4

「蕃神たちはもういない。呪いもありえん。我々がどれだけ彼らを厚く葬り奉ったのか、みなも知っておるはず。鉾を収めよ」

 祖父が家の張り出し部分に出て集まった村の衆に演説をぶっていた。ジルフォックも彼らのそばに立ち、上から降ってくるありがたくもない声を聞いていた。

 休息日を終えて、翌日を迎えたことですべてが村中に広がった。配給係の消失だけなら、事故であるとごまかせる手段もあったかもしれない。けれど、イシツヤとさらにはドゥニマまで消えた今は、そんな小手先で乗り切ることは不可能だった。

 この期に及んでなお、村長たるジルフォックの祖父は捜索隊の編成すらするつもりがないようだった。この村の日々を体現するかのように、ひたすら落ち着け、我々が善後策を考えている、と唱え続けていた。急いで対応すべきことなどどこにもないとでも言いたげだった。

 当然ながら怒号が上がる。三人も被害者が出ていて、手法も動機もまったく分からない。誰が狙われるのかも不明。民衆が不安になって当たり前の状況だった。次は自分かもしれないし、自分でなくても家族かもしれない。

 それでも祖父はただ忍耐を繰り返すばかりだった。そのうちに話は終わりだと、家の中へ戻っていってしまった。人心掌握には長けていたはずなのに今回は妙にへたくそだった。

 ほかの何かしか興味がないような。

「あれじゃあ話にならん」

「次は誰が消えてしまうか」

「自分らでなんとかしないと」

 村民は誰も彼も興奮していた。前方にそびえる家を薙ぎ倒そうとしないのが不思議なくらいだった。

 警吏の管理を担っている男がジルフォックの横に並んできた。興奮で、嵐のように腕を激しく動かしている。

「ジルフォック、お前からも何か言ってやってくれよ」

「何度も言っていますよ。それでも動いてくれないんです」

「なんでだ。八年前の東の奴らのは動いたのに、俺たち南のためには動かないのか」

 ジルフォックは殊更東西南北の身分差を問題視しているつもりはなかった。上下を作ることは治世に有効なこともある。この村の歴史にかぎっていえば、蕃神から取り戻した当初は蕃神側に肩入れした連中を処罰しなければ、村を取り戻した側に加勢した側の溜飲が下がらなかったのではないかと推測している。処刑も選択肢にあったはずだ。それが隔離に留まったのだからまだ理性が働いている方だった。

 そのはずなのだが、今のこの男の発言に引っかかった自分がいたのも事実だった。その理由を考察してみるのはいい暇つぶしになる。こんなときでなければ。

「八年前の捜索だって、まだ十分に探し切っていなかったのに突然やめたでしょう。祖父は何か考えがあるんですよ、きっと」

 それが村民にとって有用なものとは限らないが。

「じゃあ、兄貴の方はどうなんだ。いい案を出してくれるんじゃないか」

「兄が気にかけると思いますか」

 思い出しただけでも胸を貫かれたような痛みが蘇る。事態が事態だった。兄になど頼りたくなくても、その知恵を絞ってもらわなければと相談はした。しかし彼は、そんなことじいさんになんとかしてもらえ、と意に介さなかった。村人が三人消えたくらい、自分に関係のある事件ではないと考えている。心が欠けている者へ住人たちの動揺を伝えても効果はなかった。部下でさえ誰かが交代で組に入ってくればいいという男だった。

「くそ、あいつは本当にめちゃくちゃだ。いよいよになったらもう一度頼むしかない。お前からもあきらめずに言ってくれ」

「分かりました。できることはやりましょう」

「頼むぞ」

 背中を叩かれた。兄には強く出られないくせに、自分には気安い態度をとる。これまでの積み重ねで誘導した印象なのだから怒りを覚えるのは筋違いなのは分かっている。それでも腹が立った。雨が降っているのを承知で外に出たくせに、身体が濡れていくのに不満を抱くという感じだった。結果を引き寄せたのが自身であっても、すべて許容できるわけではない。

 結局、自分を頼りにしている者はいない。その事実はジルフォックの全身をあらゆる方向から串刺しにした。両親すら祖父と兄を動かすことに必死で、弟の動きに関心を持っていなかった。

 幼いときから幾度となく耳にしてきた言葉がある。ジルフォックには聞かれないように、悟られないように、両親もそんな最低限の配慮をする程度の心は持っていた。だが、そんな戸の立て方では限界があった。

 初めて耳にしたのはいつだったか。夜に用を足して自室へ戻ろうとしたとき、居間からする両親の声へ意識を向けたこと、それが責め苦の始まりだった。

 ジルフォックは平凡だな。兄と同じくらい優秀だったらよかったのに。

 そうね。あの子はちょっと微妙。

 そのときにはすでに違和感を抱いていた。どこへ行っても兄との比較がついて回った。そしてジルフォックは大抵二番手側だった。悪くはないが物足りない。そんな調子の評が多かった。

 両親も兄へ割く時間の方が長かった。直接的な言葉はなくても常に自分が劣等であることを意識させられた。両親からの抱擁を受けても素直に受け取れるはずもなかった。

 自分の扱いがはっきりとしてしまったあの晩から、ジルフォックにとって夜は身体を丸くして苦痛に耐えながら、抗いようのない眠りが訪れるのを待つだけの時間になった。

「とにかく俺たちには地道なことをする以外の選択肢はないだろうな」

 警吏の男の声で現実に意識が戻る。まだ会話が終わっていなかった。周囲の気を引くためではなく、自分を落ち着けるために軽く手を叩いた。

「そうですね。通常の仕事は最低限の人数にして、村の中の調査とあと崖狩りもしてみた方がいいでしょう。どういうことが起きたにせよ、彼らが見つからないとどうしようもない。……無事でいてくれればいいですが」

「まったくな。とにかくそのあたりのことしか今はできなさそうだ。さっそく俺は編成にしてみよう」

 警吏管理の男は肩をいからせながら去っていった。それに呼応するようにほかの住人たちもそれぞれに散っていった。

 無事でいてくれれば。その言葉を思いつくまで妙な隙間ができてしまった。気がつかれずに済んだが、自分への苛立ちが募った。もっと冷静でいなければならなかった。

 兄はどんなことが起こっても冷静だった。それこそ自分や親が死んだとしても動揺一つしないだろう。水の流入量を調整するための水門を発想し、配給物の管理方法を定め直し、今は資源枯渇に備えて崖を越えるのではなく貫く方法を考えている。紛れもない天才ではあったが、他人にはあまりに冷淡だった。完璧であれば素直に敗北できていたかもしれない。けれど、あの人はあまりにも。

 ジルフォックの想像する蕃神の像は兄だった。本物に出会ったことなどないが、技術を持った暴君から連想されるのはそこだった。

 敵の多さも含めて。


 二時間後、警吏たちの手によって急ごしらえで調査班が組まれた。東西南北、すべての住まいの面々が入り混じっていた。東は思考放棄している者が多いため呼ばれて仕方なくというのも一定数いた。しかし、おおよそは消失への不安に突き動かされていた。伝承の話ではなく、現実で直面している問題だった。日常の破綻具合でいえば八年前を超えていた。

 参加していないのは農作物や時間報告の担当者が中心だった。一日でも手を離すわけにはいかない役割の面々にあたる。ほかのグループとしては兄とその部下も集まっていない。兄が参加を許さなかったからだった。その点は祖父の側近たちも同じで、重たい腰を上げようとしなかった。

 それからもう三人。

「緊急招集になってすまなかったね。集まってくれて感謝するよ」

 記憶の中のイシツヤが幻の返事がしたのが聞こえた。手足として頼りになる男だった。レノシルフィに引きずられて想定外の動きをすることも多かったが、愚かではあっても実直だった。泥だまりに半身を沈めているような住人が多い中、彼はしっかり清い水で身体を澄ませていた。

「御託はいい。お前は何をするつもりなんだ」

 イレノル。八年前の主役と近い位置にいた男。消えたのは彼の叔母であり、二人は非常に親しくしていたそうだ。それこそ実の姉弟のように。

 正直に言って、ジルフォックは彼のことが苦手だった。常にこちらの内心を探ってきているような雰囲気があって落ち着かない。兄の功績にも悪名にも興味がなく、ほかの連中のように崇拝にも敵愾心にも染まっていなかった。この穴の中に住んでいながら、こことは違うどこかに暮らしているような奴だった。

「イシツヤの捜索に関係があるっていうから来たんだ。しょうもないことだったらすぐに帰るぞ」

 レノシルフィは日常に対して斜め上へ構えることが多い女だった。一と言われれば十一や百一の可能性を検討する。だが今は、一介の被害者というつまらない存在に成り下がっていた。そもそも他人に興味のない兄と違って、東側の住人たちへのもどかしさを持っているからこそ、引っ掻き回すのに使えるかもしれなかったのに。

「しょうもないかどうかはまだ分からない。ただ僕から言えるのは、やってみる価値はあるということだけだよ。ドゥニマも消えてしまったことはもう知っているだろうね」

 名前を口にして、彼女がここにいればジルフォックの手助けになるような発言をしていただろうなと、詮無いことを考えた。

 ジルフォックのことも病人として扱っている節があった。悟られないようにしていたつもりだろうが、組の面子を救わなければという意思が表に出すぎていた。ありがた迷惑ではあったが、兄への対抗手段を確保するのには使えるかもしれないと耐えていた。

「ドゥニマも消えたからこその村狩りに崖狩りだろうが。あたしもそっちに参加したかったくらいだ」

「君はそうだろうね。申し訳ない。けれど、どうも僕は効果があるか怪しいと思っていてね。別の線を追っておきたいんだ。けど、一人はさすがに手が足りなくてね。君たちに手伝ってほしいと思っている。捜索も免除してもらったからね」

「御託はいいって。イレノルも言ってただろ」

「そうだね。さっさと本題に入ろうか」

 御しがたい。連帯や協力という言葉とは縁遠い面々だった。だが、だからこそ臆面なくこれからやることを実行できる。ジルフォックはその一点に期待していた。

「君たちにお願いしたいのは村長の、祖父の気を引くこと。手段は問わないよ」

 二人は東側の住人でありながら、ひっそりと暮らすという考え方からは距離を置いている存在だった。蕃神に味方をして村を壊滅寸前に追い込んだ一族の末裔、そんなものがなんだというのかといわんばかりに全身で風を切っていく。それが彼らだった。権力者が相手でも遠慮など頭にない。

 イレノルが腕組みをする。彼のそういった考える仕草は、あまり気持ちのいいものではなかった。次にどんな面倒事を口にしてくるのか、待っているだけでも滅入る時間だった。

「俺たちが気を引いて、お前は何をするんだ」

「あの家を端から端まで探索する」

「お前の家なのにか」

「祖父の家だからだよ。住んでいる僕だから分かる。祖父はあそこに何かを隠している。その正体を突き止めたいのさ」

 家には謎の空間がいくつか存在すると踏んでいた。外にいるときと中にいるときで、感じる家の大きさに違いがあった。空間がありそうなところに壁があり、その内側に踏み入る方法は分からない。崖の外があるはずなのに越えることができないことと似ていた。兄はくだらないと一蹴して興味を持たなかったが、ジルフォックにとってはあざ笑われているようで不快だった。

「あの爺さんが何を隠すっていうのさ」

「さあね。それが分からないから調べるのさ。僕はそれこそが調査を始めない理由だと思ってる」

 二人の呼吸が一瞬止む。ジルフォック個人をどう思っていようが、自分に旨味があるなら動く。そういう意味では信頼していた。

「いいよ。乗った。あたしたちがなんとかする。イレノルもいいだろう」

「分かった」

 東側ですらつまはじきになっている二人が今は頼もしかった。同時におかしくも。あれだけ兄とは別の道を模索してきたのに、最後に残った札は彼らだった。演じて押し込めて、自分がやってきたことにいったいどれほどの意味があったのか。

 とくにこの五人組の中には良くも悪くも、演じていようがいなかろうが態度を変えそうな者はいなかった。

 そこにある二つの欠け。痛痒はなくても違和感はあった。


「出てこい」

「そうだ出てきな」

 やり方は任せる。そう言ったのはジルフォックで、彼らがこうするのではないかと想像もしていた。しかし、本当にそのとおりに動くとおかしな笑いが出た。しかも態度の悪さがなかなか様になっていた。

 村人たちのほとんどが捜索に出ていて村全体の音が低調だった。実際はまだ昼前であるのに、もう誰も彼もが床についたような静けさだった。そんな中に彼らの声が響くのだから、それどころでないのは重々理解していてもおかしくなってしまう。

 イレノルとレノシルフィは正面突破を試みている最中だった。玄関の扉を激しく叩き、あらんかぎりの声を張って村長の家を攻め立てていた。これから捜索するはずの場所を圧し潰してしまいそうだった。彼らからすればなくなっても困らないので、本当にそうできるならやっていてもおかしくはない。

「君らか。何か御用かな」

 祖父の声がした。玄関からではない。祖父の部屋からつながる張り出し部分、朝も演説に使っていた場所からに違いなかった。その証拠に、扉が一際強く殴られた。それは祖父が外に出てきたという、イレノルからの合図だった。

 ジルフォックは無人の自宅を前に、つばを飲み込んだ。

 待機していたのはイレノルとレノシルフィが突き破りかねなかった玄関扉の内側だった。騒ぎが起きても祖父はこちらには来ない。そう踏んでいたのが当たった。二人が騒ぎを始める前に待機していた。

「どうしてあんたが指揮をとらないんだ。八年前は前に立ってたのに」

 イレノルが問う。思わず肌が粟立った。彼がそれを口にするのは決して不自然ではない。だが、祖父の気を惹くために持ち出したことに驚きを禁じ得なかった。周囲の考えを利用し、自分を道具として割り切っていた。その手段の選ばなさと合理性に対し、底知れない穴がそこにあるような不安を持った。

 首を振って、関心を断ち切る。今やるべきことを思い出さなければいけなかった。

 日中、近隣に住んでいる連中が相談へやってくることはあるが、祖父からどこかへ出かけることは稀だった。そして祖母は亡くなっていて、息子夫婦つまりジルフォックの両親は外で仕事、兄とジルフォック自身も同じ。つまりここは、日中ほぼほぼ祖父だけがすべてを握っている空間だった。家族ですら時折息苦しさを覚えるくらい、彼に塗れていた。

 さっさと祖父の部屋へ向かう。家の奥まったところに位置していて、食事どころよりもさらに向こうにあった。玄関から遠すぎて、訪ねてくる者から隠しているようだった。

 幸い、隠そうという意思が強すぎて、祖父が今いる張り出しとは南北で逆方向にあった。耳をそばだてる。内容は聞き取りきれないが、まだ言い争っていた。レノシルフィも参戦しているようで、こちらの心に重しを放り込んでくるような凄みを帯びた声がした。あの女に感謝する日がくるとは、ジルフォックは頭の中で自嘲した。

 何度も来ている部屋だが、一人で訪れるのは久しぶりだった。祖父はこの部屋に自分以外だけがいる状況を嫌っていた。外訪の者だけではなく、家族相手ですらそうだった。

 ざっと検めたかぎり、変哲のない老人の空間だった。藁で組んだ布団や座布団があり、あとは精々が現役で農作業をしていたときの壊れた道具が記念にとってある程度しかない。

 だが、ずっとこの場所には不自然さを覚えていた。何に対してか、その問いへの回答として立てた仮説には自信があった。兄とは異なる、凡人たる自分たちならそうするに違いない。

 壁を探る。自分の手が届く範囲で十分だった。祖父は特別背が高いほうでもない。触れない場所を確認するのはあとでよかった。

 そしてほどなく。

「こいつか」

 ジルフォックの腕は狙っていたものを見つけだした。木の壁の一部に、横へ滑る戸が隠されていた。その内側へさらに手を突っ込んでみれば、手前へ引くための取っ手があった。想像していたとおりのものが想像どおりの場所にあった。だから驚きはないはずだった。それでも実際は心臓の鼓動が早まった。

 逡巡している時間すら惜しかった。思い切って取っ手を引く。壁の一部が手前に動くのを感じた。人一人が入れる広さになったところで、内側へ忍び込む。

「ここはなんだ」

 入って周囲を確認すると、思わずそう漏らした。異質な空間だった。村のほかの場所で出くわしたことのない形状の物体で溢れていた。さながら別の生物の住処へ迷い込んでしまったような感覚だった。

 容器の一種なのか手のひら程度の大きさで取っ手がついている円錐形のもの、片方の先端に円が二つあり先細っていくもの、手を突っ込めそうな穴が一つ空いていて紐でその大きさを調整できそうなもの、どれもこれも村の中で作っているとは思えない物体だった。唯一馴染みのある鍬のようなものにジルフォックは恐る恐る触れてみた。確かに鍬で合っていそうなのだが、土に噛ませる部分はやたらと冷たく肌を拒むようだった。その存在について、一つだけ思い当たるものがあった。

「これはもしかして鉄か」

 それは村のごく一部にだけ使われている素材だった。村の中で精製する技術はない。蕃神が外から持ち込んだものしか現存していなかった。壊れてしまったら放置するか、どうにか木を加工して代替にするかで乗り切っていた。ジルフォックの知っている鉄でできた鍬はかろうじてまだ現役だった。

 蕃神を忌み嫌う側の天辺にいる存在が、こんなものを持っていていいわけがない。北側の住人は、蕃神を文化をもたらすと同時に邪な思想までも持ち込んだ存在として糾弾する立場だった。だからこそ蕃神に味方した人々を、警吏と挟み撃ちで鎮静化させられる東側に住まわせたのだから。

「まさか、この部屋にあるやつ全部」

 端から端まで触れて回る。どれもこれも温もりが欠片もなく、触り続けているのが苦痛なほどだった。だが祖父はこれらを集めた。人に執着するよりものへ執着する、ジルフォックが想像する祖父の印象と合致していた。

 最後に一番奥へ注意を向けた。壁の前に台となるような出っ張りがあり、そのうえには物体が一つだけあった。これまでに接した記憶のないものだった。鍬の手持ち部分を手のひら程度まで削ったような形と言えばいいのか。加えて鍬なら土に当てる部分が平たくなく、筒状になっている。持ち上げてみると水をたっぷり含んだ土のような重みがあった。手にしているとこちらの生気を奪われていきそうだった。

「どういうつもりだ、ジルフォック」

 背後からの声に持っていたものを落としそうになった。振り向くとそこには。

「お前さんはわしと考えが近いと思ったんだが。思い違いだったか」

 いつの間にか祖父が立っていた。触らなくても分かる。耳を突き刺すほどにその声は刺々しかった。ひるんでいる時間はない。

「思い違いです。僕は利用できるものはすべて利用する。あなたはわざわざ制限をかけている。愚かしいことに」

 自分と祖父の性質が近いことには気がついていた。自分の成し遂げたいことのためだけに他人と親交する。兄もその気質は持っていた。異なるのは、そのために自分の表面を取り繕うか否か。だが、祖父が東側の者というだけで手足からはずすところは理解ができない。質が悪い米は、味が悪くても糊として使うなど食用以外の使い道がある。人手を生かすも殺すも為政者次第だった。

 足音が二つ、玄関の方向からこちらに近づいてくる。ジルフォックの考えの証拠そのものだった。

「村の人が消えているのは再来した蕃神たちの仕業である可能性がある。そしてあなたには彼らと通じている疑いがあります」

「そういう筋書きを狙うわけか。だが、それにどんな意味がある」

「証拠もあります。ここにあるものはどう考えても蕃神の技術で作られたものです。しかもそれをあなたは別の部屋まで作って隠していた」

「わしを愚かと言ったが、愚かなのはお主だ。わしをどうかしたところで、事態は収束せぬ。本当に彼らが来たのならばな」

「あなたを警吏に引き渡します。安心してください。ここにあるものも一緒に差し出しますよ。あなたが触れるようにはできないでしょうが」

 イレノルとレノシルフィがかけつけた。二人とも隠し部屋の入り口で足を止め、戸惑いを露わにしている。

「なんだここ」

「変な形のものばっかだな。あれは鍬か」

 ジルフォックは彼らに告げる。何かが好転するわけではないかもしれない。それでも枷は一つとれる。必要なのは平穏だった。手を叩く。

「イレノル、レノシルフィ。その人を捕まえてくれ。蕃神の仲間かもしれない。警吏に引き渡す。今回のこともだけれど、八年前のことも知っているかもしれない」

 二人は即座に村長の身体を押さえた。抵抗の様子はなかった。

「こんなことに意味はないぞ、ジルフォック」

「僕にとって意味があればいいんですよ」

 腕を祖父の肩へ伸ばす。微妙な感触だった。むしろ何も知らないと考えていたのだが、思い当たるもの程度はあるのかもしれない。副産物の可能性が出てきた。

 いずれにせよ、これで動かせる人員は増えるし、一致団結するのに邪魔な勢力も解体できる。北の住人たちも捜索隊へ放り込み、指揮を父に任せられるはずだった。

 ジルフォックが望んでいる、日常への回帰の障害の一つをこれで気にしなくてよくなるはずだった。


 村長と蕃神がつながっている可能性がある。ジルフォックの知らせは穴に衝撃をもたらした。真っ先に村を覆ったのは恐怖だった。遥か過去の存在であった蕃神たちが実在するのでないか。自分たちへの復讐の一環として誘拐事件を引き起こしているのではないか。そうだとするならば。遠くに追いやっていた村の血塗られた歴史を、嫌でも意識せざるをえなかった。

 そしてもう一つ。土に染み渡る水のように、疑心が瞬く間に村中へ広がっていった。自分たちを裏切って蕃神たちに味方しているものがいるのではないか。村長は北の者だが、それでも怪しいのはやはり東側の連中だった。

 ジルフォックは父と一緒に、村狩り影狩りが空振りに終わった報告を受けながら、八年前とは比べものにならない強い渦の発生を感じていた。

 警吏の持っている犯罪者の隔離用の建物、その中でおとなしくしている祖父の存在も、より不安を掻き立てていくばかりだった。

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