もしかしてラッキースケベ!?

 二人の男女は固まっていた。傍から見たら、女の子の着替え中に男の子が部屋に入ってくるという状況になっていたからである。普通の男女なら気まずいなんてものではないからだ。

しかし、止まった時間は一瞬で動き出す。


「おい圭吾、なんで俺には断りもせず部屋に入ってくんだよ!」


カナタは下着姿を隠さずにプンプンと怒っていた。


「ご、ごめんなさい、すぐ出ますから!」


圭吾と言われた男の子は、はっとした顔をしてカナタの体から目をそらしてすぐにドアを閉めようとする。


「え、別に閉めることはないのに・・・」

「いや、閉めます!見てないです!ごめんなさい!!」

「何そんなに謝ってんだよって、おい圭吾!?」


圭吾と呼ばれた男の子はすぐに部屋のドアを閉めた。

何焦ってんだ?とカナタは一瞬疑問に思って、自分の体を確認してみた。

鏡に映っているのは幼い体だが女の子の下着姿である。それを見て、カナタはああ、なるほどなと察した。


「すまんすまん、すぐに着替えるからちょっと待ってくれ」

「す、すいません!勝手に開けて!ていうか君は誰ですか!?カナタの妹さんか何かですか!?」


 部屋の外からすごく焦った声で謝ってくる。


「あー、それは後で説明するから、とりあえず、家の外で待っててくれね?すぐ飯食って行くから」

「は、はい。外で待ってます・・・」


 ドタドタと足音が去っていく。

ようやくこれで着替えられる。カナタは爆速で登校準備をした。






「はあ、にわかには信じがたいな」


 カナタの隣で学校に向かって歩きながら、カナタの親友である茂木圭吾は難しい顔をして言った。


「そんな病気聞いたことないぞ」

「俺も今回なって初めて知ったんだって」

「まじで意味わからん」

「なー、分からんよなー」


 春の暖かな木漏れ日を浴びながら、二人の男女はいつも通り、のほほんとした会話をする。


 茂木圭吾はカナタの小学校からの親友だ。中学も一緒だったし、高校も一緒になった。彼は友達をあまり作りたがらないカナタにとって貴重な友人である。

 小中高通じて柔道をしており、体格もがっちりしている。


「それがこんなに可愛い女の子になっちまって」

「ははは、もしかして惚れたか?」

「ば、ばか!そんなんじゃねえし!」


 しかし、圭吾は異性にあまり耐性がなく、すぐこうやってうろたえてしまうのだ。

カナタはそれが面白くて、笑いながら手に下げた学生カバンを肩にかける。


「てかさー、なんで勝手に部屋に入ってきてんのさ。いっつも玄関で待ってたろ?」

「いや、美琴さんにさ、まだカナタ寝てるかも知んないから起こしてきてくれって、ニヤニヤしながら言われてさ」


 なるほど、なんで勝手に入ってきたのかと思ったがそれは美琴の差し金だったのか、とカナタは理解した。あのクソ姉、とカナタは心のなかで毒づく。あいつのことだから、圭吾がこうやって困ることを知って言ったのであろう。

 カナタは今夜ささやかな復讐のために、姉がいつも楽しみにしてる漫画のネタバレをしてやることを誓った。


「まさか、お前が着替え中だって知らなくて」


 ボソボソと圭吾は恥ずかしそうに言った。

今、圭吾の頭の中はカナタの下着姿いっぱいだろう。

しかし、当の本人は圭吾の様子を見て、変なやつだなとしか思わなかった。


「別にいいよ、お前に見られたって」

「いやいや、無理無理!流石に気にするわ!」


 二人は呑気に会話をしながら歩く。

少しずつ二人と同じ制服姿の人たちが、学校に向かって歩いていく姿が増え始めた。

月曜日とはいえ、陽気のせいか皆の表情は心なしか穏やかだ。

周りの様子を見ながらのどかだなあとカナタは思っていると、ふと違和感に気づく。


「なんか俺たち見られてね?」

 

 いつもより周りの人がこちらに視線を向けていることに気がついた。

なんでだろう、とカナタは不思議に思った。


「気のせいかな?」

「い、いや、気のせいじゃないと思う」


 圭吾はカナタから目を逸らした。これは原因を知っているやつだ、とカナタは思った。


「おい、なんで目を逸らすんだよ」

「別に逸らしてないし・・・」

「嘘つくな、お前のことはよく知ってんだ!」


ずいっと圭吾との距離を詰める。

カナタは無意識に踵を上げ、圭吾の顔を見上げながらじーっと見つめる。


「なんで見られてんのか知ってんだろ、モヤモヤすんだろ」

「お、お前の胸に聞いてみろよ・・・」

「俺の胸?もっと揉めってか?じゃあお前が揉んでみるか!?あんまねーけど!」

「い、意味わかんねー事言うなよお・・・」


 カナタの難癖に圭吾は泣きそうになっていた。

周りの人達からは余計に視線が集中する。

恐らく修羅場だと思われているのだろう。

 

「あー、おっはよー!圭吾君!」


 と、修羅場中に急に後ろから圭吾から声をを呼ぶ声が聞こえてカナタはドキッとした。それは凛とした張りのある声だった。この声はよく聞き覚えがある。


 振り返るとカナタと同じ学生服を着た女の子が走ってきた。


 サラサラとした長い黒髪をなびかせている。

元気いっぱいのニカーっとした笑顔は周囲の人にも元気をくれそうだ。

 彼女の大きな特徴であるかわいらしいまん丸の大きな目は、見つめると吸い込まれてしまいそうで目を離せなくなる魅力があった。

 

 カナタは彼女の顔を思わずじっと見つめてしまっていた。


「おっはよー圭吾君。今日も元気そうだね!」

「あ、おはよう!朱里。お前はいっつも元気だなー」


 助け舟が来たのが嬉しかったのか、圭吾は走ってきた女の子に笑顔で返す。


「どうしたの、朝っぱらから女の子と喧嘩してー。罪な男だね、うりうり」


 朱里と呼ばれた女の子は圭吾の脇下を肘でグリグリとする。

カナタはその様子をぼーっと見つめていた。


「ちょ、やめてくれよ朱里、痛えよ」

「はあ?いっつも柔道で鍛えてるんだからこれくらい何も感じないでしょー?」

「ところでさー、こちらの子は?」

「あー、この子はさ・・・カナタなんだけど」


 チラッと女の子がカナタを見つめる。カナタはずっと見ていたことを知られるのが怖くて、目を逸らした。


 女の子はカナタのことをじーっと見つめた後


「え、誰!?この美少女!?」


と、唐突に叫んだ。


 カナタはいきなり何を言われたか分からず、自分の片思い相手である七咲朱里の顔を目をまん丸にして見てしまった。





 

 






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カナタ君のドタバタTS生活 夏海ナギ @natuminagi

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