十一・帰ってきた日常

第12話

「ちょーっと待ったーっ! 今あたいの中でラップとテクノミュージックがダブルで流れてんですけど!?」

 マイクを持ち、電子ピアノを弾く空。

「に、二十万が手に入るだと?」

 呆然としている春。

「ははっ。冗談は顔だけにしてよね……」

 顔が引きつっている夏。

「二十万があったら、なにができるの?」

 と、雪。

「そりゃもう生活費の足しにもできるし、好きなものもなんでも買えちゃうさ!」

 と、太陽。

「我が神社の建て替えもか……」

 感心しているこうき。

「では、順を追って説明致します」

 空のお目付け役が、説明を開始した。

「お嬢様がからくり工場の設立を考え始めたのは、去年の秋頃でした。図案を見た時、作るのにやっとやと思いました。せやけど、お嬢様は、巨大からくりメカまで作る言いはるんです。言い出したら聞かんお嬢様のことやので、しかたなく、それを許したんです。ただ、やはりメカを作るとなると、経費の方はオーバーしてしまうことになりますので、そこで、あり合わせのもんを用意したらどうやろと思い、ご両親様ともご協力をいただいて、他の建築業者の方々から、材木やら鉄やらをもらい受けたんですわ」

「それで、なんとか空ちゃんの作った設計どおりに、完成したってわけね」

 秋が聞いた。お目付け役はうなずいた。

「しかし、メカ……巨大からくり貴公子は十分しか動かんようになってしまいました」

「あれだけでかいのが作れるのもすごいと思うけどね……」

 と、夏。

「元は材木や竹を合わせて作ったもんです。男百人がかりでしたら、簡単に持ち上がります」

「えー?」

 夏は驚いた。

「そういえば、工場自体も嵐が来たら簡単に吹き飛ぶとか言ってたよな」

 と、春。

「もしかしたら、みんなでがんばって押せば、壊れたかもよ?」

 雪が春の腰をひじで突いた。

「信じらんない……」

 と、空。

「三ヶ月寝る間も惜しんで考えた設計なのに予算もかけないで見た目だけらしくしたあげくこの始末かよ!」

 息を切らすことなく言い放った。

「あんただってわかってるはずでしょ? あたいがなんでこんなこと思いついたのか。それなのに、それなのになんで……なんで!」

「お嬢様……。申し訳ありません……」

 ひざまずいた。

「うそつき!! アホったれ!! バカ!! もうあんたなんかどっか行っちゃえ!!」

 怒号を浴びせる空に……。

 春が胸ぐらを掴んできた。

「聞いたところによれば、お前は設計図だけ書いて、あとのことはすべてお目付け役と親、さらには従業員にしたと思わせて借金を払わせようとした私ら任せじゃないか!」

「エッチ……」

 と、空が言うと、近くにあった家の塀に押し付けられた。

「いいか? 私らは今日までどれだけがまんしてきたかわかるか! 大事なものすべて事務室に預けて、二十万のために働いたんだ。それがなんだ? 借金を返すためだ? あげくにやっぱり二十万出せそうだ!? お前は、お前はなんの権限があって私らを!!」

「お姉ちゃん!」

「やりすぎだよ……」

 夏と雪が止めに入ってきた。春は、胸ぐらを掴む手を離した。

「今回のことは、本当に申し訳ないと思っとります」

 お目付け役が言った。

「ただ、お嬢様にもお嬢様なりの理由があったんです」

 お目付け役は、空に目を向けた。自分で話すようにと、促したのだ。しぶしぶした様子だったけれど、春たちに顔を合わし、話すことを決意した。


 空は物心ついた時から、両親とともに世界を行き来していた。ロシアに来て一ヶ月後すぐにフランスへ旅立ち、その三ヶ月後に中国へ向かい、その二週間後には、インドへ旅立っていた。そんな生活が続き、気づけばイギリスはロンドンにいた。十五歳、キリスト教の高校に通っていた。

 空は、今の今まで友達と呼べる人がいなかった。数ヶ月経てば引っ越してしまうのだから、当然だ。家まで元兵士のお目付け役が馬に乗せて送ってくれる時間、聖書を読む時間、食前の祈りの時間、授業の時間、お目付け役が迎えに来てくれる時間。ただそれだけが、刻一刻と過ぎていく青春だった。

 そんなある日だった。

「ん?」

 十五の空は、美術室で物音がしたので覗いてみた。

「わあ……」

 思わず声を上げてしまった。

 美術室で、からくり人形が発明されていた。全身木組みの、シルクハットをかぶった、中年男性をイメージしているようだった。身長は百六十ほどと、まさに中年男性そのものだった。

「誰?」

 からくり人形を作製中であろう女の子が空に気づいた。空はあわてた。

「びじゅ……びじゅちゅし……。びーじゅーつーしつ勝手に使ったこと、チクリに来たの?」

 "美術室"を言いづらそうにして聞いた。空は首を横に振った。

「あっそ。じゃあ出てって」

「な、なにを作ってるの?」

「なにって。見てわからないの? からくり人形よ」

「か、からくり人形?」

「そう。こいつの背中にあるレバーを下に引くとね」

 下に引いた。すると、中にある歯車が動き出し、ゆっくりと前進した。ちょっと気味が悪かった。

「すごいでしょ? でもまだこれ試作でさ」

「試作!?」

「うん。もっと人間らしく、いろいろなことをできるようにしてほしいなって、思ってるんだ」

「試作っていったら、普通もっと小さくしない?」

「はあ? あたしは実用的なものを求めてんのよ? 第一、小さいの作るくらいなら、びじゅちゅ……びじゅ……」

「美術室」

 空が言うと、目をそらした女の子。

「うふふ!」

 空が笑った。

「なんだよ?」

「別に」

「どういう意味だよ!」

「あっはっは!」

 空は、この日初めて誰かの前で、学校で笑った。

 それからというもの、空は彼女と会うようになった。からくり人形をより良いものに完成させるため、お手伝いもした。早いもので月日は流れ、空は高校卒業間近、十七歳になっていた。

 明後日が卒業式という日。空と彼女は、美術室にこもり、からくり人形の作製に励んでいた。

「はあーあ……」

 背中を合わせて座り込んだ。ダメだった。なにをしても、人らしくはならない。

「くっそ!」

 女の子は、壁をなぐった。

「壁がかわいそうよ」

 と、空。

「んなもんどうでもいいわ! それより、もうこの学校ともおさらばになっちゃう。それまでに、こいつを完成させないと……」

 額に手を押さえる様子の彼女を見て、空はそっと肩に手を触れた。

「私は好きだけどな、このからくり人形」

 女の子は顔を上げた。

「レバー一つで歩くことができるなんてさ、きっと荷物を運んだり、子どもと遊んだり、きっといろんな場面で重宝されるよ」

「でも、それだけのことだろ……」

「ううん。すごいじゃん、今の時代にさ! 人型のからくり人形が、歩いて、荷物を運んで、ほうきを使って、子どもと遊んでさ。おもしろいよとても!」

「空……」

「私は大好きだよ?」

 女の子はそっとほほ笑んだ。

「その言葉を聞いて安心したよ空」

「そうなの。あ、でさ……」

 空が話す間もなく、

「じゃあいつか、これを超えるくらいのすごいの作ろうぜ!」

「へ?」

「その名も……」

 両手をいっぱいに広げ、言った。

「巨大からくり人形!!」

 しかし、その翌日から、空は約束を果たせなくなってしまった。なぜなら、日本へ戻ることになってしまったからだ。


「突然だった。日本に戻ることが決まったのは、その日の夜だもん。だからあたい、手紙もなにもあの子に送れてない……」

 空はしゃがみ込み、倒れている巨大からくり貴公子の巨大な指をなでた。

「だからあたい一人でも、完成させようと思ったのよ。あの子のためにも! そしていつか、会うために!」

 すべてを聞いた春たちは、なにも言えなかった。自分たちはただ空に巻き込まれただけだった。しかし、それは昔馴染みと会うためだったことを知った。なにをどう答えればいいのか、考えつかなかった。

「あっ」

 雪が声を上げて、空の元へとかけてきた。

「雪?」

 声をかける春。雪は空の前に立つと、顔を上げて見つめた。

「な、なにかしら?」

「ごめんなさい」

 なんと、丁寧におじぎして謝ってきた。一同は目を丸くした。

「雪たち、空さんがお友達に会いたくて建てたとも知らずに、お金のためとか、早くお家に帰りたいとか思ってごめんなさい。でもちゃんと始めに言ってくれたら、雪たちも協力したんだけど……。ごめんなさい!」

 空は当惑した。急な謝られて、なんと返したらいいのかわからない。

「きっと、この子はお互い様やということを言いよるんです」

「へっ?」

 空の後ろからお目付け役。

「お嬢様。あなたがほんまに心の底から謝りたいと思っていはるんなら、この子とその他皆様に、頭を下げたほうがええですよ?」

「あたいは……」

 雪だけでなく、春、夏、秋、太陽、こうきまでも頭を下げていた。

「人に頭を下げる質じゃないんだけどな」

 と、春。

「ニス塗りの時、暴れてごめんなさいね!」

 と、夏。

「私も勝手に潜入して悪かったわ」

 と、秋。

「お、俺からも」

 と、太陽。

「すいません。雪と脱走した時、陰陽師の力で警備たちを洗脳したんです……」

 と、こうき。

「皆様、お嬢様のことを悪う思てません。わたくしも、お嬢様に隠し事をして、誠に申し訳ございませんでした」

 お目付け役も頭を下げた。

「……」

 空は呆然として、答えた。

「勝手なことして悪かったわね。ごめんなさい……」

 ぶっきらぼうな謝り方をした。

「うんいいよ!」

 雪が握手を求めてきた。仲直りの握手だ。空は少し戸惑ったが、ほほ笑んで、握手した。

「さーてと! おしおきの時間だ!」

「ほへ!?」

 夏が、空のほおを引っ張った。

「空ちゃんのおごりで、うな重連れてってもらいまーす!」

「さんせーい!!」

 全員手が上がった。

「はあー!?」

「お嬢様、わたくしもお願いします」

「え、ちょっと! あたい持ちかよ!!」

 財布はすっからかんになったけれど、自分の含め、全員分のうな重を払ったという。


 からくり工場が解体されてから数週間目の朝。雇われていた人たちは、今までどおりの日常を過ごしていた。そして、それは春たち一家も同じだった。

 家の庭に出て、春は朝日に向かい、背伸びをした。

「二十万もらえれば、こんな畑ばかりの町外れじゃなくて、町内のすてきなところに住んでたかもしれないのにね」

 洗顔をおえて、井戸から戻ってきた夏が言った。

「そのうち稼ぎのいい旦那でも作りな」

「そっちこそ」

 春は縁側から刀を持ってきた。

「その刀、いつまで持っていられるのかな?」

「さあな。工場にいた時みたいに、ずーっと持てなくなる日が来るかもしれない」

「だとすると、お姉ちゃんなんの取り柄もなくなっちゃうね」

 春は、刀を構えると、「フッ」と笑った。

「その時は頼んだよ。空手家さん」

 素振りを始めた。

「朝ご飯ができたわよ!」

 秋が二人を呼びに来た。

「はーい」

 夏が返事をした。


 居間で、家族そろっての朝ご飯。久しぶりすぎて、ちょっと照れくさかった。

「あのねお母さん。雪ね、読み書きじゃ寺子屋一なんだよ?」

「へえー、すごいわね。じゃ、次はそろばんで一番を目指しなさい」

「そろばんはちょっと……」

「そうだ。今日父さんな、海に出るんだけど、大物を釣ってくるからな。今夜の飯にしてやるぞ!」

「えーっと母さんはね……。あ、特にないわ」

「久しぶりにお休み?」

 夏が聞いた。

「そうね。ずーっとからくり工場に潜入してたもの」

「あたしは今日バイトだよ。数ヶ月ぶりだし、あたしのこと忘れてたりしないかなあ?」

「雪も寺子屋だよ」

「二人ともがんばれよ」

 太陽が応援した。

「春お姉ちゃんはなにかあるの?」

「え?」

 春は箸を止めた。

「春ちゃんは、お母さんのお手伝いをしてもらうわよ」

 春の肩に手を置いた。

「さーてと。ではでは、海へとまいりますか」

 ご飯を食べおわった太陽は、仕事へ向かった。

「あたしも行かなくちゃ。なんてお詫びしよう?」

 夏もバイトへ向かった。

「雪も行かなくちゃ!」

 雪も寺子屋へ向かった。

「いってらっしゃ~い」

 春と秋は三人を見送った。

「で、母さん。手伝いっていうのは……」

 腰に付けている刀に触れた。

「家を留守にしている間、忍び込んできた刺客を倒すこと」

 秋は懐に隠しておいた手裏剣を天井に投げつけた。

 すると、天井の真ん中が開いて、黒い忍び装束の忍者たちが現れた。床からも、真ん中の畳が開いてちゃぶ台がひっくり返ると、たくさんの忍者たちが現れた。

「女二人に数人がかりでやってくるなんて、卑しい身分ね」

「そうまでするくらいなら、お手並み拝見といこうか!」

 春と秋はかけ出した。忍者たちもかけ出した。

 春と忍者のくないがぶつかりあった。春は忍者を勢いで倒した。さらに、次から次へと忍者がくないを持って攻めてきた。しかし、それがなんのその。春はどんどん忍者たちをなぎ倒していった。

 秋は忍術を使うというよりも、空手や合気道など、格闘技を使用して忍者を倒していった。関節を逆攻めにしたり、背負投げして庭に放り出したりした。

「はっ!」

 後ろから、羽交い締めにされた。でもあわてることなく、そのままアッパーをかけたのだ。空と戦った時に見た、技を。

「てりゃあ!」

 春は、忍者を切りつけ倒した。

「はあっ!」

 秋は、かぎ縄を使って、忍者を天井に突き飛ばした。


 こうきは、両親が経営している神社の拝殿で、退屈していた。

「雪、今頃寺子屋かなあ」

 お茶をすすった。

「水晶玉よ。雪はいずこへ……」

 占ってみた。しかし、出なかった。

「当然だよ。占いはしょせん出任せを言って、洗脳はその気になるように、特殊な雰囲気を出すだけさ。なにかは言わないけど」

 でも、雪に会いたいと思うのだった。

 

 春と秋は、約二十名あたりの刺客たちを成敗することに成功した。おかげで居間がめちゃくちゃだ。忍者たちは、全員庭に放り出した。

「とりあえず、全員牢屋に送ってもらいましょう」

「じゃあ、町奉行呼ぶか。母さん見張っといて」

「はーい」

 秋は山積みになった刺客たちの上にドサッと座り込んだ。春は、町奉行を呼びに、町へと向かった。

 夏は、いつもどおりバイトを続けていた。店長が気さくな人で、久しぶりに来た時の様子から、なにか事情があったのだろうと飲み込んでくれた。働いている社員一同、夏が戻ってくるのを待ってくれていた。

 雪もいつもどおり寺子屋に通っている。手習い師匠も友達もみんな雪が帰ってくるのを待ってくれていた。久しぶりに来て早々、そろばんの勉強だった。がっかりしたけれど、今寺子屋にいる時間がなによりも幸せだった。

 太陽は、事前に休みを取ることを言っていたが、漁師仲間たちがみんな戻ってくるのを待っていた。久しぶりの海、気持ちが燃え上がってきた。

 そして、空は。

 また両親の仕事の都合で、日本を旅立つことになった。場所はイギリス。いっしょにからくり人形を作った友達と出会った場所だ。

「ねえ、会えるよねまた」

 船から海を見つめ、お目付け役に聞く空。お目付け役は答えた。

「もちろん。またすごいもんを作ってください」

 空一家を乗せた船が出港した。

 しばらくして船が港を離れた時だった。

「お嬢様! 港をご覧ください!」

「はい?」

 空は目を見開いた。

 港では、"また会おうね!"と刺繍された大きな垂れ幕が掲げられていた。掲げているのは、春一家とこうきだった。秋と太陽が両端を持ち、片手を振っていた。

「元気でねー!!」

 秋の隣の夏が手を振りながら叫んだ。

「また遊ぼう!!」

 夏の隣にいるこうきと雪は、つないだ手を上げて叫んだ。

「体にだけは気をつけなさーい!!」

「がんばれー!!」

 秋と太陽が叫んだ。

「またなー!!」

 夏とこうき、雪の間にいる春は、両手をメガホンにして、高々に叫んだ。

「なによあいつら……」

 目をこすりながら笑っている空。自分には垂れ幕はないけれど、メッセージを伝えることにした。

「次はうんとすごい発明をして!! あんたらをあっと言わせてやるわよー!!」

 せいいっぱい伝えた。だいぶ離れているので、お互い、声が聞こえたかどうかはわからない。でも、仲良くなって別れることができたのだから、めでたしめでたし。

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