第3話

お茶を淹れたマグカップを持った浅葱さんを2人掛けのソファに案内する。

彼女がお茶を飲んで落ち着いた頃に、予定の確認で口を開いた。


「明日は何したい?」


「カフェデート、したいな。どこに連れてってくれる?」


浅葱さんがやりたい事を提示して俺が行き先を決める。これは付き合い始めた頃から続くお約束だ。

猫カフェでもブックカフェでもいいがここは…


「バックスコーヒーの新作がチョコレートベースらしいけど」


「行きましょう!」


デートらしいデートを期待する素振りであっさり好物に釣られるのもお約束。

食い気味に目を輝かせて答える彼女が可愛くて、いつも俺は彼女の望むシチュエーションを作ってしまう。


ヘビーショコラーな浅葱さんが、その手のチェーン店の新作をチェックしないはずがない。

そして俺が同じ事をしているのも間違いなく彼女は見抜いている。


上手いこと掌の上で転がされているという自覚はある。けれど、それを俺も楽しんでしまっているのも事実で。

だからこれは一種の駆け引きだ。彼女の気まぐれも思い付きも、受け止めて返せるのは俺だけだから。


「じゃあ、帰った後は映画でも観る?」


「……ホラー?」


途端に表情が強張る浅葱さんの頭をよしよしと宥めて、明日の映画鑑賞権をもぎ取る。


彼女が飽きてしまわないように。その心が離れてしまわないように。期待に応えられるようにベストを尽くすから。

代わりに君の可愛い反応は全部俺だけに見せてくれ。


なんて、少し病みっぽい事を考えながら、金曜の夜は更けていった。




翌日。

いつもよりゆったりとした朝の時間を過ごし、並んで家を出る。

今日は少し肌寒い。お互い薄手のセーターの上に厚めの上着を着ている。


これから向かう「バックスコーヒー」は、主に駅前に店を構えているコーヒースタンドだ。

季節やタイミング毎に様々な味が出てハズレがない事で人気のチェーン店となっている。


今回の新作はチョコレートとマシュマロがメインのスモア系。俺にはちょっと甘すぎるので、常設のチョコレートフレーバーのコーヒーにしよう。


そう決めたところで到着。新作とはいえこんな早くから並ぶ人はおらず、店内は程よく静かだ。

この店には広くないがイートインスペースがあり、浅葱さんには席を取ってもらい俺はレジで手早く注文をする。新作のチョコレートケーキも2つ購入した。


商品を受け取って浅葱さんの元に戻ると、彼女はトレーに乗っているカップを見て問いかけてきた。


「何にしたの?」


「常設のコーヒーだよ」


俺は新作でなければいつも同じ物を注文している。彼女は分かってて訊いているので詳しくは言わない。


「ひと口頂戴?」


「どうぞ」


自分の側にあるカップを浅葱さんの前に移動させる。

彼女は両手で包むように受け取って、香りを確かめると、満足そうに微笑んだ。そしてひと口飲み込むと…


「……にがい」


眉間に縦線が入って一言呟いた。

まぁ、分かりきっていた事なのだが。

毎度変わらない反応に笑いが込み上げてくる。


「フッ…はは…、あくまで風味フレーバーだからね。ほら」


俺は自分のケーキからひと口分掬って浅葱さんの口元に持っていった。彼女は躊躇いなくパクリと食い付いて頬を緩める。


「美味しい」


「良かった」


ここまでのやり取りもまたお約束。

やり切った達成感か、純粋にケーキが美味しいのか、ありがとう、とコーヒーを差し出す浅葱さんは分かりやすく花を飛ばしてご機嫌だ。

両方なら尚良いな。


返ってきたコーヒーに口を付けひと口含む。カカオの香りが広がるが、味はしっかりとコーヒーだ。


元々俺は、そんなに甘いものを食べるタイプではなかった。このコーヒーだって初めは浅葱さんの好みに合わせるつもりで選んだだけだ。

最初のひと口で、あ、失敗した。と思ったけれど。今では別の成果が出たので良しとする。


浅葱さんと関わるようになってチョコレート菓子を口にするようになったが、それを苦に思ったことは全くない。まぁ、甘味に苦手意識があるわけではないので当然なのだが。


カップを両手で抱えて幸せそうな彼女の様子を視界に収めながら、自分もケーキを食べ始める。新作ドリンクが甘めだからかケーキの方は少しビターに作ってあるようだ。俺としてはこの位の甘さが丁度良いな。


「どうしたの?琢君たっくん


見つめ過ぎただろうか。浅葱さんがきょとんとした顔でこちらを見た。


浅葱さんは俺のことを「たっくん」と呼ぶ。名前で呼び合うようになって最初の3回位は普通に「琢磨君」と呼ばれていたが、さりげなく省略されていた。柄じゃないと思うものの、これはこれで親密度が増すような気がするのでこのままが良い。


それはさておき。


「相変わらず美味しそうに飲むなって」


「あげないから」


「そう言わずに。ね、お願い」


「…もーしょうがないな、ひと口だけよ?」


広くない店内。当然テーブルも大きくはない。だから、差し出されたカップをその腕毎引き寄せてひと口貰う。


甘いな。

まず浮かぶのはそんな当たり前の感想。けれどそれ以上に。


「美味しい」


「でしょ?」


下心なく素直にそう言えば、嬉しそうにはにかむ彼女が頷く。

結局はこういうことがしたくて、俺はまたお約束に乗ってしまうのだ。


いつも通りのやり取りをして彼女の可愛い反応を堪能しながら、俺たちは穏やかな午前中を満喫した。

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浅葱さんはお約束がお好き 桜 さな @cherry37

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