12.天使と悪魔におかえりなさい

第12話

下校時間。

「みつる君!」

 あかねが呼んだ。

「たまにはさ、どこか寄らない? ほら、テストもないし、ね?」

「ごめん」

 みつるは断って行ってしまった。

「みつる君……」

 落ち込んでいるあかねの制服のすそを引っ張る誰か。見ると、エンジェルだった。デビルもいる。

「今日って、第三水曜日でしょ?」

「え、ええ」

「みつる君ね、その日だけ唯一寄り道するところがあるの」

「ええ!?」

 あかねは驚いた。

 みつるが進む先は、家とは違う方向。電柱に隠れながら、あかね、エンジェル、デビルはついていくことにした。

「どこだろう? 焦らさずに教えてよー」

 強要するあかね。でも、エンジェルとデビルは答えない。

 カラン。不意に、あかねの足が、落ちていた空き缶を蹴ってしまった。

「ん?」

 みつるが振り向いた。誰もいなかった。そのまま進んだ。

 あかねたち三人は、縦に並んで、電柱の影にうつ伏せに隠れていた。

 どんどん進むみつる。

「みつる君が商店街を歩いてる!」

 それだけで感激するあかね。

「みつるだって、たまにおつかい頼まれてこの辺に来るわよ」

 呆れたデビル。

「ええ!? それ早く言ってよ〜! 私に連絡してくれれば、タイミング図って来るよ?」

「しーっしーっ!」

 興奮するあかねを抑えようとするエンジェル。

「ん?」

 みつるが振り向いた。誰もいなかった。少しあやしくなって、振り向いた先をにらんだ。

 あかねたち三人は、お山座りで円を組んで、近くにあった看板に隠れた。

 歩いて十五分。みつるがやってきたところは……。

「病院ー?」

 あかねは病院を見上げた。意外だった。

「な、なんでみつる君が病院に?」

「おじいちゃんのお見舞いに行くためだよ」

「あ、なーんだ。そっか」

 目の前にみつるがいた。

「きゃあああ!!」

 あかねは叫んだ。


 三階にある一〇一の病室。そこに、みつるのおじいちゃんがいた。

「おお、みつるか」

 ベッドで体を起こして、テレビを観ていた。

「それとそこにいる女の子は……。もしや恋人か?」

「そうでーす! 私たち、恋人……」

「違う違う! ただのクラスメイト!」

 みつるが否定した。

「はっはっは!」

 おじいちゃんは笑った。

「おじいちゃんごめんね。三人……じゃなくて一人来て騒がしくなるだろうけど」

「失礼な! 私だってここをどこか心得てるつもりよ?」

「大きな声を出すな! 静かにしてろ!」

 みつるが怒った。

「はっはっは! みつる、お前もいつの間に友達を連れてくるようになったんだな」

「え?」

 照れるみつる。

「俺なんかの見舞いに毎週来んでもいい。もっと中学生らしく、友達と遊んだらどうだい?」

「そ、そんなわけにはいかないよ! 僕は、おじいちゃんを継ぐために、毎日勉強しているんだから!」

「おじいちゃんを、継ぐ?」

 あかねは、エンジェルとデビルを見た。エンジェルは手招きした。

「ち、ちょっと失礼して」

 あかねは病室を出た。

「どういうことなの?」

 あかねたちは、病院の中庭に出て話をすることにした。

「ごめんなさい今までだまっていて。みつる君ね、おじいちゃんのために勉強していたの」

 エンジェルは、説明した。

「みつる君のおじいちゃんは、プログラマーなの。そんなおじいちゃんの背中を、あの子はずっと見てきた。でも去年、おじいちゃんが倒れた。その日からずっとここで入院してる」

「みつるのやつ、相当ショックだったんだろうね。誇りだったおじいちゃんのプログラミングの腕を見られないんだって。だから、自分がおじいちゃんを継ぐんだって、勉強しかしなくなったのよ」

「でも、勉強勉強で毎日くり返しているうちに心を閉ざすようになっていって、エンジェルたちが出てきちゃって……。だからみつる君を、もう一度小学生の時みたいに戻してほしいの!」

「じゃないとあたいらも居所をなくすし、みつるが勉強に励んでいた本当の意味を忘れてしまう……」

 話を聞いたあかねは、呆然としていた。

「じゃあなんで、始めからそうやって話してくれなかったの?」

 あかねは聞いた。デビルが答えた。

「心を取り戻すって、そう簡単な話じゃないのよ」

「手探りでみつる君の心をどうにかしようとがんばってたの……」

 その時、雨が降ってきた。シトシトと降り続く雨。彼女たちと、みつるの心境を表しているようだった。


 みつるはおじいちゃんと話をしていた。いつもだいたい、一時間くらい話している。

「みつる。さっきの女の子は、本当にただのクラスメイトなのかい?」

「もうおじいちゃん。何度も言ったじゃないか。あれはただのクラスメイトだよ」

「みつる、俺はもう長くない」

 みつるはおじいちゃんを見つめた。

「医者に言われた。もうここ一年も入院しているが、手の施しようがないと。明日退院して、死ぬまで家でいつもどおりの生活をしようと思う」

「ははっ。おじいちゃん、なにを冗談を……。僕をおどそうたって無駄だよ? 明日退院するの? じゃあまたおじいちゃんのプログラミングが見られるんだね!」

 無理な笑顔を見せるみつるに、

「そんなものはもうやらん。俺はな、いつもどおりの日常を送るために家に帰るんだ。だからみつる、お前もこんなところに来てないで、普通に中学生活を送ってくれ」

 みつるはがく然とし、真っ暗闇に落ちていく気分を味わった。


 夕飯のあと。みつるは勉強をしていた。しかし、集中できない。

『みつる、俺はもう長くない』

 この言葉が頭によぎって集中できない。

「あの、みつる君……」

 エンジェルが声をかける。

「なんだよ。今集中してるんだから話しかけるな」

 背を向けたまま答えた。

「そうには見えないけど?」

 と、デビル。

「うるさいなあ! 言いたいことがあるならさっさと言えよ!」

 みつるの怒鳴り声に驚くエンジェル。

「おじいちゃんが死んじゃえばさ、勉強しなくて済むのにね」

 デビルの言葉が、しんと静まった部屋に響いた。

 エンジェルがデビルに飛びつき、抑え込んだ。なぐりかかろうとして、その拳を掴まれた。

「どうしてそんなことが言えるの!!」

 エンジェルが叫んだ。デビルはほくそ笑んだ。

「あたしはみつるの中の悪魔だからよ……」

 拳を掴んでいるデビルの手を払い、エンジェルは聞いた。

「みつる君、おじいちゃんはあなたに普通の中学生になってほしいって言ってたよね? エンジェルたちもそうなの。だって今のみつる君は、楽しそうに思えないから……」

「楽しいとか楽しくないとかじゃないだろ?」

 みつるは答えた。

「おじいちゃんのようになりたいんだからしかたないだろ!!」

「きゃっ!」

 デビルがエンジェルを押し倒した。

「それが本音? おじいちゃんのようになら、死ぬほど勉強すれば誰だってなれるのよ。さあ、言ってみなさいよ! もううんざりなのよ!」

「デビルやめて!」

 エンジェルは、みつるの元へ向かった。

「わかってるよ。みつる君がおじいちゃんのようになりたいのは、おじいちゃんと会えなくなるのが寂しいからでしょ?」

「……」

「大丈夫だよそれで。みつる君はちゃんとおじいちゃんの死を受け入れてるから。エンジェルたち、いつまでも心を開いてくれるまで待ってるから。困ったら、いつでも頼ってね!」

 するとみつるは、

「きゃっ!」

 エンジェルを押し倒した。

「なにするのみつる君! やめて! 離して!」

 みつるは、抵抗するエンジェルの両腕を掴んで離さない。

「デビル助けて!」

「いいぞーやれやれ!」

 はやし立ててきた。

「デビル! 今シリアスパートぽいのにおちゃらけてないでよ!」

 ムッとするエンジェル。

「なんとかしてくれるんだろ?」

 と、みつる。

「はう!」

 エンジェルは目を閉じた。

 みつるはしばらくエンジェルを見つめたあと、すぐに離れた。

「みつる君……」

「やれやれ……」

 デビルは肩をすくめた。


 翌日。あかねは気づいていた。授業中にもかかわらず、みつるは集中できていない。どこか落ち着かない様子で、先生に当てられても聞こえないみたいだ。

「みつる!」

 先生に大声で呼ばれた。

「は、はい!」

「これ答えてみろ」

 黒板に向かうみつるを笑う生徒たち。あかねには笑えなかった。

 休み時間になって、すぐにエンジェルとデビルから事情を聞きつけた。

「ウソ……。おじいちゃん長くないの?」

「みたいなの。だから、みつる君すっかり意気消沈しちゃって……」

「かわいそう……。大好きなおじいちゃんがいなくなったら、それこそもう心の拠り所がなくなっちゃうね」

「みつるもみつるよ。要はおじいちゃんみたいになるっていう叶えたい夢がある、それだけの話でしょ? なのに、勉強だけして、パソコンなんてもの一切触れてない。あいつにとって、夢を叶える方法がまず勉強なのはわかるけど、もっと他にあるでしょう?」

 と、言い放つデビル。なにも言えずだまり込むだけのあかねとエンジェル。

「あかねちゃん」

 そこへ、よしきが来た。

「と、天使と悪魔ちゃん。元気?」

 エンジェルとデビルに手を振った。

「あんたはいいわねえ。そうのんきにしてられるんだから」

「デビル!」

 ひねくれるデビルを、エンジェルは怒った。

「あのさ、よっちゃんは夢を叶える方法って、なにがあると思う?」

 あかねは聞いた。

「え? 突然どうしたの?」

 苦笑いするよしき。

「こ、答えられなさそうならいいよ無理しなくて!」

「うーんそうだなあ」

 よしきは考えた。

「方法なんてないさ。手探りでいろいろやってみるしかないんじゃないかな?」

「え?」

「僕はこんなになる前、どうしたらいいか考えてた時期があった。でも、ある日考えてるより、動いたほうがマシだと思いついてね。それで、案外結果がわかるものだよ」

 ウインクした。それを聞いたあかねは、パッとひらめいた。

「それだ!!」


 あかねは自宅のパソコンで、ホームページを作り、みつるのおじいちゃんの写真を載せて、募金活動を始めた。

「ホームページはよし。あとは……」

 翌日からは、クラス全員と部活の仲間を加えて、校内、街中で募金活動を行なった。

「お願いします! お願いしまーす!」

 入れてくれる人もいた。しかし、大概の人は入れてくれない。

「あかねちゃんすごいよ!」

 エンジェルが感激した。

「でもみつるには伝えてないわよね?」

 デビルがつぶやいた。

「おじいちゃんとそのお孫さんを、助けてあげてください! お願いします!」

 あかねは、募金活動を続けた。


 しかし、そんなある日だった。

「あかね、ちょっといいかな?」

 お昼休み、みつるに呼ばれた。

「え? まさか告白!?」

 期待するあかね。

「なわけないだろ。いいから来い!」

「はーい!」

 中庭に来た。

「どういうことだよこれは!」

 あかねお手製の募金箱を持っていた。

「あ、それ……」

「なんで勝手にこんなことするんだよ! 僕のおじいちゃんだぞ? 他人の君にこんなことされると困るんだよなあ」

「そんな! 私たちの仲なんだから、いいでしょ?」

「だから? 僕はね、自分の懐を覗かれるのがいやなんだ! 先生に言って、今すぐやめさせてもらうからな!」

 立ち去ろうとした。

「なんで……」

 立ち止まった。

「なんでみつる君は、素直にならないの!」

 涙して大声を上げるあかね。

「エンジェルとデビルから聞いたの。みつる君本当はおじいちゃんがいなくなるのが寂しくて、だからおじいちゃんみたいになろうとしてるんでしょ? だったらさ、少しでもよくなってもらうために、募金活動でもやろうよって……。私考えたんだよ?」

 背を向けたまま佇むみつる。

「なにもしないよりも、なにかしたほうがマシだよ!」

「……」

「もういいよ。みつる君のバカ! もう大きらい!」

 あかねのほうから、どこかに行ってしまった。みつるは募金箱を見つめた。

「あたいもエンジェルもさ、もうあんたに寄り添うの疲れてんのよ正直」

 と、デビル。

「けど、心の奥底で、おじいちゃんを助けたいって、またおじいちゃんにプログラミングを教えてもらいたいって、思ってるでしょ?もしその気持ちが完全消滅したら、あたいたち、ほんとにいなくなるからね」

 それだけ言うと、立ち去っていった。みつるは募金箱を見つめたまま、しばらく佇んでいた。

 

 下校時間になった。

「あかね」

 みつるが呼んだ。でもあかねは無視をした。

「あかね!」

 もう一度呼んだ。されど無視された。あかねといたよしきは当惑。

「その、僕にも募金活動をやらせてくれ!」

 あかねは立ち止まった。

「ただ、やみくもに貯めるだけじゃ無理がある。そこで、実は隣町に知り合いがいてさ、その人にも頼めば、お金をたくさん貯めることができるかもしれないんだ」

 あかねはみつるに顔を向け、答えた。

「一体どんな方法?」

 よしきは微笑んだ。

「それは……。とにかくその知り合いに当たってみよう!」

 みつるはけんじにお願いして、アフィリエイトに参加させてもらうことになった。動画配信サイトを利用して、けんじがやり込んでいるゲームの実況プレイと、あかねのダンス動画(意外にも得意だった)、よしきのメイク動画など、いろいろなものを上げた。たくさんの人に見てもらうため、配信のコツやここもっとこうしてほしいという要望は、みつるがまとめた。これまでテレビはおろか、動画も観てこなかったので、苦労はしたが、他の投稿者やコメント欄での反応を見て、学習した。


 そして一ヶ月後。みつるたちはけんじの家に集まって、いくら貯まったかを精算した。

「なぜ小生の家でござるか?」

「なんでもええやろ」

 と、イルル。

「ダメだあ。たったの五万しか貯まってない……」

 みんな床に寝転がった。

「やっぱお金を溜めるってむずかしいね」

 と、あかね。

「みんな、ほんとにごめん……」

 みつるが謝った。みんなみつるが謝ったことに驚いた。こんなこと今までになかったからである。

「でも、ありがとう……」

 みつるが微笑んだ。みんな驚いた。微笑んでこんなことを言うのも初めてだからである。

「あかね」

「は、はい!」

「君が募金活動してくれなくちゃ、僕はただひたすらに勉強をして、行き場のない望みを願うばかりだったかもしれない。けど、そうじゃないんだ。夢や希望はやってみてこそ叶う! これからは勉強だけじゃなくて、パソコンの使い方からなにまで学んでみる!」

 あかねが微笑んだ。

「よしきも」

 微笑むよしき。

「けんじも」

 ニコリとするけんじ。

「そしてイルルも」

 にゃははと笑うイルル。

「そしてエンジェルとデビル……も?」

 エンジェルとデビルがキラキラと光っていた。

「おめでとうみつる君! やっと……やっと自分を取り戻したんだね!」

「これからは、あんたはやさしくもなれるし悪くもなれる。もちろん、いい意味でよ」

「そんな……。じゃあ君たちはもう!」

 みつるは這うように消えてしまいそうなエンジェルとデビルに近寄った。

「なによ? あたいらがいなくなって清々してるでしょ」

「ありがとね、みつる君! 楽しかったよ……」

「待ってくれ! 僕はまだなにも……」

 エンジェルとデビルは光の中で二つの結晶となって、みつるの体内に入った。

『エンジェルたちは、これからもみつる君といっしょだよ。だから、ただいま!』

 どこからか、エンジェルの声が聞こえた。涙を流すみつるは、こう答えた。


"おかえりなさい"

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エンジェルとデビル みまちよしお小説課 @shezo

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