10・メイドステイをしました

第10話

下校前のF組。帰りの会を行っていました。

「はいみんな注目! 来週いっぱい、お前たちにはメイドステイを行ってもらう」

 発表する松田先生。

「なんですかそれ?」

 まいが聞きました。

「メイドステイ。それは、学園長が指定した家にお前ら一人一人が訪ねて、ご奉仕するのだ」

「つ、つまり。メイドとして一週間、お家にお泊りするんですか?」

 ひとみが聞きました。

「ああ」

 松田先生がうなずきました。

「ほえ~」

 ひとみが気絶しました。

「ひとみちゃん!」

 まいが倒れそうに体を抱えました。

「なんでまた急に……」

 ゆうきがつぶやく。

「それは、社会ではばたくためには、いろいろな人とかかわることが大切だからです」

 と言って、教室にやってきたのは。

「学園長!」

 と、松田先生が声を上げました。

「みなさまごきげんよう」

 学園長は、紫色のドレスをまとい、王妃とも言えるいで立ちをしていました。

「ごきげんよう!」

 F組の生徒たちはそろってあいさつを返しました。

「学園長。なぜ突然?」

 松田先生が聞く。

「おほん。いいですか? 学びとは、決して学校で黒板に書かれた文章をノートに写すことだけではありません。学校では経験できないことに触れることも、りっぱな学びなのです。この学園のみなさまには、それを知ってもらいたい。そして、たくさんのことを経験して、世にはばたいてもらいたい。ですから、メイドステイは、全員参加でお願い致しますね?」

 女神のようにほほ笑む学園長。

「わかったかお前ら!」

 鬼のように聞く松田先生。

「はい!」

 F組の生徒たちは元気よく返事をしました。


 来週の実習場所は、くじ引きで決まりました。くじ引きがおわったあと、生徒たちは寮に戻りました。

 寮で、まい、ゆうき、ひとみの三人は、宿題をしていました。

「でもさ、なんで女子高生に知らない人の家に連れて、メイドなんてやらせるんだろうね」

 まいが言いました。

「メイド学園なんだから、別にいいだろ」

 ゆうきが答えました。

「あたしはいやだよ」

「ひとみちゃん?」

「だって、知らない人の家に一週間も寝泊まりだなんて……。そんなの耐えられない!」

「でも、メイド学園のことだよ。きっといい人たちの家に住まわせてくれるよ」

「いやだ! あたし、こんな学園やめる!」

「ええ!?」

 驚くまいとゆうき。

「お、おいひとみ……」

「じ、冗談はよしこさんだよ?」

「冗談じゃないよ。あたし、多分この学校向いてないよ」

「だ、大丈夫だよひとみちゃん」

 あわててなだめようとするも、

「知らない人の家に一週間お泊りなんて無理! あたし、退学届け出してくる……」

 と言って、寮を飛び出しました。

「ひとみちゃん!」

 止めようと勉強机から立ちましたが、ひとみはあっという間に飛び出していってしまいました。

「どうしよ……」

「高校は義務教育じゃないんだ。ひとみの好きにさせろ」

「ちょっとゆうちゃん! 私たち、せっかく知り合ってさ、仲良くなったんだよ? まだ半年経っただけなのに、退学なんてさみしいよ!」

「でも、ひとみはメイドステイなんか行きたがらないんだ。無理強いさせるほうがもっとかわいそうだろ」

「でも!」

「でもなに? あのままひとみを止めてみろ。お前はひとみを強制的にメイドステイに連れて行こうとしてるんだぞ」

「そんな……」

 まいはなにも言い返せなくなりました。結局、ひとみを追いかけることができず、その場に立ちすくみました。


 ひとみは、職員室の前に立っていました。

「ゴクリ……」

 息を飲みました。退学の申し出をするのが緊張するのです。

「で、でもここに入学したいって言う時も、緊張した……」

 まだ中学三年生の頃。成績に問題はなくても、内気な自分を変えたいという気持ちが強く、進路先に悩んでいました。そんな時、飛び込んできたメイド学園のチラシ。

「ここだ!」

 自分を変えられる場所はここしかない。チラシにあったメイド学園の概要が、自分を奮い立たせたのでした。

「……」

 入学前の頃を思い出し、少し思いとどまりました。

「どうした?」

 松田先生が出てきました。

「うわあ!」

「なんだびっくりするじゃないか!」

 松田先生も驚きました。

「い、いやその!」

「なんか用か?」

「なな、なんでもありません!」

 逃げ出しました。

「ん?」

 首を傾げながら、逃げるひとみを見届けました。

 ひとみは、寮のロビーまで逃げてきました。

「はあはあ……」

 呼吸を整えました。

「はあ……。ダメだなあたし。感情的になっといて、気持ちが揺らぐなんて……」

 一人で落ち込みました。すると、チャイムが鳴りました。夕食を知らせるチャイムでした。


 食堂がにぎわう夕食。

「ひとーみちゃん!」

 落ち込んだ様子で食事にありつくひとみの前に、まいとゆうきが座ってきました。

「ねえねえ。二人でメイドの練習しよっか」

「メ、メイドの練習?」

「そう。来週に備えてさ、メイドが使う言葉遣いとか、振る舞いとか練習するの」

「でも……」

 うつむくひとみにゆうきが。

「ひとみ。簡単にやめるなんて言うな。そんなんじゃ、何事もあきらめる人になっちゃうぞ?」

「ゆうきさん……」

「自信がないなら、付ければいい。だからまいがこう言ってるんだ」

「私たちとなら大丈夫だよ!」

 まいがほほ笑む顔を見て、ひとみは安心して涙を流しました。

「ごめんなさい……。あたし、二人に相談すればよかったね」

「いいんだよ。あたいははなっから練習するつもりはなかったしな」

「ゆうちゃんにも練習に付き合ってもらうからね? そのどぎつい性格を更生しないといけないし」

「ああ?」

 まいをにらむゆうき。

「だったらお前のそのくさった根性を叩き直す必要もありそうだな!」

「いはいいはい!」

 ほおをつねられるまい。ひとみはクスっと笑っていました。


 夕食後。寮に戻った三人。

「さて、メイドらしくなるための講座を開始致しまーす」

 メガネをかけたまいが、仕切りました。

「メガネ返して~」

 ひとみが訴えました。

「そのかけているメガネを返してやれ」

 と、ゆうき。

「はいはい」

 メガネを返しました。

「さて、ではメイドらしくあるための基本。その一は!」

 口で「ドラララ」とドラムロールをするまい。

「あいさつはごきげんよう!」

「そんなの毎日言われてるだろ、先生に」

「いやいやゆうちゃん。ごきげんようは、慎ましく、おしゃれに言うのがコツなのだよ……。って、教科書に書いてある」

「って、どんな感じかな?」 

 ひとみが聞きました。

「では手本を見せましょう」

 まいは、二人の前に立ち、見本を披露しました。

「ごきげんよう……」

「……」

 ポカンとするひとみとゆうき。

「こうやって、マダムみたいな声で、”ごきげんよう”って……」

「いや、ふざけるな」

「ふざけてないよ、ゆうちゃん!」

「で、でもマダムはさすがに……」

「ひとみちゃんまで!」

 まいはムッとして言いました。

「もう! あいさつはごきげんようが言えればいいんじゃないのっ?」

「いや、適当すぎだろ!」

 ゆうきがツッコミを入れました。

「とりあえず、二人もごきげんようって、あいさつやってみてよ」

「へえ?」

 困惑するひとみ。

「はいまずひとみちゃんから。せーのっ!」

「え、ええ? ま、まいちゃん!」

 ひとみは当惑しましたが、恥ずかしさを抑え、あいさつをしました。

「ご、ごきげんよう……」

 照れた表情を浮かべ、控えめに答えるごきげんよう。

「いい! なんだか、マンガで見る照れ屋なキャラクターみたいだった!」

 まいは、親指を立てました。

「ええ!?」

 驚がくするひとみ。

「それでいいのか……」

 呆れるゆうき。

「きっと、ひとみちゃんのご奉仕する家は、オタクが住んでる家だね!」

「怖いからやだよ……」

 唖然とするひとみ。

「じゃあ次はゆうちゃんといきましょうか」

「え? あたいもやるのか」

「もちろん! はいせーのっ」

 ゆうきは呆れる気持ちを抑え、あいさつをしました。

「ごきげんよう……」

 ヤンキーのようににらみ付けた表情で言いました。

「もっと怖いからやめて!」

 まいとひとみ二人でツッコみました。

「はあ……。二人ともあいさつができないと、メイドどころか、ろくな大人にならないぞ?」

 と、まい。

「お前も大概だろうが!」

 ゆうきがツッコミました。

「大丈夫かな、来週……」

 ひとみが心配しました。

「だ、大丈夫だよ大丈夫! あいさつができなくても、メイドらしくなる方法はいくらでもあるさ」

 あわててなだめるまい。

「あのな……」

 呆れるゆうき。

「方法その二!」

 ピースサインをするまい。

 三人は、調理室に来ていました。

「で、なんで調理室なんだ?」

「勝手に入ったら怒られるよ?」

 ゆうきとひとみは困惑。

「料理さえできればりっぱなメイドだよ!」

 と言って、まいは包丁の先端を光らせて、

「おりゃあ!」

 振り上げて鶏肉にぶつんと当てました。

「バカ野郎!」

 怒鳴るゆうき。

「ひっ!」

 怖気づくまい。

「包丁を振り上げるな! 包丁は、ちゃんと片手を猫の手にして持つんだよ」

「ね、猫の手?」

「知らないのか? こうだよ」

 まいから包丁を取り上げ、ゆうきは猫の手にして正しい包丁の持ち方を実演しました。

「おお」

 感心するまいとひとみ。

「こんなのできて当然だ」

「じゃあさ、野菜も同じように切れる?」

 と言って、まいはきゅうり、大根、にんじん、ホウレンソウを掲げました。

「はあ? まい、包丁を使える人間に、当たり前のこと聞くな」

 ゆうきは、まいに渡された野菜を正しい持ち方ですばやく切り始めました。

「おお!」

 さらに感心するまいとひとみ。

「お前らは家の手伝いをしたことないのか!」

「あ、あたし洗濯物は得意だよ?」

 と言って、ひとみは家庭科室の洗濯機で一週間分の洗濯物を洗濯して、乾燥機で乾かしたのち、パパっとたたみました。

「え、私よりたたみ方うまい……」

「ああ……」

 呆然とするまいとゆうき。

「お、お母さんが洗濯物にしわを付けたくない人だから、教えられてきたの」

「むむう。私も負けられない!」

 まいはなにか自分にもできることがないか考えました。

「あ、ひらめき~!」

 ひらめきました。

「食器洗い!」

 食器洗いを始めました。

「誰でもできる!」

 ひとみとゆうきが笑いました。

「あははは!」

 三人は調理室内に笑い声を響かせました。三人以外誰もいない調理室には、三人の笑い声だけが響いていました。

「こらーっ!!」

 寮母の怒鳴り声が聞こえました。


 そして、メイドステイが始まりました。

「ゴクリ……」

 ひとみはステイをする家の前で息を飲みました。三階建ての大きな一軒家でした。

「き、きっとお金持ちのお家なんだろうな。あ、あたしなんかが務まるのかな……」

 指の先まで震えてきました。インターホンを押そうとしますが、なかなか手が上がりません。

(やっぱりあたし!)

 あきらめようとした時でした。

『みんな、緊張してるのは同じだよね』

 今朝、学園を出る前にまいが言っていたことを思い出しました。

『でも、私たちそれぞれにできることがあって、メイドらしくなんて思わなくても、自分らしくあればいいんだよ!』

 ひとみの手から、震えがなくなりました。

「そっか……。そうだよね!」

 笑顔になりました。そして、インターホンを押しました。

「ごきげんよう! メイド学園から来ました、ひとみと申します!」

 明るいあいさつができました。

 まいは、月二十万もする戸建て賃貸に住むお金持ちの夫婦にメイドステイに来ました。夫婦はまいのためにイタリア料理やスイーツを用意してくれて、当初の目的である洗い物で役に立つことができました。

 ゆうきは家賃十万のするマンションに住む家族のメイドステイに来ました。自分の妹たちと同じ頃合いの子どもたちがいて、彼らの相手をしたり、料理を手伝ったりして、活躍しました。三人、そしてF組の生徒たちは決して完全なメイドらしさを見せられなくとも、りっぱにご奉仕できたのでした。


 メイドステイがおわり、冬休みが過ぎ、あっという間に新年を迎えました。

「今年もよろしくお願いします」

 メイド学園の校門。まい、ひとみ、ゆうきは三人で向かい合って、新年のあいさつをしました。

「あ~らこれはこれはあけましておめでとうございますわ、F組のお三方」

 A組のアリスが新年のあいさつをしました。

「あけましておめでとうですわ~」

「まいさん! バカにしたようにあいさつを返すなんて、メイド学園としての自覚をですね……」

 まいはアリスの話を聞く間もなく、言いました。

「大事なのはメイドらしさじゃないんだよ!」

「はい!?」

 グッと顔を近づけてこられ、驚くアリス。

「ね、ひとみちゃん、ゆうちゃん!」

「ああ」

「うん!」

 二人ともまいの言うことにうなずきました。

「はあ?」

 アリスが首を傾げているのをよそに、三人はわいわいお話をしながら、教室へと向かうのでした。

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私立メイド学園F組 小牧まい みまちよしお小説課 @shezo

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