終.さよならアイちゃんまた来てアイちゃん

第9話

アイちゃんは、台所でコーヒーを入れていました。開発者、お母さんであるりかに持ってくるように頼まれたからです。

「よし! 運ぶぞー」

 入れたコーヒーをお盆にのせて運ぼうとした、その時でした。

 力が抜けたように、お盆を落としました。ガシャーンとコーヒーカップが割れました。

 アイちゃんは、感情が無になったような目をしていました。

「遅いな」

 一方で、りかは実験室でアイちゃんのコーヒーを待っていました。

「しかし、来るのがあまりにも遅くて、待ちくたびれているりかなのであった」

 いつもなら、数分以内に運んできてくれるはずなのに、もう三十分以上も経っていました。さすがになにかあったのかもしれないと思い、見に行くことにしました。

「アイー。コーヒーまだー?」

 と言って、目を見開きました。目に見えたのは、床に落ちているお盆と、割れたコーヒーカップでした。

「アイ? 大丈夫?」

 台所を覗きました。彼女はいません。

「どうしよう……。まだヨーチューブでアイのこと紹介してないのに!」

 前アップした動画は、アイのことが映っていないものになったので、ボツになりました。

「アイ! どこなの? アイ!」

 あたりを見渡して、さらに驚きました。いや、気絶しそうになりました。

「玄関が……。壊されてる!」

 ドアがなくなっていました。なにか焼けたような跡がありました。

「ま、まさか! ついにあたしもテロ組織に狙われる時が!」

 と、思いました。そこへ。

「りかーっ!!」

 ゆうき、まなみ、あかね、アリス、まいが飛び込んできました。

「君たち! インターホンも鳴らさないでけったいな」

「そんなことよりアイちゃんどうしちゃったのよ!?」

 まなみが血相を変えて聞いてきました。

「え?」

「え? じゃないです! アイちゃん、目からビーム出して、街中をむちゃくちゃにしてるんですよ?」

 と、まい。

「どういうことかしら?」

 と、アリス。

「まさかあんたがそんなことする人だったなんて思っても見なかったわよ!」

 と、まなみ。

「りかさん……。どういうことか説明して……」

 と、ゆうき。りかはみんながなにを言っているのかさっぱりでした。

「とりあえず、君たちが言ったことを整理するね?」

 りかは、整理して言いました。

「つまり、アイが目からビームを出して、街中むちゃくちゃにしてるってこと?」

 ゆうきたちは、コクリコクリとうなずきました。

「いやいやないないない! そんなことできるように設定してないし!」

 りかは手を横に振りました。

「じゃあなんで目からビーム出してんのよ!」

「そうですわ!」

 にらむあかねとアリス。

「いやだからそんなプログラミングしてないって! なんでアイがっ? そもそもアイは、アンドロイドが人と共生していくことを目的に作られた発明なの。殺人兵器にするために生まれたんじゃないわ」

「で、でもりかさん! 本当にアイちゃんは……」

 ゆうきが説明しようとした時、外で爆発音がしました。みんな外に出ました。

 外では、無表情のアイが、ひたすらに目からビームを出し、街をむちゃくちゃにしていました。人々は悲鳴を上げながら逃げ惑っていました。

 その光景を見て、りかは呆然としました。

「りかさん?」

 アリスがにらみました。

「いやあれはアイじゃない……」

「えっ!?」

 目を丸くするゆうきたち。

「きっと誰かが似せて作ったロボットよ。やっかいねえあんだけビームぶちかましてさ。みんな、とりあえず実験室行こっか。あ、実はさ、あたしもアイがいなくなって困ってるんだよねえ。コーヒーを入れてもらったきり、どこに行ったのやら」

「それがあのビームを出している、お前の発明品だ」

「誰!!」

 りかは、声のしたほうに顔を向けました。

「ようりか。久しぶり」

 茶色い髪の、若い男がただずんでいました。

「お、お兄ちゃん!」

「お兄ちゃん!?」

 ゆうきたちは驚きました。


 街を歩くと、店や教室、公共施設などが大惨事でした。

「お兄ちゃんのしわざね! こんなにして、弁償するんでしょうね?」

 お兄ちゃんはフッと笑って、

「もちろんさ。俺は稼いでるからな。修理費くらい、小学生に小遣いをやるのといっしょだよ」

 と、言いました。りかは呆れました。

「申し遅れた。俺はりかの兄で名をビーカーと呼ぶ」

「ビーカー?」

 首を傾げるまなみ。

「実はあたしたちは、イギリスと日本のハーフなの」

 と、りか。意外な事実です。

「そうだ。りか、君も科学の娘りかという会社を持っているんだろう? 俺だって会社と工場を持っているんだ」

「こ、工場? どういうことよ?」

「近くにあるんだ。どうだ、子どもたちも来いよ」

 さっそく、ビーカーが経営しているという会社と工場に向かいました。


 まず工場に向かいました。外観は、普通の工場です。

「ここには現在、千人あまりの人が働いているんだ。りか、君は誰か雇っているのか?」

「いや、ソロです……」

 中に入りました。

「わあ……」

 りかとゆうきたちは呆然としました。工場の中は、遊園地みたいだったからです。

「順に説明していこう。まず、これはコーヒーカップゾーン。うちの社では、十分休憩というのがあり、ここは休憩所なんだよ」

「なぜコーヒーカップ?」

 唖然とするりか。

「遊び心は大切だ」

「じゃあ、あの観覧車は?」

 ゆうきが聞きました。

「あれは配送マシーン。この工場は広いからね」

「なんで観覧車なの?」

 唖然とするまなみ。

「そのほうがおもしろいじゃん? ちょっと一息つけるしね」

 続いて、ジェットコースターがあるところに来ました。

「これはできた部品を隣に送るために作ったんだ。構造上人は乗せれないけどね」

 作業員がジェットコースターに部品を入れた箱を入れて、スイッチを押すと、動きました。

「隣は集荷ラインになっていて、こうやってジェットコースターで送られたものをひたすらトラックに詰めていくんだ」

「ここはなんですの?」

 と、アリス。

「ここは梱包ラインさ。次へ行こう」

 次に来たところは、梱包ラインの隣にある、検品ラインでした。

「みんな馬に乗ってる……」

 と、あかね。

「メリーゴーランドのね。工場ってさ、立ち作業じゃん? だから俺さ、座ってかつ楽しくできないかって考えた時、これを思いついたんだよ」

 メリーゴーランドみたいに馬が動き、それに乗っている作業員たちは、流れている部品を手に取って検品していました。今回はボトルねじの検品に負われているみたいです。緑の箱からボトルねじを手に取って、じっくり見たら、すぐ黄色の箱にボトルねじを入れています。

「そう。これが検品作業の流れ。馬に乗りながらひたすらやっていくんだ」

 一通り見学をしたあと、さらに隣の製造ラインに向かいました。


 製造ラインは、遊園地というより、アトラクションでした。ボトルねじを作成しているのは、アニメに出てくるようなロボットです。そして、ロボットを操縦しているのは、作業員です。まず、溶かした熱をボトルねじの型に入れて、それをフタする。すると、あっという間にボトルねじが完成するのです。それが型係。できたものは、違う作業員が同じロボットで、できたてのボトルねじを冷やします。これが冷却係。そして冷やすことができたものはベルトコンベアに運び、作業員が箱詰めしていくのです。これがベルトコンベア係。

「ベルトコンベア係がジェットコースターで検品係に運び、検品係が観覧車で集荷ラインに検品した品を運ぶ。こうして共同作業を行なっていくことで、会社は成り立っていくのだ」

 工場を出て、社長室に来ました。社長室も遊び心のためか、リッチな感じでした。イスとテーブルがまるで王様が使っていそうな出で立ちでした。部屋中、海外のドラマみたいに出てきそうな雰囲気でした。

「この本は?」

 まいが本棚にある分厚い本を見ていました。

「あーそれは飾りだよ。まだ一度も読んだことない。勝手に触っていいよ」

 ビーカーはイスに座りながら、言いました。

「変なことにお金をかけてるのねお兄ちゃん」

 呆れるりか。

「お前も同じくせに」

 指をさしてきました。

「ところで。アイのことなんだけど。なんでアイを目からビーム出せるようにしたの?」

 りかはにらんで聞きました。

「アイはあんな無表情で、こうげきをするような子じゃない!」

 電源を切られ、無表情で佇んでいるアイを見て言いました。

「俺とお前は兄妹だ。夢も同じだった。二人で科学者になろうって願ったな。そしてそれを叶えようと必死こいて発明に勤しんでいた時、互いにコンピューターシステムに入るためのパスワードを決めていたじゃないか」

「パスワード? はっ!」

 りかは思い出しました。発明するために使うコンピューターシステムが盗まれないために、お互いにパスワードを決めていたことを。

「じゃあお兄ちゃんは、それを覚えていて……」

「当たり前だ」

 ゆうきたちは、首を傾げていました。二人にしかわからない話なのだろうと思ったので、あえてなにも聞きませんでした。

「アイはね、目からビーム出してこうげきするロボットじゃないの。あたしたち人間と共生していけるように発明した、人らしいアンドロイドを目指した。それがアイなの」

 ビーカーは立ち上がると、ほくそ笑みました。

「お前は科学と人間が、共生できると思っているのか?」

「はあ?」

 ビーカーは、窓の外を見ました。

「このご時世、科学はどんどん発達してきている。そして、人間はそれらにほんろうされつつあるのだ。ということはさ、いっそ科学に支配されたほうがいいということになるだろう?」

「はあ?」

「俺はね、今の作業員たちは、遊園地みたいな機械で仕事ができるからという理由で面接に来たんだと思っている。いや、実際そうだったんだけどね。それでわかったよ。人間は、機械、科学にほんろうされるものなんだなと」

 窓からりかに視線を向ける。

「するとさ、俺の稼ぎもよくなるわけさ。遊園地型機械でいろいろなもの作りますなんてポップを掲げれば、どこも雇ってくれるし、ウハウハなんだよ!」

 アイの肩に手を置く。

「こいつは、今までのままじゃダメだ。俺の力で、もっとすごいものに変えてやるよ」

「ダメ……」

 りかは歯を食いしばりました。

「なーに心配すんなって。俺はただ、科学の限界を知りたいだけだよ。人間は、どこまで科学にほんろうされるかをね」

 アイの頭をなでました。

「そんなこと……」

 りかがなにか言おうとした時。

「アイちゃんに変なことしないで!!」

 ゆうきが怒鳴り声を上げました。

「アイちゃんはロボットじゃない! 私たちの友達なんだ!」

「ゆうきちゃん……」

 呆然とするりか。

「そうだよ! まなみたちの友達だもん!」

「あんたその汚い手でアイちゃんに触らないでよ!」

 と、あかね。

「あなたの味方なんて一人もいませんわよ?」

 と、アリス。

「アイちゃんは頭でっかちな私に友達になろうって言ってくれた子なんです!」

 と、まい。

「アイちゃんを返せ! 友達を返せ!」

 ゆうきたちは、そろってビーカーに飛びかかりそうな勢いでした。

「みんな……」

 アイのことを想ってくれるゆうきたちを見て、うれしくなるりかでした。

「ふーん。だったらもし今目の前に憎たらしくて一発ガツンと言わせてやりたいやつがいたとする。するとこのロボットが、目からビームを出して、成敗してくれる。どうだ? ほしいだろ!」

 あやしく笑うビーカー。しかしゆうきたちは。

「そんなやついたら、拳でぶんなぐってやるわよ!」

 ほくそ笑むあかね。みんなも笑って、コクリとうなずきました。

「チッ。最近のガキは夢がないな。だったら見せてやるよ。お前たちに、科学の恐ろしさを!」

 アイの目が光り、ビームが放たれました。

「きゃあ!」

 ゆうきたち、りかはビームを避けました。床に穴が空きました。

「とりあえず、逃げるわよ!」

 りかは、ゆうきたちを連れて、社長室を出ました。アイちゃんが追いかけてきました。

 アイちゃんが放つビームはより強力で、床も壁もすぐに穴だらけにしていきました。ゆうきたち、りかも逃げるだけで必死です。

 工場の外に出ました。

「わ、行き止まりだ!」

 工場を囲う塀にばったり。草を踏む足音がしました。おそるおそる振り向くと、アイちゃんが佇んでいました。

「はっはっは! お前の発明品は、俺の感情でコントロールできるようにした! つまり、俺の思うがままだ!」

 スクーターに乗ってやってきたビーカー。

「ていうかお兄ちゃん、スクーター持ってたの?」

「ああ。車は怖いから、一発で取れる原付にしたんだ」

 原動機付自転車とは、一回の試験で取ることができる、法定速度三十キロのバイクなのです。

「そんなことよりアイを元に戻して!」

 と、りか。

「ふっはっはっは!」

 ビーカーは笑うだけでした。

「くっそー! こうなったら!」

 りかは、走り出しました。ゆうきたちは目を丸くしました。

「いけえ!」

 ビーカーの指示で目からビームを出すアイちゃん。りかは、ビームで巻き起こる爆発の中に突進していきました。まるで、映画のシーンみたいです。

 ドカーン! りかは、爆発の中に埋もれてしまいました。

「りかさーん!!」

 彼女を呼ぶゆうきの声が、こだましました。

「妹よ。これからは、俺が科学というもので世界を変え……ん?」

 上を向きました。

「シュワーっち!」

 なんと、りかが空を飛んでいるじゃありませんか。

「なに!?」

「え!?」

 驚くゆうきたち、ビーカー。

「こんにちは」

「る、るなさん!!」

 と、ゆうき。なんと、魔術師のるなが、りかを空に飛ばしていたのです。

「アイを返せー!」

 ビーカーの元へ急降下してくるりか。ビーカーはあわててアイちゃんにビームを放せました。しかし、るなの巧みな念力により、なんなく交わしてしまいました。

「とりゃあ!!」

「うわあああ!!」

 りかは、掲げた拳を、ビーカーの顔面にストライクしました。ビーカーは倒れました。

「アイ!」

 無事着地したりかは、すぐにアイちゃんの元へ向かいました。

 アイちゃんは無表情でした。しかし、救い上げることができたのがうれしくて、ギュッと抱きしめました。


 りかとビーカーが科学者を目指し始めた時、両親にとても反対されました。

「ダメだダメだ! お前たちはお父さんと同じ、文学者になるんだ」

「いいえ。お母さんと同じ、生物学者になるのよ」

 まだ十八のビーカーが言いました。

「でも俺たちは科学者になりたいんだ」

「いいかビーカー!」

 お父さんが言いました。

「科学者になってどうする? 一生電池が切れない携帯を作るのか? 目が悪くならないゲーム機でも作るのか?」

「それはおもしろそうね」

 と、まだ十六のりか。

「なにがおもしろそうなもんですか! いい? 科学が発展したからこそ、世の中の人たちは、科学にほんろうされてきているの。携帯依存にゲーム依存、ネット依存なんてのもあるわね」

「お前たちにはそうなってほしくないんだ」

「俺たちはそうならないよ」

「オラたち、純粋に発明がしたいだけなんだ」

 お母さんが十六のりかの手を握り、

「りか。オラじゃなくてちゃんと私と言いなさい」

 注意しました。

「とにかく。お前たちを科学者にはさせない! お父さんお母さんと同じ道を歩むんだ!」

 しかし、りかとビーカーは家出をし、二人だけで科学者の道を歩んでいったのです。


 科学の娘りかの実験室に来ました。

「でもね、ある日あたしとお兄ちゃんの発明に対する考えが食い違ってさ。バラバラになったんだ」

「りかは科学と人間が共生していける社会、俺は科学が人間よりすぐれた社会を目指していた」

「お兄さんは、そういう意味でアイちゃんを利用されたわけですのね」

 アリスが言い、ビーカーはうなずきました。

「まあでも。科学よりすぐれているとしたら、断然念力よね」

 と、るなが胸を張りました。誰も答えてくれませんでした。

「アイちゃんは元に戻る?」

 実験台で横になっているアイちゃんを見て、心配しているゆうき。まなみとあかね、まいも覗いていました。

「大丈夫よ。お兄ちゃんが上書きしたデータを初期化して、またあたしが最初にアイにインプットさせたデータを入れ込むから」

「でも。お前らのことは忘れてるだろうな」

 と、ビーカー。その言葉を聞いて、ゆうきたちはキョトンとしました。

「りかはただ、アイが人らしくいるために用意していたデータを入れるだけだ。つまり、お前たちのことなんか、これっぽっちも覚えてないってことなんだよ」

「お兄ちゃん今言う?」

 ゆうき、まなみ、あかね、アリス、まい。彼らは、アイちゃんと初めて会った日のこと、初めて遊んだ日のこと、宿題をしたこと、給食を食べたこと。いろいろな思い出がよみがえりました。

「アイちゃん……。まだお会いして間もないのに……」

 アリスはアイちゃんの上に顔を伏せて泣きました。ゆうきもまなみもみんな泣いていました。

「みんなくよくよしないで」 

 りかは、アリスの頭をなでました。アリスは顔を上げました。

「たとえ記憶を失っても、アイはアイなんだよ?」

 ほほ笑みました。ゆうきがハッとして、涙を拭くと言いました。

「そうだよね。アイちゃんはアイちゃんだよ! また仲良くすればいいんだよ!」

「そっか。アイちゃんはアイちゃん……」

 と、まなみ。

「そうよ。くよくよするこたないのよ!」

 と、あかね。

「たとえ記憶がなくなろうが、わたくしたちの友達ですわ!」

 と、アリス。

「あ、見て!」

 まいが声を上げる。見ると、アイちゃんが目を覚まし、体を起こしていました。

「おはよう!」

 アイちゃんは、元気よくあいさつしました。ゆうきたち、りか、ビーカー、るなもそろってあいさつしました。


"おはよう!"

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科学の娘・りか みまちよしお小説課 @shezo

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