一・仕事探し

第2話

人々でにぎわう町内。

「ひい!!」

 男の剣豪けんごうが、尻もちを付いた。

「たたた、助けてくれえええ!!」

 男の剣豪は逃げた。

「おお!!」

 町内中で拍手が起きた。それを受けている人物が、持っている刀をひと振るいし、鞘に戻した。

「やるわねはるちゃん!」

 八百屋の奥さんが春の背中を叩いた。

「今日もお手柄だったねえ」

 町内に住むおばあさんがほめた。

「そんな。私はただ、あいつがあんたの財布をネコババしようとしてたのが見てらんなくて……」

 と、春。

「腰にそんなのぶら下げといてなに言ってんだい! もっと胸高らかにしなよ」

 と、八百屋の奥さん。春は当惑した。

「じ、じゃあ私はこの辺で」

 春は立ち去った。春の勇敢な姿を見物していた人たちが、そろって手を振って見送った。

「そういえば春ちゃんは、どこに住んでるんだろうねえ?」

 町内に住むおばあさんが言った。


 春は、卯月(四月)を迎えた今日、二十歳になった。十五の時、五年前に剣道を習い始め、町内の大会で毎年一位を獲得していた。それが好じてなのか、親のすすめで剣豪になるよう命じられた。以来、春は町一番のヒーローである。いや、女の子だからヒロインである。

「でも、おかげで顔を見られる度に、サインをくれだの、握手してくれだの、素振りをしてくれだの、申し立てされるようになってしまった……」

 春はため息をついた。

「なにも有名になるためにこいつを習ったわけじゃないのに……」

 春は、腰に下げている刀を軽く小突いた。

 家に帰ってきた。家は、田畑が広がる、町から離れた、静かな場所にある。

「やっ、お姉ちゃんおかえんなさい!」

 と、玄関で出迎えてくれたのは次女のなつ

「これからバイトか」

「そうだよ。徒歩で一時間五十五分かかる道のりを辿って辿って辿ーってようやく着く、通勤するだけで大変なバイトしてる妹を見習いなさい!」

「いや、町までここから十五分ちょいだろ……」

 呆れる春。

「いいじゃないのよどうせ有名人になってんだからさ。町に住もうよ」

「私はうるさいのがきらいなんだ」

「だからって田畑を耕してないくせにこんなとこに住む必要ある?」

「夏。お前のその文句は百回聞いた」

「お姉ちゃんはいいよね。バイトしてないもんねえ。あたしはこの家を守るため、出張しているパパとママの代わりに出稼ぎに行ってるんだもんねえ」

 夏はふくれっ面を見せて言った。

「雪ちゃんも町に住みたいなって、切実におっしゃってましたよ?」

 とだけ言って、バイトへ向かっていった。

 夏、十五歳。彼女たちの両親はそれぞれ仕事で出張しているため、バイトをしているのである。そのバイト先は、和菓子店だ。

「いらっしゃいませ~。お客さんー? おすすめはこちらになりますよー?」

 おすすめの和菓子を見せたが、お客さんはイマイチな表情をしていた。


 春は、家の庭に生えている松の木の下で、あぐらをかいて座っていた。ただじっと、目をつむっていた。

 松の木の葉から、水滴がこぼれ落ちた。春は目を開き、腰に下げている刀を抜いて、その水滴をさばいた。

「ふう……」

 刀を鞘に戻した。

「春姉〜」

 かわいい声が聞こえた。

 縁側から声をかけてきたのは、三女のゆきだ。雪はまだ十歳。寺子屋から帰ってきたところだ。

「雪、おかえり」 

 かけ寄ってきた雪の頭をなでる春。

「えへへ! 今日もね、習字とそろばんがんばったよ」

「えらいね」

「春姉。雪ね、ほしいものがあるんだ」

「ほしいもの?」

「馬!」

「馬?」

 キョトンとする春。

「だって雪の寺子屋まで二十分だよ歩いて。でもねでもね、友達の親戚が馬買ってて、馬だと十分で着くんだって」

「……」

 呆然とする春。夏はともかく、雪にまで同じようなことを思われていたなんて……。

「で、でも雪。たくさん歩くと健康になるんだぞ? ほら、一日四キロ歩くといいって、言うしな」

「えーでも馬のが速いし……」

「第一そんなもの高くてうちじゃ買えないの!」

 肩に手を置いて、なるべく強く言った春。

「うう……」

「あ、やば……」

 と、思った春。打たれ弱い雪は、ちょっと強く言われただけでもめそめそする性格だ。このまま泣かれてもシャクだし、落ち込まれてもシャク。

「うーん……」

 額に手を押さえ、考えた。


 夜になり、夕飯時。朝昼晩の食事当番は交代で行なっている。春がやれば、翌日は夏だ。しかし、夏は朝から晩までバイトになりそうだと言い張り、三日ほど当番をサボったことがある。しかし、彼女のバイト先は朝から夕方までなので、夜遅くになることは、まずありえない。それを知られてから、一切ごまかせなくなってしまった。雪は素直で、春が当番の時も、夏が当番の時も、自分ができることをやってくれた。

 今日の夕飯当番は、夏。実は料理がうまい。

「お姉ちゃんの時なんか、鍋にご飯とあり合わせのものぶっ込むだけとかあるもんね」

「やかましい!」

 ムッとする春。

「でもあたしみたいに、ご飯におみおつけ、漬物にサバのみそ煮なんて作れないでしょ?」

「くっ……」

 悔しいけどなにも言えない。

「ねえ。お姉ちゃんも働いてみれば?」

 と言って、夏はご飯を食べた。

「はあ? なぜ急にそんな話が……」

「パパとママ、もうかれこれ一年も出張で帰ってきてないでしょ? あたしのバイト先の時給いくらかわかる? 千円よ千円」

 と言って、漬物をかじった。

「でもここは江戸時代だぞ? なんでそんな時代に千円があるんだ!」

 と、ツッコんだら。

「いいっ?」

 夏が、箸を向けてきた。

「あたしの職場はね、人手が足りてて、週三日しか働けないの。週三日、時給千円を月で計算してごらんなさい」

 春は頭の中で計算してみた。仮に週三日で一ヶ月働いて、時給千円を月十二日分もらったとする。

「夏、お前何時間働いてる?」

「四時間」

「一ヶ月四万八千しかもらえないじゃないか!!」

「今さら気づいたの? もう遅いわよ」

 と言って、夏はおみおつけをすすった。

「パパたちの残してくれたお駄賃は底をつき始めてるし、月五万行くか行かないかの生活じゃ、雪ちゃん寺子屋通えなくなるわよ?」

「雪、寺子屋通えなくなるの?」

「大丈夫よ雪ちゃん。この刀しか振り回してないプー太郎がいっそ正社員になってくれたら、通えるわよ」

 耳元で口を寄せているのに、聞こえるように言う夏。いつもは冷静な春も、さすがにイラッとした。

「好き勝手べらべらべらと! いいだろう夏。働いて、こんなとこじゃなくて、寺子屋やバイト先からうんと近いところに引っ越してやるぞ?」

「おお!」

 声を上げる夏と雪。

「ほしいものもなんだって手に入るようにしてやる!」

 胸を張る春。

「おお!!」

 目を輝かせる夏と雪。

「で、で、お姉ちゃん! どこにするの!?」

「それはあした決める」


 翌日、春は町に出て仕事を探した。八百屋、魚屋、うどん屋、骨董品売り場などを見かけた。

「もし私が八百屋になったら……」

 春は想像した。


『安いよ安いよ!!』

 八百屋になった春は、いつもより倍声を上げて、客寄せをしていた。

『きゃー見てみて春さんよ?』

 女の子の悲鳴に、他の町人たちも群がってきた。

『野菜を刀で切って切って〜!!』

 町内では春の大ファンは数知れずだ。春は町人たちの歓声に答えないわけにもいかず、店の奥から持ってきた刀を披露した。

『このキャベツを、空中で千切りしてみせよう! とりゃあ!』

 キャベツを投げ、すばやい刀さばきで、見事空中でキャベツを千切りにしてみせた。見物人たちから拍手が起きた。お金もジャラジャラ投げられた。


「いやダメダメ! それじゃ八百屋じゃなくてただの大道芸人だろ!」

 想像をやめて、我に返る春。

「そもそも、私が八百屋や魚屋みたいに声を張れるわけないし……」

 そこで。

「じゃあ、もっと落ち着いた場所で働けばいいんだ」

 春は、うどん屋になった自分を想像した。


『よし。まずは生地を作るところからだ』

 うどん粉をボールに入れようとして、間違えて全部入れてしまった。

『ま、まあうどんになればいいんだし』

 水を入れてこねた。しかし、どんどん生地はふくらんで、終いには春の上半身を包み込んでしまった。

『おっしゃ! 生地を伸ばせたぞ。次は細く切るだけだ』

 しかし、太すぎたり細すぎたり、バラバラな形になってしまった。

 麺をゆでるため、鍋をわかした。

『……』

 息を飲む春。麺を鍋に入れた時、熱々のお湯が跳ねるのが怖いのである。

『なっ。わ、私は剣士だぞ? お湯が跳ねるくらい、造作もないわ!』

 形がバラバラの麺をバシャーンと入れた。

『あっちゃー!!』

 うどん屋から、春の悲鳴が響いた。


「厨房の道具もろくに扱えない私に、うどん屋みたいた飲食業は向いてないか……」

 他にもいろいろ見てみた。どれもいいと思った。けど、失敗しそうな気がして、ためらってしまう。

「なによりも一番やっかいなのは、私が町内で働いたりなんかしたら、こうやって……」

 いつの間にか、後ろから町内中の女の子たちが、目をキラキラさせて、春をつけてきていた。

「だからいやなんだ!!」

 春が怒鳴ると、女の子たちはきゃーきゃー喜んで逃げていった。

「お母さん。どうして私は出張に連れてってくれなかったの……」

 その場でうつむいた。

 と、そんな彼女の足元に、一枚の用紙が舞い落ちてきた。

「は?」

 拾って確認してみた。

「からくり工場へようこそ。社員寮あり、正社員登用、月給二十万……」

 その求人広告を、しばらく見つめて佇んでいた。


 その日の夕方。

「からくり工場?」

「そうなんだ夏。私、ここで働こうと思うんだ」

 夏は、春が拾ってきた求人広告を見た。そして、コクコクと大きくうなずいた。

「いいじゃない? 二十万ありゃ、生活できるわ」

「あ、まあそうなんだけど」

 春は言った。

「夏、雪。みんなでこの社員寮に住み込みながら、ここで働かないか?」

「え?」

 ポカンとする夏と雪。

「い、いやいやなに言ってんですかお姉様? これは、あなたが見つけた求人でしょ? あたしたちは、関係ないじゃないの」

「いや、でもさ。一人じゃ心細くないかなあって……」

「……」

「……」

 沈黙が走った。

「それだけ?」

 と、夏。

「それだけ……」

 と、春。

「だははは!!」

 夏が大笑いした。

「な、なにがおかしい!」

「心細いって! 別に町内近くの港にある工場でしょ? ここから行けるじゃん? 遠出するわけでもあるまいし。なははは!」

 笑いながらバカにした。

「ほらほら。雪ちゃんも笑いな。ここ笑うとこだよ」

 雪はキョトンとしていたけど、

「あははは!」

 すぐに笑った。

「笑えと言われて笑うやつがあるかー!」

 春が怒った。

「お姉ちゃん! 剣豪でしょ? どうしてそういう時だけ女になるの?」

 肩に手を触れてくる夏。

「いや、女だよわたしゃ……」

「お姉ちゃんは宝塚歌劇団みたいに、女の憧れでいるのが似合うんだからさ」

「いや、どういう例えだよそれ!」

「雪は別にいいよ」

「え?」

 雪に顔を向ける春と夏。

「雪は、春姉と夏姉二人がいてくれたら、どこにいても悲しくないもん」

 ほほ笑んだ。

「でもあたしも応募するとして、今のバイトどうすんのよ?」

 にらんだ。

「それは、副業にするとか?」

 首を傾げる春。

「お姉ちゃん社会を知らなすぎ! 正社員登用でしょこれ? 副業と両立できるほど甘くないのよ!」

「そんな怒るなよ」

「なんだろう求人広告って」

 二人のお姉さんたちがわーわー言い合っているうちに、雪はからくり工場の求人広告を見てみた。

「へえー。あっ、ねえねえ!」

「なに!?」

 にらみ合っていた春と夏は、そのままの顔で雪を見つめた。

「ひっ!」

 雪が怖がった。

「なあに?」

 すぐにほほ笑み直す春と夏。

「ここの求人、三人いっしょじゃないと応募できないんだって。ちなみに、社員寮は強制的に入らされるらしいよ?」


 翌朝、起きてご飯を食べたらすぐ、春、夏、雪の三人はからくり工場へと向かった。

「普段着でいいとかあったけどさ……」

 と、横目でにらむ夏。

「はかま着て刀腰に下げてくこたないでしょ」

 春は、はかまを着て、刀を腰に下げていた。これが彼女の普段着である。

「普段着とあらば、剣豪として刀を下げないわけにはいかないだろ。とか言うお前もお前で、その短い裾の着物はなんだ!」

「だって動きやすいんだもん。普段着といったら、動きやすいは鉄板でしょ」

 夏は、裾が短いあざやかな色の着物を着ていた。これが、彼女の普段着である。

「それに、あたし空手家なんで」

「あのなあ……」

 夏は空手家だ。五歳から続けている。今現在は、水かめを拳で割れてしまうくらいの実力だ。

「つうか夏。お前十五だろ今。正社員なんてなれるわけないだろ」

「でも年齢不問って記載されてたわよ?」

「てことは、雪も働けるの? 二十万もらえるんだね!」

 雪が喜んだ。

「無理無理無理……」

 春と夏が苦笑して手を横に振った。


 目的地、からくり工場に着いた。春、夏、雪三人は、見上げた。工場の大門を。まるで、お城のように大きな門だった。

「どうやって入るの?」

 夏が聞いた。

「さあ?」

 呆然としている春が答えた。

「ノックするんじゃない?」

 雪が大門の扉をノックした。しかし、誰も出てこなかった。

「あれれー? おかしいね。もっとたくさん叩いたほうがいいかな?」

 雪は大門の扉をたくさん叩いた。しかし、誰も出てこない。

「よーし! おりゃおりゃおりゃ!」

 大門の扉に百裂拳を下した。それでもダメならと、蹴りをたくさん食らわした。

「やめるんだ雪!」

 春が雪を止めに入った。

「あ、もしかしてこれかな?」

 夏が、ふと見つけたインターホンを押した。

 すると、大門の扉がゆっくりと開いた。あらわになった中を見つめたまま、春たち三人は呆然とした。

 中に入ると、まるで中国にある城の中庭のような佇まいだった。その中庭に、順路と記された看板があって、三人はそれを辿っていた。

「これを辿れば、会社の責任者に会えるんだろうか?」

 春は考えながら歩いた。

 中庭から、旅館のように広いろうかへと来た。

「おっきい!」

 雪と夏は、今まで渡ったことのない、広いろうかに感激した。春も感激していたものの、自分たちはどこへ向かっているのか、それを第一に考えながら歩いていた。

 ろうかを右に左に曲がり、階段を上がり、またろうかを歩けば、ついに順路のゴールとも言える場所に着いた。

「こ、ここか?」

 春は、おそるおそる障子を開けた。

 すると、自分たちに色とりどりのライトが照らされた。

「ウェルカムようこそおいでやすー!!」

 と、お城の広間みたいなところで叫ぶ声のほうに向くと。

 その相手に色とりどりのライトが照らされた。両手を広げている女の子だ。

「あたいは空、十九歳。からくり工場の社長だよ!」

 音楽が流れ出した。同時に春たち三人は百性ら三人に背中を押されて、広間に入れられてしまった。そらと名乗る女の子が歌をうたった。それがこんなのだ。


ようこそウェルカムおいでやす〜♪


ここでは誰もが正社員♪


ようこそウェルカムおいでやす♪


ここでは誰もが正社員♪


「ようこそ。あたいの会社へ」

 広間が明るくなった。空のニヤリとする顔が明確になった。春たち三人の呆然とする顔が明確になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る