レポート4

 思いがけず、彼と同じ組にいる女を捕まえることになった。念のために装備を持ち歩いていて助かった。そのせいでずいぶん気持ち悪い。どうしてこれを使って彼らはけろっとしてられるんだろう。食事を喉に通すのも重労働だ。

 彼女のことはリーダーの助手を務めている男に引き渡した。なんなら捕まえたのも彼ということにしてもらった。反発はされなかった。彼女から触れられた彼はあっという間に虜になってしまった。その場に立ち会っていて、確信した。

 彼は彼女を連れて行く。

 かわいそうに。ここにいたらどんな実験をされるかも分からない。私だったら連れて逃げてしまうかも。自分でも笑ってしまうくらい露骨な言葉のオンパレードだったけれど、蝕人から毒になるほどの感情を流し込まれていた彼にとっては潤滑油に等しかった。

 もしそうならなければ、私は父と同じ血塗られた道を歩む覚悟をしている。あの女だけはどうしてもこの世界から隔離しなければいけなかった。

 村で精神科医のような生業をしている家の娘。だからなのか、彼女は東の住人たちを落ちこぼれのように認識し、自分が救わなければいけないという使命の心に溢れていた。傲慢の言葉がこんなに似合うこともないと思うが、その気持ちが特別あの人に向いているのが危険だった。

 姉のような甲斐甲斐しさ、母のような懐の広さ、そして恋人のような献身の姿勢。この上ない脅威だった。あの人はこの世界で私を探し出してくれて、私はあの人を探し出した。それなのに、水を差しかねない存在だった。体力もないのにあの崖を登ってきたという事実が、言葉だけの女ではないことを裏打ちしていた。ほかの者が同じ行動をしていたとして、あれほど深く追っていただろうか。私はそうは思えなかった。あの人だったからこそ、彼女はそこまでしたに違いない。

 彼の話に出てくる彼女は、私にとっていつも嫌な存在だった。ほかの誰よりも彼に関心を寄せていて、村の習慣として彼に触れ、その感情を渡し、あの人の感情を受け取っていた。許しがたい。叔母が消えたことにあの人がどれほどの悲しみを負っているか、それを理解できるような慈悲も感性も持っていないくせに。

 彼女の存在は私の選択肢をかなり狭めている。蝕人と触れ合っていけば、研究者たちは全員懐柔できる。第九の腕から流れ込む感情の奔流はそれだけの力を持っていた。しかし、それだけでは不足となってしまう理由が彼女の存在だった。ことが終わったとき、近くに残っていてもらっては困る。あの人の世界から完全に消え去ってもらっている必要があった。

 かつて父は、生き物係への報告がなされるかもしれないリスクと自分の取れる手段とを検討し、その結果として銃を手にした。ボイスレコーダーにはその選択をしたときの思考と実行のときの記憶についても鬼気迫る口調で残していた。贖罪の意図もあったのかもしれない。けれど、後悔をしている様子はなかった。求めた愛を手に入れるためにはそれが最善手であったことをまったく疑っていなかった。

 私たちが研究所を訪れたときに残っていた白骨と銃弾。あれらは父の決断による産物だった。あの洞穴での生活を手にするために研究チームのメンバーを一人残らず排除した。だから一回目の参加者たちからの報告は途絶えた。

 私も可能であれば父と同じ手をとりたかった。けれど、視力がないという事実が大きなハードルになった。気配が分かっても、撃ち抜く相手が見えない状態で慣れない武器を扱うのはリスクが大きすぎた。おまけにやるなら一人ずつではなく一気に片づけなければ危険だった。逃げ出されてしまえば応援を呼ばれる可能性もある。

 それでも、それでもだ。あの女だけは排除しなければいけない。その点、不安定で依存先を探し回っている助手の男はぴったりだった。触れあい自体が麻薬になる。危険を煽ればヒロイズムの刺激には十分。早晩、あの女を連れ出そうとするだろう。彼女も彼女で、同情と過信と恐怖で彼になびく。叔母との思い出を持つあの人よりも、さらに悲惨な状態なのだから。

 もしもあの女が揺るがないのなら、それは本当に大きな脅威であることを意味する。もしそうなのであれば、やっぱり私は父と同じ道を進まざるを得ない。

 あの人との、イレノルとの触れあいは、私だけのものなのだから。

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