第9話 美しい蝶は生かしましょう。

 ラブントゥール・ルール9


 美しい蝶は生かしましょう。


             ◯


 夢を見なかった。

 目を開けると、非常に眩しかったので、僕は再び目を閉じる。

 目を閉じていても眩しい。さっきまで、寝ていた時は眩しいとも思っていないのに、不思議なものだった。

「お、起きた」

 と、外の世界から声がして、僕は自分が起きていることを知る。何か目覚めたことを残念がるような、そんな声だった。

「まさか三日も眠り続けるとはね。乙女屋にはもう二度と起きないから諦めろって言っておいたんだけど、私もこんなに寝るとは想定外だよ、はっははー」

 その甲高い笑いで頭が痛む。僕は少しずつ目を光に慣らし、ゆっくりと目を開けていく。その声の持ち主は、黒い服を着た女性のようだった。

「真黒群青というよ。よろしく」

「……真黒群青」

「そうだよ、お前のクラスメートの」

 その名前には、心当たりがある。

「……確か、医者の」

 医者といっても、煤ヶ谷後輩が殺されそうになった、やばい医者であることくらいしか情報はない。

「そう、医者の」

 僕の視界は、やっと彼女を捉えることに成功する。真黒な白衣(?)を着ていて、僕が「でかいメガネ」と思う更に二回り大きな黒縁のメガネをしている。

 そんな彼女は、いきなり僕の口の中に指を突っ込んできて、

「三十六度三分、よし、平熱」

 今まで経験したことのない熱の計られ方をする。

「とりあえず良かったね。起きなかったらどこかのタイミングで実験に回そうと思ったんだけど、色々な意味でギリギリ間に合ったね」

「……あの、退院手続きってどうやったら」

 早速脱出を試みる僕。上体を起こそうとする。しかし、頭から血が抜けていくような感じと頭部に強烈な痛みが襲ってきて、もう一度僕は枕に沈む。と、倒れながら視界の端、僕の隣のベッドで、僕と同じく横になっている乙女屋を発見する。乙女屋は、いつも家のベッドでそうしているように、すやすやと寝ているように見える。

「さっきまで起きてたんだぞ? 乙女屋はあれから三日起きて、さっきお前と入れ違いに寝たよ。適時にご飯を私の口に入れなさい、と言って眠りについた」

 笑いながら言う女医。僕は、僕と乙女屋のも含めて四個のベッドが備え付けてある部屋、どうやら、病室にいるようだった。

「井戸が倒れて、乙女屋はピーピー泣いてたのが傑作だった。どうしよう、どうしよう、って。真黒群青、もし司が死んだら、あなたも死ぬわ、とか言いながら」

 先程から怪鳥のような声で笑う医者。

「……乙女屋が、泣いてるのとかは、あんまり想像できませんが」

 言って、僕は彼女によって引き起こされる激しい頭痛を我慢しながら、上半身を起こすことに成功する。脱出までは後一歩だ。しかし、その瞬間、女医におでこを人差し指で押され、再び押し倒されるような形でノックダウンを喰らう。

「そんなに急がなくて大丈夫だって」

 彼女は笑い、僕のベッドの端に座る。医者が、患者のベッドに腰掛けるのを初めてみた気がする。その振動で、また頭が痛む。

「お前と、話がしたかったんだ」

 笑顔だが、明らかに被験体として見られているのがわかる。 

 たぶん、僕はここで死ぬだろう。

 そんな、確信だけはある。

「……僕は、そこまで、話とかはしたくないです。やっぱり、退院をしたいんですが」

 一応言ってみる。

 彼女は一層笑う。というか変な薬をやっているように、さっきからずっと笑い続けている。ようにというか、間違いなく変な薬をやっているのだろう。

「だから、治るまで出さないって。私の仕事をナメるなよ。そして、敬語とかやめろよ。医者に敬語とか使ってるとナメられるぞ?」

 医者にナメられるから医者に敬語を使ってはいけない、その言葉を何か意味があるような気がして頭の中で反芻する僕。

「だから、少し、話をしたいだけなんだって」

 女医は僕のベッドを揺らしながら言う。

「……話、何?」

 僕は観念して敬語をやめ、彼女と会話をすることにした。

「朝霞のこと。人を殺すとはどういうことかって話を、あたし抜きでやってたらしいじゃん。このラブントゥールで一番人を殺しているあたしを差し置いてさ」

「一番、人を殺している」

 そうそう、と彼女はベッドを揺らすくらいの大きな相槌をうつ。納得感のある言葉だった。

「ここでは間違いなくあたしが一番人を殺してる。ここでは合法的に人を殺せるのは、裁判官、処刑人、そして医者だけで、やっぱり扱う数は医者が一番だから」

「……やっぱり退院を——ん、合法的? 人を殺してるって、医者としてってこと?」

「そう。それ以外無いだろ。でも人を殺していることには変わりないよ。言っている意味はわかるだろ?」

 そう言って、寝ている僕にまたがり、顔を近づけてくる。黙っていれば、精神に不健康を持つ人には大盛況な病院になりそうな、とんでもなく美しい女医だった。

「朝霞を殺したのは、私」

 そして、彼女は至近距離、真剣な表情で言う。

「……」

 そこにきて、僕は記憶を遡り、その名前を思い出す。

 本当に、現実だったかどうかわからないような、あの出来事と共に。

「お前と、その話をしたかったんだ。朝霞の死亡診断書を書いたのって私だから。だから、私が殺したと言える。私が殺して、退学させたんだよ、朝霞を」

 それは不思議な響きがする言葉だったが、これまで学習してきたことを考えると、多分、彼女は文言通りのことを言っているだけだ。彼女が医者として、朝霞さんを殺し、生徒でなくした。そんなことだ。

「散々言われてきていると思うけど、ここでは、法律も含めて、ここだけで世界が完結している。その中で、さっき裁判官も処刑人も合法的に人を殺せるって言ったけど、実は人を殺せるのは医者だけなんだ。死刑になってあそこで処刑されたって、医者が死亡診断書を書かなければ、死んだことにはならない。だから、ここでの人死には、どうあれ、医者が絡んでくる。つまり、私が」

 そこまで言って、女医は僕の顔から離れ、元の位置に戻った。

 そして、彼女はタバコに火をつける。

 おい。それは。

 病室だし、未成年だし。

「だから、彼女を殺した人間として、私は今回の一件、別の見方をしていたんだ。朝霞は、。結果的に裁判官の自殺を手伝わされるくらいなら、肉体も殺して、スッキリさせたほうが良かったんじゃないかってね」

 タバコの煙を吐きながら言ったから、僕がそう感じるだけなのか、その言葉には、少し感傷的な響きがした。

「春大戦の時は、ここは本当に野戦病院になってさ、私も手が回らなくて、何人も助かるはずの人間を助けられなかった。で、その時に、朝霞もひどい状態でここへ来てさ、それを助けたのが私。助けたと言っても、肉体だけだけど」

「……」

「で、ここであいつが目を覚ました時は、すでにあいつは嘘しかつかなかったし、知っての通りのような、非常に特殊な状態だった。だから、結局、私は朝霞を殺すことにした。もちろん、脳機能が死んでいると判断できるレベルだったからというのが一番の理由ではあるけど――それでも、結局、あいつはここから出ていかず、未だにここにいる。よく言われる、意識不明の健康体になったということだ」

 タバコがよく似合う女医は、感傷的を通り越して、少しだけ手を震わせているように見えた。彼女は軽口を叩くが、しかし彼女も学校へこられていないということを思い出す。

「……気になっていたんだけど、朝霞さんが死んでいるとかってのは、ある程度理解できたつもりなんだけど、その意識不明の健康体って、どういう意味なの?」

 うん、と煙を吐きながら彼女は言う。

「まず、朝霞には外傷はないけど、脳の機能は、ほとんど失われている。どうして話せているかも、動けてるかも私にはわからないくらいの状態であるのは間違いない。でも、あいつは今日も動いているし一応、話すこともできる。その状態が、あまりにも不思議だから、それについて、あたしなりに色々と調べた。一応医者だから」

「一応ね」

「うん。あとで殺すからな」

 言って、ニヤリと笑う女医。意外と今後、上手くやっていけるかもしれない。

「あいつがああなったのは、世界から真実が消え失せるくらいの、心的外傷ストレス障害、いわゆるトラウマをくらって、脳みそが自分から死を選んだからなんだ。それは、そのストレスを与えたやつによる他殺とも呼べるかもしれないし、まあ自分から死を選んだわけだから、自殺とも呼べる。今回のようじゃなく、何の道具も使わずにね」

 はは、と軽く笑って、女医は言った。

「それで、あいつの脳みそは以上に特殊な状態になっている。脳の機能は死んでいるけど、他者の言葉を理解してその通りにしたり、嘘を返すことができたりする。あたしは、そんな状態のあいつに、一つの結論を出した。あいつは、話せるし動けもするけど、

「……だから、動けてるし、話せてるし、意識はあるように思えるけど。そこがわからないんだけど」

 女医は頷く。

「まあ、意識と言っても、一般的に言う意識とはちょっと違うかもしれない。井戸は、こういう話を知ってるか? 三千年前まで、人類には意識がなかったって話。当時の人間は、って、そんな話」

「……意識がなくて、神の声に従って生きてた? 全く意味がわからない。それに三千年前までって言ったけど、三千年くらいで、そんなに人間なんて変わらないでしょ?」

「生物としては、まあな。ともかく、朝霞の現状を説明をする一つの説として聞いておいて損はない。その説にはこうある。三千年前まで人類は、右脳と左脳が上手くバランスが取れていなくて、二つの脳が別々に機能していたような状態だったらしい。だから、右脳がささやく神々の声を左脳が聴くような、そんな状態で人類は過ごしていた。その状態を「二分心」(bicameral mind)と言って、そんな状態の人間の心は、命令を下す「神」と呼ばれる右脳部分と、それに従う「人間」と呼ばれる左脳部分に二分されているような状態で暮らしていた。その時の人類には、いわゆる意識がないと呼べる状態であるという話で、ここで言う「意識」っていうのは、あたしたちが思うような、単に目が覚めて得られる覚醒の感覚や、人と話せたり、反応したり、感覚を持つこと以上のものを指す。自分自身の存在と心の状態を「見る」ことができる、メタ認知というような意味を含むんだ。自分というものを内省的に見る、自分自身の心理状態を観察し、それについて考える能力、そういったものを意識と呼ぶ。こういった能力が三千年前の人類には無かったって話なんだ。現に、今でも現存しているような三千年前以前の物語では、主人公が自己分析をすることはないし、自分の行為を顧みたり、内省的に何かを考えることもない。つまり、その当時は意識はなくて、その後の言語表現の比喩機能の発達によって生成さたりして、少しずつ脳の統合がなされていって人類にも意識が芽生える——って話が続くんだけど」

「……急に難しい話しないでよ。病み上がりなんだから」

 まあ、別にわからなくてもいいけど、と言って、僕の反応に甲高く笑う女医。

「それで、理解できてないけど、意識がなかったとかって、そんな話が朝霞さんとどう関係があるの?」

 僕は訊く。彼女は、ああ、と言う。

「つまり、色々を飛ばして説明するけど、朝霞にはそう言った意味で、意識が無いと私は考えてる。あいつは多少話せるし、主人の言うことを聞いてその通りに動いたりもできたりするけど、全く脳の統制は取れていなくて、全て意識のない状態でやっているだけなんだ。無意識のまま、ただ外からの声を聞いて反応をしているだけ。命令があれば、それに従うだけ。だから、意識不明と言っているんだ。音に反応するおもちゃみたいな感じだよ」

「……」

 音に反応するおもちゃ。

 命令に従うメイド。

 社会に隷属する奴隷。

 それは、乙女屋も小窓さんも話していたことと一致する。

「まあ、ただの認識の話だから、別に理解をする必要もないけどな」

 と言ってタバコの灰を持っていた携帯灰皿に入れる。そういう常識はあるみたいだ。

「でも、この話に関連して、井戸もこれからここで暮らすなら覚えておいた方がいいことがある」

「僕が理解していた方がいいこと? 何?」

「ああ、今の話、三千年前、意識がない状態でも、人々は社会を形成し、協力して生活を送ることができていたということは重要なことかもしれないってこと。この仮説によれば、当時の彼らの行動や決断は、現代の私たちが持っているような自己意識に基づいた内省的な過程からは生じていなかったとされているけど、それでも社会は成り立っていた。つまり、人は、意識なんてなくても社会を動かすことができるんだ。じゃあ、ここでの意識、神の声、ここのルール、全て同じ意味だけれど、それがどこから来るのかっていうのは、わかるか?」

「……それは、ここのルールを作っているところから、かな。塀、処刑台、図書館、とか」

 僕は今まで学習してきたことを彼女に伝える。

「それは、一般的な解釈としては正しい。そこが全ての始まりだからな。大人もそういう意図では置いただろう。でも、図書館制度原案でも、とりわけ、図書館についての重要性について述べられていて、原案では図書館以外の他の二つは取り払っても良いとまで書いてる。だから、今のここは、図書館がここの意識、つまり社会に命令を与えている神だとあたしは考えている。全てを知っている、神の如き力を持つ図書館がそうすることにしたんだ。最初は、『半盲の全能』シンシアレモンが、最初にそれに気づき、始めたとあたしは考えてる」

「つまり、僕ら生徒は、ここでは図書館の思うままに、僕らは動かされてるってこと?」

「そういうこと」

「でも、彼女は——僕は今の図書館しか知らないけど、セツナは何も話さないよね?」

「図書館に表向きは誰も質問はしないのはその通りだ。裏でしてる奴もいるかもってのは置いておいても、図書館が自分から何も語らないというのは事実と言っても良い。でも、何も言わなくても、しなくても、ここで図書館のことを意識しない奴なんていない。そうだろ? だって、あいつはここの象徴的な存在で、なんて言ったって、お前の髪の毛の数も含めて、ラブントゥールの全てを知っているんだから」

「それは……そうだけど」

「ああ、だから、あたしたちはここにいる間は、いつだって、図書館ならどうするかな、って大なり小なり考えてしまう。そして、図書館は何も話さなくても、知っているという事実だけで、あたしたちをコントロールしている。あたしたちは全てが知られているという前提で動かないといけないし、それをあいつが誰かに言う可能性があると言うだけで、どれだけの行動をあいつに制限されているか知れない。お天道様が見ている、天網恢恢疎にして漏らさず、必然的に神に例えてしまうくらいに、あいつに、常に監視されているようなものだ。それって、ルールそのものだろ?」

「……」

 例えば、ここで殺人を起こそうと決めたとしても、図書館のことが頭をよぎり、小窓さんがいなくても、完全犯罪など成立しないと悟り、ここではそれを諦めるかもしれない。今回、この事件を解決するにあたっても、僕も何度も図書館のことが頭によぎった。彼女は知っているのか。知っているのであれば、彼女に訊けば解決するのに、と何度も思った。訊き行くかというのも、考えなかったと言えば嘘になる。訊けば答えてくれる存在。全てを知っている存在。図書館。

 それは、まさにラブントゥールでは神とも言えないこともない。

「まあ、神様とか、そんな大袈裟なことでなくても、ここの本質は、私たちはただの生徒で、大人がいて、図書館がいて、誰かにコントロールされている奴隷ということなのさ。そう言った点では、私たちも、朝霞とそうは変わらない意識のない状態と言ってもいい。別に、こんなこと、私がそう思うというだけだし、朝霞をああいうふうにしてしまった言い訳でしかないんだけど」

 少し寂しそうに言って、女医はベッドから立ち上がる。

「じゃあ、そろそろ、薬の時間だから行くよ」

「薬の時間? いや、ここでは一切出されたものは口にしないって決めたけど」

「いや、あたしの薬の時間」

 自分の薬のことだったようだ。そのように、医者が患者に自分の薬のことを言って、彼女はドアへ向かっていく。しかし、彼女は、ああ、と思い出したように言って振り返る。

「そういえば、これからのことだけど、私たち二年って、男がいないから、お前の取り合いになるかもしれない。顔が可愛いよ、お前」

 さっき近くで見たのは、そう言う意味だったのか。今までと比べれば、比較的上品に女医は笑ったが、八つ裂きになる自分しか想像ができなかった。

「まあ、そうもいかないだろうけど。お姫様がいるから」

 とすやすやと眠る乙女屋を指す女医。

「お姫様。僕と乙女屋は、そんな関係じゃ」

「井戸にとってじゃなくて、この子は私たちみんなのお姫様なの」

「……」

「もう聞いてるかもしれないけど、先の大戦でも、乙女屋以外は私たちはみんな人殺しなの。でも、最後まで私たちは乙女屋を守った。そのおかげで、私たちは今も比較的正気でいられる。そういういものもある。だから友達ってありがたいよね、という話」

 友達。

 乙女屋はあなたのことを友達とは思っていないと言っていた、ということは僕は言わない。

 じゃあ、たまに私よりもいかれたナースが来るから、後はお大事に、と言って彼女は出て行く。


            ◯

 

愉快な女医とナースとその後しばらくその病院で過ごした後。結局治るまで入院をしていた僕の、退院後の話になる。

 その朝も僕は目覚めると無職で、暇を持て余していたので、平日の午前に図書館に行った。

 いや、図書館に会いに行った。

「おはようございます、羽井戸様」

「おはよう、セツナ」

 と僕は言う。

 僕が彼女に声をかけたのは、もちろんその時が初めてで、それでも彼女は、当然それも予期していたように反応をする。挨拶をし返すと、薄く笑いを浮かべたままになるということがわかった。そして、少しそのまま留まっていると、次のセリフを言うことを知った。

「何か、図書館に御用でしょうか?」

 僕は、その言葉に、一瞬だけ驚いたけれど、言うことは決めていたので、僕は予定通り話し始める。

「セツナ、今から僕の話を聞いてほしい。何も答えなくていい」

 何も答えなくて良いと言ったからなのか、質問以外には反応しない仕様なのかわからないが、彼女はそんなリアクションだった。呼び捨てにしても怒らないし、銃も向けてこないし、敬語を話せとも言わない。他のクラスメートに比べると、要求が少なくて良いかもしれない、と僕は思う。

「セツナ。セツナは別にこれから僕が言うこともわかっているんだろうから、あえて言うこともないと思うんだけど——とかっていう前段もいらないのか。ごめん」

「……」

 彼女は反応をしない。うん。

「ただ、お礼を言いたくて来たんだ」

「……」

「まず、僕がついた初日に、僕を処刑台まで案内するように朝霞さんに指示をしたのは、セツナだよね?」

「……」

「ごめん、なんか質問形になっちゃった。いや、何となくそんな気がして、実はもう朝霞さんに確認もしてる。セツナに行けって言われたって言ってた。仕事としてではないけどって。改めて朝霞さんと話してみると、かなり曖昧に答えるし、なかなか真実には辿り着けない仕様になっててわかりにくかったけどね、ハハ……」

 聞いているだけでいいと自分で言ったものの、意外と一人で話すのは難しいことに気づく。

「えっと、だから、セツナは事件の翌日にここに着いた僕に、朝霞さんに僕を迎えに行かせて、そしてギロチンまで案内させて、んだよね。いや、僕の推測でしかないけど」

「……」

 もちろん、なんの反応もしない彼女。

「いや、事件を解かせようとした、っていうのにも、犯人が殺害現場に案内しているようなものだから、あまりにも直接的だったけど。で、なんでそんなことをセツナがしたのか、正確な所は全くわからないから、これも、推測でしかないんだけど——もしかしたら、それは、前に女医が言っていたように、セツナはここの全てだから、何かをコントロールするための一環なのかもしれないけど——でも、セツナは、ほら、朝霞さんの主人になったから、そんな冷たい理由じゃないんじゃないかって、勝手に思ってるんだ」

「……」

「だって、その時点では、セツナは、朝霞さんの主人ではなかったのは間違いないってこと。なぜなら、その時の朝霞さんは、乙女屋を殺そうとしていたからさ。だから、話の順序を追っても、セツナが朝霞さんの主人になったのは、明らかに乙女屋を殺すと言った後の話だよね」

「……」

「だから、ここからは更に僕の感想に近いくらいの予想でしかないんだけど、セツナは、乙女屋が殺されることを知って、朝霞さんを自分のメイドにしたんじゃないかって、そう思ったんだ。そうすれば、朝霞さんはもうラブントゥールの奴隷ではなくなって、乙女屋を殺さなくなるから——いや、そう考えることもできるのかな、ってぐらいの話だけど」

 彼女は薄く微笑を浮かべ、何も答えない。

「もし、そうだったら、ありがとうって言いたくて。だから、ここに来たんだ。乙女屋を助けてくれて、ありがとう。そして、初日から僕にヒントをくれてたのに、なかなか応えられなくてごめん。迷惑かけたね。それだけは言っておきたくて」

「……」

 彼女は答えない。なので、僕は最後に言うことにする。

「ああ、自己紹介がまだだったね。羽井戸司というよ。これからよろしく」

 本当に趣味のような挨拶をして、僕は家に帰ることにする。

「またお越しください、羽井戸様」

 彼女は言う。

「……」

 その言葉に、僕は足を止める。

 そして、彼女に向き直す。

 絶対に答えの返ってくる存在。

 質問をしてはいけない彼女。

 僕は、そんな彼女に質問をすることにした。それは、彼女しか知らないことで、僕が、それを訊くことには正当性がある気がしたから。

「セツナ、知ってるかもしれないけど、僕達のクラスは文化祭でお化け屋敷をやるんだ。セツナは、お化け屋敷で、何をやる?」

 それは、すでに百年前から予期されていた言葉のように。

 ずっと取ってあった、大切な手紙を引き出しから出すように。

 完全で完璧なる間を置いて。

「ヒトトセセツナは、文化祭には参加いたしません」

 と彼女は完全な情報を僕に教えた。

 そして、ニコッと笑った彼女とその光景は、これまでの何よりもお化け屋敷じみていた。

僕はその言葉を聞いて、少しだけ笑って、今日のところは帰ることにした。

いつだって、音の響くこの図書館。

奴隷の楽しげな歌声だけが響いていた。

                 

    完

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