二・採用
第3話
春たち三人は、面接室と呼ばれる部屋に案内された。
「ここで一人ずつ面接を行なってもらうよ。じゃんけんで負けた順からね」
空に言われて、春たち三人はじゃんけんをした。
「じゃんけんぽん!」
春がパー、夏と雪がチョキだった。
「二人とも図ったな!」
春はムッとしながら、面接室に入っていった。
「だってお姉ちゃんはじゃんけんの時、絶対パーばっか出すもんね」
夏と雪は顔を合わせて、笑った。
さて、面接室では、春と空が、顔を合わせて、座卓の前で正座していた。
「履歴書」
と、空。
「はい」
春は三つ折りにした履歴書を渡した。
(しまった。履歴書を三つ折りにするのはマナー違反ではなかっただろうか……)
心の中で、ハッとした。しかし、冷静な春は、まずは面接で自分の良さとやる気をアピールすることに全力を尽くそうと、思った。
「なにか質問ある?」
と、空。
「え?」
「なにか質問」
「ええ?」
唖然とする春。いきなり質問はと聞かれたからだ。
(もしや、やっぱり三つ折りにしたのがまずかったんじゃ……)
落ち込んだ。一枚の履歴書を三つ折りにしたせいで、自分の面接はおわったと思った。
「はいこれ」
落ち込んでいる春は、顔を上げた。見ると、からくり工場の求人広告が差し出されていた。
「ここに書かれてることでもいいよ」
と言って、空は正座から横座りに変えた。
「ほ、ほんとになんでもいいのか?」
「うん。ていうか、緊張してない? 面接っていっても、パンフ見せてちゃちゃーっとここの説明するだけなんだしさ。もっとリラックスしていいのよ?」
「へえ? いや、でも面接って採用するかどうか決めるものですよ……ね?」
「いや、あなたもう採用だから。うちで働きたいと思った人全員歓迎だもん」
「えー?」
唖然とした。まさか、それだけで採用されるなんて。
「じ、じゃあ聞くが、なぜ妹達まで面接させる?」
「妹? ああ、もしかして、あとの二人妹さんなの?」
空は立ち上がった。
「ああ。まだ十五と十の年頃だ。私は二十歳だからいいけど、二人には正社員なんて早すぎる」
「そうだね」
空は、タンスを探っている。
「一体ここはなにをしている工場で、どういう働き方をしているんだ?」
「はいお菓子だよあげる」
空がタンスから出してきたのは、ドーナツだった。春は、初めて見るドーナツに、目を丸くした。
「なんだこれは?」
「ドーナツだよ。あたいのパパはね、貿易商やってんの。お金持ちなんだよ? それで、海外とのやりとりも多いから、洋菓子とかくれたりすんの」
「これは洋菓子なのか」
「そっ。ドーナツ」
春はドーナツをまじまじと見つめて、手に取ってみた。
穴の中も覗いてみた。あちこち見ているうちに、空が見えた。
「食べてごらんよ」
春はしばらくドーナツを見つめて、食べた。
「!」
口の中でとろけるように広がる甘ーい味。人生で初めての体験だった。
「おいしいでしょ? ここで働けば、毎日こんなのが食べれるんだよ? ドーナツ以外にも、クッキー、キャンディー、ケーキも!」
春はドーナツを平らげた。
「あなた気に入ったわ。採用!」
春が退出して、続いて夏。夏は春と違い、空のフランクな、面接を思わせない感覚を掴みで、すぐに打ち解けた。
「ふーん。で、実家がお金持ちだから、工場を設立したってことね」
「そういうこと」
「じゃあ給料二十万は絶対よね?」
「もちろんだよ。めんどうな保険やら税金やらの差引なんてなしに、二十万ちょっきりもらえるの。まじめに働いてれば、お金もらえるよ」
「にしても、この紅茶ってのおいしいわね」
夏はティーカップの紅茶をすすった。
「でしょ? 他にも、コーヒーやハーブティーなんてのもあるよ」
「へえー! 今度飲ませてよ!」
「いいわよ? あなた採用だもの!」
夏の面接が終わって、最後は雪の番。
「へえー。寺子屋に通ってんの」
「うん。雪ね、寺子屋では読み書きだったり、そろばんしてるの」
「へえー。じゃあさ、こんなの知ってる?」
空はタンスを探って、雪にこんなものを見せた。
「これは万年筆。海外では、これで文字を書くのよ?」
「筆じゃない」
「しかも、横文字!」
「横文字?」
「こうやってインクを付けて、サラサラ〜っとね」
万年筆を持つ雪の手を添えてあげながら、英語を書いてあげた。
「わあ! これなんて読むの?」
「ハッピーよ。"HAPPY"!」
ネイティブな発音をした。雪は、目を輝かせた。
「すごーい!」
「何年かアメリカにいたことがあるしね。日本なんかより比べ物にならないわよ? うふふ!」
「あ、そうだ」
と、雪はマドレーヌを食べてから聞いた。
「雪、働けるのここで? 工場で働くの?」
「そうね。雪ちゃんは、あたいの秘書になるかもね」
「秘書? 工場なんだから、いろいろ作ったりするんでしょ? そうなると、寺子屋通えなくなるね」
「ううん。寺子屋には通えるわ。多分」
「多分?」
「ここはお金持ちのあたいが建てた工場よ? 工場でなにか作るだけでなく、いろいろな仕事があるのよ! てことで雪ちゃんも採用〜」
三人とも採用になった。
春たち三人は、空にしばらく待っているようにと、社長室で待機していた。
「しかし変な話だよな」
と、春。
「なにが?」
と、夏。
「今日から採用されて、仕事することになるなんてな。第一、あれは面接と言えるのか?」
「まあ、お姉ちゃんは社会経験が浅いからわかんないと思うけど」
「なに?」
ムッとする春。
「会社によっては、面接はとてもフランクにやらせてくれたり、じゃないところはただひたすらにいろいろ聞いてくるだけってところもあるしね」
「にしては、あれはいかがなものかと……。ていうか雪、どんな感じだったんだ?」
「え? 雪とお姉さんとでお話したよ。万年筆っていうので、英語書かせてもらったんだ!」
雪はほほ笑んだ。春は首を傾げた。
「お待たせ〜」
空が来た。
「さあさあ君たち今日から採用ということで。まずは会社見学といきましょうか!」
手をパンと叩いた空。
「さっ、ついてきて」
手招きする空。夏が雪の手をつないで、連れて行った。春はその二人についていった。
少し歩いて、"事務室"と書かれた表札のある部屋に来た。
「ここは事務室。予算やら経理やらなんやらはすべてここが管理しているわ」
事務室を出て、ろうかの突き当たりを左に曲がると。
「ここはトイレよ。トイレは五ヶ所あるわ」
中庭に出た。
「中庭はむちゃくちゃ広いから、お昼休みは一時間あるし、好きに使ってよね」
「じゃあ、空手の練習や、剣の練習もしていいの?」
「もちろんよ」
「いや、家でやれよ……」
春がツッコんだ。
いよいよ、工場へと向かっていた。事務室や社長室、面接室があるところと隣接している。渡りろうかを進めば、すぐに工場に到着だ。
入り口付近に更衣室があり、手洗い場がある。そして、喫煙室もあった。江戸時代なのに、喫煙室があるのは、仕事中も一、二時間働くと、二十分の休憩時間が設けられ、そのために完備したのだという。意外と、ヘビースモーカーたちには好評だし、お互い情報共有の場としても重宝されていた。
「ここが我が工場だ!」
空は、工場の扉を開けた。春たち三人は、呆然とした。
車輪の付いた下駄を履いている社員たちが、からくりで動いているベルトコンベアに運ばれている箱を担いで、スイスイ行き来していた。
社員が箱に綱をくくり付けると、車井戸のようなしかけが、自動で箱を上げた。その箱は上にいる社員が、引き渡し、検品すると、メリーゴーランドのような馬に箱を乗せた。すると、馬が自動で動いた。
「うちはね、からくりのしかけを利用して仕事してるの。ほら、人の手よりも、機械使ったほうが楽でしょ?」
空についていきながら、さまざまなからくりじかけに感心する春たち三人だった。社員が置く木を、ひたすらにオノで切っていくからくり人形や、ひたすらにトンカチでにじを打ち付けるからくり人形もあった。
「はいこれ最近自分で作ったからくり人形」
空が三つ、両手に抱えている。
「背中のぜんまいを回すとね……」
ぜんまいを回すと、着物を着たからくり人形三体が、動き出した。春には、お盆にのせたお茶を、夏にはお盆にのせたおしぼりを、雪には、お盆にのせたおまんじゅうを運んでくれた。
「なんであたしだけおしぼり?」
「あたいはね、雪ちゃんくらいの頃から、からくりにハマったんだ。それはね、ちょうどその頃合いに作ったやつなんだよ」
「なかなかの腕前だな。からくりにくわしくない私が言うのもなんだが……」
春はお茶を飲み干すと、からくり人形の持つお盆の上に置いた。
「なぜからくり工場なんてものを作ったんだ? ただなんとなくか」
「まあ、始めはそうだったけどね。うち金持ちなんで、やりたいことはなんでもできるし」
空は後ろを向いた。
「でも、あれを作ろうと思うまで……ね」
「あれ?」
「おいで。あたいの工場設立した、唯一の目標を見せてあげる」
春たち三人に、手を差し伸べた。
三人がやってきたのは、工場の地下室だった。地下室もあるんだと、驚いた。
「これを完成させるために、あたいは工場を設立したんだよ」
春たち三人は、顔を上げて、それを見上げた。
そこには、巨大な像がたたずんでいた。木組みの柱に覆われており、その上で社員たちがそれぞれ巨像の組み立てを行っていた。なによりもすごいと思ったのは、その巨像にぴったりの、平安装束が身に付けられていること。それを木組みの柱から、社員たちが丁寧に縫っていた。
「なに、これ……」
と、夏。
「これこそ、あたいが目指す夢さ。あたいはこの巨大からくり人形を完成させ、いつか自分で動かし、日本中、いや世界中を旅するんだ!」
ちなみに、操縦室まで開発しているらしい。操縦室は、巨大からくり人形の、胸辺りの中にあった。
春たち三人は、空と、社長室に戻ってきた。
「どうだった?」
「あんなの作る仕事、あたしに務まるかしら?」
「一体できるまで、何年かかるというんだ……」
「でも雪やってみたーい!」
「ああごめん。それはできないよ」
と、空。
「そうね。雪ちゃんはまだ十歳だしね」
「いや、あなたたち三人は、工場には入らないの」
「え?」
キョトンとする春たち。
「とういうことだ? からくり工場なんだろ? あんなの作ったりするんだろ?」
「いや、もう工場の定員埋まってるんで」
「はあー?」
春と夏は呆れた声を出した。
「じゃあなに? 事務をやれっての!?」
夏が聞いた。
「それも埋まってる」
「じ、じゃあ私たちはなにをするんだ一体? てか採用されたんだよな?」
「君たちは、今からあたいが適当に空いてるところで決めます」
「えっ?」
唖然とする春と夏。
「ええっとねえ……」
空は、巻き物を出して、空いている部署を探した。
「じゃあ春ちゃん。君は託児所の勤務をお願い!」
「へっ?」
「託児所」
「た、た、託児所?」
託児所。わずかな職場にある、子どもを預ける場所だ。
「ま、待て待て! 私その、子どもと接するのは……。第一託児所って……」
「はい夏ちゃんはね」
話を聞いていない空。
「おい! 人の話聞けよ!」
夏が、こっそり笑った。
「あっ。夏ちゃんさ、工場空いてるところあるから、そこ入って」
「ほんと!? やったー! ラッキー! イエーイ!」
わざと大げさにピースまでして喜んだ。春はイライラした。
「夏さんバリバリ働きまーす!」
「その意気だね」
空はほめた。
「で、雪ちゃんは、ある占い師の子のお手伝いをしてほしいの」
「占い師?」
「そんなのいるのか……」
と、春。
「そうそう。会社で長く働いていれば、悩みは多かれ少なかれできるもの。そこで、メンターとして、占い師を派遣したのさ」
空は、懐から三枚、お札を出して、三人に渡した。
「外出届け?」
夏が首を傾げた。
「そう。これから寮生活になるんだから、外出する時は、これを事務室に持っていって、提示してね」
「え? いや、ちょっと待って。あたしたち家近いし、寮じゃなくてもいいんだけど……」
空は首を傾げた。
「求人広告見た? 社員寮完備ってあるでしょ?」
春たち三人は、目を丸くした。
「さあさあ。それぞれの寮部屋へごあんなーい!」
三人の背中を押して、寮へと案内した。
「社員寮に住み込むなんて言ってなーい!!」
春と夏の怒声が響いた。
嫌々連れて行かれた寮は、事務室や社長室があるところのすぐ隣にあった。ぜいたくなことに、部屋は各一人ずつ用意されている。
「春ちゃんはここね。十一番!」
十一番と書かれている表札の部屋が、春の寮部屋。
「ここは夏ちゃんの。二十四番!」
二十四番の表札の部屋が、夏の部屋。
「雪ちゃんにもあるよー? 七十七番の部屋!」
だいぶ歩いて、七十七番のラッキーセブンとまで書かれた表札が、雪の部屋だ。
「なんでここの表札だけラッキーセブンって書いてあるのよ?」
唖然としながら夏が聞いた。
「七と七はラッキーセブンだからです!」
空はダブルピースして言った。
「わーい! 雪の一人部屋だ!」
「いいや! 私たちはここに住み込む気はない」
と、春。
「そうよ。あたしたちはここから歩いても来れるし、月給二十万なら、そのうち馬でも買って来るわよ!」
「ふーん」
空返事する空。
「そこまでして寮に住まわせたいなら、私たちは採用を辞退させてもらう!」
「やめちゃうの?」
雪がそれは名残惜しそうな顔をして聞いた。
「あーあ。転職だと思ったのにね」
空はその場にしゃがみ込んだ。
「どこに行っても人が足りてるからと採用されず、やっと受け入れてくれた先は、低賃金しかくれないところ。ねえ夏ちゃん」
「え?」
「週三日しか働けず、一ヶ月にもらえるお金が四万だけなんて、一ヶ月で二十万もらえたら、今よりもーっとしたいことができるんだよ?」
夏に近寄り、言った。
「したいことなんでも思い浮かべてごらん? 二十万だよ二十万!」
夏はしたいことを思い浮かべてみた。まず舟盛りを食べることが浮かんだ。そして、次にイケメン空手家たちにモテモテになり、高笑いしている自分を浮かべた。
「うひひ……」
「ほらほら。寮生活に遠いも近いも関係ないわよ。それに外出許可受ければ仕事時間以外は何度でも外出できるんだからさ。ね? やめるなんて言わないで?」
手を組んで、首を傾げるという、あざといしぐさをする空。
「お姉ちゃん、雪ちゃんも! がんばろうね!」
「お前気が変わるの早いわ!」
と、春。
「でもでも! お金もらえるには変わらないじゃない」
「わざわざ遠方から来てるわけでもないのに、寮なんて必要ないだろ!」
「えーでも雪、一人部屋できてうれしいし」
「ねー!」
夏と雪はいっしょにほほ笑んだ。
「あーそうかいそうかい! 二人でがんばって二十万貯めなよ。私はやっぱ働かない!」
そのまま去ろうとした。
「あっ。春ちゃん今すぐ帰ろうとしても無理だよ? ここの会社、大門でしょ? 登ろうにも登れない大きさだから、逃げようたって無駄よ?」
「ふんっ。大門を開ければいい話だ!」
春は、大門向かって走った。
「たあーっ!」
大門に体当たりした。しかし、開かなかった。もう一度、普通に押したり引いたりしてみた。全然開かない。
「くっそー! そうだ! この刀で大門を壊せば!」
しかし、刀を抜こうとした手を、何者かに止められた。
後ろを向いた。空だった。
「外出許可の札を事務に持っていって、それを専用の差し込み口に入れると、自動で開く仕組みになってんの」
「な、なに〜?」
春は、もうお手上げだった。だって、相手がからくりじゃ、敵わないから。大門を壊とする自身の手を掴む空の握力が強く、離せそうにないから、ダメだった。
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