地縛霊の穴

@garakiu333

第1話

 村上シュンは静かな田舎町に住む普通の青年。小さな駅から少し歩けば田んぼが広がり、古い神社や無人の古民家が点在するのどかな場所だ。シュンは退屈な日常を過ごしていたが、そんな彼の生活はある夜、不思議な出会いをきっかけに一変する。


 その日は夜遅く、友達との飲み会の帰り道。シュンはいつものように近道をしようと、町外れの古い神社を通り抜けようとした。しかし、神社の鳥居をくぐった瞬間、急に背筋がゾクッと寒くなり、足がピタリと止まる。


「何だ?気のせいか…?」と一人つぶやきながら歩き出そうとしたその時、後ろからふわっとした気配を感じた。振り向くと、そこには…真っ白な和服を着た、透けるような美しい少女が立っていた。まるで月光に溶け込むような存在感の彼女は、静かに微笑んでいた。


「やっと、誰かに会えた…」彼女の声はどこか懐かしく、でも少し寂しげだった。


 驚きで言葉が出ないシュン。彼女は続ける。「私はこの土地の地縛霊。ずっとここに縛られて動けない。でも、今夜はあなたと話がしたいの」


奇妙な夜の出会い

 その後、彼女――名前はサヨ――とシュンは、夜の神社の境内でしばらく話すことに。彼女は江戸時代の村に住んでいた少女で、悲しい事故で命を落とし、それ以来この場所に縛られているという。村の人々が神社に祀ったおかげで、彼女は悪霊になることなく平和に過ごしていたが、どうしても成仏できずにここに留まっている。


「じゃあ、君はずっとこの場所で…一人で?」とシュンが尋ねると、サヨはうなずく。「誰も私を見つけてくれないから、話すこともできなかった。でも、あなたは違う。何か感じる力があるみたいね」


 シュンは驚きながらも、サヨとの会話が不思議と心地よく感じる。彼女の静かな笑顔や、少しお茶目な冗談がどこか現実感を超えた温かさを持っていた。彼女が話す昔の風景や文化、家族の話にシュンは聞き入ってしまい、いつの間にか夜が明けようとしていた。


「夜が明けると、私はまた姿を消さなきゃならないの」とサヨが名残惜しそうに言う。「でも、また来てくれる?また話したいの」


「もちろん、また会いに来るよ」とシュンは答え、その日は彼女に別れを告げて家に帰った。


 それからというもの、シュンは夜な夜な神社を訪れ、サヨと会話を楽しむようになる。彼女との時間は、普通の人間との関わりでは得られない、不思議な安らぎと喜びに満ちていた。サヨも、久しぶりに人と触れ合うことで心が満たされ、シュンに少しずつ惹かれていく。


 しかし、彼らの関係は簡単ではなかった。シュンは生きた人間で、サヨはこの地に縛られた霊。サヨは「あなたは生きている。私に心を奪われてはいけない」と言い聞かせようとするが、シュンは気づいていた。彼女に強く心惹かれている自分がいることを。


 ある夜、シュンはついにサヨにこう言った。「サヨ、君にもう一度会ってから、ずっと君のことが頭から離れないんだ。俺は…君のことが好きだ」


 サヨは驚いた表情を見せ、そして微笑んだ。しかし、その微笑みはどこか悲しそうだった。「ありがとう。でも、私は人間じゃない。あなたと一緒に未来を過ごすことはできないの」


 それでもシュンは諦めなかった。「それでもいい。君と一緒にいられれば、それだけでいい」


 サヨはシュンの真剣な表情に心を打たれながらも、手を伸ばすことはできない。なぜなら、彼女は幽霊であり、この場所から出ることもできないからだ。


真実の愛と別れ

 シュンとサヨの関係は深まる一方で、町の古老たちからは「最近、神社に奇妙な気配がする」と不穏な噂が広がり始めた。村の歴史を知る者たちは、神社に封じられた古い霊が活発化しているのではないかと心配し、神主にお祓いを頼むことにした。


 そのことを聞いたシュンは焦った。もしお祓いが行われれば、サヨは成仏してしまい、二度と会えなくなるかもしれない。サヨは微笑んで言う。「もし成仏できたなら、それが私にとって一番いいこと。でも、あなたに会えなくなるのは…辛いわ」


 シュンは考え抜いた末、彼女の幸せを優先することを決める。「サヨ、君には自由になってほしい。俺がいるからって、ずっとここに縛られるのは間違ってる。成仏して、幸せになってくれ」


 涙をこらえながら、サヨは彼に微笑む。「ありがとう。あなたに出会えて、本当に良かった。いつか、違う形でまた会えるかもしれないわ」


 そして、夜が明けると共に、サヨは静かに消えた。


永遠に残る絆

 それから数年後、シュンは大人になり、町を出て都会で働くようになった。しかし、あの古い神社を訪れるたび、彼はサヨのことを思い出す。彼女との不思議な恋は、今でも彼の心の中に生き続けている。


「君は、今どこで幸せにしているのかな?」とつぶやくシュン。神社の風に揺れる木々の音が、まるでサヨの返事のように優しく耳元に響いた。

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