七・再会

第8話

春は、自分の剣の腕前を見せてから、社長室に連れられて、空に説教を受けた。

「あのねはるる……」

「いい加減ちゃんと名前で呼んでくれないかな?」

「そんなことより! 仕事中に刀振り回して、子どもたちをどうするつもりだったの!?」

 指をビシッとさしてきた。

「あ、いや、あれは別に、子どもたちの期待に応えてやろうとして……」

「はあ……」

 ため息をつくと、席から立ち上がり、春に顔を近づけた。

「刀なんか見せてさ、子どもたちに万一のことがあったら、責任取れるの? それか、子どもたちが君に影響されて、自分たちも刀を持ちたいって言い出したら?」

「は、はあ?」

 唖然とする春から離れる空。

「まあ、そういうわけだから、はるるさ、子どもたちに悪影響もたらすようなことしないでね」

「いや、ちょっと待て! 話がよくわからない!」

 春は言った。

「私はただ、普段からくり工場の中にしかいることができない子どもたちに、特別なものを見してあげただけだぞ? それなのに、なにが悪影響だ! ちなみに、私は罪のない者を傷つけるほど、やわな剣豪じゃない!」

 空はティーポットとティーカップを用意し、紅茶を入れた。そして一口すすると、こう答えた。

「たとえあなたは悪気がなかったとしても、子どもはすぐ影響されるのよ。だから、やめなって忠告してんの。それが聞けないなら、もうはるるはやめて結構だから」

 春は呆然とした。返す言葉がなかった。

 それからして、春は託児所で子どもたちと仲良くやっている。園長ともうまく付き合っている。しかし。

「ねえー春先生。また剣やってよー」

 園児たちは、たまに春の剣豪の腕前を見たがる。

「ごめんな。危ないから、やめような」

 春はおもちゃ箱を探った。

「ほら、このビニールのやつでチャンバラごっこしなよ!」

 園児たちはぶーぶーふくれて、去っていった。

「はあ……」

 春はため息をついた。自分だって、思う存分刀に触れたいのだから。

(十年間、ずっと大切にしてきた、私の相棒だからな)

 春は縁側から見える空を見上げ、感慨にふけった。


 四月上旬。十歳になった春は、誕生日にと、父が大道芸大会に連れて行ってくれた。会場は、町内の人たちであふれ、大盛り上がりしていた。

「拙者、宮本武蔵!」

「そめがしは佐々木小次郎!」

 それぞれ役に扮した二人が、刀を抜き、対面した。

「たあーっ!!」

 走り、向かった。そして、刃と刃がぶつかり合う勝負が始まった。集まった観客は、みんな目を釘付けにし、夢中で応援した。

 戦いがおわった。勝った宮本武蔵役の人が、倒れている佐々木小次郎役を後目に、拳を上げている。観客からは、拍手が送られていた。

「すごかったな、春。春?」

 と、春の父。春は、口と目をポカンと開けた状態だった。

「やってみたい……」

「え?」

「私も、剣やってみたい!!」

 十歳の誕生日に、大道芸を見たことが、剣豪を目指すきっかけとなった。

 初めは、剣道から習った。素振り、勝負を繰り返し、範士を取得した。セミの鳴き声が響く、十五の夏だった。

 範士を取得した日の夜だった。

「父さん、母さん。夏と雪も。私、りっぱな剣豪になるために、しばらく修行に出るよ」

 家族みんな驚いた。

「春お姉ちゃんがいなくなっちゃややあ!」

 と、抱きついてくる五歳の雪。

「あたしも!」

 抱きついてくる十歳の夏。

「春。仮にもお前はまだ十五なんだ。稼ぎもないし、旦那もない。一人でそんなことさせるのは心配だよ父さんは」

「いいじゃないの」

 と言うのは、母。

「春ちゃん、行っといで。あなたがりっぱになるまで、母さんたち待ってるからね」

 春はほほ笑んで、コクリとうなずいた。

 それから、春は山へ向かい、一人で剣修行に明け暮れた。まずは切り株の上にあぐらして、精神を集中。そして、落ちてきた水滴をすばやく刃に当てる練習を百以上行なった。時に、山賊に出会うこともあった。剣道では範士でも、刀ではまだ半人前の自分では敵うはずなくても、これも修行の一環と捉えた。でも、一発目で見事全員いちころにしてしまった。

「ふう……」

 伸びている山賊たちを見ながら刀を鞘に戻し、十五の春はつぶやいた。

「剣道の腕がこうも役に立つとはね……」

 その日から、水滴を斬る練習と、山賊退治に明け暮れた。野宿して寝ている時も、少し気配を感じれば、すぐ刀を出し、戦闘態勢に入った。その気配の元が、たぬきだったとしても。

「か、かわいい♡」

 かわいいものには目がなかった。見かけると、目をハートにして、胸をときめかせてしまう。

「なーんてな。そこにいるのはわかってんだよ!!」

 自分の後ろにある杉の木の後ろにいた山賊を発見。すぐ斬りつけた。

 修行の旅をしていたのはたった三ヶ月だった。あまりにも早く帰ってきたので、驚いている家族たち。でも、夏と雪は、とても喜んだ。

「剣道やってたことが甲斐あって、戻ってきちゃった」


 託児所の縁側で、昔の思い出にふけっていた春。

「春先生?」

 あやとりで仲良くなった女の子が、声をかけてきた。

「あ、どうした?」

 ハッとして気づく春。

「日なたぼっこしてんの?」

 女の子はあやとりをしながら、隣に座った。

「はっはっは! まあ、そんなとこかな」

「先生は、どうして剣ができるの?」

「え?」

「あたしはね、あやとりはお姉ちゃんが教えてくれたんだ。今は海外に行っちゃってて、いないけど」

「海外? なぜそんなとこに?」

「お姉ちゃんはね、学者さんなの。だから、海外で、出張てのするんだって」

「そうなんだ。で、お母さんとここに来たの?」

「うん。お母さん、お姉ちゃんいなくなっちゃったから、お金ないーって、ここのお仕事見つけて、今あたしと暮らしてるの」

「そうか……」

「ねえ、春先生にも、お母さんいるの? どんな人? お姉ちゃんは?」

 春はほほ笑んで答えた。

「お姉ちゃんはいないよ。お母さんはいるよ。そうだな、私が剣が使えるのも、お母さんの血が流れてるからかもしれないね」

「ええ!? 春先生、お母さんの"血"があるの〜?」

 怖がった。その意味を察した春は、

「いやいや血が流れてるっていうのは、要するに私とお母さんはどこか似てる……その、ごめん。言い方が悪かったね。似てるってことだよ」

「へ?」

 首を傾げる女の子。

「私さ、剣持つ前は剣道やってて、それから自分一人で本物の剣持って修行して、剣豪になったんだ」

「すごーい!」

「これは三年前、十七歳の時だけど、ある日、町で不良がお年寄りから財布を盗もうとしてるの見てさ、どうにもいてられなくて、つい目の前にあった骨董品売り場の薙刀を使って……」

 不良を成敗した。みね打ちで。

 不良が大きなたんこぶを付けて倒れると、町内中で拍手が起こった。その日から、春は町の人気者になった。

「それからというもの、町を歩けば私の剣の腕前を見たがる人ばかり集まり、時に主婦たちの立ち話に巻き込まれ、ひどい時はゴキブリを成敗しろと頼まれた日もあった!」

 唖然とする女の子。

「ゴキブリだけは断りたかったなあ……」

「すごいなあ。先生もお姉ちゃんみたいに有名人で、手に職持ってるんだね!」

「あ、ああそうだね。手に職ってよくそんな言葉知ってるな……」

 唖然とする春。女の子はあやとりを床に置き、聞いた。

「先生は、今のお仕事と剣、どっちがいいの?」

「えっ?」

 女の子は、春の振り袖をつかんだ。

「お姉ちゃんね、学者が好きなお仕事なんだって。ねえ、春先生は、今のお仕事好き? 剣はいいの?」

 春はどう答えたらいいかわからなかった。まだ園児と言える頃合いの子どもに意外な質問を投げかけられたというのもあるが、自分はどちらかといえば剣のほうが好きなはずなのに、無理をして事務室に刀を預けてもらってまで、託児所の勤務をしている。

(私はからくり工場、なんのためにやってきたんだ?)

 春は気持ちを落ち着かせるために、振り袖をつかむ女の子の手を離して、目を閉じ、瞑想した。いつも修行で水摘斬りをする時に行なっていることだ。

 まず、雪が馬をほしがっていることを思い出した。それは、寺子屋から家まで遠いからである。次に、夏に仕事を見つけるようにと言われたことを思い出した。また、バイト先から徒歩で二十分くらいと少し距離があるため、引っ越しをしようなんて話をしていたことも思い出した。

 その翌日に、求人広告を拾った。先に目に入った情報が、

「二十万! そうかわかったぞ。私は、これまで二十万という高給にばかり気持ちがいってしまっていた。なにが二十万だ、こんなところにいて、楽しいわけがない!」

「は、春先生?」

 少しおびえている様子の女の子。

「それは確かね、はるる……いや、春ちゃん」

 後ろから声がした。

 春は振り向いた。目を見開いた。

「まさか、髪をほどくまで母さんに気づかないなんて、あんたもまだまだね」

 今まで園長だと思っていた人は、自分の母だった! 春は呆然としていて、今どういう状況なのか、整理できない。

「まあ、そうなるわね基本」

 しかしすぐに、

「おいこらてめえ!! 母さんに化けたニセモノだなこらあ!!」

 胸ぐらをつかんできた。

 ポコン! げんこつをくらった。

「こ、このやさしくもなく強くもない感触は母さんだ……」

「頭は大事だからね」


 十七時、夕刻時になった。託児所で母と二人きりになった春は、ちゃぶ台でお茶を交わしていた。

「母さんね、偽名を使ってここに忍び込んでいるの」

「え?"あき"って名前じゃなくて?」

 春、夏、雪の母の名前は秋。くノ一である。

千代ちよ

「ふふっ!」

 春は笑った。

「なにがおかしいの?」

「だって、千代って子どもっぽい名前だしさ」

「なんでもよかったのよ」

 秋はお茶をすすった。

「ちなみに父さんも忍び込んでいるのよ」

「父さんも!?」

 春は驚いて、湯飲みをちゃぶ台に勢いよく置いた。

「いやいや! 父さんは今、大物を釣りに日本海へ旅立っているはずじゃ……」

「そう思うわよね。父さんは、漁師だもんね」

 秋は、お茶菓子のまんじゅうを食べた。

「でも。無理を言って忍び込ませたのよ。からくり工場製造部の、ニス塗り班のところにね」

「ニス塗り……。もしかして、夏のいるところに!」

「なっちゃんも雪ちゃんもいるんでしょ? 雪ちゃんはともかく、なっちゃんは父さんからいろいろ聞いてるわよ? こないだ、蹴ったりなぐったりしてむちゃくちゃにしたんだよね」

「あはは……」

 苦笑いをする春。

「あれからね、なっちゃん。ニス塗り班問わず、社員さんみんなから避けられてるみたいよ」

「そりゃそうだろうな」

「狂犬って呼ばれてるみたいよ」

「ははっ。そんなこと言ってなかったぞ?」

 笑ったあと、春は湯飲みを置いて聞いてみた。

「で、なにか掴めたことはあるの? からくり工場についてさ」

 秋は横を見た。

「ええ、もちろん。園長以外にも身を装ったし」

 秋は園長の仕事をおえると、まず工場内の清掃員になった。七十すぎの、腰の曲がったおばあさんに。

 清掃員になるメリットは、第一に社長の空が清掃員を雇っていることを忘れていること。従業員をたくさん呼び込みすぎたせいで、何人入れたかわからなくなっているのだ。そのため、まじめに働き、逃げさえしなければなんでもよしみたいになってしまっている。それが秋にとって都合が良く、掃除をしながら、工場内の隅々を見ることができた。からくりのしかけを、夜食の時間も惜しんでまで覗くのは、とても楽しかったという。

「おかげで、この工場のからくりじかけは、すべてお見通しになったわ」

「さすが母さん……」

「まぬけな社長さんのおかげで、またある時は、秘書と名乗って、社長室に忍び込んだこともあったの」

「ええ!? あ、あの時業務中にもかかわらずトイレに行ったきり戻るのが遅かった時か!」

「ピンポーン!」

 その日、空がお腹を壊してトイレに行くのを見計らい、社長室の中を徹底的に調べた。普段してはいけないようなことをしているようで、楽しかったという。

「いや、普段してはいけないようなことって、いつもしてるでしょうが……」

 春が呆れた。

「だって〜。社長室よ? 一般企業の社長室のあんなとここんなとこ探れるのよ? お城やお金持ちの屋敷のあんなとここんなとこ見るより刺激的よ!」

 目をキラキラさせた。

「さすがくノ一……」

 額に手を置いてそうつぶやいた。

「あ、そうそう。そんなこんなで一ヶ月経つけど、重要な手がかりといえばこの二つね」

「え?」

 秋は、ちゃぶ台に大きな紙を出した。そこには、なにか設計図が描かれていた。

「こ、これは……」

「これを作るのが、社長さんの目的よ」

 "巨大きょだいからくり貴公子きこうし"。これが、設計図に描かれてあるものだった。高さは四十六センチ、総重量二百二十五トン。自由の女神と同じ大きさだ。平安時代の貴族をイメージしているのか、頭にえぼしを被り、平安装束を身に着け、手にはシャクを持っていた。

「シャクの大きさは二十五メートル。ちなみにからくりはどこかでスイッチを押して、歯車が回る仕組みなんだけど、これはどうやら、その仕組みにプラスして、操縦席があるみたいよ?」

 秋がそこを指さした。確かに、からくり貴公子の額の部分に、操縦席があった。

「しかし、高さや重さの見方がわからない……」

「海外表記だからね。社長さん、お家が貿易商みたいだからさ」

「母さん。もしかして、これを作りたいがために、空は私たちや他の人たちを採用したのか?」

「そうよ」

「まさか……。採用された私たちは、ただ利用されているだけなんじゃ!」

「そうよ」

「そうよだけじゃなくてなんか言えよ!」

 怒る春。

「春ちゃん。あなたが思うほど、野暮なことは考えてないと思うわよ社長さんは」

「はあっ?」

「だって、この巨大からくりを完成させるために、みんなを従業員として呼び寄せたんでしょ?」

「そうだけど、なにか引っかからないか?」

「なにか? なにかって?」

「こんなとこ一ヶ月いた私が言うのもなんだが、おかしな点は二つある。一つは休暇をもらえず、家に帰してもらえないこと。もう一つは、二十万という大金をくれるということだ」


 三日間脱走をしたことで、三ヶ月牢屋に閉じ込められることになった陰陽師見習いのこうきと春と夏の三女、雪。雪は毎日お山座りをして、うつむいていた。ご飯もろくに摂れていない。しかし、こうきがご飯一膳は食べないといけないと助言したおかげか、食べる気にはなったが、なかなか食べきれなかった。

「おかしいな。いつもならお腹が空いて、ご飯二杯は余裕なのに……」

 涙が出てきた。いつもと違う自分が、怖いのだ。

「僕のとはんぶんこしよ? ご飯は食べなくちゃ。そうだろう?」

 やさしく伝えてくれたこうき。その日から雪の分は出てこず、こうきと二人で同じ膳の飯を食べた。

 ご飯を食べおわり、膳が運ばれる頃、こうきは食事係に聞いてみた。

「あの、ほんとにすぐここを出られないんですか?」

 食事係はだまって首を横に振るだけだった。


 夏は、またニス塗り班で仕事をしていた。他の従業員たちとうまくいかなかったのだ。だったら八時間、お昼休み以外はニス塗りニス塗りニス塗り……のがマシだと踏んだのである。

 夏はなにも感じなくなっていた。自分はなんのためにここに来たのか、なんのためにニス塗りをしているのかも考えなくなっていた。毎日同じ作業を繰り返して、苦痛に感じていたことがバカらしいと思うようになってきていた。

(やれやれ。秋、俺はどうしたらいいんだ……)

 ニス塗り班の班長に化けている父、太陽たいようは、ため息をついた。

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