九・からくり工場社長・空
第10話
地下で製造中の巨大からくり貴公子は、外部と内部も完成に近づいていた。見た目は、巨大な貴公子そのものだった。
「にゃっはっはっ! あとどのくらいでできそう?」
「はい。あと三日もすればできるかと」
頭に手ぬぐいを巻いた作業員が答えた。空はにんまりとした。
「よーし!前祝いとして、今夜は社員一同でごちそうだあ!」
空の思惑で、今夜はフランスブュッフェになった。江戸時代じゃ考えられないメニューだが、海外と面識の深い家柄だ。できないこともなかった。
「空社長。給与明細作成の時間です」
秘書が声をかけてきた。
「は?あんたなに言ってんの?あたいそろばん使えないんだけど?」
「百人近くの社員の給与を管理するのに、人手不足すぎるんです」
「うーん……。わかったわかった。行くだけ行くわ」
空は、秘書と社長室へ向かった。
空は、社長室の席に、ドサッと座り込んだ。
「はあーあ。つーか、給与なんてないっつの」
「はい?」
「え?いやいや秘書ちゃん兼あたいのお手伝いさん。一人一人与えられる給与二十万っていうのは、巨大からくり貴公子作りの借金でしょ?うまいこと求人広告配って、そしたら思いの外百人近く集まったんだよね」
「そうなんですか……」
「百人くらいいれば、完成したあと一人二十万ずつ出して、借金返済できるでしょ。あたいたちは、出さなくていいわけ!」
「……」
「どうしたのなんかいやな顔しちゃって? もしかして、やっぱあたいのやり方が手荒だと思った?」
「いえ……」
秘書はかけているメガネをクイッとさせた。
「大丈夫。なにかあっても、あの巨体であっと言わせてやるからね」
空は、秘書のほおに手を付けた。秘書は、空の顔をじっと見つめていた。
翌日。工場は歯車やその他からくりじかけの商品を作成していた。空の卑しい策に気づかずに、二十万のために、工場は動いていた。
「空社長に、お客様です」
工場で、秘書が紹介した。
「どうも! あたしアメリカから来ました、日本生まれの発明家、さゆりでーす」
「で、ここになんの用なの?」
腕を組み、聞いた。
「実はこの工場すげえなあって思いまして、からくりじかけに電気を加えてみたらどうかと思ったんですよ」
「電気?」
空は首を傾げた。
「そうそうそう! 例えば、あそこにあります船みたいなやつ」
「舟盛りバイキングね」
「そいつを自動で動くようにするとかね」
「今だって、からくりで勝手に動くようになっているわ」
「いやいやいや! あたしが言いたいのはねお嬢さん。動くか止まるかを勝手に判断してくれる、いわば自動システムの搭載っすよ〜!」
「えー?」
驚いた。まさか、江戸時代なのに自動システムなんてものがあるなんて。
「そんなことできるの? 江戸時代なんだから、海外でもそれは最先端すぎるはずよ?」
「ま、そこは小説ですから」
これには秘書も呆れた。
「残念だけど。あたいはからくりそのものを応用したいの。電気だか自動システムだかには興味ないわ」
「えー?」
「ごめんなさいね」
「じゃあーあ、あの回るコーヒーカップは?」
「ダメ」
「んじゃあ、あのメリーゴーランドみたいなのは?」
「ダメ」
「じゃああの井戸車みたいなのは!」
「どれもダメーっ!!」
大声を上げて、ぜーぜー息を吐く空。
「いい加減にしなよあんた……。どつくわよ?」
「こりゃまた失礼!」
さゆりは帰っていった。
「なにもあそこまで断らなくても」
秘書が言った。
「ああいうのは、あれだけしといたほうがいいのよ」
空は、工場をあとにした。
社長室に戻ってきた。
「あら?」
戸を開けると、清掃員らしき人が、中を掃除していた。
「誰よあんた? 掃除なんて雇ってないわよ?」
「今日から雇われたんです」
にこやかに答える清掃員。
「いやいや。掃除は自分たちでやれるから、いらないでしょそんなの」
「でも、これだけ広い工場じゃ、人手が足りないこともあるでしょうしね。だから、雇われたんです」
「でも、あたいの部屋はしなくていいよ」
「でも、私は清掃員ですから」
「いいじゃないですか空社長。清掃員を一人二人雇っても」
「秘書まで!?」
空はなんとも言えなくなってしまった。
「まあ、変なとこ触らないでよ?」
清掃員をにらむと、社長室を出た。
「どこへ?」
と、秘書。
「ちょっとトイレ!」
清掃員と秘書二人きりになった。
「ふう」
秘書がメガネを社長テーブルに置いた。
「春ちゃん。ああやって笑えるのね」
秘書は実は、春たちの母、秋だった。
「こ、今回だけだからな?」
髪をしばりながらぶっきらぼうな様子の清掃員。春だ。
「どう? 社長室を探って、なにかわかった?」
「ああ、まあね。これ、借金返済時使用するであろう書類だ。こないだ母さんが持ってきた巨大からくりの設計図とは別に、メモのつもりだろうか、文字で巨大からくりについて記されている冊子を発見。ついでに、工場に設置されたからくりたちの設計図やメモも見つかった」
それらを、社長テーブルに置いた。
「ちょっと待って。借金返済の書類に、巨大からくりだけじゃなくて、工場全体の借金のことまであるわよ!」
「なにっ? てことは、工場を設立した時点で、お金を出していないのか!」
春と秋は、唖然とした。
「いくら深窓の令嬢とは言えど、雷食らうわよ〜?」
秋はメガネをかけた。
「さっ、元に戻しましょっか」
「うん」
春も、髪をほどいた。そして、二人で出してきた決定的な証拠たちを、元の場所へ戻した。
空は、こうきと雪がいる地下の牢屋に来た。
「お二人さん気分はどう? ご飯は出るし、のんびりできるからいいでしょ?」
「いいものか!」
「そうよそうよ!」
二人は怒った。
「大丈夫よ。あと一ヶ月で出られるから。まあ、社会の厳しさを痛感したと思えば楽よ」
と言って、去っていった。
「わーわーわー!」
去っていく空に、わーわー怒るこうきと雪だった。
階段を上がる足音が聞こえなくなった頃。
「なーんてね」
こうきは雪にウインクした。雪も笑っている。
こうきと雪は、上から垂れ下がっている縄ばしごにつかまった。それを登ると、部屋に辿り着いた。夏の寮部屋だ。偶然にも、つながっていた。
「作るのが大変だったみたいだけどね」
「夏お姉ちゃんには感謝しなきゃね!」
「ここの工場は至って簡単な仕組みで、寮の隣の工場の下には、巨大からくりを製造している場所があって、大門すぐには、事務室と社長室、相談室、託児所が並んでいる」
「で、地下の牢屋は、寮の下にあるんだよね」
「そう。寮ならどこでもよかったんだ。敷地面積がでかい故、なかなか構造を理解するのに時間はかかったけど、たったこれだけなんだ」
「工場にからくりじかけがたくさんあるから、大きいんだね」
「大門そばの部屋しかなかったら、もっと小さな場所になるのにね」
二人はお互いの顔を見て、笑った。
空は最近、社員たちの様子が変に思い始めた。顔を合わせてもあいさつをしてくれないし、業務中だというのに、中庭でキャッチボールをしている社員らもいるし、毎日お昼休みになると、事務室に外出届けを求めてくる社員が増えたのだ。
「なんで? みんな、この仕事あきちゃったの?」
社長室で席に着きながら、イライラしている空。
「誰のおかげで雇入れされたと思ってんのよ? あたいがスカウトしなければ、一生安月給で、つまらない人生を送るハメになるのよ?」
「でも、実際に給与は支払わないんですよね?」
秘書が釘を刺した。
「そうだねえ。へっへっへ!」
やらしい笑い方をする空。
「まあいいや。どうせあと一日で巨大貴公子は完成すんだから。なんだっていいや」
席を立ち、社長室を出た。
「はあ……。後悔するのはあんたのほうよ」
メガネを外した秋は、呆れた。
お風呂から上がって事務室付近のろうかを歩いている空。
「!?」
驚くべき光景を目にした。
大名行列と言わんばかりの社員たちが、大門を抜けて、外へ出ていくのが見えた。
「あわわ……」
冷や汗をかく空。すぐかけ寄った。
「ちょっと! なにしてんのあんたら!!」
事務の人が、あわてている空に声をかけた。
「空社長……いや、空さん。私たち社員一同、今日でここをやめさせていただきます」
「はあ!?」
目も口も見開いた。
「な、なんでここ開けたのよ!」
「だから、やめるからですよ」
「二十万ほしくないの? 二十万もらえなくなるのよっ?」
事務の人の肩に掴みかかった。
「いや、もらえるわけないじゃないですか。すべてお見通しなんですよ?」
「え?」
なにを言っているのかわからなかった。そもそも、なぜそんなことを言うのか、わからなかった。
そうこうしている間にも、百人近くの社員はどんどん大門を抜けていく。
「待ちなさい!!」
一人の社員を引っ張った。しかし、空よりもガタイの良さそうな男は、いとも簡単に、彼女を突き飛ばしてしまった。
「あたた……。待ちなさいったら! 待てーっ!!」
空の声など聞く耳を持たず、社員たちは大門を抜けていってしまった。そしてとうとう、誰もいなくなってしまった。
「では私もこのへんで」
事務の人は大門のカギを、地面にひざを付きうつむいている空の元に捨て、去った。
「残念だったな、社長さんよ」
どこかで聞いた女剣士の声がして、空は顔を上げ、後ろを向いた。
「あんたたち!!」
キッとにらむ先には、春、夏、雪の三姉妹と、その父太陽、母秋、陰陽師見習いのこうきが立っていた。
「この顔に見覚えはないかな?」
秋はメガネをかけた。
「ひ、秘書……」
「これは?」
メガネを外し、髪を一つに結った。
「え、園長……」
「正体は、花のくノ一、秋!」
変装を解き、ポーズを決めた。
「これに見覚えはあるかい?」
太陽はメガネをかけた。
「ニ、ニス塗りの班長……」
「これは?」
メガネを外して、頭に手ぬぐいを巻いた。
「さ、作業員……」
「空ちゃーん。あたしはさゆり……」
夏が紹介しようとして、
「もういい!!」
空が怒って止めた。
「おいおい。父さんまだ紹介してないぞ?」
「ただの漁師じゃないの。する必要はないわよ」
と、夏、
「えー? 俺だって潜入したんだぞ?」
「そんなこと言ったら、私だってまだ紹介してない! 清掃員だってこととか、他いろいろと!」
春が怒った。
「雪も紹介やるー!」
「あの、僕もよろしいでしょうか?」
こうきが手をこねて頼んだ。
「はいはい自己紹介はあーと!」
秋が仕切った。
「なによ自分ばっかいい思いして!」
雪が怒った。
「しかたないじゃないのよ! 状況ってのがあるでしょ?」
「あ、あのー?」
空が遠慮がちに声をかけた。
「言い合いはまたあとにしませんか?」
「あ、それもそうね」
と、秋。
「そうだね」
と、太陽。
「本題に戻るけど、どういうことよ? みんなここを出ていってしまったじゃないのよええ?」
ヤンキーみたいに威嚇して聞いた。
「あんたが社長室に隠してあった、ある書類を見せたら、みんな帰る気になったのさ」
春が答えた。
「これさ」
春は、借金返済用書類を見せた。
「な!?」
がく然とした空。
「あんたは一ヶ月の給与を二十万と言っていたな。だがそれは、ひと月ずつ返す借金の額だったんだ!」
冷や汗をかきながら、目をそらす空。
「巨大からくりの発明に、工場の設立。一体いくらあればそんなにできるんだろうな。しかし、あんたはそんなに持ち合わせてなかった。だから、多大な借金ができた」
「そこで、雇入れした人たちに支払わせてはどうかと思いついた。こんな時代よ、誰だって大判小判手に入るような給与額を見れば、働きたくもなるわ。その心理を狙ったわけね」
これは夏が言った。
「百人近く集まれば、あなたは抱えた借金すべてを返すことができると読んだんだ!」
これはこうきが。
「一番聞きたいのは、どうしてみんなをお休みもさせないで働かせたの? お外にも出られない、雪みたいな子どもたちも、お外に出さない。どうして?」
必死に聞き出そうとする雪。
「終いには、脱走した罰に、牢屋に入れる始末だ!」
と、太陽。
空は、一家と陰陽師見習いから目をそらしていたが、やがて顔を上げて、まっすぐにこちらを向いた。
「だって、二十万もらうんだから、それなりの仕事をしなきゃでしょ?」
にらみ付けるような目で答えた。
「まあ、二十万出さないのはあたいが悪いけどさ。決まりがどうこうは、別にあんたたちが勝手に言ってるだけでしょ? 破ったら、二十万もらえなくなる、やめさせられる。そう思っていたから、厳守してただけでしょ?」
「……」
「うふふ! そうよ、すべて当たりよ。あたいは夢のからくり工場を建設し、夢の巨大からくりを作る夢を果たした。でも、肝心の制作費用を支払うお金を持ち合わせていなかった。実家がお金持ちなのに、不びんよね。そこで、社員を百人雇入れして、みんなにお金を出してもらおうと思ったわけよ。月二十万出しますよーって広告配って。出すわけないのにさ、みんなホイホイついてきて。決まりも作った。決まりを守らないと、即刻解雇って。なんとなく言っただけなのに、みんな厳守してんのね。別に出ていきたければ出ていけばいい話よ。面接も適当にやってるし、広告を配ってる分には、いつかは応募してくるし」
空はほくそ笑んだあと、キッとにらむ顔になった。
「それをあんたたちがすべて台無しにしたのよ! 今頃町の瓦版にあたいのことが掲載されているわ。巨大からくり貴公子はどうするのよ? あと少しで完成なのよ?」
「じゃあ、あたしたちの気持ちはどうなるのよ? 空は、あたしたちが二十万もらえると期待して、外に出るのをがまんして毎日同じことをコツコツずーっと続けて、必死に耐え抜いてきたあたしらの気持ちはどうなるのよ!」
夏が言い放つ。
「だまされたほうが悪いのよ」
空は、あかんべーをした。
「これは少し、おしおきが必要ね」
「あ、秋? お手柔らかに頼むよ?」
秋は、空の前に佇んだ。
「来なよ。おばさん!」
空がニコリ。カッとした秋は、足を高く上げて、蹴りを出してきた。
「ええ!?」
空は、秋の蹴りを、蹴りでガードした。
「言っとくけどあたい、海外じゃボクシングしてたし、強いよ?」
ゴングの音がする間もなく、くノ一とお金持ちの格闘バトルが始まった。秋は戸惑った。秋は空手と合気道を習得しているが、ボクシングはまた違う戦法のため、身のこなしが違った。
「はあ!!」
「わっ!」
アッパーを間一髪で交わす秋。
「ていてい!」
ボクシングで使うパンチが連続でかかってきた。見たこともない技に圧巻される秋。
「はあはあ……」
「どうしたのおばさん? 歳だからすぐ息切らしちゃうね」
「そのおばさんっての……やめてくれないかな?」
息を切らしながら、言った。
「ふふっ」
太陽が小さく笑った。
「あなた、あとで覚えてらっしゃい……」
秋の一言に凍りつく太陽。
「お母さん、ここはあたしに任せて!」
「なっちゃん。大丈夫? 相手は空手でも合気道でもない技を使うわよ?」
「大丈夫。見ててなんとなく掴んだから」
夏と空は佇んだ。二人の間に、風が吹いた。
「たあーっ!!」
夏と空はお互いに向けて走った。
「!」
空の高く上げた蹴りを見て、なにか思い浮かんだ。
(昔、お姉ちゃんと出かけた時助けてもらった女の人と同じ足の高さ……)
その足が落ちてくる寸前。
夏は避けた。落とした空のかかとは、中庭の草むらに穴を開けた。
「ふふ!」
空が笑った。
「ふふ!」
夏も笑った。今、戦いの火蓋が切って落とされたのである。
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