五・初めてのお仕事

第6話

朝八時。雪は、空に自分が働く場所へと案内されていた。自分より年上の空の足が早くて、ついていくのがやっとだった。

「さっ、ゆっきーが働くとこは、こーこ!」

 両手の指で指し示した。

「ねーね。どうして雪も働いていいの?」

 聞いてみた。

「年齢不問だから」

「はにゃ?」

 首を傾げた。

「それはともかく。ゆっきーが働く場所は、ここだよー」

 障子を開けた。

 そこには、神主の格好をして、髪を一つに下げた、少年が、水晶玉を見つめていた。

「こうちゃーん。新入りさんだよー」

 空が呼びかけた。すると、こうちゃんと呼ばれた少年は、ゆっくりと、雪たちに顔を向けた。

「かっこいい……」

 雪は、胸をときめかせた。

「誰が?」

 と、少年。

「いや、だからこの子が」

 雪を示す空。

「はあー?」

 顔をしかめた。

 少年は、しゃがんで、雪の顔をじろじろ見つめた。雪は顔を赤くして、もじもじした。

「そ、そんなに見つめないでよ……」

「おい空さん。年齢不問とは言ってたけど、十歳にしか見えない子を雇うなんて思わなかったよ!」

「年齢不問だもん。大人も子どもも働く気があれば、雇うわ」

「いやいや。あんたの場合、自分と気が合う人なら誰でも採用するくせに……」

 呆れている少年。

「とにかく! 今日から二人で仲良く働いてもらうからね。バイバーイ!」

 空が去っていった。

「ったく。どんだけ勝手なやつだよ……」

「あ、あの……」

「ああ。君名前は?」

 もじもじして、

「え、えっと。雪です……」

「僕はこうき。ここでは、この水晶玉を使って、占いをやっている」

「う、占い? なんで?」

 驚いた。

「僕は元々、家族で神社を経営していたんだ。けど、なかなか生活が厳しくてね、父さんがここを見つけたんだ。面接で彼女に気に入られて、働いているのさ」

「占いなんてできるの? なんのために占いがあるの?」

「二つ質問があるようだね。まず一つ目から教えよう。僕が占いをできる理由、それは僕が陰陽師だからさ」

 陰陽師とは、簡単に言っちゃえば、占い師と科学者が混同した存在で、例えば天変地異や病気が流行ると、呪文を念じて収める役割を果たす。

「まあ、ここでは主に会社で働く人たちの相談室みたいなのを僕は務めているのかな。訪れてきた社員が悩んでいることを、水晶で占い、解決に導く。これが僕の仕事さ」

 雪は呆然とした。まさか、自分も陰陽師になり、占いをやらなければならないのかと思った。でもまず、できるようになるまで、時間が幾分かかるだろう。

「あばばば〜!」

 ふるえた。

「なにふるえてんの?」

「だだ、だって〜! 雪も、陰陽師にならないといけないんでしょ?」

 泣きながら聞いた。

「その必要はないよ。君は雑用係だから」

「え? 雑用?」


 振り子時計が十時を指した頃。雪は、仕事場である相談室の床を掃いていた。勝手口があって、そこにごみを飛ばしていた。

「床掃きが終わったら次は床みがき!」

 手をパンとたたいて合図するこうき。

 ほうきがおわれば、次はぞうきんで床みがきだ。寺子屋みたいに広くないため、床みがき競争はできそうにない。だから、ゆっくりと拭いていくしかなかった。これがおわるまでに、四十分もかかってしまった。

「はあ……」

 息をつき、壁にもたれる雪。

「はいはい床みがきがおわったら湯飲みを洗ってくる!」

 お盆にのせた大量の湯飲みを渡してきたこうき。

「えー?」

「なんだそのいやそうな顔は! 仕事なんだから、やれよな!」

 ブーブー言いながら、雪は湯飲みを洗いに、台所へ向かった。

「よーし! 食器洗いなら、お姉ちゃんたちとやったことあるもんね」

 着物の袖をまくって、始めた。

「きゃっ!」

 洗剤を付けた時、湯飲みを手からつるっとすべらせてしまった。

 パリーン! 床に落ちて、割れた。

「なんてことしてくれてるんだ!」

 怒ったこうき。びっくりする雪。

「ここに来た社員にお茶を出すための湯飲みだぞ? それ一個が割れたことで、どれだけの損害かわかっているのか?」

「子どもだからわかんないもん……」

 ふてくされて、わざと反抗した。

「子どもだから? 君はここになにしに来てるんだ? 働きに来てるんだぞ? 子どもも大人も関係ないんだよ!」

 ムッとした雪。

「じゃあこうき君だって子どもじゃん! 大人をよくわかってないくせに、えらそうなこと言えるよね!」

「僕は十二だぞ? 君より大人だ!」

「十二なんか雪とそう変わんないじゃん! 子ども陰陽師!」

「なんだと!? 自分のこと名前で呼ぶなんて、"子ども子ども"だよ!」

「"子ども子ども子ども"!!」

「"子ども子ども子ども子ども"!!」

「"子ども子ども子ども子ども子どもーっ"!!」

 わけのわからない言い合いが、しばらく続いた。


 お昼の時間になった。

「どうだ雪。仕事は?」

「雪ちゃんのことだから、大した仕事はさせてもらってないわよ」

 と、楽しそうにする春と夏とは裏腹に、雪は、とても機嫌が悪そうだった。怒ったような目つきで、するめをくちゃくちゃしている。

「な、なぜするめ?」

 唖然とする春と夏。

「ゆ、雪ちゃんどうしたの? なんかあった?」

「雪、お前するめ食べれたんだな……」

 苦笑する二人に、

「別に……」

 ふてくされるのだった。

「お姉ちゃん。あれ絶対なんかあったよ」

 耳打ちした。

「そうだな。ということは、雪はちゃんと社員として、仕事をしているということか?」

「えー? でもまだ子どもだし、どうせお金にもならない雑用とかさ……」

 夏の声が聞こえたらしい雪が、

「雪子どもじゃないもん!!」

 怒鳴った。くちゃくちゃしていたするめが床に落ちた。

「え……」

 呆然とする春と夏。

「やれやれ。まだそんなこと言うのか」

 呆れている様子のこうき。

「だ、誰?」

 と、夏。

「僕はこうき。そこにいるするめをくちゃくちゃしていた子の同僚です」

「えー!?」

 驚く春と夏。

「お姉ちゃんたち聞いて? こうきってばさ、子ども子どもなんだよ?」

「自分のこと名前で呼ぶ人のが、子ども子ども子どもだと思うけどね」

 こうきはほくそ笑むと、食べ終わった食器をお盆にのせて、去っていった。

「きーっ!! 夏お姉ちゃんあいつパンチして! 春お姉ちゃんあいつ斬ってーっ!」

 ぎゃーぎゃー怒る雪。

「なにがなんだかもう……」

 肩をすくめる夏。

「待て待て雪。落ち着け、落ち着くんだ。とりあえずよくはわからんが、あいつが気に入らないことだけはわかった」

 雪の肩に手を置いて、顔を合わせる春。

「きらいあいつ!」

「わかった。でも、私たちは今ここで働いているんだ。勤務時間だけの付き合いと思ってさ、がんばって耐えよう? な?」

「ん〜」

 ほおをふくらませながら、首を横に振る雪。

「大丈夫。雪ならできるよ」

 やさしく問いかけた。すると、雪はまだ納得いっていないような顔をしているが、縦に首を振ってくれた。春と夏は安心して、ほほ笑んだ。


 お昼が終わり、午後の仕事開始。

「使い終わったふきんは外に干す!」

「薄い! お茶くらいまともに沸かせないわけ?」

「墨をこぼすな!」

 さんざんに言われ続ける雪。

「あんたって、人をほめたことある?」

 にらみ目で聞いてみる雪。

「そんなことより、さっさと床にこぼれた墨を拭いてよ! もうすぐ相談室に社員さんが来るんだからさあ」

「はいはい……」

 しぶしぶ返事をして、ぞうきんを取りに向かった。


 午後三時。まもなく、相談室を予約している社員が来る頃だ。雪は訪れた社員に出す、お茶を入れていた。

「お茶準備オッケーだよ」

 と、雪。

「うん」

 と、返事をするこうき。

「失礼します」

 障子の越しから声がした。

「どうぞ」

 と、こうき。障子を開けて、社員が入ってきた。

「さあさあ。かけてください」

 水晶玉が置いてある座卓の前に正座する社員。

「どういったご用件でしょうか?」

「あの、最近家が恋しくなりまして。でもここ、寮生活だし、長期休暇がないし、帰れないじゃないですか。一晩だけでもと思ったんですが、わたくし海を渡って、遠い国から来ておりますから……」

「なるほど。里帰りをしたいというご相談ですか……」

 こうきは、後ろをチラッと見た。台所で、雪がお茶を置いたお盆の前で、おろおろしながらこちらを見つめて立っていた。

「あの、あちらに見える女の子は誰です?」

 社員が聞いた。

「おっほん! おーい君! お茶を出してくれ!」

 こうきが大声で呼んだ。

「はーい。お茶ですよー」

 走ってきた。

「バカ! 走るな!」

 こうきが注意したのも遅く……。

「わあ!!」

 お盆をひっくり返して、湯飲みと急須のお茶をこぼしてしまった。こぼれたお茶は、見事社員の頭にかかってしまった。

「あちゃあああ!!」

「早く! 君早く拭いてあげて!」

 こうきが注意し、あわてて社員を拭きに行く雪。

 しかし、拭いたものが、トイレ掃除用のぞうきんだった。

「ごめんなさいおじさん……」

「バカ!! これはトイレ掃除用のぞうきんだ!」

 雪から取り上げた。

「え?」

「す、すみません。こちらが清潔なタオルになります」

 こうきは、社員にきれいなタオルを渡した。社員は、そのタオルで顔を拭いた。

「もういいよ。君は下がってて」

 こうきは、雪を下がらせた。

「すみませんうちの新入りが。で、里帰りしたいって、相談でしたね」

「あ、はい」

「では。そんなあなたのために、どうしたらいいか、この水晶で占ってあげましょう」

 雪は、台所からこっそり覗いていた。

「どうなるんだろう? あの水晶玉……」

 こうきは目を閉じ、精神を集中させた。すると、しばらくして、水晶玉が青く光りだした。

「すごーい!!」

 思わず声を出す雪。水晶玉から、光が消えた。

「だまれ!!」

 こうきが怒鳴った。

「おほん! では占いましょうかね」

 再度精神を集中させた。水晶玉が光りだした。

「見えます。あなたが里帰りをしたいという気持ちを持つことは、悪いことではありません。しかし、勝手に外を出てはいけないという工場の決まりの上、現時点でそれを実現することは不可能でしょう」

「そうか……」

 落ち込んだ様子の社員。

「けど、あなたが里を想うように、里もあなたのことを想っているのです。信じましょう。あなたの里を……そして、家族を!」

「信じる……。わかりました、今は帰れないけど、いつかは会える……。里と家族を信じてその日を待ちます!」

 それだけ言うと、社員は相談室を出ていった。

「……」

 障子が閉まると。

「ゆ〜き〜!!」

 巨大になったこうきが、雪に雷を落とそうとしていた。

「つまずいちゃってさ」

「そんなの理由にならないだろ! これで僕の今日のひと仕事が台無しだ!」

「いいじゃない。怒ってドタキャンしたとかじゃないしさ」

 とぼけてみるも。

「仕事だぞこれは! そんなおとぼけ効くと思ってんの子ども子どもが!!」

 巨大化して怒鳴られた。

「ゆ、雪がんばったもん!」 

「はいはい。まあそう言うよね。さっきので今日の予約おわったから。あ、でも勤務時間の五時までは相談室に来る人もいるかもだから、次あんなヘマしたら叩くからね?」

「叩く!?」

 こうきは筆を出し、記録表を書いた。

「なに書いてんの?」

「記録表。ここに来る前、日課にしてたんだよ」

「なんで?」

「はあ……。君は社会をなんにも知らないんだな。勤務記録といってその日行なった業務のことを書いて、次の仕事のカテにしたりなんだりするの。わかった?」

 呆れられた。雪はムッとした。

「ただ聞いただけなのに……」


 翌日、また別の社員が相談に来た。そこで、雪はまたお茶出しに失敗した。こぼしたわけではない。とても濃くなってしまったのだ。社員が帰ったあと、こっぴどく怒られてしまった。

「気をつけてよねまったく……」

 説教が終わった。雪は「あれ?」と思った。

(叩かないの?)


 そのまた翌日も、訪問者が相談にやってきた。昨日も一昨日も、内容は同じで、里帰りしたいという話ばかりだった。三日目にして、雪はお茶出しを見事クリアした。

「イエーイ! 雪、お茶出しやっとできたよ?」

 ピースした。

「当たり前だ」

 と、こうき。

「なにそれー!?」

 ムッとしたあと、雪は「あっ」と思って聞いた。

「ねえねえ。里帰りできないの? 三日とも同じ相談だったじゃんね」

「……」

「別にお家に帰るくらいいいじゃんね。雪も、そろそろお家に帰りたいし、寺子屋にも通いたいなあ」

「できないんだよ……」

「え?」

 雪に顔を向け、

「そんなこと、ここじゃできない」

 言った。

「社長の意向なんだろうか、里帰りさせてもらえるような休暇は得られない。そんなことができるのは、よほど家が近い人のみだ」

「じゃあ、雪帰れるかな? 歩いて二十分だしここから」

「じゃあ君、事務室で家に帰りたいから外出届けくださいなんて言ってみろ。いずれにしても、絶対に断られるぞ?」

「え? え? よくわかんないよ」

「前に、ここを抜け出した人がいるんだ。外出届けを出してね。三日くらい帰ってこなかった。すると、常駐していた捜索隊に、その人の居場所を探らせたんだ」

「そんなのいるの?」

「いるさ。事務室にわんさかね。しかも、怖いのは、三日も行方知らずだったその社員を、わずか一日で見つけられたことなんだ!」

 雪は目を丸くした。

「だから、外出の許可は、せいぜい病院に行く時か……いや、基本ダメだ。外には出られない」

 こうきはちゃぶ台に置いてある湯飲みを洗いに、台所へ向かった。

「なんで? なんで外は出ちゃダメなの?」

 雪が彼を追いかける。

「社長の意向だ」

 台所で湯飲みを洗い始める。

「どういう意向なの?」

 後ろから聞く。

「さあね」

 洗い終わり、ふきんで拭く。

「わかんないの?」

 こうきは、湯飲みをたたんだふきんの上に置いた。そして答えた。

「社長の意向なんだからわかるわけないだろ!」

 びっくりする雪。

「なんでもかんでもわかると思うなよ? ほんとに君は子どもだなあ。なんで君みたいなのが、採用されたんだろうね」

 この言葉には、さすがにカッとなる雪。

「子ども子どもって! 雪のことバカにしてるこうき君のがよっぽど子どもじゃん!」

「はあ?」

「雪だって、こんなとこいたくないよ。まして、あんたみたいなのといっしょにされてさ!」

 困った顔で後ろ頭をさするこうき。

「でも! お姉ちゃんたちがいるもん。お姉ちゃんたちも毎日やりたくないことがんばって、やってるんだもん……」

「……」

「雪も、お姉ちゃんたちも、毎日お家に帰りたいって思ってる。でも、お姉ちゃんたち言ってた。生活のために稼ぐんだって。だから雪もここにいる以上は、がんばらないとね」

「雪……」

「こうき君だって、お家に帰りたいけど、がんばってるんだもんね」

「僕は……」

 こうきは、自分と両親が経営している神社を思い浮かべた。そこでは、三人で和気あいあいとしている姿が浮かんでいた。

「父さん、母さん……」

 こうきは首を横に振るった。

「ダメだダメだ! 働くということは、多少のがまんが大事なんだ。なにを感慨深げにしている!」

「いいじゃない」

 雪が、こうきの背中を抱きしめた。

「ちょっ!」

「こうき君が今つぶやいた人が、一番いたい人なんだよ。相談役のくせに、そんなこともわからないの?」

「やめてくれ。今の僕に、やさしさは不要なんだ……」

 とは言いつつも、抱きしめてくれる手をやさしく握りしめるこうきだった。

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