11.天使と悪魔のオタ活

第11話

ある日、エンジェルは思った。ビビッと、頭になにかよぎったように。

「デビル!」

 いつも隣でなにかしらやっているデビルがいない。

「デビル!」

 リビングでお菓子でも食べているのかと思ったら、いない。

「デビル!」

 トイレにもいない。

 お風呂場に誰かいる。意を決して、とびらに手を当てた。

「デビル!」

 開けた。デビルがシャワーを浴びていた。

「なに覗いてんのよ変態ーっ!」

 お湯をかけられた。洗面器を投げつけられた。

「落ち着いてデビル! エンジェル、エンジェルよ!」

「だとしてもなんで来てんのよ! あたいは今、このナイスな体を清めていたのよ?」

「悪魔なのに?」

「悪魔だからってお風呂に入らないは古い!今時の悪魔は、おしゃれを極めて美しくあるのよ!」

 胸を張って言って、

「で、なんの用事よ?」

 聞いた。

「あ、そうだ」

 エンジェルは話した。

「今気づいたの。みつる君に、趣味がないってこと!」

「趣味?」

「そう、趣味。みつる君は毎日毎日勉強勉強でしょ? だから、趣味がないのよ」

「そういえば。あいつが勉強以外に夢中になってるところ見たことないわ」

「エンジェルたちで、みつる君の趣味を見つけてあげようよ」

「ふん。趣味なんてなくたって、大人になれば拠り所を求めて、酒にタバコにお金を手にすることが趣味になるわよ」

 デビルはほくそ笑んだ。

「ていうか早く閉めて!」

 強引に扉を閉めた。

「そんな……。違う、そんなの趣味じゃないよ!」

 エンジェルはみつるの部屋に来て、勉強机に向かっている彼の背中を見つめた。

(このままみつる君が勉強しかしない人になったら、大人になった時、人生がすごくつまらないものになってしまう……)

 エンジェルは、みつるが大人になった時のことを想像した。


 大学を卒業して、一流のIT企業に勤めたみつるは、毎日仕事に明け暮れていた。朝八時から夕方六時まで働いた。

「はいみんな注目〜! 特にかわいい子は。今夜飲みに行きませんか〜?」

 チャラそうな社員が、飲み会を誘った。

「行く行く〜!」

 女性社員たちがそろって集まってきた。

「もちろんかわいい子じゃなくても歓迎だよ? おいみつる、お前も来いよ」

 パソコン作業をしていたみつるは見向きもせず答えた。

「行きません」

「ああん? 部長! こいつに残業させて!」

 これがきっかけで、みつるは毎日夜の十時まで残業させられた。家から電車で二十分なのに、クタクタだ。毎日無心で働き続け、毎日無心で通勤し続けた。

 しかし、そんな彼にも、限界が来るのである。

 みつるは部屋の天井に縄をぶら下げていた。思えば、これまでの人生勉強と仕事しかしていなかった。他のみんなみたいに、趣味を見つけていればよかっただろうか。十八になって見えなくなったエンジェルとデビルの言うとおり、もっと素直に生きればよかっただろうか。後悔があふれて止まらない。踏み台から足を外し、縄がミシミシと音を立てた……。


「みつる君……」

 想像なのに、エンジェルは泣いた。もしこんな結末になってしまったらと思うと、悲しくてしょうがないのだ。

「おい……」

 にらんでくるみつる。

「あの、なに人の部屋で泣いてんの?」

 唖然としていた。

「みつる君ダメだよ! 今のままじゃ〜!」

 後ろからみつるを抱きしめ、大泣きした。

「え、ええ〜!?」

 みつるは当惑した。

「エンジェル……たちは……。みつる君の……ために〜!」 

 泣きながらしゃべるエンジェル。

「は、離せ〜!」

 引き離そうと必死になっていると、バランスを崩して、倒れてしまった。エンジェルが上、みつるが下に。思わず、エンジェルの白いワンピースの胸元から覗く谷間に目がいってしまった。

 エンジェルはぐすんと嗚咽を上げて、

「みつる君に、趣味をあげたい……」

 みつるも中学生だ。女の子が上に乗っかってこられれば、ドキドキする。しかしそこへ。

「ジャジャジャジャーン!」

 窓を突き破って、魔法使いのイルルがやってきた。

「お久しぶりですな! いやあ、ついにパートナー見つかってん、それを知らせに来たんですけど……」

 イルルはみつるとエンジェルを見た。

「おっと。今お二人さんお楽しみ中でしたか。ほな、ここで失礼して」

 去ろうとして、

「待てよ!」

 みつるに裾を掴まれた。

「割れた窓ガラスを直せ〜!」

「い、いやうちそんな魔法使えませんねん。せ、せやから自分たちで……」

 というわけにもいかず、あとでイルルが弁償代を払うということになった。

「あらイルル久しぶり」

 居間でテレビを観ながら、ドライヤーをかけているデビル。

「ついにパートナー見つかりましてん!」

「ふーん」

「ついでに、あの二人一線越えたん?」

 耳打ちした。

「は?」

「そういうことじゃないから!」

 声をそろえるみつるとエンジェル。

「実はね、みつる君に趣味を作ってほしくて」

 エンジェルは、先ほど想像したみつるの未来を話した。

「あっはっはっは! そんなことこいつに限ってあるわけないでしょ?」

 デビルが笑った。みつるは額に手を当てて呆れた。

「せやなせやな〜。趣味を持たないまま、首吊られたら悲しいなあ……」

「でしょ〜?」

 イルルとエンジェルは泣いた。みつるとデビルが唖然とした。

「よっしゃ任しとき! うちのパートナーに会わしたるわ!」

「イルルちゃんのパートナー?」

「すんごい趣味の持ち主やで?」

 三人は、イルルについていくことにした。

「ぐぬぬ〜!」

 イルルは、三人をほうきに乗せていた。

「ちょっと。魔法のほうきのくせに飛ばないの?」

 デビルが文句を付けた。

「重量オーバーや! 駅教えるから、そこで待ち合わせよう。歩いて五分やから」

 しかし、ほうきに乗りたいエンジェルとデビル。じゃんけんをすることにした。

「いくよ? 最初はグー!」

 デビルがパーを出した。

「デビル!」

 もう一度。

「最初はグー! じゃんけんぽん!」

 デビルがあと出しした。

「んがーっ!」

 エンジェルが怒った。

「はよ決めて……」

 イルルが呆れた。

「じゃんけんなんてつまんない勝負より、おもしろい勝負しましょうよ?」

 メラメラ燃えるデビル。

「なーにそれ?」

 メラメラ燃えるエンジェル。

「そもそも君たち羽が付いてるんだから飛べるだろ! 僕がほうきに乗る!」

「あ、そっか」

 エンジェルとデビルは納得。イルルはみつるをほうきに乗せて飛び、エンジェルとデビルは羽をはばたかせて飛んだ。イルルのパートナーの元へと、向かった。


 丸刈りで、メガネをかけた中学生男子は、目をギランとさせた。

「来る……」

 なにかを察した。そのなにかは、自室の窓辺に迫ってくる。彼は窓を開け、その場を離れた。

 そのなにかが飛び込んできた。

「あたた……。た、ただいま」

 イルルだった。そして、天使の羽を付けたエンジェルと、黒い羽を付けたデビルも来た。

「天使と悪魔……。これは新たなる仲間の参入でござるか!」

 丸刈りの中学男子は叫んだ。

「魔法使い、天使と悪魔。そして我こそは勇者なり……。さあ、これでギルメンはそろった。世界を守りに、いざゆかん!」

「な、なんだこいつ!」

 みつるが指さした。

「ん? 貴君、人を指さすことは、あまりよくないでござるよ? てか誰?」

「え、いや……」

 みつるが当惑していると、

「ごめんごめん。まずこちらは、みつるはんの心の中の天使と悪魔が実体化した、エンジェルとデビル。で、みつるはんは、けんじはんと同じ中学一年生や」

 イルルは紹介した。

「ほうほう! ということは、みつる殿は小生と同じく、霊感があるでごさるな!」

 けんじはみつるに近づき、肩に手を置いた。

「エンジェルたち幽霊じゃないよ!」

 エンジェルがムッとした。

「みつる殿、中学は同じじゃなけれど、仲良くしようでござる! はっはっは!」

 置いた手で肩をポンポン叩いた。

「仲良くというか、勝手に連れてかれたんだよ!」

 みつるはツッコミを入れた。

 イルルは説明した。

「実はな……」

 説明しようとして、

「待たれ! みなの衆、ここはティータイムをしながら話そうぞ?」

 てことで、居間に来た。

「みつる君、趣味がないの。だから、なにか一つでも作ってほしくて……」

「あたいはどうでもいいんだけど」

「せやから、けんじはんオタクやろ? 伝授したってな」

 けんじはあごに手を付けて考えた。

「くう〜!」

 けんじが上を向き、涙を流した。

「これまで、小生は自分がオタクであること、霊感があることを隠して生きてきたでござる……。だがしかーし! 今こうして同好の志に会えたことで、感動の涙があふれているのでござる!」

 と言って、みつるの手を握った。

「みつる殿! これから小生のオタ活を、目いっぱい教えるでござる! 伝授してやるから、よーく体に染み付けたまえ? えっへっへ!」

 みつるは、なんだかとんでもない人と会ってしまったような気がした。それは、エンジェルとデビルも思っていた。


 東京ビックサイト。多くの人がにぎわっていた。

「な、なんだここは?」

 みつるが聞いた。

「ここはコミケでござる。同人誌やコスプレなどができる場所でござる」

「は?」

「多分こいつ、同人誌って文字もコスプレって文字も見たことないと思う」

「デビル殿の言うとおりか。なら、小生と同人誌を買いに行こうではないか」

 山積みになった同人誌がたくさん売られていた。いろいろ見て回ったが、どれもよくわからないものばかりだ。しかし、中には裸になった女性のイラストが表紙に載った同人誌が並んであり、目が釘付けになった。

「みつる殿。こういうのがよいのでは?」

 その裸の絵が載った同人誌を勧めたけんじ。

「バ、バカ! そんなもん読むわけないだろ!」

 目をそらした。

「でも一応、中だけは見てみるでござるよ」

 ばっと開いて見せてあげた。みつるは思わず、そらしていた目を、同人誌に向けてしまった。

 瞳孔が開いた。そこには、中学一年生にはまだ早いきわどいイラストが載っていた。

 ゴクリ。みつるは息を飲んだ。

「って。なんちゅうもん見せてんだよこの!」

 みつるはけんじが見せていた同人誌をチョップで落とした。

「あーっ! 売り物になんちゅうことを〜!」

 外に出ると、コスプレのお披露目会が行われていた。

「アニメのキャラクターになりきる、これがコスプレでござる」

「ふーん」

 と、みつるは空返事。そこへ、剣士のような女性のコスプレイヤーが近づいてきた。

「どう? 好きなだけ撮ってね!」

「おう! これはこれはかたじけない!」

 いつの間に持ってきたレフカメラで撮影を始めるけんじ。

  みつるは、コスプレイヤーをまじまじと見つめた。胸が大きい。

「どこ見てんのよ?」

 両脇にいるデビルとイルルがニヤリとしてくる。

「う、うるさい!」

 みつるはふてくされた。

 そんなこんなでしばらく回って、お昼すぎ。特設会場で、同人サークルの人たちが集まって、コンサートが披露されるようだ。

 それは、ただ曲に合わせて踊るだけのものらしいが。

「はいせーの!」

 けんじ、その他大勢のサークルの人たちが、かけ声とともに、腕を回して走った。みつるもけんじに手を引かれ、強引に回された。

「なんかすごい熱気だねえ」

 エンジェルが感心した。

「これ、コンサートなの?」

 デビルが唖然とした。

「さあな」

 と、イルルが言った。

「勘弁してくれ〜!!」

 みつるの悲鳴は、会場の熱気に押されて届かなかった。


 夕方。みつるはもうクタクタだった。

「どうでござるか? これがオタ活の代表的聖地、東京ビッグサイトでござる!」

「よかないわい! やらしいもんが陳列してて、変な人たちと走り回るだけのところのなにが楽しいんじゃい!」

 みつるはキレた。

「もう二度と行かないからな!」

「不評やったみたいやな」

「そうか。みつる殿はインドア派であったか……」

 腕を組むけんじ。

「そうだね。みつる君、休みの日はほとんど部屋で勉強してるから……」

 と、エンジェル。

「そうだ! なら、部屋でできるオタ活を伝授するでござる!」

 けんじはスタートダッシュした。

「みつる殿〜!」

 先に前を歩いていたみつるに飛びかかった。


 また別の日。

「来る!」

 けんじは気配を察し、窓を開けてその場を離れた。

 ほうきに乗ったイルルが飛び込んできた。エンジェルとデビルも来た。

「あたた……。お前その着地の仕方なんとかならんのか!」

 逆さまに落ちたみつるが文句を付けた。

「す、すんまへん……」

「さっそく来てくれたでござるか。みつる殿、みつる殿が楽しんでくれそうなゲーム機を用意したでござる!」

 ドサッと床に置いた。

「さあ、いっしょにプレイしようぞ! かっかっか!」

 みつるはあまり期待できなかった。

「これはRPGといって、ダンジョンをクリアしていき、ラスボスを目指していくゲームでござる」

「ふーん」

 ゲームモニターとにらめっこして、コントローラーを操作するみつるとけんじ。

 エンジェルは思った。

(なんだか、二人の背中を見てると、友達みたい!)

 今まで、みつるの背中を、一人で勉強している姿しか見てこなかったエンジェル。しかし、ゲーム機を目前にして、誰かと背中をそろえることは、今回が初めてだ。エンジェルは感動のあまり涙を流した。

「なに泣いてんのよあんた?」

 デビルが唖然とした。

「情緒不安定?」

 イルルも唖然とした。

「ふわあ〜あ」

 みつるがあくびをした。

「退屈だなこれ」

「RPGは退屈でござるか? うーんなら!」

 けんじは、リズムゲームを用意した。

「うわなんだこれむずかしすぎだろ!」

「確かに。マスターレベルは極めし者にしかできぬ」

 今度はパズルゲーム。

「うーん……」

 わりと真剣に取り組んでいた。

「あら? やっと夢中になれるゲームを見つけたのね」

 デビル、エンジェルとイルルも感心した。

「パズルゲームは自然と真剣になるものでござるよ」

 しかし、みつるはイライラしていた。なんせこのパズルゲームは、考えている間に敵がどんどんパズルを崩していくので、自分が負けてしまうのである。

「ふざけるなー! こんなもんやるかー!」

 コントローラーを投げつけた。

「あー小生のコントローラーがあ!」

 けんじは投げつけられたコントローラーをなでた。

「痛かったでちゅねー。大丈夫でちゅかー?」

「うわキモ……」

 デビルが引く。

「しーっ!」

 あわてるエンジェル。

「みつる殿、一体どんなオタ活ならよいでござるか!」

「そんなもん最初から興味がない!」

「趣味のない人間になってしまっては、人間的に死んでしまうぞ!」

 けんじは言った。

「小生も、昔……と言っても小学生か。それまでは、勉強勉強の毎日であった。それでよかった。親はいい成績取れば喜ぶし、友達がいなくても、それでよかったのだ……。だがしかーし! 小生は出会った。この、魔法少女イルルちゃんに!」

 イルルを示した。

「え、うち?」

「小生はイルルちゃんをひと目見た時思った。小生には霊感があって、さらにこんな天使のような美少女に会えて、頭もいい! なんて最高な人生なんだと! だからこそ、オタ活を始め、もっと最高な人生にしたいと考えたのだよ。みつる殿!」

 みつるを指さした。

「趣味とは、最高の人生をもっと最高にしてくれるいわば……。バラ色にしてくれる存在だ!」

 みつるは呆然とした。

「な、なんかようわからんけど、うちが来てくれたおかげでけんじはんは変わったちゅうことやな!」

「うんそうだね!」

「単に変態なだけでしょ……」

 イルルとエンジェルとは違い、呆れているデビルだった。

「みつる殿も、今は最高の人生だとしても、最高最高の人生にしてみても、よいのではなかろうか?」 

 みつるは体を震えさせた。

「僕だってな、勉強をロボットのように無心でやってるわけじゃない!」

 怒った。けんじは驚いた。

「僕には勉強をやる使命がある。君たちには知らなくて当然だ!」

 みつるは部屋を飛び出した。

「みつる君!」

「みつるはん!」

 デビルは言った。

「イルル。悪いこと言わないから、ここを出ていきな? そのうちえらい目に遭うよ?」

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