12.マムシちゃん、夢は叶う?

第12話

マムシちゃんは、大学入試に合格して、今のアパートに来たところまで思い出していた。

 マムシちゃんは、大学に来ることよりも、ある一つの夢を叶えるために、上京してきた。それは、お嫁さんになることだ。それは、小学生からの憧れだった。

 小学六年生の時に、いとこのお義姉さんの結婚式に行った。

「なんで私がこんな格好を……」

 と、当時のマムシちゃんは、普段着ることのないおしゃれな正装に、窮屈さを覚えていた。しかし、新郎新婦が入場してきた時に、そんなことは忘れた。

 お義姉さんのウェディングドレスが、とてもきれいだった。まるで、別世界から来た神々しいなにかのような、そんなものに見えた。感激した当時のマムシちゃんは、終始ウェディングドレス姿のお義姉さんばかり見つめていた。それ以来、お嫁さんに憧れを抱き、中学高校の青春は、結婚雑誌を買い漁ったり、式でなにをするのかとか、マナーとかを勉強した。おかげで、女友達しかできなかった。男の子は、結婚式なんてものにそこまで夢中にならないから。

「よくよく考えたら、私お嫁さん夢見といて、ただ雑誌集めたりマナーを勉強してただけじゃない!」

 今さら気づくマムシちゃんだった。

「でもそんな生活とはおさらば! 大学生になった今、私は変わることにしたのだ! 大学生は自由だ。新たな一歩を踏み出せるチャンスがたくさんあるのだ! そこで、私はサークルや講義を通して、男の子たちに声をかけてみた!」

 と、胸を張る。

「はずだった! はずだった……」

 シュンとなった。マムシちゃんは、大学生になって、一歩を踏み出そうとした。しかし、ダメだった。サークルは入る気がしないし、講義は受けるだけ受けて、人と話すタイミングがないし、グループワークも苦手だし……。

「唯一話しかけてくれたシュウちゃんが、大学の友達ってこと……。これじゃあお嫁さんになるという夢が叶わないじゃなーい!」

 頭をかきむしった。しかし、そんなマムシちゃんにだって、出会いがあった。

 まず、アオダイショウ。二メートルもある、背の高いヘビだった。

「でも、彼はアオダイショウ子という彼女がいた」

 次に、シマヘビ。目の赤いおしゃれなヘビだった。

「でも、彼はシマヘビ子という彼女がいた」

 では、ヒバカリは。

「でも、彼はヒバカリ子という彼女……いや、違う。あの子は子どもでしょ!」

 合宿免許に行った時、アカマタやハブともいい感じになっていた。

「あんなケンカっ早いヘビはかんべんよ」

 水泳講師のアオマダラウミヘビ、人見知りのタカチホヘビ、インドに住んでいるインドコブラ、キクザトサワヘビと、自然を救おうとしたこともあった。

「キクザトサワヘビ君、元気だといいな」

 マムシちゃんは思った。

「唯一私のことホレたのって、ヒバカリ君くらい? あ、あとキクザトサワヘビ……」

 ヒバカリのことを思い出した。

「し、しょせんは子どもの浅知恵よ。あんなの瞬間的なものに過ぎないわ」

 ほおにキスされたことを思い出した。

 ほおを赤くした。

「いやいやいや!」

 首を横に振った。

「あ、もうこんな時間? 講義に行かなきゃ!」

 カバンを持って、外へ急いだ。


 今日はグループワークの日だった。

「どうも。ニホンマムシです」

 メガネをかけて、寝癖がひどい青年が、あいさつした。

(うわあ……。こんな引きこもりみたいな人とペア?)

 マムシちゃんは引いた。

 講義がおわった。

「あの」

 マムシちゃんに、寝癖がひどいニホンマムシが声をかけた。

「君もニホンマムシなんだね。僕もニホンマムシなんだ」

「そんなの言わなくてもわかるでしょ?」

 そそくさと歩くマムシちゃん。

「君はどこで生まれたの? 何人家族? あ、そうそう。好きな食べ物は? 僕はね……」

 マムシちゃんはキッとにらんで、

「そんなこと聞いてなんになるのよ!」

 驚くニホンマムシ。怒ったマムシちゃんは、そそくさと去っていった。


 人間たちの住む東京の街では、ビルが、車が、電車が、緑に覆われていた。草や木が生えているのだ。まるで、森のようになって、静寂をかもし出している。

「おろかな人間どもめ……。お前たちの住む世界は、我々動物たちの世界と化す……」

 巨大な赤目の、白ヘビが現れた。


 マムシちゃんの通う大学では。

「シュウちゃん、東京行こうよ」

「いいね! 久しぶりに行こうよ!」

 マムシちゃんとシュウダが東京に行くことを決めていた。

「ヘビなのに東京行くっておかしいねシュウちゃん」

「まあそういうツッコミは置いといてさマムシちゃん」

「あははは!」

 笑った。そこへ。

「東京に行くのかい? 僕もいいかな?」

 マムシちゃんとペアになった、ニホンマムシが来た。

「誰?」

「いいよシュウちゃん。行こ?」

 その場を立ち去ろうとするマムシちゃんだが。

「東京なら秋葉原がおすすめだよ?」

 ニホンマムシがついてくる。

「あっそ。一人で行けば?」

「僕秋葉原くわしいんだ。なんならガイドしてあげようか?」

「結構。間に合ってるわよ」

「あとねあとね。浅草もくわしくて……」

「もうなんなのよしつこいわね! あんた男でしょ? あんまり女の子付け回すと訴えるわよっ?」

「ちょ、マムシちゃん……」

 と、シュウダ。

「そ、そんな……。僕はただ、いっしょに東京に行きたいだけで……」

「だから一人で行けば? 行こ、シュウちゃん!」

 シュウダの手を引いて、走って行ってしまった。ニホンマムシは、その場で呆然としていた。念のため教えるが、ヘビに手はない。


 駅に来た。

「あれ、マムシちゃんの彼氏じゃないの?」

 シュウダが聞いた。

「じょうだんじゃないわ! あんな不潔でダサい人に、お嫁に行きたくない!」

 ムッとした。

「でも、ちょっとひどかったんじゃない? 彼も、悪気があったわけじゃなかったと思うよ? ていうか、誰なのあのヘビ?」

「まあ、今日の講義でいっしょになった」

「ああ、そういうことか。なら別に、誘ってもいいんじゃない? やさしそうだったよ?」

「でも……」

 ふてくされている間に、電車が来た。

 電車で二十分。東京駅に着いた。

「ん?」

 なにかを感じるマムシちゃんとシュウダ。

「ねえ、なんかいつもと雰囲気違くない?」

「そうだね。でも、なんだろう?」

 二人とも、なにが違うのかはっきりしなかったが、これだけははっきりした。山や森と同じ香りがする。

 東京駅に降りると、静かだ。まるで夜中の寝室にいるみたいに、静寂をかもし出している。二人はおそるおそるあたりを見渡しながら、駅構内を歩いた。構内は、草がたくさん生えていた。人もいない。あるのは草と木と、それらが漂よわせる自然の香りだけ。

 ついに、構外に出た。マムシちゃんとシュウダは、目を見開いた。

「な、なんじゃこりゃー!!」

 久しぶりに来た東京はにぎやかなものではなく、草や木、動物がたくさんいる森のような場所になっていた。

「どういうことなんだ!」

 パッと二人は横を見た。ニホンマムシがいた。

「あ、あんたなんでここに?」

「そんなことより、どうしてこんな……」

 とても驚いている様子だ。

「そのわけを教えよう」

 声がして、あたりを見渡すマムシちゃんたち。

 全面に、巨大な白ヘビが現れた。

「出たーっ!!」

「お主ら。お化けが出たみたいに驚くでない」

 と、白ヘビ。

「こうなったのは、我のおかげである」

「ど、どういうことなの?」

 と、マムシちゃん。

「おろかな人間の住む街を、我々動物たちの住処としたのだ」

 白ヘビは説明した。

「おろかな人間どもは、開発をやめず、我々動物たちの住処をなくしていく。我は己の体をこの媒介ばいかいにして、世界を、自然のあるべき姿に変ぼうさせたのだ」

 東京、ニューヨーク、パリ、ロンドン、インド、中国、韓国。全世界が、変ぼうさせられていた。

「見よ。動物たちがいきいきとしている姿を。これが、自然のあるべき姿なのだ」

 池ではアマガエルやフナが跳ねて、草原ではニホンジカがのんびりとしていて、木の上では、ニホンザルがさらに木のてっぺんへと登ろうと試みていた。空では、白鳥が空を飛んでいた。

「開発に開発を重ね、動物を消していく人間など、不必要だ」

 白ヘビは言い放った。マムシちゃんたちは、かもしれないと思った。人間たちのせいで、田んぼがなくなり、森がなくなった。自分たちの食べるものも、住処もなくなった。白ヘビに感謝しなくていけないと思った。

 ふと、マムシちゃんは横を見た。

「お母さーん……。お母さーん……」

 人間の子どもだ。五歳くらいだろうか。一人で泣いている。泣いている子どもを見て、マムシちゃんは昔のことが浮かんだ。

 それは、同じ五歳の頃。家族でエサを探しに行った帰り、はぐれて迷子になったことがあった。

「ママ? みんなもどこなの? ママーっ!」

 泣きながら、森の中を走る五歳のマムシちゃん。

「きゃっ!」

 地面から飛び出している木につまずいた。

「うわーん!!」

 泣いた。迷子になった時、不安でしかたなくて、でも、一人でとても心細かったのを覚えている。目の前で泣きながらお母さんを探している五歳の子どもと、自分を重ねたマムシちゃん。

「マムシちゃん?」

 マムシちゃんがその場を離れたので、驚くシュウダ。

 マムシちゃんは、子どもに歩み寄った。子どもはマムシちゃんが来ると、泣くのをやめて、彼女に視線を向けた。

「お母さん、探しに行こ?」

 マムシちゃんは、手を差し伸べた。

「バカな! そいつは人間だぞ。お前は人間を助けると言うのか!」

 白ヘビが怒った。マムシちゃんは臆することなく、答えた。

「だって迷子なんだよ? 助けなきゃ!」

 彼女の言葉に呆然とするシュウダとニホンマムシ。

「人間に味方をするなどおかしな話だ」

「どこかの昔話に、ケガをした白ヘビを人間が手当てして助けてくれたって話聞いたけど?」

「なに?」

「人間は勝手な時もあるかもしれない。けど、誰よりも自然を愛し、私たちのためになってくれる人間だっているんだよ!」

「我々動物たちの住処がなくなる原因は、人間だ! いなくなった方がマシなのだ!」

「それはわがままでしょ!」

「……」

 白ヘビはなにも言えなかった。

「人間がいてこその、私たちなんだよ。まあ、あなたの言うこともわかるけど、どちらかがいなくなったほうがいいなんて、決められない。それが、自然だから……」

 マムシちゃんが言うと、白ヘビがだんだん消えていった。すると、東京の街も、元の姿に戻っていった。人間たちも、何事もなかったかのように、道を歩いていた。

「お母さん!」

 子どもは、お母さんを見つけると、マムシちゃんから離れた。

「お姉ちゃん、ありがとう!」

 にっこり笑った。マムシちゃんも微笑んで、手を振った。

「あんたにしちゃ、よくやった方ね」

 シュウダがマムシちゃんの肩に手を置いた。

「まあ、思ったことをそのまま言っただけというか……」

「あれが思ったことなの!? すごいね! 君作家になれるよ!」

 ニホンマムシが感激した。

「いや、作家?」

 唖然とするマムシちゃん。

「そういえば、あの巨大ヘビはどこへ行ったんだろう?」

 ニホンマムシが不思議に思った時だった。

「ここにいる」

 白いフード付きの布を着た女の人が現れた。

「出たーっ!!」

「だからお化けが出たみたいに言うなって……」

 呆れると、謝った。

みなの共、すまなかった。我もどうかしてた故、今回のことは許してもらいたい。反省はしている」

「もちろんよ!」

 と、マムシちゃん。

「ちょっと待って。もしかして、白ヘビって、あの天然記念物の?」

 と、シュウダ。

「いかにも。我はアオダイショウの仲間だが、白はめったに見つけられない故、人間様に天然記念物に指定されている」

「!?」

 マムシちゃん、シュウダ、ニホンマムシは目を丸くして、土下座した。

「な、なんだ?」

 当惑する白ヘビ。

「わ、私たちヘビたちの中でもあなた様は神に近い存在としてあがめられているからして、私マムシは大変失礼な態度を〜!」

 どうやら、ヘビたちの中でも、一番えらい存在のようだ。

「よせよせ。マムシ、お前の言ったことはとても正しかった。我の心を変えさせてくれた」

「し、しかし……」

「我は自然が失われていく様しか見ていなかった。だから、人間を滅ぼそうとしたのだ。しかし、お前の一言一言で、その気持ちを一変できたのだ」

 白ヘビは、土下座しているマムシちゃんの頭に手を触れた。マムシちゃんはビクッとした。

「なにが起きるかわからないのが自然だ。私たちの住処を守ろうとしてくれる人間がいることを、忘れないようにする。ありがとう……」

 マムシちゃんは、顔をそーっと上げた。白ヘビが、ほほ笑んでいた。マムシちゃんも、ほほ笑んだ。


 赤く輝く夕日に照らされながら、帰りの電車に揺られるマムシちゃん、シュウダ、ニホンマムシ。三人は、夕日を眺めていた。

(なにも考えずに開発をして、私たち生き物を消していく人間もいれば、私たちを守ってくれる人間もいるか……。まあ、自分で言ったことだけど)

 ふと、ニホンマムシを見つめた。

(もしかして、いい感じになって、こいつのお嫁さんになったりして!)

 と、ニホンマムシがマムシちゃんに顔を向けた。

「あの、どうしたの?」

「なんでもないわよ!」

 ムッとした。

「え、でもなんか見てたし……」

「うるさいなあ! 夕日でも見てなさいよ」

「えー?」

 横で見ていたシュウダは、口元に手を添えて「ふふっ」と笑った。

 マムシちゃんは、今もお嫁さんになる夢を叶えるために、大学生活を満喫している。

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マムシちゃん みまちよしお小説課 @shezo

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