第2話

ㅤLINEで告白って何?

ㅤ信じられない。

ㅤ私が長年言えずにいた告白を、そんな簡単にLINEで済ませるだなんて、そんなのアリなの?


 新入社員の小娘は、最近彼氏と別れたらしく、悠人にターゲットを絞っていたようだ。

 女子社員からの憧れの的である悠人は、求愛される事に慣れているとは言っても、あんなにも若くて可愛いすぎる女の子に肉食的に言い寄ってこられたら、そりゃあさぞかし気分が良いだろう。たまに自慢するように話してくる彼を見ると、どついてやりたくなる。そういう自慢話は聞くとイライラしてしまうから、颯爽とその場を離れることにしていた。でも今日は、悠人の方から呆気なく去っていった。

 

 若くて可愛い女子社員にロックオンされた悠人は、とても優しかった。小娘からの食事の誘い、飲みの誘い、そこからのわざとらしい相談事。アホかと思うほどに真剣に乗ってあげているのを知っている。


 バカがつくほどのお人好しなのだ。


 悠人は誰にでも優しい。

 だから私にも、同じようにそうなんだ。

 もしかすると、彼女に対しては特別なのかもしれない。特別だから、今のLINEでそそくさと激辛ラーメンを完食させ、私を残して去っていったんだ。


 これから愛の告白に対してサシで会ってOKして、今夜から交際スタートと言った流れになるんだろう。という事は、私が日々無くしたくないと大切にしてきた、この曖昧な関係も終わりを迎える事になる。肉食系のあの女のことだから、たぶん、今夜はきっと……。


「あーっ!! なんて破廉恥な!!」


ㅤ私は人目も憚らず髪の毛をぐちゃぐちゃに掻き乱し叫んだ。酒なんて飲んでないのにこれじゃあ酔っ払い扱いにされても仕方ない。人からどう思われようがどうでもいい。笑ってくれこの私を!!


ㅤイライラした。

ㅤこのドロドロとした黒くて重い闇にのまれてしまいそう。こんな負の感情には、もっと強烈な刺激を与えて薄れさせてしまえばいい。だから私は、激辛になったラーメンをダイソンの掃除機のように激しくすすった。


 辛すぎて派手にムセて泣けてきた。

 汚らしく鼻水までが出てくる始末。

 他のお客の視線なんてどうでもいいし、見たけりゃ勝手に見て笑えばいい。

ㅤ私はバナナになりたいと思った。

ㅤなんの感情も持たない、彼の大好物のバナナに。



 それから悶々とした休日を送った。

ㅤスマホをoffにして、アパートからは一歩も外には出なかった。

ㅤ夜中になって、さすがに息苦しくて掃き出しの窓を開け放った。外から入り込む風は意外に涼しく、冷房を付けて寝るよりも心地良く感じられた。

ㅤベッドに横になると、知らぬ間に眠りの世界へと落ちていった……。

 


 雨の音がする。

 夢と現実の狭間に聞こえるどしゃ降りの雨音。耳に心地が良い。夜中なのか早朝なのか、よく分からない時の中、目を開けられずに耳だけが雨を感じている。開け放たれた窓からは、強くて冷たい風が吹き込んできた。


 その冷たい風から逃げたくて、起き上がって窓を閉めたいと思うけど身体がビクとも動かない。疲れたときに起きる金縛り現象だ。

ㅤ風に晒された身体はどんどんと冷たくなっていく……。

ㅤこのままじゃ凍死するかも、起きなきゃ……。

ㅤこんなにも冷たくなっていく身体にいつまでもいられるものかと、強引に起き上がってみた。


「……え!?」


 そうしたら、動かない身体はそのままに、中身がバナナの実のようにずるむけた感じで離れてしまったのだ。


ㅤこれが世にいう幽体離脱っていうの!?


ㅤバナナで例えると、皮の部分が私の身体で、実の部分が透明人間の私。その空っぽになった皮がベッドに横たわって眠っている状態だ。

ㅤ夢なの? ......まあいいか。

ㅤ私はずるむけついでに自分の身体から離れてベッドから立ち上がった。

 

 私って、こんなにもオモシロイ顔をして寝ているんだと、そんな悲しい現実を突き付けられた。

 我ながら私の寝顔って特級レベルのアホ面だったから、ひどく絶望した。


『奈美っておもろい顔して寝るんだな?』


 いつだったか悠人にそう言われたことがある。

 私の誕生日に、料理好きの悠人が私のアパートへと来て手作り料理を作ってくれた時のことだ。


 一緒にお酒を飲んで、飲みすぎた私は酔いつぶれて朝まで眠ってしまった。

 翌朝しじみの味噌汁を作って差し出してきた悠人は、思い出し笑いをしながら言ったのだ。


『奈美の寝顔は千年の恋も覚めるほどの変顔だな。起きてる時はすっげー美人なのになんでだよ? 俺、腹がよじれるぐらい笑わせてもらったぜ?』


 とてもショックだったけど、私には開き直るしか道がなかった。


 悠人は世でいうイケメンだ。

ㅤそれは誰しもが高確率で認定するほどのレベルのもの。彼の寝顔はいつでもどの角度から見ても文句の付けようがない。そんな無防備な時ですら完璧なのだ。


『わるかったわね。でも寝ているんだから記憶がないの。仕方ないじゃない』


『うん。そうだよな。でもさ、もしもこの先、奈美とキミのファンとでお泊まりデートだとかさ、そんな事態が起きた時、相手方はすごく驚くだろうから気をつけた方がいい。絶対にあんな変顔は見せない方がいいし、そんな事態は避けるべきだ。奈美の寝顔は、俺ぐらいの心の広い人間しか受け入れられないと思うぜ?』

 

 悠人はケラケラと笑ってそんな失礼な事を言った。

 そんな豪快な笑い声を発しながらも、悠人は完璧な美しさを保ったままだった。美しく生え揃った歯までもが完璧な白さで光っている。なんなんだコイツの美貌は……と不愉快になった。私はそんな悠人にグーパンとケリを入れたのだった。



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