レポート3

 また一歩、研究が進んだ。私にとってではなくて、このチームにとってだけれど。

 ここに来る前に聞いていたことや研究所に残っていた資料が正しかったことがどんどん証明されていっていた。やっぱり、実際の存在がそこにあるというのは非常に大きい。とはいえ、その方法には閉口させられる。こちらの体調も悪くなるし。私に文句をつける資格なんてないんだけれど。

 私だけの収穫も相当多い。やはり彼らとの交流には注意すべき点があった。関わり方を誤れば、一人の人生をぶち壊すくらいは容易だった。うーん、ぶち壊すっていうのは一方的すぎるかな。人によっては幸福の始まりになるかもしれないし。そこを決められるのは私でない。

 それにしても、蕃神ね。研究チームでも存在は把握していた。でも、どういったものなのかはあやふやな状態だった。それが、少しずつ分かってきている。

 蕃神は、穴へ訪れた外の存在。それはほぼ間違いなかった。それも単独ではなく複数でやってきた可能性が高かった。

 穴は世界がその中だけで完結してしまっている。良くも悪くも変化が起こりにくい。それが蕃神が訪れたと伝えられている百二十年前のあたりで、劇的な文化成長を果たしている。茅葺屋根の家、農業、水時計。それらが作られ始めたきっかけこそ蕃神たちの登場だった。

 技術もだけれど、階級というのか身分というのか、そういう区分の概念も蕃神の影響が大きい。正確には彼らの行いによって生じた禍根のせいだった。蕃神の詳しいところは次回にしておくとして、現在の村の文化についてを今回は記録しておこうかな。

 穴の中は紀元前と紀元後とが入り混じったような状態。一般的な家は掘った地面に木の柱を立てて、茅葺の屋根を乗せている。一方で、有力者の家はというと、木材が中心の高床式。どこの世でも、そういう分かりやすい差っていうのはあるものなんだなって、ちょっとげんなりする。

 食生活は控えめながら、レパートリーには困っていなさそう。まず稲作や野菜栽培の技術がある。一年間いつでも採集できて食べられる、ってわけじゃないけど。木の実や野草なんかもかなり食べているし、底が尽きないように管理もしている。川魚も捕っている。あとは鶏肉も振る舞うことがある。これだけは儀式やお祭りのとき限定みたいだけれど。貨幣経済のようなものはなくて、有力者が食料全量を取り仕切って専門の係が回収と各家庭への配給を担うシステムになっている。多少の差は出ていそうだけれど、意外にほぼ等分で配っているようだった。不満が上がっている様子もない。

 機械の類はまるでない。農耕具も木製みたいだし、さっき話したとおり、家の素材も自然物だけ。周囲に鉄鉱山があるわけでもないから、当然といえば当然。そもそも鉄の類もかつて蕃神が外から持ち込んだものしか現存していない。

 時間の概念を持っていることには驚いた。どうやら時間を測る係と村中に知らせる係があるらしい。複数の穴の開いた壺を用意していて、そこに川の水を汲む。穴から少しずつ水が出ていって壺の中身が空っぽになると測る係がそれを報告。時間を知らせる係の方が外に飛び出して、時刻を知らせる。そんな仕組みを取っているようだ。ずいぶん古めかしい時計だけれども、こうでもしないと彼らには確かに時間を測りづらいだろう。

 それから言語。元々は彼ら独自のものがあったんじゃないかと思うけど、自覚しているのかどうかはともかく現在は外と同じものを使っている。遠く離れた世界なのに、会話が通じる状態というのはなんだか不思議。研究者の中には母国語じゃないから苦手にしている人もいるけれど。

 政治形態は、あんまり興味ないからいいかなあ。村長がトップで、その下に有力者がいて、合議制っぽいってくらい。あとは警察や医者にあたる人たちがいて、役人みたいな立ち位置になっている。選挙の類はなし。ほとんど血筋で職業は決まっていく。

 で、気になるのはさっきも挙げた階級の差。穴の東西南北で居住地が明確に分けられている。

 北側は村長をはじめとした有力者たち。配給係もここに居住を構えている。

 東と西が農耕や山菜を集めるような人たち。西は蕃神に敵対した家柄の集まりで、現状の村の中では一般層に当たる。逆に東側は蕃神に味方したことで今もなお身分が低い人たち。いっそ潔いレベルで、この区分けははっきりしている。

 最後に南側、ここには警察組織にあたる警吏や鳥飼いみたいな専門職のような扱いの人たちが居を構えている。医者も北ではなくこちらにいる。

 北がヒエラルキーの上位であるのは間違いないとして、東が最下位になる。西と南はほぼ同等。若干南の方が高いかも、という感じ。

 狭い村社会だからこそ、その考え方は連綿として継承され続けている。疑う人もかなり少ない。ほかの考えに触れることがないから仕方のないことではある。何かが音を発さなければ、耳には何も届かない。

 それでも、不思議なことに例外は現れる。

 当たり前にノーを突きつける、あるいは疑う。地球は天体の中心にない、離れた場所にいる人間とタイムリーに会話する、そういうブレイクスルーは精神や物事の捉え方でも起こる。あるいは、ブレイクスルーには至らずにただの異端として排除される。

 彼女はどちらに入るだろうか。

 すでに影響は出ている。関わった人の思い込みを破壊して、あの穴の中の世界のあり方を疑わせている。

 ただ、私は世界を変えたいわけじゃない。変わったものを守りたいだけ。

 彼女たちをうまく使えば、達成したいところにぐっと近づくことができるはず。そんなとても利己的な思いがあるだけ。

 そういえば、あの研究者夫婦はもう寝入ったかな。今日はスマホもパソコンも役に立たない日なのを忘れていた、って文句を垂れていたけれど。

 私もそろそろ寝よう。スマホやパソコンに加えて自分の機能さえ役に立たない日だし。頭が金槌で叩かれているような痛みを訴えていた。

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