おっさん剣聖の異世界仕事~剣の道に生きた男の生き様、いざ……いや、このモンスターたち弱すぎね?~

虎視眈たん

おっさん剣聖の異世界お仕事

 魔竜から村を守る仕事を退任する日がやってきた。

 思えば、30年。物心ついたころから剣を握り、巣窟そうくつの入口に立ち続けてきた。一歩たりとも魔竜を侵入させてはいけない。俺がければ、世界が滅びる。そんなギリギリの戦いを、30年。よくもまあ、生きながらえたもんだ。


 旅支度たびじたくを整えた俺は、村の出口へ向かう。

 別れを惜しむ村人たちが、見送りにきてくれていた。


「クロード、本当に、行ってしまうのかね」


 真ん中に立つ村長が俺にきく。


「ああ、なにせこの村で生まれてからずっと魔竜の相手ばかりしてきたもんでね。ちょっくら外の世界ってもんを見てみようと思ってさ」

「お前が魔竜の巣窟に立っていないと思うと、不安でならないな」

「大丈夫さ、後輩たちも優秀な剣士に育ってる。一歩たりとも魔竜の侵入を許したりしないはずだ」

「そう期待してるよ。達者でな、クロード。いつでも帰ってこい」

「ありがとう、村長。今までありがとう、みんな」


 俺は村人たちに手を振り、村を出た。険しい山のてっぺんに位置する正真正銘に山奥の村だ。下山するのも一苦労だ。俺は歩くというよりは飛び降りるようにして、急斜面を去っていった。




 歩き続けて、一番近くの街に着いたのは、翌日になった。

 大きな街だ。だが、行き交う人々の表情が気になった。ずいぶん、暗い。みんな目をきょろきょろさせて、何かにおびえているかのように見えた。


 俺はパンをひとつ買うついでに、売り子のおばさんにきいてみた。


「何かあるのかい、この街は」


 おばさんはおどろいた顔をして、小銭を落とした。


「何かって……あんた、知らないのかい。こないだの事件を」

「あいにく、ちょっと前まで山の上で暮らしてたもんでね」

「山の上……何もこんなときに、降りてこなくってもいいのにねぇ。あんたも運が悪い」

「何があったんだ。よかったら、話してくれよ」


 口が重そうなおばさんに、俺は数枚の硬貨こうかを握らせた。

 すると、おばさんはわざとらしくあたりを見渡して、口元に手をあてて囁いた。


「モンスターだよ」

「モンスター? 化け物か」

「そうさ、特大のね。それ大量に街になだれ込んできて……北のほうに行ってごらん。瓦礫がれきだらけの丸焦げだからさ。またいつアイツらが来るのか、わかったもんじゃない。今じゃみんな、その事件を口にするのも恐れてるのさ。言っちまったら、現実になりそうだからね」


 迷信めいた考えだ。

 別に名を呼ぼうが、悪口を叫ぼうが、やつらが現れるかどうかに関係あるはずがない。

 数十年間、魔竜を封じ続けてきた俺には、よくわかる。


「そいつら、俺が倒してやろうか」

「は? 倒す? アンタがかい」


 おばさんは内緒話も忘れて、でかい声でげらげら笑った。


「倒す? モンスターを? アンタ、そんなくたびれた格好でかい? およしよ、冗談は。国の討伐隊とうばつたいが何十人よってたかっても全滅しちまうくらい、獰猛どうもう野蛮やばんで強いんだよ、アイツらは。さあさ、仕事のじゃまだ。用がないなら、もう行きな」


 最後まで冗談と決めつけて、おばさんは俺をしっしっと払い除けた。

 国の討伐隊とうばつたいが何十人よってたかっても傷ひとついかない。そんなことがあるだろうか。

 俺は不思議に思いながらも、パンを頬張ほおばりながらその店を後にした。



「お花、いりませんか?」


 裏路地うらろじに入ったところで、足元から声がかかった。

 赤い頭巾ずきんを被った、小さな女の子だった。まだ10歳にもならない頃だろうか。

 その細い腕に、カゴを抱えている。中にはどう見ても雑草の類にしか見えない薄色うすいろの花がしおれていた。


「いくらだい」


 俺はかがんで、少女に話しかける。


「2ゴールドです」

「10本くれ」


 俺は金貨を2枚、小さな手に握らせて、しおれた雑草の束を受け取った。


「えっ、こんなに」

「おじさんは、花が好きなんだ。特にこういう、素朴そぼくな花がね」


 素朴そぼく、の意味がわからないようで、少女は首を傾げる。しかしすぐ、ぱっと笑顔になった。


「ありがとう、おじさ――」


敵襲てきしゅうだーーーーっ!! モンスターが来たぞーーーーーっ!!」

「逃げろ、逃げろおおーーーーーっ」

「オークだ、ゴブリンだ、トロールだああああああ」

「家の中はダメだ! 燃やされるぞ、壊されるぞ」


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」

「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ」

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」


 少女が礼を告げる一瞬の間に、地獄じごくは訪れた。

 裏路地うらろじの向こうから色とりどりの断末魔だんまつまが聞こえる。焦げ臭い匂いがする。

 破壊音はかいおん隙間すきまに、けもの臭いうめき声が混じっていた。


「どうしよう、モンスター……お父さんが病気で寝てるのに!」


 少女はひとり言を叫ぶと、俺の足元をすり抜けて走り出した。

 止めようと手を伸ばすが、間に合わない。

 彼女が裏路地うらろじを抜けようとした、その瞬間。


 異形いぎょうの姿……オークのみにく形相ぎょうそうが、その道をふさいだ。


「げふっ、ぐふっ、ぐぐっ」

「いやああああっ!?」


 奇妙きみょうなうめき声と共に鈍器どんきを振り上げるオーク。

 その凶悪きょうあくな腕が、勢いよく少女へと振り下ろされる、瞬間しゅんかんに――


 ――俺は愛剣を抜き払った。


 風となって少女とオークを追い越す。


 一閃いっせん


 オークの腕は軌道きどうを変えて切り払われ、明後日の方向へ飛んでいく。


「ぐぎゃわ、ぎゃわぎゃわっ!?」


 声にならぬ声で叫ぶオーク。

 その口を、頭の裏側から切っ先でつらぬく。

 断末魔だんまつまとともにオークの体から命がうばわれる。


「げふっ、ぐふっ、ぐぐっ」

「ぐぎゃわ、ぎゃわぎゃわっ」

「げふっ、ぐふっ、ぐぐっ」

「ぐぎゃわ、ぎゃわぎゃわっ」

「げふっ、ぐふっ、ぐぐっ」

「ぐぎゃわ、ぎゃわぎゃわっ」


 仲間の奇声きせいを聞きつけたモンスターたちが、うじゃうじゃと集まりはじめた。

 四方八方を異形いぎょうの軍団に取り囲まれる。


 俺はおびえて固まる少女をマントの内側に隠して、愛剣を構えた。


「来いよ、下界の化け物ども。魔竜とやりあった剣の腕、見せてやろうじゃねえか」





 その頃、クロードが去った山の上の村で。


「ねえ、兄ちゃん。クロード、下界に行って大丈夫かな」

「大丈夫って何がさ」

怪我けがとかしてないかな」

「クロードが、かよ。んなわけねーだろ。魔竜の巣窟そうくつをひとりで狩り尽くした最強の剣聖だぞ、あいつは」

「でもさぁ、クロード、バカじゃん」

「ん」

「魔竜なんてとっくに狩り尽くして、村から脅威がなくなってから何年経っても、ずーっと巣窟の入口に立ち続けてたじゃん」

「バカっていうか、まあ、その」

「バトルジャンキーじゃん」

「ん、まあ、その」

怪我けがとかしてないかなぁ」

怪我けがはしねえだろうけど、まあ、その」


「下界のモンスター、狩り尽くしちゃったりは、するかもな」




 <END>

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