レポート1

 ここへやってきてからいつの間にか半年の月日が流れていた。ようやく過去の資料のまとめ直しが終わりそうだと、研究者たちはささやかな宴会を催していた。

 さてさてと。たびたび記録はしてきたけれど、これまでで重要だったのは初回のものくらいだったと思う。そのほかは正直なんというか、うん。聞いていて恥ずかしいものばかりなのでそのうち整理しよう。反面教師もいたことだし。

 交流が重なっていったことで色々なことが分かった。私だけが手にした記録もおおよそ理解しきったと思う。村の文化、東西南北の住人、蕃神、五人組。正直に言ってここにいる研究者たちの誰よりも私はあの穴の中について詳しくなった。本来の任務内容からすれば、これを報告してしまえばもう自宅のベッドへ戻ることができる。

 でも、そういうわけにはいかなくなった。世界からすれば不要。研究者たちからすれば邪魔。唯一私だけがどうしてもやらなければならないことができた。達成のために、情報は伏せるほかなかった。

 もうここに来る前の私に戻ることは叶わない。パパもきっとそうだったに違いない。もしかしたら狂わされているのかもしれない。そう考えるだけの根拠もある。だけど、悪いことだと思えない。だってこれは誰しもが陥るもののはずだもの。

 パパと私の立たされた状況はとてもよく似ている。違うのは手持ちの札。パパが使えたものを私は切れない。別のアプローチが必要だった。幸い、こちらはこちらでかつてはなかった札がある。十二分に活かせば道は作れるはず。ううん、作ってみせる。

 計画の素案はもう頭の中に組み上がっている。話し合えばもっとブラッシュアップしていけば、間違いなく活路になる。互いの動きが予想できれば確実性がかなり上げられそう。もっともっと話し合わないといけない。分かってはいる。お互い、流されないにしないと。

 重要なのは、ここのメンバーが外界へ報告できない状況にすること。私だけでなく全員が組織の意図に反する行動を起こせば、誰も告発することはできなくなる。ミイラ取りをミイラにするわけではなくて、ミイラ取りではなかった人間もミイラにする。そのための手段はもう分かっている。あとは引き合わせてみてうまくいくかどうか。お見合いでもすうみたい。

 リーダーは才能ある人間と自分の確執が非常に強い。

 夫婦は二十五歳あたりまでの人たちへの愛情が深い。私もやたら気にされる。事故で失った子供たちが生きていれば、そのあたりの歳になっているからだと思う。

 男の助手は精神を患っている。根っこは真っ当。だからこそ苦しんでいる。その存在を肯定してくれる存在ができたら様変わりする。そう私は読んでいる。

 唐突に我に返ってしまった。自分の計画にどれだけのものを巻き込むつもりなのかと自分でも愕然としちゃう。たった一人の命を助けるために世界を敵に回すみたいな、そんな創作物と近しいことをしようとしているんだと。ここに来る前の私なら笑っていたかもしれない。でも今はもう笑えない。

 でも何度考えたってどうしようもないって結論にしかたどり着けない。冷静な声をどれだけ浴びせてみせてもまるで火が消えないから。私の心は、もう走り出す以外の選択肢を認めようとしてくれない。理性の残る私はまだ契約内容にうなずいていないのに、本能の私はうなずくどころかすでにサインまで済ませてしまっていた。

 実行までは長めに半年を見込もう。私の印象では研究者たちも長いスパンで計画を立てているようだった。余裕はある。

 なんとしてもたどり着きたくてたまらなかった。あの腕の中に。

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