ロックオンされました
槇瀬りいこ
第1話
週末の仕事帰り、仲の良い同僚と行きつけのラーメン屋へと立ち寄った。
昔ながらの中華料理店といった感じでオシャレな雰囲気とは程遠い、豪快さが際立っている店内だ。店員の「へいいらっしゃい!」と放つ声と雰囲気が、「おかえり!」と言ってくれているようで、ほっとさせられる。
私と同僚の彼は、センスの良くない赤色のテーブル席に迎え合うようにして座っていた。私の目の前に座るそのイケメンは、間違いなく豪快にラーメンを食べている。
それなのに、なぜだか美しい。
彼だけ貴族みたいに空気感が違うから、この店に似合わないと毎回思ってしまう。そのくせラーメンを啜ってからの咀嚼の回数はたったの6回。そしてゴックン。そんなワイルドなところもギャップに悶えるポイントだ。
ㅤ彼の先祖を遡れば、どこかしらに貴族のDNAが混ざっているのかもしれない。そう思わせられるほどの高嶺の花みたいな存在。
箸を持つ指の長さといったら、なんなの? と疑問を投げかけたくなるし、赤いテーブルの下で組まれた脚はムダに長いから、たまにコツコツと私の膝に当たったりして、ドキッとさせられる。
腕の筋肉も程よくあって、肩のカーブ具合なんて絶妙な角度。それに首の胸鎖乳突筋なんて超セクシー。ラーメンを咀嚼後、ごくりと飲み込む度に上下する喉仏までが魅力的で、思わず拝みたくなるほどだ。
ただのラーメン屋でラーメンを食べてるだけで絵になるんだから、私、一緒にいてもいいのかしらって思ってしまう。
彼の食べてるラーメンだけが、高級ホテルの何かしらのオシャレな麺類に思えてしまうから不思議。
私は目の前の彼に悟られないように、さり気なく見惚れながら、豪快に麺を啜った。
彼の名は小笠原悠人。
もう何年もつるんでいる、私のそばにいることが当たり前になっている同僚だ。この関係は、職場の同僚というだけではなくて、友人レベルなのかもしれない。でも私にとっては、友人という位置付けもしっくりとは来なかった。
悠人とは職場での愚痴や悩みも相談し合うし、プライベートでも言いたいことを言える仲。休日だって一緒に遠出もしたりする。彼からすると私の存在は、同僚で友人で、そばにいて当たり前な存在らしい。
なんなのその曖昧な関係。と不満に思いながらも、この関係が無くなるぐらいならこのままでもいいかなって、長い間そうやって彼の近くにいた。
もしも悠人に彼女でもできた時、この関係も終わるのだと覚悟しながら、本当に言いたい気持ちは伝えられずに今に至る。
ラーメンを食べてる途中で悠人のスマホが音を立てた。これはLINEの着信音だ。とたん私の視線はテーブルの上にある悠人のスマホに釘付けとなった。あの小娘からの着信に違いないと、女の直感が鋭く光る。
気づけば私は、ラーメン片手に画面を凝視している悠人からスマホを奪い取り、大胆にも盗み見をしていた。
やはり、あの小娘からの愛の告白だった。
「あらあらあらあらLINEで告白なのか~。そんな特級レベルの胸の内を伝えるのにLINEを使うのか~。メチャメチャかっる~い! 綿毛なの? ってなぐらいに軽すぎるわ~。あらあらあらあら随分とお手軽な世の中になったものよね~!!」
嫌味を言いながら、悠人の前のテーブルに静かにスマホを返す。
しばらく悠人は唖然としたような顔で、「あらあらあらあら……」と呟き続ける私を見ていたが、スマホを盗み見た私に怒ることもなくニンマリと笑みを浮かべた。
「奈美がそんなドヤラシイ女がするようなことをするとは意外だったよ」
「よかったわね。若くてかわいい子からそんなふうに思われてて。仕方ないからあなたの武勇伝でも聞いてあげましょうか。なんなら踊ってみなさいよ。ほら今すぐそこでどうぞ!」
なぜだかこの口はベラベラと憎まれ口を叩いた。多分今の私の血圧は急上昇してると思う。変なテンションになってきて、踊れコールと手拍子まで出てくる始末……。
私は、私の中の嫉妬というドロドロとしたものに吐き気を感じた。
なりたくない自分へと、どんどんと染まっていく……。
「違ってたら悪いけど、もしかして奈美、妬いてるのか?」
悠人のニヤニヤ顔が余計に腹立たしくさせた。
「そんなことないわよ!!」
と言い放つ私の雰囲気は、そんなことありありに見えてもおかしくないだろう。
悠人は自分のラーメンの器の中にあるチャーシューを箸でつまむと、
「まあまあ落ち着けって。俺のチャーシューやるからさ」
私の塩ラーメンの中へと入れてきた。
その余裕ぶっこいた感じにイライラして、私はテーブルの脇にあったお店オリジナルの激辛唐辛子を手に取った。
「ありがとう! お礼に私はこれをプレゼントするわ!!」
彼の味噌ラーメンに思い切り振りかけてやった。
「なにすんだよ! 俺が辛いもの苦手だって知ってんだろ!? このイタズラはお仕置きレベルだぞ!」
悠人は、「ハンムラビ法典!」と叫びながら、私の塩ラーメンに仕返しの激辛唐辛子を振りかけてきた。互いに「やめろ!」と言い合いながら掴み合って、一時休戦する。
「食べ物は残さず食べなきゃな」
「そうよね。残さず食べなきゃね」
ㅤ私たちは若者がするみたいな悪ノリをやめた。
26にもなるいいオトナが他の客人の迷惑も考えずに騒ぎすぎてしまった事に反省する。私たちは声のトーンを落とした。
「早く食べなさいよ!」
「お前もな!」
互いにビクビクとしながら激辛になったラーメンを食べてみた。
「辛っ!! こりゃあバナナで口直ししないと舌がやられるぞ!」
「なんでバナナなのよ! それを言うなら牛乳でしょうよ!?」
そんなことを言いながら騒いでいるうち、また彼のスマホが音を立てた。悠人はスマホ画面を見るなり嘘のように真顔になった。慌てて激辛のラーメンを完食させる。
「かっら…!! バナナ買わなきゃな?」
そう呟いて、グラスの水を勢い良く飲み干した。
「なんでそんな急ぐのよ? 唇真っ赤よ?」
「…ごめん。ちょっと用ができたから先行くな?」
またな。と言って、悠人は私を一人残し、ラーメン屋を出ていってしまった。
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