十・発動!からくり貴公子

第11話

戦いの火蓋が切って落とされた。

 空手の構えをして、すぐに空の元へダッシュした夏。

 空は、夏の突きや蹴りを軽やかに交わしていった。正拳突せいけんづき、き、連突れんづき、かぎき。どれも体を仰け反らしたり、左右に揺れるだけで交わしていった。

「やあーっ!!」

 回し蹴りを放つ夏。

「あっ、しまった!」

 かました右足を、つかまれてしまった。

「このっ!」

 突きをお見舞いしようとするも、手首をつかまれてしまった。

「ならこれで!」

 頭突きを食らわせようとした。

 しかし、空は夏を背負投げした。片手で遠くまで投げつけた。

「夏!」

 春がかけつけた。

「な、なんて強さ……」

 夏は気絶した。

「さあ、どっからでもかかってきなさいよ。日本空手チャンピオンの空様が相手してやるからさ」

 指をポキポキ鳴らしながら威嚇した。

「待てよ? 日本空手チャンピオンの空って……」

 春が考えているところに。

「ああ!!」

 こうきが大声を出した。

「どうした!」

 春が聞いた。

「お、思い出したぞ。日本空手チャンピオンの空って、一年前、この町で世間を騒がせた、あの空だ!」

「そうだわ……。日本はおろか、海外からやってくる強者もこてんぱにしちゃうあの空よ……」

 秋も思い出したようだ。

「君たち知っているのかい? 俺にはさっぱり……」

 なにも知らない太陽。

「ああ雪も思い出した! 去年チャンピオンになって、すぐ高飛びした人だよ!」

「ご存知でうれしいわみんな。そうよ。あたいは日本で空手のプロになって、そのあとアメリカ、中国、韓国を渡って、さまざまな格闘技を会得したのよ」

 と言って、地面で足をザッとすべらせた。

「日本の古い武芸しかないお三方よりも、強いのよ!」

「そんな……」

 困惑している雪。

「そんなことやってみなくちゃわからないじゃない」

 秋が佇んだ。

「こちとら忍びの道を歩んで二十年なのよ? あんたがなにをしようとしているのか、よーく観察してやるわ」

 自分の目元を指さして言い放った。

「じゃあやってみてごらん!」

 走った。

「たあっ!!」

 ストレートキック、後ろ蹴り、トルリョ・チャギ、側踹腿そくてきたいを連続でかましてきた。

「たあーっ!!」

 秋は交わしながら、当惑していた。

(ダメだわ。パターンが読めない。いろいろな技を繰り出してきてるみたい……)

 くノ一になるために習った武道といえば、空手と剣術のみ。きっといろいろな国の格闘技が混ざっているのだろう。それらが合わさって放たれているような、連続で放たれているような、とにかく、次の攻撃に移るのが速い。

(ましてそれが日本の格闘技ならず、世界各国のものなんて!)

 つめが甘かった。確信した。そのうちやられると。

「とどめだ!!」

 空が後ろに回った。首筋をチョップでやられた。

「うう!」

 痛そうにして、座り込んだ。

「秋!!」

 太陽がかけつけようとして、

「来ないで!! あなたは雪ちゃんやこうき君とどこかに隠れていなさい!!」

 警告した。

「い、いやでも君は……」

「大丈夫よ、これくらい……」

 しかし、首筋には尋常じゃないほどの痛みを感じている。

「あれれー? そこぶつけられても気絶しないんだ。マンがじゃ気絶するのになあ。さすが忍者ね〜」

 ほくそ笑む空。

「お母さん。あれはあたしたちの手には負えないと思うよ」

 かけつけた夏が言った。

「あの子はね、あたしたちよりはるかに格闘技を勉強している。しかも、日本以外の場所で。だから、日本だけに留まっているあたしたちの織りなす技なんて、お見通しよ」

「悔しいけど、母さんたちじゃレベルが違うってことだよね」

「なははは! 呆れた、もうあきらめちゃうの? これだから日本人は。海外にはね、どんな苦痛も笑って乗り越えられる人がいっぱいいたのよ? それをなに? あたいがお三方より強いからってへたこれてさ。ほんっとグズだよね」

 嘲笑する空。

「そこで隠れてるお三方も!」

 茂みに隠れている、太陽、こうき、雪のことである。

「つまんねーやつらだなあ……。あははは!」

 にらんですぐ笑った。

「じゃあお前さ、剣は振ったことあるのか?」

「は?」

「剣は振ったことあるのかって、言ってんの」

 そう聞くのは、春だった。

「剣?」

 空は答えた。

「武器なんて使ったら卑怯じゃん。素手でなんぼでしょ?」

 春は、一点に空を見つめ、視線をそらさない。

「へえー。あんたは剣が得意なんだ。とんだ卑怯者さんなんだね!」

 春の手が、腰に下げている刀に触れた。その瞬間、空は石を投げた。

 ほんの一瞬だった。春が刀を出し、投げつけてきた石を真っ二つに切りつけたのは。まばたきをしているうちに、刀は鞘にしまわれていた。

「え?」

 呆然としている空。

「空、武器を使うのは卑怯だと言ったな。なのにどうして私が剣に触れた瞬間、石を投げつけた?」

「えっと……」

 空はムッとした顔になって答えた。

「もうーっ! こんなシリアスな状況耐えられなーい! 歌うぞ!」

「え?」

 唖然とする春。

「天使になった空ちゃんの歌! 始めと終わりは三三七拍子で、途中アップテンポな感じでいく曲でーす」


♪天使になった空ちゃんの歌♪


さんさーんななびょうしでリズムを取ったら


天使っぽいよね 天使っぽいよね


るんたったるんたった るーんたった


(はいここからアップテンポでしていくよ!)


あーたし生まれはにほーん


江戸川区で生まれたー


お家はおーかーねーもーちの貿易商


海外出て気づいたよ 日本は古くて遅れているー


ああ つまんない


(はいここからインド風に!)


古い日本を変えてやれ


なにかあっと言わせるもので


古い日本を変えてやれ


そうだ工場作ろー


(ここから中華風入りまーす!)


工場作って


ついでになにか作ろうとして


巨大からくり貴公子を


思いつーいーたー


(でもそれが多額の借金を背負う要因となったのです。工場だけ作れば、うちにあるお金だけでなんとかできたものを、巨大からくりを作りたいという欲に負けて、背負ってしまったのです)


そこで社員を百人雇い、二十万ずつ出してもらうことにしたー


(三三七拍子!)


さんさーんななびょうしでリズムを取ったら


天使っぽいよね 天使っぽいよね


るんたったるんたった るーんたった


 歌がおわった。

「つまり、巨大からくり貴公子ってのさえ作らなければ、借金なんて負わずに済んだってことなんだね」

 雪が言った。

「そういうこと」

 と、空。

「雪、よくわかったなあんな歌で!」

 太陽がホメた。

「ここに来て、だいぶかしこくなったのかな?」

「お父さん。きっと、僕がいたか……」

 こうきが自慢する間もなく、

「歌だもん。わかりやすかったよ?」

「……」

 自慢気な表情のまま、呆然とするこうき。

「それで、私たちは歌を聞いてなにをしろと?」

 春が聞いた。

「なんで急にうたったと思う?」

「知らんわ」

「えー? それでいいのかなあ? ふんふーん♪」

「いつの間にのど自慢大会になったって言いたいのか」

「ノーノー。もうすぐ答えがわかるよ」

 突然、空が走った。

「ま、待て!」

 春も追いかけようとした。

「お姉ちゃん!」

「夏! 母さんと父さんと雪とこうき君を頼むぞ!」

 と言って、空を追いかけていった。

「一人ずつ名前を言ってった……」

 唖然とする夏と秋だった。

 空は、製造所の前にいた。

「空! 一体なんだというんだ!」

「いいの? ほんとにいいの?」

「いいのって……。なにがなんだかよくわからんが、こっちは体制が整っているんだ! どんと来やがれ!」

 刀を振りかざした。空は笑った。

「そんなもんじゃ敵うはずないわよ。バーカ! あっかんべー!」

「はあ!?」

 呆れた様子の春。

「もういっか。これより、巨大からくり貴公子を、開示致す!」

 製造所入口の扉横の壁をめくると、レバーが出てきた。空はそれを下に引いた。

 地震がした。

「離れて!」

 空は、春もいっしょに押して、製造所から離れた場所へ移動した。

 しばらくして、地震とともに、製造所がパカーンと展開した。その中から、地下で発明されていた、巨大からくり貴公子が、現れた!

 春、夏、秋、雪、太陽、こうきは自由の女神と同じ高さをした貴公子に、呆然として見上げた。長さ約二十五メートルのシャクを持ち、自由の女神と同じ高さの貴公子が、からくり工場の敷地内に、佇んでいた。

「よくやったわ秘書ちゃん!」

 巨大はかまの裾から、階段が降りてきた。そこから、着物とその上にフリルの付いたエプロンを身に着けた舞妓が現れた。

「お嬢様。巨大からくり貴公子は、無事完成どす……」

「はっはっはっ! じゃあ、さっそく町へ行こうっと」

「町って!」

 春の目の前に、空の秘書が立ちはだかった。

「あ、そうだ。あんたのお母さんに伝えといて。秘書の真似下手くそすぎだって。これがほんとのあたいの秘書……お目付け役なのよ」

「なに!? うわっ!!」

 秘書……お目付け役がくないを投げてきた。

「こいつ! やる気だな!」

 お目付役は、振り袖からかぎ縄を取り出して、春の両手首にしばり付けた。

「く、くそ!」

 必死で縄を切ろうとするも、なかなかうまくいかない。このままでは、思うツボだ。


「ひょ〜!」

 巨大からくり貴公子の操縦席の中を見渡して、興奮を抑えられない様子の空。

「これが専用マイクで、これが手を操作するアーム。これが足を操作するアーム!」

 マイクは、メガホンのようになっていて、上に付いている。さっそく、声を発信してみることにした。

「あーあーマイクテスマイクテス……。諸君! これから町へ向かい、このメカのすばらしさを見せつけてこよう!」

 空の声が、巨大からくり貴公子から響いてきた。

「日本を征服してやる……。発進!」

 足を動かすアームを手前に引いた。巨大からくり貴公子が、ゆっくりと前進した。人の体じゃ十分大きすぎる壁と大門を、蹴散らしてしまった。

「ん?」

 畑を耕す百姓が、ドシドシという音に振り向いた。

「うわあ〜!!」

 巨大からくり貴公子が現れて、逃げた。畑は踏みつけられて、むちゃくちゃになった。

 森の木よりも高い巨大からくり貴公子は、森の木をふみつけていった。

「うわあ~!!」

 山賊や木こりたちが逃げた。

「うわこれ最高!」

 空は、操縦に夢中だった。


 春とお目付け役は、戦っていた。春は刀を使い、お目付け役はかぎ縄やくない、手裏剣などを使った。

「チッ。なかなか近づけない……」

「彼女は忍者よ。使っている武器からしてね」

「母さん!」

「あんたはあの巨体を追いなさい。母さんが食い止めるわ」

「行かせはせえーへん!」

 お目付け役は春に向かって、棒手裏剣ぼうしゅりけんを投げつけた。しかし、それは秋の二本指で受け止められた。

「行きなさい、春!」

「わ、わかった」

 春が向かおうとすると、お目付け役は次も棒手裏剣を投げつけようとした。しかし、秋に手首をつかまれて、動きを封じられてしまった。

「あんたの相手は私よ! 忍者なら、忍者と戦いなさいな!」

 春が工場を出ると。

「お姉ちゃん!」

 夏、雪、太陽とこうきがいた。

「行くよ! 空は、町へ向かったと思うわ」

「そうだな。町に違いない!」

 一行は町へ向かった。


 文字通り、巨大からくり貴公子は、町へやってきた。町人たちはそろって逃げ惑っていた。

 八百屋がつぶされ、魚屋がつぶされ、骨董品売り場がつぶされ、和菓子屋がつぶされた。

「はっはっは! 見たか知ったか驚いたか!」

 空が笑っていると。

「空!!」

「ん?」

 操縦席から見える穴、外からだと額の穴から見える下を見た。そこには、春と夏がいたのだ。

「あれれー? うちのお目付け役とやんややんやしてたんじゃなかったの?」

「残念だが、うちの家族にあんたと同じ忍びがいるもんでね。頼んでいるのさ」

 春が答えた。

「あたいを止めようって言うんでしょ? 無理無理! こんな自由の女神ばりの大きさに、敵いっこないもの!」

「どうかしら? あたしたち、これでも悪運は強いほうなんで」

「あわわ……」

 樽の裏に隠れているこうきと雪。

「あっそ。じゃあ遠慮なくいくからね!」

 春と夏に、巨大なシャクが降りてきた。

「わーっ!!」

 声を上げるこうきと雪。もうダメかと思った。

 しかし、春と夏は、シャクの上に乗り、かけ出した。夏はシャクから跳び上がって、巨大な振り袖につかまった。

「おのれ〜!」

 空は操縦アームを動かした。ゆらゆらと揺らめく巨大からくり貴公子にもかまわず、春はシャクの上を走る。シャクから足を離れることがあったが、すぐに戻って、体制を立て直した。

 夏は巨大な振り袖につかまり、クライミングみたいに登った。

「落としてやる!」

 空は、巨大からくり貴公子の手で払って落とそうとした。

「おしまいだあ……」

 両手で顔を覆うこうきと雪。

 しかし、その払う手につかまり、ぶら下がっている夏。こうきと雪は、腰が抜けてしまった。

 振り払おうとして、ゆらゆら揺らす巨大からくり貴公子の手。けれど、夏は離れようとしない。

「空手で鍛えた握力舐めるなよ!」

 寄ってくるハエを追い払おうとするように、両腕をぐわんぐわん動かしている巨大からくり貴公子。

「うわーん! 取れないよ〜!」

 泣き言を叫ぶ空。

「きゃっ!」

 ついに巨大からくり貴公子が足をすべらせた。

「あ、やば」

 と、夏。

「まずいぞ! ひっくり返ろうとしている方向に城がある!」

 りっぱな城があった。もしこのまま倒れたら、つぶされてしまう。

「どうしよ〜!!」

 巨大なはかまの裾をつかんだまま叫ぶ夏。

「いやどうするもこうするも……」

 巨大なシャクに乗ったまま呆れる春。そうこうしているうちに、そのまま巨大からくり貴公子は、ひっくり返ってしまった。お城はつぶれてしまった。

「だ、大丈夫。歯車が回る限り、起き上がることもできるもん!」

 手足を動かそうと、アームを操作した。

 動かない。

「あれ? 動け。動いて。動けったら!」

 ハッとした。歯車の音がしない。

「ということは、止まった!?」

 操縦席の扉が開いた。春と夏がいた。 

「あたいはまだあきらめないぞ!」

 操縦席から出て、カンフーの構えを取った。

「あきらめろ」

 と、春。

「せっかくメカを完成させたんだ。日本を横断して、世界へ向かうんだ!」

「ひっくり返って止まっちゃうようなのと?」

 と、夏。

「だまれ!! あたいが三ヶ月かけて設計したメカだ! お前らにも誰にも言われる筋合いはなーい!!」

「お嬢様、もうええんです。もうええんですよ?」

 春と夏の後ろから、お目付け役が現れた。

「なかなかの相手だったわよ」

 秋も現れた。

「お母さん! ケガがなくてなにより」

「お母さーん!」

 雪がかけてきた。秋は、かけてきた雪を抱きしめた。

「互角でさ、全然勝負が決まらないのよ」

 秋とお目付け役は、同じ忍びで、同じ戦闘能力だった。

「ということは、歳も同じくらいなのか」

 どこからともなく、太陽が現れた。太陽は、秋の投げた手裏剣が、額に刺さった。

「お城がむちゃくちゃだあ」

 こうきも現れた。

「お嬢様。このからくり貴公子は、十分しか持ちまへん」

「はあ!?」

 目を見開いた。

「ある時、お嬢様が多額の借金を抱えていることを知りました。なのでなるべく費用を押さえられるようにと考えたまでで……」

「……」

「工場全体も、あり合わせのもので作りました。の建築業者から残りの材木をいただいて、作り上げました。嵐が起これば、一発で吹き飛びますねん」

「え、ちょ、待って……」

「借金の話も元々ありまへん。もしかしたら、ほんまに二十万月で出せたかもしれませんどすなあ」

「は?」

「ひ?」

「ふ?」

「へ?」

「ほ?」

 順に春、夏、秋、雪、太陽が言った。

 こうきが叫ぼうとした同時に、

「えー!?」

 みんなで叫んだ。空を越え、宇宙を越えるくらい、声が響いた。

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