11.マムシちゃん、インドに行く

第11話

太陽がサンサンと輝く青空へ向けて、飛行機が離陸した。


 人がにぎわうロビーにて。

「あっつ〜」

 と、手で首を仰ぐマムシちゃん。

「来たね、インド!」

 と、シュウダ。マムシちゃんとシュウダは、インドに来ていた。今いるところは、空港。マムシちゃんたちの他に、複数人のヘビの大学生たちが、キャリーバッグやリュックを手にしていた。

「まさか、研修でインドに来るなんてね」

 と、シュウダが言った。マムシちゃんは講義の一環として、インドに研修に来た。その研修というのが、インドのカレーの種類について調べるものらしい。

「インドには、日本にはないカレーのレシピがあるはず。スパイス、材料などなど。調べがいがある!」

 期待を胸に寄せるシュウダだった。それよりもマムシちゃんは、カレーが食べられることを楽しみにしていた。

「アマガエルカレーに、トノサマガエルカレー。ウシガエルカレー……。いしし!」

 人間にしてみれば、想像したくないものばかりによだれをあふれさせるマムシちゃんだった。

「はいみんな注目!」

 教授が呼びかける。

「インドを目いっぱい楽しむのもいい。しかし、一つだけ注意してほしいことがある。それは、インドコブラだ!」

「インドコブラ?」

 首を傾げるマムシちゃん。

「知らないのあんた? インドコブラ、インドを代表とする毒ヘビよ。全長は大きいもので百七十センチ。あんたと同じで、カエルが大好きなのよ」

「ほんと!? 気が合いそう」

「いやいや浮かれてちゃダメよ。興奮すると、首元にあるフードを広げて、シューって音を立てるの。それでもダメなら、かみついてくるわよ?」

「そんなの私だっていっしょだし。まあ、かみついたことないけど」

「ちなみに、神経毒を持ってるのよ。背中にメガネの模様があるから、メガネヘビとも呼ばれているらしいわ」

「シュウちゃんくわしいね」

「ヘビだもの」

 なんて話している間に、他の学生たちが、いなくなっていた。マムシちゃんたちは急いでロビーを離れて、みんながいるバスターミナルへと、向かった。


 ここから先は自由行動。夕方六時になるまで、好きにしていいらしい。しかし、肝心のカレーについて調べることを忘れないようにということだ。マムシちゃんとシュウダは、まず、インドといったらタージマハルだろうと思って、そこへ向かうことにした。カレーはお腹がすいたらにしようと決めた。

「おお!」

 タージマハルに着いた。生で見ると、迫力が違う。二人は感動してしまって、しばらくタージマハルを見つめていた。

 タージマハルの見物がおわると、すでにお昼になっていた。

「研修に入ろっかシュウちゃん」

「うん」

 とりあえず適当に見つけたカレー屋に入った。

「……」

 メニュー表を見つめながら、呆然とするマムシちゃんとシュウダ。二人は、ヒンドゥー語が読めなかった。

「シ、シュウちゃん代わりに注文伝えてね」

「いやいや! ここはマムシちゃんが」

「シュウちゃんなら、インドの英語、わかるでしょ?」

「マムシちゃん。インドは英語じゃなくて、ヒンドゥー語って言うんだよ?」

「へえー! それを知ってるんなら、シュウちゃん注文できるよね。私の分もね!」

「何事も経験だよマムシちゃん!」

 二人ともヒンドゥー語がしゃべれないので、メニュー表をお互いに受け渡そうと必死である。

 しかし、腹が減っては戦はできぬ。五分で両者とも、バテた。

「もう、なんとかするしかない……」

 マムシちゃんの言葉に、うなずくシュウダ。

 店員が来た。

「ワタシ、コレコレ!」

 片言な日本語をしゃべりながら、メニューに指をさすマムシちゃん。

「ワタシはコレコレ!」

 同じくシュウダ。

 店員は少し間を置いてから、うなずくと、手帳にメモをした。そして、なにか言うと、去っていった。

「一応、通じたんだよね?」

 と、マムシちゃん。

「今度から海外に来る時は、その国の言葉がわかるヘビと行こっか」

 と、シュウダ。

 カレーが運ばれてきた。

「ほえ〜」

 マムシちゃんはたまげた。カレーポット(魔法のランプみたいなやつ)にカレーが入っていて、お皿くらいの大きさの、ナンが来たからだ。実は、メニュー表を適当に指さして頼んだのだ。

「え、これパン? でかくない?」

「てかこれ魔法のランプじゃん! マムシちゃん、なんか唱えてみてよ」

「ええ!? 魔法のランプ? イ、インドってそんなものもあるんだ……」

「もしかして、マジで魔法のランプだと思ってる?」

 さっそくナンをちぎって、ルーを付けて食べてみた。

「辛っ〜!!」

 口から火を吹いた。一気に水を飲んだ。

「大丈夫?」

「辛い辛い!」

「さすがインド。火を吹くほど辛い味とは一体……」

 恐れ多いシュウダ。

 しばらくして、シュウダの分も来た。来た瞬間、マムシちゃんとシュウダは、仰天した。

 シュウダが頼んだカレーには、チキンがお皿に盛ってあった。ルーは、マムシちゃんと同じ、カレーポットに入っていた。

「すごい……。鳥丸ごとだ……」

「いいなあシュウちゃん。ヘビの好物じゃん」

「あんたも頼めばよかったのに」

「へえー! チキンカレーが人気なんだね」

 メニュー表を見せるマムシちゃん。

「え? あんた、ヒンドゥー語読めないんじゃ……」

「いや、なんかそんなような表記してるなあっと思って」

 呆れたシュウダ。チキンは大きすぎてシュウダ一人では食べ切れないので、残りはマムシちゃんが食べた。


 空腹を満たしたら、街を散策した。日本とは違う風情を感じられるのはいいけれど、暑くて、三十分ほどで歩くのがつらくなってきた。マムシちゃんとシュウダは、どこか涼しいところでも行こうと思った。

「でも飲食店じゃなくてさ、スーパーとかデパートにしようよ。そういうとこなら、店員と話さなくて済むし」

「マムシちゃんの言うとおりね」

 さっそく、二人はデパートを探した。

「!」

 シュウダが目を見開いた。

「マムシちゃん止まって!」

 マムシちゃんの手を引くシュウダ。

「な、なに?」

「……」

 一点をにらんでいるシュウダ。マムシちゃんは、シュウダと同じ前を見つめた。

「なにかあるの?」

「よく見て。メガネの模様をしたフードの付いた服を着てる人がいるでしょ?」

「え、え? あ、あれかな?」

 キョロキョロしながら見つけた相手は、確かに、フードに白いメガネの模様が付いていた。

「あれ、インドコブラよ……」

「えっ?」

 そのインドコブラは、こちらに気づかないで、ずーっと前へ進んでいく。

「すごーい! 私たち、インドコブラ見つけちゃったよ」

「なに感心してんのよマムシちゃん!」

「おもしろそう。いかにやばいやつなのか、この目で確かめてやろうかな? ふふーん」

 ドヤ顔をするマムシちゃん。

「いやいやダメだよそんなの! 今はこの場を離れるのがいいって」

「相手にバレなきゃいいのよ。それに、まだ六時まで五時間あるのよ? 五時間もデパートにいるの? インドコブラのが暇つぶしになるじゃん!」

 マムシちゃんは、退屈なことや暇な時間が苦手だ。だから、例えインドコブラが危険と言われていても、暇つぶしとして追いかけたくなってしまうのだ。

「ぐぬぬ〜。いつもなら了承するあたしでも、今日はダメダメ! マムシちゃんがインドでなんか、死んでほしくないもの……」

「シュウちゃん……」

「あたし、高校生までおならがよく出るおならヘビだってバカにされてたから、友達がいなかったの。でも、大学生になって変わろうと思って、そんなあたしをマムシちゃんは快く受け入れてくれたよね? あんたは心から会えてよかったと思う友達……ううん。親友だよ! あたしの気持ち、わかってくれ……」

 気づいたら、マムシちゃんはもういなかった。

「あいつ〜!!」

 興奮したシュウダは、ブーッと大きなおならをした。街中のヘビたちが、呆然とした。


 電柱の影に、マムシちゃん。インドコブラは、ひたすらに前を進むだけだった。

(シュウちゃんがなんか話してる間についてっちゃったけど、なんかされたらどうしよう……)

 例えば、つけてきたマムシちゃんに気づいて、銃で撃たれたり、念力を使っておびき寄せてきたり、実はもう気づいていて、向かった先は、インドコブラの仲間のところで、全員チンピラだったり。

「はわわわ……」

 震えた。もしものことがあったら、死を覚悟するしかない。マムシちゃんはその覚悟でいた。

「待って待って待て待て待て! 悪い方にばかり考えるのはよくないな。よーし、いい方になった時のことを考察してみよう」

 というわけで、いい方向に来た時のことを考えてみた。

 振り向いたインドコブラがイケメンで、突然裸になり、

『こーら。ストーカーはよくないぞ♡』

 と、甘いささやきをするのだった。

「にゃはは……」

 マムシちゃんは妄想でニヤニヤした。

「となると、私はインドでインドコブラのお嫁さんになって、マハラジャになるのね!」

 マムシちゃんが、マハラジャになった。

「なんか私の想像するお嫁さんとは違うけど、まあこれはこれでアリか。インドコブラ様、私をお抱きになって♡」

「あの、なんですか?」

 インドコブラがいた。

「きゃあああ!!」

 悲鳴を上げるマムシちゃん。

「いきなり大声を出すなあ!!」

 驚くインドコブラ。

「助けてええ!! 殺される〜!!」

「いやいや! 僕はそんなことするようなヘビじゃありませんって!」

「めった刺しにされる〜!!」

 あわてていたのに、

「それか、甘いささやきを耳元でつぶやきかけて、裸で私を抱き止めて殺しに来る〜♡」

 うっとりした。

「うわ……。なんだこいつ……」

 引いてるインドコブラ。

「あやしいやつめ! ならば、僕でも容赦しない!」

 と、インドコブラはフードから、シューッと音を上げた。

「ま、まさか威嚇?」

「僕はインドコブラ。インドを代表すると言われているコブラ科の毒ヘビ! 僕の毒は神経毒だぞ? 君なんか小さいから、かまれたらすぐに息が止まるぞ!」

「へえー! 私はニホンマムシ。出血毒持ちだから、かまれたら出血が止まらなくなっちゃうんだよ?」

「ニホンマムシ? 君、日本ヘビなのか」

「そういうあなたこそ、日本語ペラペラじゃない」

「僕はその、日本に留学していたことがあるからね」

「ていうか、暑くない? もうのどカラカラだし……」

 フラフラと座り込むマムシちゃん。

「ニホンマムシ!」

 マムシちゃんの肩に触れるインドコブラ。

「ったくしかたがないな」


 インドコブラは、マムシちゃんを海の家に連れて行った。そこで、トロピカルジュースをおごってあげた。

「はあ! 生き返ったあ」

 トロピカルジュースを飲み干したマムシちゃん。

「インドは暑いだろ。日本じゃ、こんなに暑くならないもんな」

「そうだね」

「改めて、僕はインドコブラ。さっきは、威嚇したりしてごめんよ」

「あー、いいよ全然。私はニホンマムシ。みんなマムシちゃんって呼んでるよ」

「マムシちゃんは、どうしてインドへ?」

「はえっ?」

 マムシちゃんは、ドキッとした。ちゃん付けされたから。

「あ、えっと。大学の研修で、インドのカレーについて調べることになったんで」

「へえー。大学の研修で、インドのカレーについて調べることになったんだね」

「まあ、と言っても食べて満足しただけだけどね」

「と言っても、食べて満足しただけなんだね」

「そ、そう。あ、カレーの前にタージマハル見に行ったよ。やっぱ生で見ると迫力満点だよね〜」

「生で見ると迫力満点でしょ?」

「……」

 マムシちゃんは、思ったことを言った。

「あんたってさ、会話下手?」

「え? あ……」

 インドコブラは口を覆った。

「ごめん……。不快にさせたかな?」

「あ、いや、そういうことじゃなくて! その、なんかオウム返しが多いなあって感じただけで……」

 あわてて答えた。

「そうなんだ。僕、インドで代表的な毒ヘビだって恐れられているけど、そんなすごくないんだ。オウム返ししかできない、ダメヘビなんだ」

「ダ、ダメヘビ?」

「ほら、ヘビ使いが僕たちを笛を鳴らしてあやつるやつあるだろ? あれ、不思議でもなんでもなくて、ヘビ使いの笛の動きを真似しているだけなんだ」

「えー!?」

 マムシちゃん、がく然。

「音に反応してるんじゃないの?」

「ううん。動きを真似してるのさ」

 インドコブラは、コップいっぱいの水を飲み干した。

「インドコブラっていうのは、真似しかできないんだ。なのに、ヘビ使いのおかげで、なんかすごい印象を持たれてしまった」

「なるほど。印象って怖いね」

 納得したマムシちゃんだった。

「私も毒ヘビだって恐れられてるけどなにもしてこなければかまないし、怖がりなマムシも多いんだよ?」

「そうなんだ。お互い大変だね」

 マムシちゃんは、期待した。

(これいい感じじゃない? お互い偏見を持たされてるところといい、話も合うし、これはお嫁さんにしてもらえるかもしれない! マハラジャになれるかもなあ〜)

 マハラジャになった自分を想像して、笑った。

「で、ちょっと相談があるんだけど」

「はい! なんなりと!」

(未来の旦那様よ。相談もなんでもばっちこーいよ!)

「つい最近、キングコブラにケンカを売られてしまって。僕がインドで一番のヘビだと言われるのがにくいらしい」

「うんうん!」

 笑顔でうなずくマムシちゃん。

「そこで、君もいっしょに、そのキングコブラと立ち向かってくれないか?」

「いいよ!」

 グッジョブした。

「って……。えー!?」

 マムシちゃんは、キングコブラを知っていた。世界最大の毒ヘビだ。最大で五百五十センチになる大物だ。そんなものと戦えと言うのか……。

「ありがとう! 日本から来たんだから、明日もいるよね。明日十時に、タージマハルに来てくれ」

 断ろうにも、先に返事をしたんだから、もう遅い。


 翌日。タージマハルは恐怖に満ちていた。キングコブラがいるからだ。やつは仁王立ちして城内に立っていた。

「インドコブラの野郎。今日こそ蹴りを付けてやるぜ!」

「キングコブラ!」

 キングコブラはにらんだ。

「約束通り来たぞ!」

「お連れさんもいっしょか」

 マムシちゃんとシュウダがガタガタ震えていた。

「だからインドコブラにはかかわるなって言ったでしょ!」

 と、小声でシュウダ。

「だって〜!」

 と、小声でマムシちゃん。

「三人寄れば文殊の知恵だ! いくぞ、マムシちゃん、シュウダちゃん!」

(なんでちゃん付け……)

 唖然とするマムシちゃんとシュウダ。

「見たところお連れさんはニホンマムシとシュウダじゃねえか。てめえらで俺に敵うわけねえだろバーカ! 俺の毒吐き、受けてみろ!」

 キングコブラは、毒牙どくがから、毒液を噴射した。

「危ない避けて!」

 インドコブラと同じく、マムシちゃんとシュウダも避けた。

「ていうか、それはアカドクハキコブラの必殺技じゃないか!」

「世界最大の毒ヘビ様は、なんでもできんだぜ?」

 ほくそ笑んだ。インドコブラは歯を食いしばった。

「さあ、てめえらも来いよ弱小ども! はっはっはっ!」

 笑った。マムシちゃんとシュウダもムッときた。

「きさまらはしょせん、弱小なんだ! 俺に敵うわけがない。俺がインドで一番だ!」

 同じことを何度も言い放つので、だんだんシュウダがいら立ちを高めてきて……。

「黙って聞いてりゃ一番一番って! あんた何回それを言えば気が済むのよ!」

「シュウちゃん!」

 シュウダは、キングコブラに向かっていった。

「だったらあたしのこれが、世界一だあ!!」

 おしりを向けて、ブーッとキングコブラに向けておならをかました。マムシちゃんとインドコブラは、呆然とした。

「ぐは……」

 キングコブラは倒れた。まわりから、拍手が起きた。

「シュウちゃんのおならが、初めて役に立った……」

 感心するマムシちゃん。

「なんか嬉しくない……」

 と、複雑な気分のシュウダ。

 とまあ、あっさり因縁(?)の争いがおわってしまった。

「なんてすばらしいんだ……」

 と、インドコブラ。マムシちゃんが振り向いた。

「君のようなすてきな人を、僕は今までに見たことがない!」

(これって……。これってこれってつまりつまり!)

 興奮するマムシちゃん。でも、それはなるべく抑え込む。

「もちろん。私も同じことを思っているわ」

「正直に言うよ。僕と、恋人になってくれないか?」

 マムシちゃんは、心の中で泣いた。ああ、ついにこの時が来たんだと。長年夢見ていたお嫁さんになる夢が叶うときが来たんだと。そして、マハラジャになれるんだと。

「もちろんよ、インドコブ……」

「シュウダちゃん!」

 インドコブラが、シュウダの手を握った。

「え、え?」

 困惑するシュウダ。

「インド人なら誰しもが恐れているキングコブラに対して、あんなに勇敢になれるなんて、すごい、たくましい! 僕はたくましいヘビが大好きなんだ。結婚までとは言わないから、付き合ってほしい」

「あ、えっと……」

 外国はストレートなヘビが多いと聞くが、まさかここまでとは。シュウダは困惑しかできなかった。

「で、でもあたし日本に住んでるし……」

「じゃあ僕も日本に来る。また日本で勉強するよ!」

「え、ええ?」

 マムシちゃんは、全身真っ白になり、チリとなって消えた。

 青々とした地球に、

「インドコブラのバカーッ!! シュウちゃんのバカーッ!! 地球のバカーッ!!」

 またまた恋が叶わずに涙するマムシちゃんは、地球外で叫ぶのだった。

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