ちない浮多郎は、捨吉とともに死人の首をさがして墓地をくまなく見て回った。

・・・正月はとっくにすぎて、のどかな春の日差しが墓地を照らしていた。

小西某の墓は、墓地のちょうど中ほどにあり、昨夕には雨が降ったので、捨吉と浮多郎の草履の跡が土饅頭の手前にくっきりと残っていた。

墓の奥に向かって二、三の異なった大きさの草履の跡が見てとれた。

草履の跡の間に鉛製のクルスが落ちていた。

拾い上げてよく見ると、四つの尖端が花弁のようなかたちの鉛製のクルスの頭に紐を通す穴があり、横棒は下目についていた。

・・・これって逆さ十字なのか?

草履の跡は木立の方へ続いていたがその手前で途切れていた。

木立の向こうは大小の寺社が軒を並べて連なり、さらにその裏手は大川の渡しの舟着き場だ。

切支丹仲間の犯人たちは木立の方からやってきて、土饅頭の遺体を掘り起こして首を切ったが、胴体を白木の逆さの十字に架けて燃やして首だけは持ち去った。

・・・浮多郎は、クルスを握りしめて考え込んでしまった。

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