古いボイスレコーダー
彼女の温もりが絶えて、どのくらい経っただろうか。非常に長い時間だと身体が訴える一方、頭は実時間としてはたいしたことはないのではないか、とこの期に及んで理屈っぽいことを言う。こういうときは素直に感情優位で事を済ませておけばいいものを。いつだったか理屈っぽいとからかわれたこともあった。あのときは自分と彼女の違いはどこにあるのか、盛り上がったものだ。
私ももう残りは長くない。病魔がじわじわと全身を蝕んでいるのが分かる。錆がだんだんと広がっていく金属は、こんな気持ちを味わっているのかもしれない。分かっていても止める方法はない。
私と彼女が拠点に定めたこの洞窟とももうすぐお別れだ。身体の自由は乏しかった。そこは認めざるを得ない。だが、心はどこまでも自由だった。ここは大地であって、海であって、空でもあった。物理的に存在する壁は、歩みも泳ぎも羽ばたきも遮ることなどできはしなかった。私たちはどこに行く必要もなかったし、どこにでもいけた。目で見えるものなどさして大事ではないのだ。
こんなに多くを語って、私は何を残そうとしているのか。届けられるような相手はもういないというのに。それでも、私の内側にある何かが、それをせよと暴れるのだ。自分の身体にもうわずかばかりの体力しかないと分かっているはずなのに、無理を言う。価値がどこにあるのか教えてもくれないというのに。面倒くさい奴だ。
学び得たのはただ一つ。私たちを救うものは何か。彼女と出会う前には分からなかったものが、今ははっきりと分かる。
頭で考えることではない。受け取り、与えればいいだけだった。それだけながら気がつくのにずいぶんと時間がかかってしまった。だから理屈っぽすぎるのは駄目なのだ。まったく我ながら嫌になる。それすらも彼女は笑ってくれるのだろうが。
自身の選択の九割九分までは後悔していない。だが、ああ、もっと早くたどり着いていればと思うことだけは確かにあった。そうしていればさらに多くの時間を過ごすことができた。
不足といっては語弊がある。身に余りあるほどのものは得ていた。それでも、多ければ多い方がさらによかった。
頭を頬を、手を足を、腹を背中を、もっともっと知るべきだった。
そうと分かっていれば私は。
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