9.天使と悪魔とお姫様

第9話

朝、一年一組の教室で、担任から発表があった。

「今日から我がクラスに、転校生がやってきます」

 生徒たちは歓声を上げた。みつるはほおづえをしていた。

「なんとですね。お姫様なんだそうです。みなさん、仲良くしてあげてくださいね」

「お姫様〜?」

 生徒たちは、首を傾げた。

 すると突然、教卓の前にレッドカーペットが敷かれた。そして、トランペットが奏でられた。

 生徒たちは、扉に注目した。そこに、おとぎ話に出てきそうな、ドレスを着た、お姫様が入ってきた。

 教卓の前に来ると、お姫様はくるっとみんなの前に向いた。

「ごきげんよう。わたくし、先週アメリカから帰ってきましたの。ヨハネと申します」

 お姫様がやるお辞儀、カーテシー(スカートの両端を持ちながら、背筋を伸ばしたまま片膝を曲げて行うお辞儀)をした。生徒たちは呆然とした。

「というわけなので、みなさん仲良くしてくださいね」

 平然とした口調で伝える担任だった。

「ウソでしょ……」 

 あかねも放心状態だった。みつるは、相変わらず無表情だが、

(なんでこんなところにあんなやつ連れてくるんだよ?)

 と、思っていた。

「じゃあ、席は空いてるから、みつる君の隣ね」

「え?」

 みつるは目を丸くした。

「以後、お見知りおきを……」

 みつるの前でカーテシーをするヨハネ。そのあとすぐ席に着いた。みつるは当惑した。


 休み時間。誰一人として、ヨハネに話しかけようとする人はいなかった。どんな話をすればいいのか、気を遣っているのだ。

「あかね、話しかけてやりなよ」

「はあ!?」

 仲良しの女子に言われるあかね。

「あんた結構社交性あるしさ」

「そ、そういうみんなだって! 私だけかかわってたら、いじめてるみたいでしょ?」

 と言って、あかねは口を押さえた。

(いじめてるなんて、思ってなくても言ったらダメでしょ!)

 びくびくしたが、幸い、ヨハネには聞こえていなかったようだ。

 ヨハネは、隣の席で本ばかり読んでいるみつるのことをじっと見ていた。

「……」

 みつるはじっと見られていて、気になっていた。

「あの……」

 声をかけた。しかし、ヨハネは見つめてくるままだ。

「なに見てきてんだよ?」

 小声で注意した。

「別に。ただあなただけクラスで唯一静かにしてらっしゃるなと思っただけですわよ?」

「あっそ。じゃあこっち見てこないでくれる?」

「あらあら。あなたわたくしがどなたと心得て?」

 その問いをみつるは無視して、読書に専念。

「わたくしはお姫様ですわよ? あまり失礼がすぎるとまずいとか考えないわけ?」

「そんなことよりも、僕は自分の時間を邪魔されるほうが、いやだね」

 本を読みながら言い返した。

「まあ!」

 ヨハネは両手で口を覆った。

「なんか、まずくない? みつるのやつ……」

 遠くで見ていた女子たちが、そわそわしていた。

「うん……」

 あかねは、みつるをじっと見つめながらうなずいた。

 さて、エンジェルとデビルは、堂々と教室のロッカーの上に座っていた。どうせあかねとみつる、よしき以外には見えていないのだから、教室を自由に出入りしていた。

「デビル。みつる君、エンジェルたちがいるせいで本来の自分を出せずにいるのでは?」

「はあ? あたいらがみつるの心の中の天使と悪魔なのに?」

「だってさ、自分とあかねちゃんよしき君しか見えてなくても、こう堂々と教室にいられちゃ、気まずくないかな?」

「しかたないでしょ。今あたいらが家にいたら、みつるは喜怒哀楽の感情を失ったも同然。となれば、改善のしようがないでしょ?"圏内"にいなくちゃいけないのよ」

「そうかあ……」

「転校生が来たのよ。しかもお姫様じゃない。なんかいい感じよ?」

 デビルの言うとおり、みつるの隣に転校生が来たことは、ある意味転機かもしれない。しかし、お互いどのように付き合っていくかが問題だ。

「デビルの言うことも最もだけど、このままみつる君が無愛想なままだったら、お姫様はあきて別の子と仲良くするかもしれないし、うまくいけば、みつる君と仲良く……なる?」


 放課後になって、下校という時も、ヨハネはみつるについてきた。ずーっとついてきた。みつるは早歩きをした。ヨハネも早歩きをした。今度は走った。みつると同じく、ヨハネも走る。

「ぐぬぬぬ!!」

 みつるとヨハネは、踏ん張って走った。

「はあはあ……」

 疲れた。

「な、なんでついてくるんだよ!」

 息を切らしながら怒るみつる。

「あなたのことが気になりますの」

 息を切らしながら答えるヨハネ。

「あなた、一組の中ではひと際違う雰囲気が漂っていますわ」

「はあ?」

「わたくしね、アメリカにいた頃もスクールでは敬遠されていましたの。日本に戻っても同じだった……。でもあなたはわたくしが隣でも、平然としていらっしゃる」

「だからどうした!」

 ムッとするみつる。

「僕は家に帰って宿題と予習と復習をしなくちゃいけないんだ。無駄足を踏ませやがって!」

 去ろうとした。

「ますます気に入りましたわ! あなた、わたくしと付き合ってくださいまし!」

 みつるは立ち止まった。そして振り向いた。

「あなたはわたくしと仲良くできそうですわ。そして、それ以上の仲になれそう……。みつるさん、これからわたくしの、王子様ですわよ?」

 ウインクして、走り去っていった。みつるは呆然とした。

「あわわ……」

 驚がくしているエンジェル。

「お姫様は気まぐれねえ」

 呆れているデビル。

「いやお前ら感心してる場合かよ!」

 二人に指をさし、ツッコむみつる。


 そして翌日から、みつるはヨハネにベタベタされるようになった。腕を組まれ、キスをねだられ、手を握られた。生徒たちは、目を丸くしていた。一体どうやってお姫様を落としたのか……。

「はい、あーん♡」

 給食のチキンをあーんさせてくるヨハネ。食べることを拒むみつる。

「王子様♡あーん!」

「み、みんな見てるだろ!」

 照れた。

「照れちゃって。かわいい〜」

 ニヤニヤしているデビル。微笑んでいるエンジェル。

(お前ら! あとで覚えてろよ〜!)

 みつるはエンジェルとデビルに怒りの表情を見せた。

「デビルの言うとおりかも。そのうち、みつる君は気持ちを素直に出すようになって、エンジェルたちもみつる君の心の中に戻れる日が来るかもね」

「ほーらね。あたいの言うとおりでしょ?」

 みつるとヨハネのラブラブな姿をみんなが歓迎している中、あかねだけは、くちびるを噛みしめて、楽しくなさそうにしていた。


「はあ……」

 あかねは、中庭に来ていた。

「なーにため息ついてんのよ?」

 デビルが来た。

「決まってるでしょ? みつる君、私のこと差し置いてヨハネちゃんばーっかり相手するんだもん!」

「あっはっは! ヨハネがね、みつるのこと気に入って、王子様になってくれって、自ら懇願こんがんしたのよ」

「ヨ、ヨハネちゃんから告白したの!?」

「そうよ」

「ま、まあみつる君からなんてことはないかあ。だとしたらみつる君の理想のタイプが伺えるし……」

「あたいなら、二人の仲を引き裂くことだって造作もないことだけどね」

 しれっとつぶやいた。

「お願い!」

 思わず言ってしまった。

「ま、待って! やっぱやめとく。デビルに頼むと、なんかややこしくなりそうだしさ」

 あわてて断るが、

「オッケー! じゃあさっそく、二つ作戦を用意してあるんだけど、どっちがいい?」

「えーもう決定!?」

 拍子抜けてコケてしまった。

「まずあたいがあかねに取り憑くか、みつるに取り憑くかなんだけど」

「あ、いやいいよいいよ! 私別にデビルに頼んでは……」

「このままみつるがヨハネと一線越えてもいいの? んん?」

 にらんできた。断ろうにも断れない雰囲気になってきた。


 お昼休み。

「みなさーん! 聞いておくんなし!」

 ヨハネの高らかな声に、顔を向ける一組のみんな。

「わたくしたち、付き合ってますのー!」

 みつるの腕を組んだ。

「今から、キスしまーす!」

 一組のみんなは、ぽかんとして、歓声を上げた。

「するわけないだろ!」

「さあ、みつるさん。わたくしと甘い口づけを……」

 ヨハネがくちびるを近づけてくる。みつるはドキドキした。

 ドキドキドキドキ。胸の鼓動が鳴り止まない。その時だった。

 みつるの中に、デビルが取り憑いた。

「あかね様〜!」

 席を離れて、あかねの元へかけるみつる(デビル)。

「え?」

 ヨハネはぽかんとした。

「あかね様〜。さあ僕のおしりを思いっきりお叩きください!」

 おしりを突き出した。

「こ、このブタ野郎! 他の女の子とつるんで……。ムチでペチンペチンしておしおきしてやるんだから!」

 無理にいじわるをするあかね。おしりを突き出しているみつる(デビル)をムチで叩いた。

「ああん♡ああーん♡」

 一組のみんなは、唖然とした。

「デ、デビル……。さすがにみつる君とあかねちゃんにそれは……」

 エンジェルも引いた。

「な、なんですのあなた! みつるさんとそんな関係だったんですの?」

 ヨハネが指をさしてきた。

「む、無論よ! 私のほうがみつる君のこと、先に大好きだったんだから!」

「ふーん。それでSMプレイなんてする仲ですの。公衆の面前で……」

 ニヤつくヨハネ。

「あ、あんたがみつる君にベタベタするからでしょっ?」

「わたくしは約束しましたの! みつるさんはわたくしの王子様になってくれるって」

「私なんて告白……はちゃんとしてないけど、後ろから抱きしめてもらったもん!」

「わたくしなんてあーんしましたのよ!」

「まだ食べさせてないくせに!」

「腕組んで手つないで歩きましたあ!」

「後ろからハグされたもーん!」

 あかねとヨハネはお互い顔面から電流を放ち、にらんだ。

「あかね様〜。おしり叩いて〜」

 おしりをフリフリするみつる(デビル)。

「デビル。さすがにそれはまずいよ公衆の面前で!」

 エンジェルが注意した。

「うるさいわねエンジェル。あかねがヨハネからみつるを離してほしいって言うから作戦立てたんでしょ?」

「だったらもっと違う方法でやってよ!」

 怒った。

「じゃあやってあげるわよ」  

 と言って、デビルはみつるから離れた。そして、あかねに取り憑いた。

「ちょっ! あかねちゃんに取り憑いたらまた気絶しちゃう!」

 エンジェルが警告したのも遅かった。

「みつる〜♡おしり叩いて〜♡」

 あかね(デビル)がおしりをフリフリした。

「同じじゃん!」

 エンジェルがツッコんだ。

「んまーっ! 二人してSMプレイなんかしてる仲ですのね? だったらわたくしがその性根を叩き直してみせますわ!」

 ヨハネはトンカチを用意した。

「おりゃー!!」

 あかねのおしりを思いっきり叩いた。勢いでデビルが出てきた。

「いってえ……」

 放心状態になるあかね。

「痛いじゃないのよ!」

 怒るあかね。

「あーら! 性根を叩き直してやったまでのことですわあ」

 ほくそ笑むヨハネ。

「この姫もどき! ほんとは貧乏人のくせに!」

 あかねはムチで、ヨハネを叩いた。

「ああん! 痛いじゃありませんの! ほんとにお金持ちですわよ? このほんとに貧乏人! 下着も服も変えてないくせに!」

 トンカチを振り下ろしてきた。それをムチでガードしたあかね。

「ぐぬぬぬ……」

 それぞれ武器をぶつけながらにらんだ。

「あれ? あかねちゃん気絶してない……」

 唖然とするエンジェル。

「まあまあ。トンカチとムチはあぶないよ」

 よしきが制した。

「ここは一つ、校庭で中学生らしい勝負をしましょ?」

 ウインク一つ。あかねとヨハネは首を傾げた。


 一組の生徒たちが校庭に集まった。

「さあ始まりました! みつる君をかけた、愛の勝負! 第一回、愛のサッカー大会が!司会はあたし、よしきと!」

 みつるを手で添えた。

「いや、なんで僕が!」

「てことでみつる君。この勝負、どっちが勝つと思う?」

「知らないよ!」

「てこで、勝負のルールを説明します! 一対一の対決ですが、普通のサッカーと同じ、ゴールに入れたほうが勝ちです。制限時間は十分。がんばってくださいねえ」

 にらみ合うあかねとヨハネ。互いの間には、サッカーボール。そして、砂ぼこりが舞う。

「よーい!」

 よしきがホイッスルを鳴らそうとした時だった。

 プ〜。

「ごめん。おならしちゃった」

 おならした。一組のみんなが拍子抜けてコケた。

「気を取り直して、よーい!」

 ホイッスルの音が響いた。

 まず、あかねがボールを蹴った。運動神経があるので、速い。ゴールを目指し、一直線。

「ふふっ。甘いですわね」

 懐からリモコンを取り出した。

「へ?」

 あかねの目の前に、地面から無数の手だけが生えたメカが登場した。

「あははは! くすぐったいよ〜!」

 メカがくすぐってきた。

「おほほほ! こんな時のために、用意していてよかったですわ」

 ボールを蹴って、ゴールへと向かった。

「なんで用意してたんだろ?」

 エンジェルも一組のみんなも唖然としていた。

「もうすぐゴールですわ! これをこのまま蹴ればいいんですのよね? てい!」

 ゴールめがけてボールを蹴った。見事命中。

「はいあかねちゃんの勝ちー!」

「ええ!? なんでですの!」

 よしきの一声にがく然とするヨハネ。

「自分のゴールに入れたからさ。あかねちゃんがいるところにシュートしないと」

 口をぽっかり開けたまま放心するヨハネ。

「バカね! お姫様はサッカーのルールも知らないのかしら?」

 あかねがボールを蹴り始めた。

「ちょっ! メカはっ?」

 メカを見た。全部なぎ倒されていた。

「行っけえええ!!」

 あかねは、ゴールめがけてボールを蹴った。見事命中。

「あかねちゃん、一ポイント!」

 あかねに点が入った。

「くう〜っ! 悔しいですの! でも次は負けませんわよ!」

 ヨハネはニヤリとして、懐からもう一つ、リモコンを出した。

「あと五分! 二回戦スタート!」

 よしきのホイッスルで二回戦スタート。

「ふふっ」

 ヨハネはもう一つのリモコンのスイッチを押した。

「なんで追いかけてこないのかしら?」

 ボールを蹴っているあかね。すると後ろからなにか物音がする。

「ええ!?」

 なんと、追いかけてきたのは、自分と同じ身長の戦車だった。

「ひえーっ!」

 弾丸まで撃ってくる。あかねは、ボールどころではなくなった。

「助けて〜!」

「おっほっほ! あかねのおバカさん。あなたが戦車に追いかけられている間に、ゴールを決めてやりますわ」

 ヨハネはボールを蹴った。

「やりましたわ!」

 見事ゴールに命中。

「はいあかねちゃんの勝ちー!」

 と、よしきは声を上げた。

「だからなんで!!」

 声を張り上げるヨハネ。

「だから、自分のゴールにボール入れちゃダメだって」

「むむむ〜!」

 ほおをふくらませるヨハネ。

「もう頭に来ました! こんなことしてる暇があったら、直接みつるさんに聞くまでよ!」

 ヨハネは、みつるにグンと近づいた。

「みつるさんは正直、わたくしとあかね、どっちが好きなの? はっきりして!」

「え、いや……」

「はっきりなさい!」

「断然私でしょ?」

 戦車なんて踏み倒してきたあかねが、来た。

「いいえわたくしですわよね!」

「私よね!」

 あかねとヨハネはにらみ合って、

「わたくし〜!!」

「私私〜!!」

 怒りに震えるみつる。

「いい加減にしろ〜!!」

 みつるの怒鳴り声が校庭にこだました。

「中学生のくせにドレスなんか着て目立ってるやつなんかといっしょにいたくねえんだよ! バーカ!」

 みつるの一言に、傷つくヨハネ。

「んまーっ! やっぱり庶民っていうのは、野蛮で人が傷つくことを平気で言いますのね! いいわ、わたくしこれからお父様お母様に言いつけて、もっと上品な学校に通えるように相談しますから。今日でこんなところとはおさらばですわよ!」

 プイッとして、

「でも、ここまでやりあったのは、初めてかも。結構楽しかったですわ」

 と言って、どこかに行ってしまった。

「あ、あのみつる君……」

 申しわけが立たない様子のあかね。

「授業が始まるよ」

 と、みつるが一言述べると、予鈴が鳴った。彼は教室へと背を向けた。

「う、うん!」

 あかねは微笑んで、みつるについていった。

 その後、ヨハネは親の都合でまた転校することになった。

「一生に一度きりの出会いだったんだね」

 と、エンジェル。

「かもね」

 と、デビル。

「なんでもいいけどお前ら教室のロッカーに座るのやめろ」

 みつるに怒られた。

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