10.天使と悪魔と魔法使い

第10話

満月が上る、おだやかな夜。ある男が、ベランダでタバコを吹かしていた。そこへ……。

「びょえええ!!」

 ほうきに乗ったとんがり帽子の少女が落ちてきた。

「あいたた……。はっ! えらいすんまへんでした!」

 立ち上がって、ぺこぺこ頭を下げた。

「うち、関西出身の魔法使いでしてん。あんた、うちとパートナーになってくれへんか?」

 目を回している男。

「うちな、掟があってえ、どこでもいいからパートナー作らなかんのよ。なあ、了承してくれへん? なあなあ!」

 肩を揺すってくる魔法使いを、

「どっかいけー!!」

 男は投げ飛ばした。魔法使いは満月に向かって飛んでいってしまった。


 翌朝。

「ふわあ〜」

 みつるはあくびを一つして、起床した。

「あんたもあくびするのねえ」

 デビルが煽ってくる。

「うるさいな!」

 照れるみつる。

 ドーン! どこかで、大きな物音が聞こえた。驚いたみつるは、すぐかけつけた。

「母さんなにが!?」

 階段を降りる間もなく、音の主は、部屋の入口すぐのところで伸びていた。天井を突き破って、落ちてきたらしい。

「どうしたのみつる! まあ! どうして天井が壊れてるの!?」

 お母さんはがく然とした。

「えっ? いや、そこに人が倒れて……」

「修繕費もバカにならないのよ? あーもう大変!」

 すぐ階段を降りていった。

「もしかして、お母さんには見えてないんじゃないの?」

 と、デビル。

「てことはこいつも幽霊か心の中のなんたらか!」

「いや、こいつは妖怪よ」

 デビルは部屋をにらんだ。

「エンジェル! あんたこの非常事態って時にぐーすか寝息立ててんじゃないわよ!」

「ふにゃ?」

 まだすやすやと床で眠っていたエンジェルが起きた。

「う〜ん……」

 天井から落ちてきた人も目を覚ましたようだ。

「と、とりあえずどうする?」

 と、みつる。

「ベッドに引き上げなさいよ」

 デビルは答えた。


 数分して、天井から落ちてきた主、女の子は目を覚ました。

「あれ? ここは……」

「気がついた? ここはね、みつる君のお家だよ」

 エンジェルが微笑んだ。

「あなた天使ね」

 女の子は言った。

「そうよ。そういうあなたは、妖怪……魔法使いね!」

「せや! うち、関西からはるばるパートナー探してほうきで飛び回ってたら、偶然来た家のおっさんに投げ飛ばされたんや!」

「じゃあもう一度気絶させてあげる!」

「ひい!」

 デビルは、なぜかスタンガンを持っていた。

「こらデビル!」

 注意するエンジェル。

「君は一体なんなんだ? 僕の家の天井を突き破って……」

 呆れているみつる。

「うちは関西出身の魔法使い、イルル。ちなみに三姉妹の中で次女に当たります」

「じゃあ長女と三女は?」

 エンジェルが聞いた。

「長女が関東で、三女が中部でしてん」

「そんなことはどうでもよくて! なぜここに来たのかを教えろって言ってんだよ!」

 みつるは怒った。エンジェルはなだめた。

「うちら魔法使いは、パートナーを作らなかんねん。つまり、どこかの家に住んで、その人たちと暮らさなかんちゅうことや」

「暮らしてどうすんのよ?」

 腕を組み、聞くデビル。

「もちろん、その人に魔法をかけましてん。いいことをしたら、いいことが起きる魔法を、悪いことをしたら悪い魔法を。こんな具合に、日常生活のあれこれをサポートしてあげるんや」

「ええ?」

 エンジェルが首を傾げた。

「人間ちゅうのは、実はうちらの魔法で支えられてるんやで? 例えばそこの男の子が宿題をサボったとするやろ?」

「いや、僕宿題サボることないし」

「例えや。で、うちら魔法使いが魔法をかける。すると、あとでお母さんが宿題を済ませたどうかを聞いてきて、叱りに来るっていう寸法や」

「じゃあ、寝る前にお菓子を食べちゃった時は?」

 エンジェルがクッキーを持って聞いた。

「糖分が脂肪になる魔法をかける」

「人をぶったら?」

 デビルがみつるの頭をげんこつした。

「同じ目に遭うようにする」

「これは魔法をかけなくても遭うことだろうが!」

 キレたみつるは、デビルに同じことをしようと、追いかけた。デビルは逃げた。

「まあ、そういう時もあるわな」

「つまり、イルルは魔法を使って、住み着いた人に、いいことをどんどんできるようにしていったり、悪いことはできなくするよう促すんだね?」

「天使の言ったとおりかもね。お二人は妖怪でも幽霊でもあらへんけど、どういったもんで?」

 デビルがエンジェルの前に出た。

「あたいらを知らないなんて、あんたもなめたものね!」

「へ?」

「あたいらはみつるの中から出てきた、天使と悪魔なのよ!」

「心の中って……。よくマンガとかで見る、よい心と悪い心のやつ?」

「そうよ」

「ゴスロリのあんたは、見るからに悪魔っぽいなあ」

「あたいは悪魔よ。みつるはね、思った以上に悪魔になりやすいのよ〜?」

 あやしく笑った。

「人聞きの悪いことを……」

 怒りに震えるみつる。

「でもね、エンジェルたちほんとは実体化してなくて、みつる君が心を閉ざしちゃったから、抜け出ちゃったの」

「ほう」

「あたいらがこの家を離れて、電車で遠いところへくり出せば、みつるは完全に心を失って、無感情な人間になってしまうのよ」

「びょえ〜!」

 イルルは驚いた。

「もしそうなったら、みつる君は悪口を言われてもなにも感じない、目の前にお年寄りがいても席をゆずらない人になってしまう……」

 と、エンジェル。

「もしそうなったら、みつるはトイレに行きたくても行かず、その場で漏らしてしまう!」

 と、デビル。

「そこまでいったら病気だろうが!」

 みつるはキレた。

「ほうほう。つまりあんたらは、みつるが心を取り戻すために、今いろいろやっとるわけや」

「うんうん」

 エンジェルとデビルはいっしょにうなずいた。

「よっしゃ話乗ったで! うちがみつるはんを素直で明るい人に育んでやりましょう!」

 指をパチンと鳴らし、表明。

「ほんと!?」

 目を輝かせるエンジェルとデビル。

「うん! うちに任しとき!」

 胸を張った。

「こてんぱにしてやってよー!」

 みつるの背中を叩くデビル。

「はあ……。なんで僕のまわりにはこんなのばかりいるんだろう……」

 途方に暮れるみつるだった。


 一年一組は、ホームルームの時間だった。来月に行われる、文化祭の劇の主役を決めていた。

「白雪姫をやりたいと思います。では、主人公である王子様をやりたい人、挙手してください」

 学級委員に言われて、誰も挙手しなかった。主人公になるのが恥ずかしいのだ。

「なるほどなあ。よーし!」

 イルルは袖から、魔法の杖を取り出した。

「チンカラホイ!」

 杖をふるった。光が、みつるに放たれた。

「かゆ……」

 みつるは左手を上げて、脇をかいた。

「みつる君が主人公でいい人拍手」

 拍手が起きた。

「えっ? ええ!?」

 みつるは当惑した。自分はただ脇をかいただけなのに、選ばれてしまったからだ。

「はい!」

 あかねが手を挙げた。

「私、白雪姫やります!」

 拍手が起きた。

「ま、待て! 僕は別に……」

「ヒューヒュー!」

 男子たちに煽られた。

「えへへ!」

 あかねが照れ笑いを浮かべた。

「いやだから!」

 みつるはハッとした。窓の外を見た。

「ブイ!」

 イルルがブイサインをしていた。

「あいつ〜! 魔法をかけやがったな!」

 歯を食いしばった。

 次の授業。

「ではこの問題を……」

 担任が誰を当てるか見渡している。ろうかでイルルは魔法の杖をふるった。

「チンカラホイ!」

 みつるに魔法がかかった。

「みつる君!」

「は、はい! 答えは三十二です」

 答えると、クラスの人たちから拍手が起きた。ラッパを吹いたり、クラッカーを放つ人もいた。

「そ、そこまでか?」

 みつるは恥ずかしかった。

 休み時間。

「チンカラホイ!」

「みつるさん。私たちあなたのファンだったの。サインしてください!」

 女子たちがサインを求めてくる。

 トイレにて。

「出せ出せみつる! 出せ出せみつる!」

 用を足しているみつるを応援する男子たち。

 そして下校。

「はいみんな集まって! 我が校を代表するみつる君の家に、ご招待しちゃうよ〜!」

 生徒たちが、大勢ついてきたりした。

「やめろ! こんなのどうかしてるぞ!」

 みつるは走った。生徒たちも追いかけた。大勢に追いかけられたのは初めてだ。無我夢中で逃げた。


 みつるは、空き地にある土管に隠れた。

「どや? みつるはん」

「わあ!」

 突然現れたイルルに驚いた。

「魔法をかけて、あんたを有名人にしたったわ。これで心開けそうやろ!」

「んなわけないだろ!」

 怒った。

「あんなについてこられたら恐ろしくて気が気でなくなるよ! 魔法かけるんならもっとマシな魔法をかけやがれ!」

 言い放って、土管から出ていった。

「あかん。みつるはんを怒らせてもうたら、うちパートナー失って、また浮浪の身になってまう……」

 イルルは思いついた。

「せや!」


 翌日。さっそく、文化祭の劇に向けて、体育館で練習が始まった。

「そうだ忘れていた。僕はあいつの魔法のせいで、主役に選ばれてしまったんだった……」

 イルルは、体育館の体育倉庫入口付近にいた。

「劇だけでも成功させて、その達成感で心を開くきっかけにするんや」

「早々うまくいく話じゃなくてよ」

 デビルが来た。

「デビルはん」

「人は一度心を閉ざすと、開くのに時間がかかるのよ。例えきっかけを作ったとしても、それをどう受け取るかで違ってくるわ」

「そんなんわかっとんねん。でも、あんたも元に戻りたいんやろ? ベストを尽くさなかんねん」

「じゃ、がんばってねー」

 と言って、デビルは去った。

「みつるはん。練習成功させたる!」

 練習が始まった。白雪姫には、王子様の出番が終盤にならないと来ないため、意外と少なかった。しかし、重要な役目だ。あかねは少し後悔した。

(白雪姫って、毒りんご食べて死ぬけど、王子様のキスで生き返るシーンあるじゃん。みつる君が選ばれたから、キス目当てで推薦したけど……。セリフ多すぎ!)

 台本を見て、目を回した。

「あかねちゃん?」

 監督のよしきが呼んだ。

「あ、はい! すいません監督!」

 気を取り直した。

 さて、もうすぐ出番になるみつる。

「はあ……。なんで僕なんかが主人公を。元はと言えばあの変な魔法使いが来るからいけないんだ。僕に変な魔法をかけて、変な方向に促したからいけないんだ! くっそ〜!」

 怒りに震えた。そこへ。

「みつる君」

 エンジェルが来た。

「みつる君がどうしても王子様できなそうなら、エンジェルが取り憑いてもいいかなって」

「それもろくなことにならなそうだからやめとく!」

 にらんだ。エンジェルは唖然とした。

「でも、台本よく見て。白雪姫とキスするシーンがあるんだよ?」

「え?」

 みつるはこれから読む台本を見た。キスするシーンがあった。

「な、なに言ってるんだよ。接吻せっぷんなんて、ほんとにするわけないじゃないか」

 そこへクラスの女子が、

「しないけど、してるように見せるために、顔を近づけるわよ」

 みつるはがく然とした。それもそれで困る。

「取り憑こうか?」

 エンジェルが心配した。

「やだ! どっちもやだあ!」

 みつるはへなへなと座り込んだ。

「ふむふむ。キスシーンなんてあるんや! どえらい凝った劇やなあ」  

 よしきが持っている台本を覗いて感心するイルル。実際にはしてるように見せるだけなのに、ほんとにすると思ってしまったのだ。

「ほなら、キスするだけの勇気を魔法でかけてやらんと!」

 ついに、その時が来た。みつるが王子様として白雪姫になったあかねにキスをするシーンが。

「じゃあラストスパート、いきまーす!」

 よしきの合図で、練習が始まった。

「し、白雪姫。そなたはう、美しい……」

 照れながらセリフを言うみつる。クラスの人たちはクスクス笑った。

(くそー! 笑いたきゃ笑いやがれ!)

 クラスの人たちをにらむみつる。

 そしていよいよ、キスシーンがやってきた。

 みつるは息を飲んだ。実際にはしなくても、こうあかねに近づくと、ほんとにするようでドキドキする。クラスの人たちもドキドキして、ざわざわしていた。

「お前らだまってろ! 気が散る!」

 みつるがクラスのみんなをだまらせた。

 息を飲み、緊張で震えながら、あかねに顔を近づけていった。

(どうしよう……。私までドキドキしてきちゃった。みつる君も、きっと胸が張り裂けそうな思い……だよね?)

 あかねは薄目を開けて、みつるの様子を伺っていた。

「みつるはん、いくで! チンカラホーイ!」

 イルルが魔法をかけた。

「んーっ!」

 みつるは足をすべらし、本当にあかねのくちびるにキスしてしまった。クラスは騒然とした。

「まずい! みつる君がみつる君でいられなくなっちゃう!」

 エンジェルが飛んだ。

「どけ! あたいの出番だ!」

「いや!」

 エンジェルをどけて、デビルがみつるへと向かって飛んだ。そして、みつるに取り憑いた。

「うへへ! かわいいかわいいお姫様。今度はおちょぼ口とチューしましょ? ブチュ〜!」

 おちょぼ口になって、キスを迫ってきた。

「い、いや〜!」 

 あかねが叫んだ。

「あかん!」

 イルルが魔法をかけた。デビルが出てきた。みつるは元に戻った。

 静かになる体育館。

「もう一回、する?」

 あかねがかわいく首を傾げた。みつるは、

「もうやるかー!!」

 叫んだ。

 

 夜。家に帰って、イルルはみつるに土下座をさせられていた。

「明日の朝までずっとそうしてろ」

「いやそれは腰が疲れますねん」

「お前は僕になにをした! また一組で僕は変なイメージを付けられてしまったじゃないか! この責任、どう取ってくれるんだよ!」

「う、うちはただ、あんたに心を開いてほしくて……」

「そんなの必要ない! 僕は僕だぞ!」

 予習で使う教科書をバンと強く机に置いて、勉強を始めた。

「ほらね。こいつを変えるのはむずかしいでしょ?」 

 デビルが言った。

「人っちゅうのは、そう簡単に変えられるものやちゃうんやね」

「まあ、そういうことね」

 エンジェルがうなずいた。

「でもみつる君よかったね。初めて女の子とキスできてさ。こんなこと、イルルがいなかったら、絶対できなかったよ?」

「せやな! 魔法使いに感謝やで!」

「調子いいんだから」

 おちゃらけている三人にみつるは。

「うるさーい!!」

 怒鳴ってやった。怒鳴り声は、空を越え宇宙の彼方まで響いたのだった。

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