追憶の姫

@shino1001

第1話

 あ! こっちこっち! 公演お疲れ様。曲芸なんて初めて見たけどすごくよかったよ! 今日が最後なんて残念だなぁ。終わったばかりなのに来てくれてありがとう。できればお茶屋さんとかで話せればよかったんだけど……かわりに美味しいお団子買ってきたから、これで許して。

 あれ? 知ってるの? そうそう、川の近くにあるお店の。そっか差し入れで……だよね! 本当美味しいよね、ここのお団子。私もよく買いに行くの。特に、任務が終わった後とかは、より一層美味しく感じれるっていうか……味をかみしめられるから。

 初めて任務に出た時の帰りに頭が買ってくれて……本当に美味しかった。思い出のお団子なんだよね。すごく厳しかったけど、そういう優しいところもあるんだよ、うちの頭は……拾われたのが頭で本当によかったよ。


 もう、あれから十年以上も経つんだね……もっと昔のようにも感じるし、ついこの間のことのようにも感じる……不思議な感覚だな。でもあの夜のことは今でも鮮明に覚えてるよ……一瞬で全てを失って、私は城の姫から、ただの孤児になったんだから。


 あの日、ずっと敵対していた城が攻めてきて、一夜にして城があっけなく焼け落とされた。……あんなに強いって評判だったのに笑っちゃうよね。まあ、父上も母上もああいう人間だったし、あれだけ権力を使って好き放題生きてたらね、そりゃ敵も多くなるって思うよ。

 かく言う私も、あの時は本当に世間知らずでわがまま放題のお姫様だったじゃない? いいのいいの、気を使わなくて、本当にそうだったんだから。みんなよく付き合ってくれたって思う。私だったら我慢できずに引っ叩くよ……姫だからできなかっただけで、みんな内心ではそう思ってたよ、絶対に。

 姫じゃなかったら誰も私となんて遊んでくれなかった。あなたと……リン以外はね。


 あの城に住んでて唯一まともだったのはリンだけだよ。あんまり外に出られなかったけど、その方が汚れなくて逆によかったのかも……誰に対しても優しくて、ずっと笑顔だった……私とは大違い。

 リンだけはみんなから好かれてたよ……本当の意味でね。顔は全く同じなのに中身はこんなにも違うなんて。でもそんな優しいリンが私は大好きだったし、リンも私のことを大好きだって言ってくれた……本当に生き残るべきは私じゃなくてリンだったって今でも思うよ。


 あの夜、最初に異変に気付いたのもリンだった……寝てる私を起こして「火薬のにおいがする」って、だから調べに行こうって言い出して私を引っ張った。たしかに、今まで嗅いだことがないような変な匂いがした。でも私は眠かったからあんまり気にしないでまた寝ようとしたの。それをリンが無理やり起こして、一緒に部屋の外へ出て……あの子にしてはだいぶ強引だったよ。

 そうして女中を探して城の廊下を歩いていた時だったかな、爆発音が城中に響いた。


 最初に燃やされたのは火薬庫だった。それから次々に火矢が飛んできて、敵襲だと叫ぶ兵の声がして……いろんなことが次から次に起こった。


 私はただただ呆然としていた。何が起こっているのか理解できていなくて……でもリンは違った。私の手をつかんで走り出した。私もリンに引っ張られるまま、無我夢中で走って……でも燃えた柱が崩れて来て……そこから先の記憶はないんだ。


 気付けば私は布団の中で眠っていた。一瞬、全てが夢だったのかと思ったけれど、全く知らない家の中で、見ず知らずの人が隣にいて、違うってすぐにわかった。私が目を覚ましたことに気付くと、その人は私に気を失った後の経緯を説明してくれた。城が落とされたこと、生き残ったのは私だけなこと、もう私には帰れる場所はないんだってこと……泣いて涙が止まらない私に、その人は、ここで良ければ好きなだけいてかまわないと言ってくれた。

 それが今の忍びの村で、その時に私を助けてくれたのが頭だった。


 そんな感じかな? そこから今の私がいる。最初はいろいろ大変だったけど、今では村の忍びの中でも優秀だって言ってもらえてるし、みんなからも信頼されてる。任務はたしかに危険だけど、それでも、私は今幸せだよ。だから……そんな顔しないで。

 私は以前の我儘な姫だった自分よりも、今の自分の方がずっと好きだから。


 ……うん。でも、そうだね。今でもたまに頭を過ることがあって……結局、火薬庫に火を付けたのは、誰だったのかなって。敵の城が攻めてきたのは事実だし、実際その兵たちの攻撃によって城は落とされた。でもね、それは全て火薬庫の火薬が燃えて、こっちが石火矢や火縄銃とか、一切の火器が使えなかったことが大きいって思う。

 一応、強い兵力を誇っていたじゃない? だから私の城は当然、守備も完璧だった。今まで忍び込んで来た曲者も生きて帰れた人は一人もいなかったし、本当にネズミ一匹入り込む隙なんてなかったの。

 それくらい完璧だったのに、なぜあの夜だけ敵の侵入を許したんだと思う?


 私はね、ずっと変だと思ってるの。


 なんでリンは嗅いだこともない火薬の匂いをそれだと言い切ったのか……なんでみんなが混乱してる時にあの子だけ冷静だったのか……なんであんなに迷いなく、まるで助かる方法がわかっているみたいに……真っ直ぐに走ることができたのか。


 ……もし、全部あの子がやったことだったとしたら?


 ……なんでそんなことしたのか、その意味はあるのか……なんで自分は死ぬ道を選んだのか……なんで、一緒に生きてくれなかったのか?


 ……。


 ……それらを考え出すといまだに眠れなくなる。真実はわからないよ……頭に聞けたらよかったけど……もういないから。ずっと一緒にいても心の中で思ってることはどうしたってわからないものだって学んだし……だから、あんまり考えないようにしてるの。経緯がどうあれ、私は今生きてるし、生きなきゃいけないっていうのは変わらないんだから。


 一度だけ、リンと一緒に城を抜け出そうとしたことがあってね。塀を乗り越えようとして、私が先に登って、リンを引っ張り上げて……そしたらあの子遠くに見えた海に感動して……あんまり外の景色なんて見れなかったからしかたないんだけど。すごいすごいって……あんなにはしゃいでるリン、初めて見たなぁ……そのせいで城兵に見つかっちゃって失敗に終わったけど。


 連れ戻される前に、あの子、私のことを「すごい」って言ってくれたの。私なら、きっとなんでもできるって、できないことなんてないって……なんの根拠もなく言い切っちゃって……その後に「海、見せてくれてありがとう」……そう言って笑ってた。


 全然違うのにね。私は完璧じゃないし、むしろ全然ダメだし、わからないことだらけだし、全部が嫌になる時だって毎日のようにある……でもね、この時のリンの笑顔を思い出す度に私は生きれるの。あの子の存在が私を生かしてる……あなたにもきっとそんな人がいるんでしょう? だから、お互い生きて……こうしてまた巡り会えたんだろうね。


 そろそろ時間だね……今日は本当にありがとう。あっという間だったけど、いろいろ話せてよかった。またこの辺にも来てね、今度も絶対見に行くから……ああ、でもそうか……次会う時もその姿かどうかはわからないよね。

 ……え? だって、昔あった時は違う姿だったでしょ? 覚えてない? そっかぁ、たしかに長くやってるといつどんな姿で会ったかわからなくなるかもね。私も気を付けてはいるんだけど、なかなかね。


 大丈夫、誰にも話さないから……いろいろ事情があるのはお互い様でしょ? 無駄な争いは避けたいし……できれば、あなたとは戦いたくないと思ってる。これは本心だよ。リンはあなたをすごく気に入っていたから、あの子が悲しむようなことはしたくない……当然、知ってるでしょう?

 だから、今後ももしあなたに会えることがあったとして、そこが戦場じゃないことを祈ってるよ。


 じゃあ……お互い、絶対に生きてまた会おうね。

 次はあなたの話を聞かせてよ……そう、約束よ?

 ……忘れないでね。

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