11.悪の魔法♡
第11話
十二月を迎え、もうすぐクリスマスが近づいて来る頃。
「できた!」
部屋で一人、ひとみは声を上げていた。
「ついに完成したわよ! 恋の魔法の解毒薬、"悪の魔法"が!」
真っ黒で墨のような液体が入っている小瓶を上に掲げた。
「腐った生卵、カビたパン、ホコリ、その他人間にとって汚くて害悪なものを詰め込んだこの想像するだけで吐いちゃうくらいな薬には、さらに! 特別な材料を混ぜ、蜜のように甘ーい味になっているのだ……」
なぜか投げキッスをして、
「そ・れ・は……。誰しもが持つ、わっる〜い心だ!」
一ヶ月前に、大学時代に知り合った心理学を学んでいた友人が、人が持つ心のすべてを集めた発明品を作ったので見てほしいとひとみに連絡して、街中のカフェで会った。
「それで、その発明品はどんなものなのよ?」
「これ……」
黒の長髪をした暗い雰囲気の友人は、小さな声で発明品をテーブルに出した。
「カプセルトイみたいね。で、これどうやって使うの?」
「この中に……人が持つ心のすべてが……入ってる……」
「そうなの。じゃあパカッて開けたら、なんか幽霊みたいなのが出るわけね?」
「人には、誰かを思いやるやさしい心と……逆にいじわるをしてやろうとする悪い心がある……。その二つが……この中に……ある……」
「なるほど……」
ひとみは考えた。
「私もさ、今研究してることがあって。これ、実験の材料に使わせてくれない? ね、来年までには返すからさあ?」
両手を合わせて、必死でお願いをするひとみ。友人はコクリとうなずいた。
「ありがと! じゃあ、私今日おごっちゃう〜!」
ひとみはウキウキしながら、メニュー表を開いた。友人はだまってテーブルを見つめていた。暗いイメージがあるが、これでも現在は臨床心理士として、生計を立てているらしい。
「友人が作ったこの発明品の中は、もぬけの殻だった。しかし、サーモグラフィで確認すると、赤と青のオーブがしっかりと見えた。どっちがやさしいのか悪いのか通話して聞いてみたところ、赤が悪い心らしい。これは予想外ね……。とりあえず、赤の悪い心を小瓶に入れ、ゲロまずだったはずの黒い液体は、たちまち甘ーい蜜の味する液体へと変化したのだ!」
掲げていた小瓶を机に置いた。
「味つっても、飲まないけどね。恋の魔法みたいに匂い付ける系のだし。それに、ほんとに蜜の香りかどうかは、まだわからないのだ」
それはなぜか。
「いやだって、嗅いだら私が変になるでしょ? まあ、蜜の味するから安心しいや!」
そんなこんなで一ヶ月かけて完成した悪の魔法は、後日、クリスマスイブにひとしにプレゼントし、蜜の香りでゆうきを元に戻そうという作戦だった。
「ウィッウィッシュメリクリ〜♪」
適当に口ずさみながら、部屋中をくるくると回るひとみ。
だが、くるくると回っている最中に、思わぬ事態が!
くるくると回るひとみの手に悪の魔法が入った小瓶がぶつかり、落ちた。床に落ちた弾みで、小瓶のフタが取れた……。
「あ?」
ひとみは、こぼれてしまった小瓶を見下ろす。部屋中に、思惑通りの蜜の香りが充満した。
十九時。夕飯時になり、リビングには食事が並んでいた。
「ひとし。ひとみ呼んできて」
と、母。
「はあ? やだよ」
「いいから呼んできなさい!」
「わかったよ……」
渋々了解する。
ニ階に上がり、ひとみの部屋の前に来た。
「姉ちゃん飯だとよ!」
ノックした。返事がない。
「寝てるんだな」
そのままリビングに戻ろうとした。
「けっけっけ! 部屋にいると思ったか!」
後ろを振り向いた。
「まさか! 自分の部屋にいたとは思うまい!」
ひとみは、ひとしの部屋から出てきた。
「なんで俺の部屋にいるんだよ?」
「私は
「いやだからなんで俺の部屋にいるんだよ?」
「いやだから悪だからだ!」
「意味わかんねえよ……」
呆れているひとし。
「それより飯だとよ。母さん呼んでるぜ?」
「私は悪だ! 飯など食べない!」
「お前さっきからなんでなんたら閣下みたいなしゃべり方してるんだよ!」
「うははは! お前をわら人形にしてやろうか?」
「いや俺を呪いの道具に使うな……」
「私は悪だ! 悪いことならどんなことでもしてやる!」
「な、なんだ姉ちゃん? ほんとにおかしくなったのか?」
戸惑うひとし。
「ところで! 悪いことってなにをすればいいのだ?」
ひとみは問う。
「知らねえよ。とりあえず俺は下に行くかんな? 一人でやってろカス!」
ひとしは階段を降りていった。
「うははは! こうなったら、人から言われたことの反対をしちゃえばいいのだ! それこそが、悪の道!」
それから、なんたら閣下のようになってしまったひとみの悪の道、
悪道その一。自分が食べたいものしか食べない。ひとみは母に呼ばれてもご飯を食べず、毎日好きなものしか食べなかった。例えば、キャンディーが舐めたいと思えば、すぐ買いに行き、ついでにチョコレートやクッキー、カップ麺など、食べたいものを思いつくままに手に入れていった。それで一週間凌いでいた。
悪道その二。働かない。現在勤めている薬局を一週間無断欠勤して、おかげで退職が決まってしまった。土日に加え、祝日も必ず休ませてくれるところだったのに、悪に染まってしまったひとみには、関係のないことだった。
薬局を解雇されてからは、月曜の朝からパチンコに出向き、一日で十万も刷った。働かずして、お金を使いたい放題するのも、悪道のうちになるらしい。
そして、悪道その三は……。
「世界征服をする!」
ひとみは、世界征服を目論み、新たな薬の開発に努めていた。
「やばいやばいやばい!」
いつもは変人な姉を無視しているひとしも、今回ばかりは不安になってきた。
翌日。ひとしはひとみのことで相談しようと試みると決めたはずが、これまで誰かに相談事をする経験がないので、どうしたらいいかわからなかった。というよりも、自信がなかった。頑固な自分が、誰かに頭を下げる様を見せたら、なんて思われるか……。
考え込んでいたら、席の近くを、まなみが通りかかった。
「ま、まなみ!」
ひとしに呼びかけられ、足を止めるまなみ。
「あ、あのさ……。えっとそのつまり……」
オロオロするひとし。
「あ、ひとし。お姉さんのことニャんだけどさ」
「えっ?」
「こニャいだ、八百屋さんの前で野菜を選んでいた、ちょっと小太りのおばさんの買い物袋に、ダイエットサプリ入れてたの、見かけたニャ」
「は?」
「誰かのバックに、勝手に物を入れる人だった?」
ひとしは目を丸くした。
廊下を歩いていると、二組の教室からしおりが出てきた。
「しおり! あ、あのあの……」
ひとしは相談しようとするも、言葉が出てこずオロオロする。
「こないだ、姉者を電車で見かけたが、薄毛のサラリーマンの頭の上に育毛剤を乗せているのを見たぞ?」
「は?」
「一瞬で車内にはクスクスと笑いの渦が巻かれていたな……」
と言って去っていった。ひとしは目を丸くした。
そして、音楽室へ向かう途中、入れ替わりで出てきたみちたを見かけた。
「みちた! え、えっとな? その……」
ひとしはみちた相手でも相談することに緊張した。
「君のお姉さんさ、マジひどくない?」
「ひどい?」
「そっ。こないだねえ、バスに乗ってたんだけど、整理券と小銭出すじゃん? 彼女は口から出して、払ってみせたのさ!」
「いやちょっと待て〜!!」
ひとしは声を上げた。
「ひとし君どうしたの!?」
ゆうきが来た。
「も、もういい! 昼休みにまなみとしおりも呼んでこい! わかったかお前ら!」
「は、はい!」
ゆうきとみちたは敬礼した。
お昼休みになった。いつもは中庭が多いが、今回は屋上に集まった。
「というわけなんだ……」
ひとしは、近頃ひとみの様子がおかしくなったことを話した。
「え、なにそれ……」
と、ゆうき。
「見てみたいんですけど!」
目を輝かせているしおり。みちたとまなみも同じく。
「あのなあ……」
ゆうきも目をキラキラさせていた。
「姉ちゃん、仕事もやめさせられて、毎日遊び呆けてるんだよ! わけわかんねえこと言うし。あれは最早変人通り越して、狂人だよ……」
「見た〜い!」
さらに目を輝かせている四人。
「お前ら事の重大さをわかってねえな……」
ひとしは呆れた。
「仕事をやめてニャんたら閣下みたいにニャって、世界征服ニャんてバカみたいニャこと目論んでるだね?」
「うむ。家族としては、不安になるだろう……」
「僕たちで、お姉さんを更生してあげよう!」
「大丈夫だよひとし君。僕たち、仲良しだもんね!」
ゆうきは微笑んだ。
「僕たちはそれ以上の関係だけ……」
引っ付こうとするゆうきをげんこつするひとし。
そして下校時に、五人ともひとしの家へとやってきた。
「まあ! ひとしが友達四人も連れて来るなんて!」
リビングに母がいた。四人連れを見て、感激したらしい。
「さあさあみんな座って。おやつとお茶用意するからね!」
四人ともリビングのテーブルに座らせた。
「母さんいいよそんなもんは!」
怒るひとし。
「ひとみはよく友達連れて来てたけど、あんたは誰一人来ないから、お茶菓子用意するのなんて久しぶり〜!」
母は、台所から皿に盛ったクッキーと紅茶を用意した。
「召し上がれ〜!」
「いただきまーす!」
四人はクッキーにありつこうとした。
「お前らおやつを食いに来たんじゃねえぞコラァ!!」
ひとしの怒鳴り声が響いた。
「お前らの本題はこっちだろうが!」
ひとみの部屋の前へと案内した。
「クッキー食べたかったな……」
と、ゆうき。
「おい姉ちゃん! 客だぞ? 姉ちゃん!」
ドアをノックした。しかし、返事がしない。
「チッ。こうなったら強引に開けてやる!」
強引に開けようとした時だった。
「待つニャ! ひとみさんはおんニャの子、着替え中だったら、開けたくないニャ!」
「同意……」
と、しおり。
「それは大変!」
と、ゆうき。
「お前は男だから気にするなよ!」
「僕は開けてもいいよ? 男だもんな!」
と、みちたがグッジョブした親指を見せる。
「お前の言ってることは下心丸出しなんだよ!」
ひとしは怒った。
「俺の姉だぜ! ていうかマジでやばい状態なんだよ! 遠慮なく開けてやるぜ!」
ひとしは、部屋のドアを開けた。
中には、誰もいなかった。
「いニャい……」
「もぬけの殻か……」
「なーんだ! 期待した僕がバカだった」
肩をすくめているみちたは、しおりに足を踏まれた。
「ん?」
ゆうきは、机の下に、墨汁のような黒い液体がこぼれているのを見つけた。
しゃがんで見つめてみる。
「なんだろこれ?」
ついでに、コルクの取れた小瓶を拾った。
「ん? なんか、蜜の匂いが……」
「姉ちゃんのやつどこ行きやがった!」
「ひとし。まニャみたちにどうしろと言うのニャ?」
まなみは問う。
「なんとか姉ちゃんの目を覚ましてやってくれ……」
「とは言うものの。君が話してくれたこはわかったけど、僕たちが本当にお姉さんのことを救えるかどうかは、皆無だよ?」
と、みちた。
「ま、まあな?」
「姉者がいないのではあれば、我々は撤退するしかないようだな」
しおりが言うと、まなみ、みちたは部屋を出た。
出ていく三人を見ながら、頭をかくひとし。
「おいゆうき。お前いつまでいるんだよここに? 帰れよ」
ゆうきは、サッと振り向いた。
「あ、う、うん……」
ゆうきは、小瓶を机の上に置いて、部屋を出た。
「ダメだ。そもそも、
ひとしは一人でひとみを更正する決心を掲げた。
一階に戻ると、玄関にまだ四人の姿が見えた。
「あ? なにやってんだお前……ら!?」
そこには、背中合わせに縄で縛られている四人の姿があった。
「うははは!」
縄を持って、悪魔笑いをしているひとみが、立っていた。
縄で縛られた四人は、居間に連れて行かれた。
「私は悪だ! ガキ諸共、縄で縛り上げるのだ!」
「ほんとに人が変わってるニャ……」
「姉者! なぜこのようなをする?」
「僕たちなにもしてないのにな……」
まなみもしおりもみちたも、茶目っ気なひとみとは違うことに戸惑いを見せている。
「悪だからに決まっているだろう! さーて、縄で縛られたお主たちには、これからひとみ様からの、罰を与えなくてはならん!」
「ば、罰?」
と、ゆうき。
「いい加減にしろよ姉ちゃん! なんでか知らないけど、相当やばくなってるぞ? なにかいけないもんでも口にしたのか!」
「だまれクソガキ!」
ひとみはひとしをにらんだ。
「お主たちに与える罰は……。今からひたすらに笑いをこらえてもらうことだ!」
ひとみはテレビをつけた。
「今からキャストして送った映像に、おもしろい映像が映る……。お主たちは、それらに笑わずに耐えることができたら、縄を解いてやろう。ただし! 笑ってしまったら、笑わなかったやつ含め、二度と縛り付けたままにしてやる!」
「しおりちゃん! これは、笑わニャいでいニャくちゃね?」
「バーカ。普段笑うことなどほとんどないこのしおり様に、無意味な勝負を仕掛けるなっての」
「それを言ったら僕も同じさ!」
窓側にいるみちたは顔を後ろに向け、ウインクを投げた。
「お前ら、笑うんじゃねえぞ!」
ひとしが呼びかける。
「ひとし! お主も参加するのだ!」
「なんだと!?」
「ひとし君……」
みちたと同じ窓側にいるゆうきは、なにか意味ありげにひとしに顔を向け、見つめていた。
テレビがついた。
まもなく、画面にはひとしのいかつい顔と、グラマーなビキニの女性の体が合成した画像が映し出された。
「あははは!」
四人は笑った。大爆笑した。
「笑うんじゃねえよ! てかなんでこんなもんがあるんだ!」
ひとしは怒った。
「しっかーっく! お主たち全員、縛りの刑!」
「みんな! 足は自由だ、逃げるぞ!」
ひとしのひと声で、四人は体を上げて、ちょこちょこと足を動かしながら、家を出た。
「待て〜!」
ひとみが追いかけてきた。
住宅街や商店街、森の中をかけ巡った。
「もういやだ〜!!」
疲れ果てたみちたが叫んだ。
「はっはっは!」
ひとみはドシドシと足を鳴らして追いかけてきた。
丘のふもとまでやってきた。夕刻が迫っており、きれいな夕日が見えた。街の明かりも輝いて見えた。
「お主ら!」
ひとみが追いついた。
「ひとみさん!」
左側にいたゆうきが無理やり自身の体を正面に向かわせた。
「僕、あなたのお部屋で、墨のような黒い液体がこぼれているのを見つけました。で、匂いがしました。香ばしい蜜の匂い……。それを嗅いでから、僕、ひとし君に対する恋心がなくなりました!」
まなみ、しおり、みちたの三人は目を見開いた。
「それじゃあこれから、この作品はどうなるの!?」
三人はそろえて声を上げた。
「いや、そんなこと本編の中で言わなくても……」
唖然とするゆうき。
「ひとみさん。もしかして、ついに僕が元に戻る薬を開発したんじゃないですか? よりによって、そんな悪い人になってしまうなんて、思いにもよりませんでした……。恋の魔法みたく、匂いを嗅げば、効果が出るようですが、僕はほんとに効果が現れたのでしょうか? ひとみさんだけが悪い人になっちゃったんでしょうか? ひとみさん、お願い……。教えてください!」
ひとみは、なにも答えず、ただゆうきたち四人を見つめたままだ。
「そんなこと知ってなんになる? 私は悪だ、悪のひとみ閣下だ!」
「ひとみ閣下っていうのかあんた……」
呆れるまなみ。
「そんな薬の話も知らぬわ! これ以上吾輩を怒らせると、怖いぞ!」
「あ、今"吾輩"になったよ一人称……」
呆れるしおり。
「うおおおお!!」
「うわあ! せ、迫ってくる〜!」
あわてるみちた。ひとみは、一心不乱になって、迫ってきた。
「オラァ!!」
そこへ、ひとしが現れ、ピンク色した小瓶の中身、恋の魔法を放った。ピンク色した液体は、夕日の空を、華麗に舞った。
「はあはあ……。姉ちゃん、悪の魔法なんてもの作ってたんだな? 部屋を見て、なにかやってたんじゃないかと思って見てみたら、ゆうきを元に戻すための薬として、開発していた薬だったんだ。恋の魔法みたく、香水のように使用してな」
と言って、空の小瓶を落とした。
「やれやれ……。どうして俺のまわりには、こうも変なやつしかいないんだ?」
その場を立ち去ろうとした。
「ひとしく〜ん♡」
なにやら色気立った声が聞こえた。
ひとみ、まなみ、しおり、みちた四人が、恋の魔法まみれになって、ひとしを追いかけてきた。
「げげっ!」
「ひとし〜? あんたが恋の魔法かけたせいで、姉のくせにあんたのことしか考えられなくなってるのよ〜?」
「まニャみ、恋してる人の気持ち、今初めて知ったニャン♡」
「こんな我で良ければ……なんて♡」
「ひとし君好きだあ! 愛している〜!」
まなみ、しおり、ひとみ、みちたまで、全員に一目惚れされてしまったようだ。
「気持ち悪いんだよ〜!」
「ひとし君!」
目の前に、ゆうきが立ちはだかってきた。
「ゆうき! どけ!」
「悪の魔法の香りを嗅いだ時、君を好きでいる気持ちを忘れかけていたんだ。でもね、恋焦がれていた日々は、忘れられなかった」
ひとしの耳元に近づいて、
「薬がなくても、本気で好きになっちゃったかも……」
ひとしは呆然とした。その間に恋の魔法にかかった四人がどんどん差し迫ってきた。
「かか、勘弁してくれえ〜!!」
恋の魔法にかかった四人とゆうきは、どこまでもひとしを追い続けた。
恋の魔法♡ みまちよしお小説課 @shezo
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