黒髪に踊らされて

【黒髪に踊らされて】


20年の仲の幼馴染と呑んでいる。

先週会ったときは黒かった髪が金に染められている。

「髪染めたんだ」

「まあ、うん」

「へー」  

「優衣夏が髪染めたから、俺もやろうかなって思って」

……ゆいか。この名前をこいつの口からどのくらい聞いただろう。2人が付き合って3年だから、きっと相当な量だろう。付き合う前も含めると4年か。じゃあ私は4年間ずっと、必死に、『男友達の恋バナを聞いてあげてるいい奴』を演じてることになる。慣れたもんだ。いや、慣れたんじゃない。我慢できるようになっただけ。

「似合ってんじゃん」と思ってもいない褒め言葉。

私の方が先に好きになったのにな。


私の好きな人がする話は、私があまり知らない人の話。

一度だけ会ったことがある。黒髪ストレートが印象的なきれいな子。ちゃんと捕まえてないと、ふわふわとどこかへ飛んで行ってしまいそうな雰囲気があった。


「え、で?こんな時間に啓介から呼び出すの珍しいじゃん」

普段は常識的な時間帯にしか会わない彼から、深夜2時の呼び出し。大方、彼女関係だろう。

「喧嘩?」

「ううん、全く」

「あれ、違うんだ」

喧嘩したら私が愚痴聞いて、ちゃんと話すんだよって言ってあげてた。

「むしろ、逆なんだよね」

「逆?」

「俺さ、ちょっと前にプロポーズして、今度結婚式挙げるんだ」

ぷろぽーず。誰に?あ、ゆいかさんか。そっかそっか。そうだよね。うん、大丈夫、大丈夫。

「そっか。おめでとう」

ほら、ちゃんと祝えてる。

「それで、お願いがあるんだけどさ、結婚式でスピーチしてよ」

その言葉が、私の心臓を殴ったような気がした。

「……なんでよ。もっと、仲良い人いるじゃん」

白いタキシードに身を包んだ彼とウェディングドレス姿の彼女なんか見たくない。

「ほのかがいちばん俺のこと知ってるじゃん」

本当にいちばんなのだとしたら、どうして私を選んでくれなかったんだろうと思う。私はずっとずうっと彼の隣にいたのに。

「ゆいかさんの方が今の啓介のこと知ってるでしょ」

ああ、確かに。なんてはにかみながら答える彼が憎らしい。ばか、皮肉だっつうの。

「ほのかは?いないの?いい人」

いるわけないだろ。

「……いるよ。3ヶ月前に友達の紹介で知り合ったんだ。いろんなところに連れてってくれて、すっごい誠実で、私のこと大切にしてくれんの。今度の休みは2人で海行こうねって言っててね、それでね」

「嘘でしょ?ほのか、早口になってる。そういうとこ昔から変わんないよね」

目の前の彼は呆れたように笑っているけど、笑いごとじゃない。

「まあ、ゆっくり見つけたらいいよ」

「じゃあ啓介が探してきてよ」

別に本気で見つけてもらいたいわけじゃない。だけど、自分じゃ新しい恋なんてできないから。

「大丈夫。きっと素敵な人現れるよ」

現れたらどんなに楽だろうか。

「ほのかのいいところ俺たくさん見てきたし」

やめて。そんなこと言わないで。

「ほのかにも幸せになってほしいな」

やめてよ。

「あのさぁ、私そろそろ帰るわ。なんか酔ってきちゃって」

思わず、会話を断ち切るような言葉を発してしまった。これ以上聞いていられなくて。

「あ、まじ?気をつけてね」

「うん。ありがと」


彼から逃げるように店を出れば次々と溢れる涙。どうしようもない苦しみと悔しさが心を襲う。

私に何が足りなかったのだろうと考えてみても、脳を支配するのは楽しかった頃の記憶だけ。

私は彼だけを見つめてたのに。あの人と違って、啓介だけなのに。私なら夜に繁華街で知らない男と腕を組んだりしないのに。あの人は高そうなワンピースを着て、綺麗に化粧して歩いていた。気づいてないでしょ?あなたが永遠の愛を誓った相手は、一途とは程遠い。教えてあげようかとも思ったけれど、かわいそうだから黙ってる。いいじゃん、そのくらい。彼の左の薬指は私のものにはならなかったんだから。せめてちょっとくらい意地悪させてよ。まあ、せいぜいお幸せに。

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黒髪に見惚れて 東さな @a_sana

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