レポート6

 やはりというべきか、二人が行方をくらました。残った研究者たち三人はかなり戸惑っている。普段は自信たっぷりに自説を振り回す連中ばかりなのに今日は全員キレがなかった。子どもの集団みたいだった。私に意見を求めてきた回数が一番多かった気がする。ただ、人から出た意見をどう扱うのかに慣れていなさすぎて、私の出した話を彼らが建設的なものにできるかはずいぶんと怪しかった。

 消失、それはまるで噂に聞いている八年前の再来だった。誰も彼も狼狽していて、さっきの会議では笑いださないようにするのが大変だった。

 研究者たちの様子を気にしておく必要があるけれど、私の方は私の方で進めておくことにしよう。記録も次のことをやっておこう。

 前回は蕃神たちと村人たちの協力によって、穴の中が発展していったことを記録した。今度はその終わり。

 蕃神たちはその単語のとおり、村人たちから神のような扱いを受けていた。私たちが、大きな技術革新があったときにその開発者を人間以上のものに祭り上げることと同じだった。違っているのは、いや違っているのかどうかは本当のところ分からないけれど、祭り上げられた当人たちさえ自分たちのことを神だと考えるようになったこと。つまり外からやってきた蕃神たちは、自らが本当に村にとっての神であると考えるようになった。本物の神様が耳にすれば卒倒してしまいそうな傲慢さだった。

 その結果始まったのが、蕃神たちによる圧政だった。自分たちは神、崇められるべき存在で下々は我々を敬うべき。そんな考えに至ってしまったわけ。仕事はせず、ただただ農作物を奪い取っていった。少しでも反抗的な素振りをした住人がいれば家族もろとも処刑。古代中世もびっくりのディストピアだったみたい。

 私が以前、蕃神は犯罪者たちで国を追い出された者たちだったのではと予想したのは、この展開を知っていたから。誰も神になることを疑問に思わなかったらしい。そういう気質の集まりだったんじゃないかとどうしても思ってしまう。例の村人たちの持っている性質の影響も大きかったとは思うけれど。

 共同から君臨になったことで、村人たちの態度も二分されていった。片方は長いものには巻かれよの精神で蕃神たちに取り入った、片方は蕃神たちの寝首をかくべしと影ながら刃を研いだ。前者が後者の疑いがある人たちをどんどん通報していたみたいだけれど、それでも革命の火は絶えなかった。そりゃ恨みが無尽蔵に膨らむような状態だったんだから、私からすると当たり前にしか思えないけれど。

 そして決定的な出来事が起きた。蕃神側だと思われていた村人が実はスパイで、とある日ついに蕃神たちの暗殺に成功した。直前になって気がついた蕃神たちも抵抗したようだけど多勢に無勢、全員が殺された。暗殺を仕掛けた側、蕃神を守ろうとした側、双方の村人の夥しい血とともに。

 凄惨を極めていたことは想像に難くない。ほんの少し頭に浮かべてみるだけでも、血の川へ浸ってしまったような身体にまとわりつく感触と、鈍重な鉄の臭いで体調が悪くなってくる。流れ出た血に村人たちも似た気持ち悪さを持ったのだろう、その祟りを恐れて蕃神たちを奉るという贖罪行為を行った。自分たちを苦しめた存在をわざわざ厚く弔う、不思議なことではあった。しかし、それだけ殺したという事実に恐れ戦いていたということなのかもしれない。

 残っていたのは蕃神側に与した人々の処理だった。殺しには一度でもう懲りてしまったようで、粛清実行には至らなかった。その代わり過去の村人たちは村の区分けを変えて、東側にその一族を集めて警戒することにした。北に暗殺を先導した一族、南に実行した一族を置いて。妙なことをすれば、挟み撃ちにできるようにしたわけね。

 訪れた当初は閉鎖的ではあっても平和そうに感じたのに、その実は血に塗れた歴史を持っていて、そこから綿々と続く身分差と差別が横行している村だったというわけ。

 これが蕃神の末路と今の村の区分けの始まり。研究チームのリーダー曰くだと百年くらい前らしいけど、確かなことは分からない。

 そういえばリーダーには彼がちょうどいいかもしれない。ここに招待してみるのも一つの手ね。両親にすら認められない悲しみは記憶と心を強く刺激するはず。苦しみを消化できたなら、似た境遇の存在を理解して助けてやることができる。

 さて、もう一度作戦会議といかなきゃ。もうおおよその道筋はつけられているけれども。

 なにしろ、あの腕から逃れるすべなんてありはしないのだし。

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