9・ケンカをしました
第9話
放課後。寮に向かっているひとみは、とてもうきうきしていました。スキップまでしていました。
「えへへ! ついに買っちゃったあ」
と言って、手にしているのは、抹茶のプリン。売店で一番人気のスイーツでした。
「毎日他の子がたくさん買いに来るから、いつも買えなかったけど、今日はギリギリ手に入れることができた。よかった!」
寮に入りました。
「どんな味なんだろう?」
抹茶プリンを開けようとした時でした。
「ひとみさんはいらっしゃいますか?」
寮母の声がしました。
「は、はい!」
ひとみはあわてて返事をしました。
「どうしよどうしよ……。そうだ!」
抹茶プリンを冷蔵庫にしまいました。
「はい寮母さん。なんでしょうか?」
「あ、ひとみさん。いっしょにロビーの電球を取り替えるのを手伝っていただけないかしら?」
「は、はい! でもなぜあたしに?」
「なんとなく。背が高いからです。いやでした?」
「い、いやそういうわけでは! ぜひ、やらせてください!」
「じゃあ、来て。すぐにおわりますからね」
「はい!」
ひとみは寮母といっしょに、ロビーへ向かいました。
しばらくして。
「ふわあ~」
あくびをしながら、まいがやってきました。
「あーあ疲れた。午後に数学と国語なんてありえない。眠すぎて魂抜けるかと思ったよ」
と言って、肩を回しました。
「メイド学園に来てもう早半年。メイドらしいことはほとんどしていない。授業のあいさつでごきげんようを言うくらいかなあ? なんでメイド学園に来てまで国語や数学の勉強なんてしなくちゃならないのかしら? メイドならメイドらしく、マンガで見るようなご奉仕を学べばいいのに!」
イライラしました。
「ああもう! こんな時は甘いものを爆食いしてえ!」
冷蔵庫を思いっきり開けました。
「あった……。甘いもの!」
抹茶プリンが見えました。
「ふう」
ひとみが寮に戻ってきました。
「ようひとみ」
ゆうきも寮に戻ってきました。
「ゆうきさん」
「お前もちょうど寮に戻ってきたのか」
「うん。寮母さんに、たまたまロビーの電球の取り替えを頼まれて」
「そうか」
ふたりは寮に入りました。
「あ、まいちゃん」
「あ、ひとみちゃん。ゆうちゃんもおかえり~」
まいは、ベッドに上でくつろいでいました。
「お前、宿題は済んだのか?」
「済んだよ」
「ウソこけ」
ゆうきにでこを小突かれました。
「あ、そうだ!」
ひとみはわくわくしながら、冷蔵庫を開けました。
「あれ? あれれ?」
「どうしたのひとみちゃん?」
まいが聞く。
「い、いやその……。ないの」
「ない? なにが?」
「プリン。抹茶プリンがないの!」
がく然とした表情のひとみ。
「抹茶プリン?」
「そうなのゆうきさん! 売店で一番人気のスイーツで、なかなか手に入れられなくて、でも今日やっと手に入ったの。寮母さんに呼ばれたから、帰って来てから食べようって思ってたのに~!」
涙しました。ゆうきは、ここまで悔しがるひとみを見るのが初めてで、当惑しました。
「あたいは知らないぞ? あたいは、ついさっきまで生徒会の連中に雑用を任されていたんだ」
「どんな雑用?」
まいが聞く。
「押印」
「まいちゃん! まいちゃんはっ?」
ひとみは、まいにグッと近づいて、聞きました。
「あ、えーっと……。寮に戻ったら二人ともいなくて、疲れたからベッドで横になってたかな?」
「その他には?」
「その他? うんと、なんか無性に甘いものが食べたくなって、冷蔵庫を開けたの」
「それから?」
普段見せない、ジト目の顔したひとみが覗き込んでくる。
「抹茶のプリンがありまして。気が付いたら……」
そーっと指をさす。見ると、そこにはくずカゴが。
「まさか!」
ひとみはくずカゴのもとへかけ寄りました。
「あーっ!」
見ると、抹茶プリンのフタと透明のカップがありました。
「抹茶プリンが……」
ひとみ、相当ショック。
「ご、ごめんね。つい食べちゃって」
肩をすくめるゆうき。
「もう! なんで食べちゃうの!?」
ひとみが怒りました。まいとゆうきはびっくりしました。
「まいちゃんは冷蔵庫の暗黙の了解を知らないの? 抹茶プリンが誰のかってこと、考えなかったの?」
「そ、それはその……」
「どうせ考えてないんだ。まいちゃんはそういう考えなしのところあるからね!」
まいはムッとしました。
「あっそ! じゃあ言わせてもらうけどね。あんただって未だにA組の人とまともにあいさつできないじゃないのよ!」
「なっ」
「クラスが違うだけで、所詮年は変わらない女子高生。別に緊張することないじゃないの。それなのに、プリン食べられたくらいで短気にはなるんだね」
嘲笑しました。
「むむう! まいちゃんの考えなし!」
「ひとみちゃんの食いっぱぐれ!」
「おバカ!」
「おデブ!」
「言ったな!」
「言ったねえ!」
二人は取っ組み合いのケンカを始めました。
「おいおいやめろ二人とも!」
ゆうきが二人を離しました。
「もう私こんな子といられないわ!」
「あたしだって。人のもの勝手に食べるような人といたくない!」
二人はにらみ合い、
「ふん!」
顔を背けました。
「やれやれ。入学して初めてのケンカが始まったな」
ゆうきは肩をすくめ、呆れました。
夕食の時間。
「今夜はチンジャオロース定食か」
と、ゆうき。
「ちょっとひとみちゃん。そこの角の席は私が座ろうとしてたところだよ?」
「席なんてどこでもいいでしょ?」
「どこでもいーい? はんっ、あんたは社会人の暗黙の了解知らないんだね」
ニヤリとしました。
「はあ?」
「知ってる? 社会人になるとね、席に名前が貼ってなくても、ある程度誰の席か決まってくるのよ。メイド学園の生徒なら知ってて、と・う・ぜ・ん!」
ひとみのでこを突くまい。
「アホらし……」
呆れるゆうき。
「だからって、そこが自分の席だって言い張っていい理由にはならないでしょ? そういうのは、わ・が・ま・ま!」
まいのでこを指で突くひとみ。
「って言うんだよ」
と言って、ひとみは遠慮なく、まいが座ろうとしていた角の席に座りました。
「ぐぬぬ~! 抹茶プリンで怒るくせに、こういう時に調子乗んじゃねえぞ!」
「お前も調子乗ってただろ」
呆れるゆうき。
まいは、ひとみの真向かいの席に座りました。
「ひとみちゃん? なんかあんたのチンジャオロースのほうが多くない? 変えてよ」
「いやだ」
「なんで?」
「もう食べちゃったもん」
「そんなこといいからよこしなさいよ!」
チンジャオロースの入った皿を掴みました。
「やめてよ!」
ひとみが持っていかれそうになった皿を掴みました。
「チンジャオロースチンジャオロース!」
「まいさんよく見て! チンジャオロースは平等に入っているわ!」
「入ってないもーん!」
ゆうきは二人のケンカを見て思いました。
「子どもよりも質の悪いケンカだな」
「おほん!」
「なによ!」
まいとひとみは、咳払いしてきた人をにらみつけました。
松田先生が、厳格な表情で見下ろしていました。
「ま、松田先生! ごきげんよう……」
「そんなあいさつはいらん。それよりも、食事中にやかましい! お前ら、明日もそんなだと、売店のコンビニ飯しか食わせてやんなくするからな?」
「す、すみません!」
二人が頭を下げる前に、松田先生は去っていきました。
「ほらなお前ら。ケンカも大概にしろって」
と、ゆうき。
「まわりの人たちも、ドン引きしてるぞ?」
ゆうきに言われ、まいとひとみはまわりに目を向けました。
「……」
二人はだまって食事にありつきました。
「おい、ゆうき」
松田先生が呼ぶ。
「あ?」
「あとで来い。話がある」
食後、ゆうきは中庭に来ました。
「なんですか先生。もしかして、退学のお話ですか?」
「バカ言え。誰がまだ来て間もないほやほやの新入生を退学させるか」
「わかってるよ。まいとひとみのことだろ」
うなずく松田先生。
「それが、ひとみがなかなか売店で手に入らない抹茶プリンをまいに食べられたみたいで。ひとみが怒ってたら、ヒートアップしてしまって、それで……」
「ふっ。あははは!」
松田先生は大笑いしました。
「なーんだ。そんなことか」
「なんだ、そんなことって?」
「そんなやわっちいケンカなら、直に落ち着くさ」
「やわっちい?」
首を傾げるゆうき。
「でも。あんまり度が過ぎることしないよう、抑えてやれよ? 言いたいことはそれだけだ」
と言って、松田先生は去っていきました。
「アイアイサー」
ゆうきは気だるげに返事をしました。
翌日。
「ふん」
F組の教室の席で、そっぽを向くまい。
「ふん」
まいの隣の席で、そっぽを向くひとみ。
「相変わらずケンカしてんなお二人さん」
前からつぶやくゆうき。
「はい席着けー」
松田先生が来ました。
「今日は一時間目はホームルームだな。今日のホームルームだが、隣の席の人をほめ合う時間にする」
「え?」
と、F組のクラスメイトたち。
「休み時間までひたすらほめろ。ただそれだけだ。ほめる技術というのも、プロフェッショナルとして生きていく上で大事なんだ。ほら、始め!」
相手をほめ合うホームルームの時間が始まりました。
「え、えーっと。今日の髪形決まってるね!」
「そ、そうかなあ?」
照れ合う一番前の席の女子生徒二人。改めてほめる、ほめられてみると照れくさい。その感情に耐えながら、生徒たちはそれぞれの良さを思いつくだけ言い出していきました。
「あんたはかけてるメガネが高そうだ」
と、隣の女子生徒をほめるゆうき。
「そ、そう?」
「ああ。中古屋に売っても五千円しそうだ」
「おい」
松田先生が後ろから小突いてきました。
「ちゃんとほめろ」
「ほめてるじゃん」
「メガネ以外でだ」
「あはは……」
女子生徒は苦笑いしました。
一方で、まいとひとみは。
「……」
二人して、うつむいたまま、向き合っていました。
「お前ら、ほめてるか? ほめられてるか?」
松田先生が聞きました。
「こ、これからほめます!」
あわてて顔を上げました。
「ひ、ひとみちゃんのいいところは……」
顔をひきつらせるまい。
「食い意地を張るところ……」
ボソッとつぶやきました。
「ムカッ!」
ムッとするひとみ。
「まいさんのいいところは……」
顔をひきつらせるひとみ。
「能天気なところ……」
クスッと笑いながら言いました。
「ムッキー!」
カンカンになったまい。
「ひとみちゃんのいいところはあいさつもろくにできないところ!」
「まいさんのいいところは字が下手なところ!」
「ひとみちゃんのいいところはおデブなところ!」
「誰がおデブよ!」
「抹茶プリンごときで怒るからよ!」
「勝手に食べたからでしょ!」
「はいストーップ!」
松田先生が合図すると、二人はケンカを止めました。
「お前ら、まわりを見てみろ。しーんってなってるだろ?」
「あっ」
まわりを見ました。確かに、自分たちに目を向けて、静まり返っていました。
「それじゃほめ合うじゃなくてけなし合うになってる! もういい、お前らはこの授業に出なくていい」
「えっ?」
「一時間目はどこか適当にブラブラしてろ!」
教室を追い出されてしまいました。
「はあ……」
ため息をつくまいとひとみ。二人は、中庭を歩いていました。
「あ、雨だ」
雨が降ってきました。二人は、急いで東屋の下で雨宿りに向かいました。
「まさか、入学して二度目にここに来るとは……」
「え、まいさんここ二回目なの?」
「そう。前にさ、遅刻して教室入れなかったことあるでしょ? その時も、ここにいたの」
「ここでなにしてたの?」
「まあ、まだ最初だったから、中庭広いなあって眺めてたけどさ。さすがに二度目はねえ。この五十分、退屈なだけだよ」
「あ、あたしお菓子あるけど食べる?」
ひとみは、スカートのポケットから、クッキーを二枚出しました。
「ありがとう!」
まいは、クッキーを喜んでもらいました。
二人が雨宿りを始めて、三十分経ちました。
「あ、あの……。ごめんなさい!」
ひとみが謝りました。
「え?」
「まさか、ケンカしたせいでこんなことになるなんて思ってもみなくて……。あたしもプリンごときで意地を張りすぎてたみたい。ほんとにごめんなさい……」
「い、いいよいいよ! 私もバカ呼ばわりされて、ついカッとなっちゃってさ」
まいはあわてて両手を横に振るしぐさを見せました。
「勝手にプリン食べちゃったのにクッキーくれるなんてさ。ひとみちゃん、私のほうこそごめんだよ!」
ほほ笑むまい。
「うふふ!」
ひとみもほほ笑みました。二人が笑い合うと、雨が上がり、太陽が現れました。
翌朝。
「なーい!」
寮の一室から、ひとみの叫び声がしました。
「どうしたっ?」
かけつけるゆうきとまい。
「あたしのふりかけがないのっ。大好きなのりたま、いつも食堂のメニューがご飯の日はかけてるのに~!」
「またかよ……」
「え、あれひとみちゃんのだったの?」
「え?」
まいに顔を向けるひとみとゆうき。
「昨日掃除してた時に、床にふりかけが落ちててさ、ごみかと思って捨てたんだけど……」
「ま~いちゃ~ん!!」
怒りで巨大化するひとみ。
「ごめんなさーい!」
「やれやれ……」
肩をすくめ、ゆうきは一人呆れるのでした。
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