間奏
令和怪異物語書籍化決定!
占い部部室。そこは空き教室の1室をパーテーションで真っ二つに区切ることで作られた細長い空間。運動部に比べて文化部は肩身が狭い上、5人の部員と顧問が揃えば簡単に部活を立ち上げられるというゆるゆるな校則のせいで宇宙人交信部だのアニメ研究会だの部としての活動実態が怪しい小規模部活が乱立してしまっている。結果、限りある空き教室をパーテーションで小分けに区切ることでなんとか部室の供給を繋いでいる状態らしい。
俺はいつも通り占い部の記録係として、怪異や幽霊にまつわるこれまで起きた出来事や見聞きした情報をまとめてデータとして記録していた。キーボードをタイプする音に混じって隣室から声が盛況な声が聞こえてくる。
隣室のアニ研では、どうやら夏アニメランキングとそれに関する部員達の評論大会が行われていた。負けインが至上だの、ロシア娘がどうだの若君が可愛いだの結局はキャラの可愛さに終始していて評論ではないではないか。鬱陶しい事ことこの上ない。それに今期ナンバー1はラーメン黒猫一択であろうが。
記録を中断して評論大会に参戦したくて仕方なくなってきたところに、廊下から鼻歌交じりにスキップする女子の声が響き渡ってきた。途端、大音量で喋っていたアニ研の奴らの声がトーンダウンしていくことに俺は彼ら陰キャラになんとも言えない哀愁を感じた。
「おっつかれーい!」
扉を開けたのと同時に手を高く上げて天真爛漫に挨拶をしてきたのは、占い部部長の夕闇さんだった。
「これまでの部活動の中で一番テンション高いですね。なにかいい事あったんですか?」
「あったんだよー!」
ドーン!という掛け声とともに騒々しく扉を閉める。扉の激しい開閉音に驚いたのは俺だけじゃないらしく、隣室のアニ研はいつの間にか静まり返っていた。
夕闇さんは持っていたスクールバッグを部室奥に鎮座するソファへ向けてスリーポイントシュート。見事に枠を外して教室の窓ガラスにぶつかった。ガラスが割れなかったことに安堵する。そして酔っぱらいな彼女のテンションに若干引きながらも先を促す。
「何があったんですか?」
こちらの質問に彼女は得意げな顔を浮かべながらソファにどっかりと身体を預ける。
「なんと私が執筆していた小説『令和怪異物語』が書籍化することになりましたのです」
えっへんと大きく胸を張る夕闇さん。大きく盛り上がる2つの山。目を伏せます。
「夕闇さんって小説書いてたんですか?怪異物語なんていうくらいだからやっぱりホラー?」
「あなたにこれまで記録してもらっていた心霊関連の情報を元に描いたホラー小説。登場人物以外はほぼノンフィクションよ」
これらの記録ってデータベースとして蓄積するだけの存在かと思っていた俺は、商業的方面にしっかりと用いていた彼女の有能さに脱帽し、同時に人間らしさのようなものを感じて少しホッとする。
あれ、でも何か引っかかる点が少々……。
「あのー、でも記録係として文字起こししてたのってほとんど俺ですよね。それって…………あ、いえなんでもないです」
無垢な少女が餓鬼へと変貌しそうになるのを察知して即座に発言を撤回。
「ゆ、夕闇さんて元々小説家とかではないのに出版に至るなんてホント凄いですね。新人コンテストとかで受賞したんですか?それとも今流行のネット小説的なやつですか?」
「いいえ、どちらも違うわ。ウチが特殊な家系であることは以前話したわよね?」
「霊能力を持った特殊な血筋だったんですよね。でもお父さんくらいの代から霊能力もあまり……というか皆無だったんでしたっけ」
「そうね、ウチの祖父、そしてお父さんは除霊師のようなお仕事をできるほどの器ではなかったわ。だから、祖父の代からはこれまでウチの家系が蓄積してきた心霊関連の書物や記録を利用してホラー作家になったのよ。お父さん……そして次は私の番。ウチの家系で脈々と受け継いでいる怪異譚。出版社も夕闇家の娘が書いた怪異物語シリーズの続編ってことで手に取ってくれたってことよ。夕闇家さまさまって感じね」
茶目っ気溢れたウインクに小悪魔的な可愛さと少女らしい図々しさが乗せられているが、それでも十分凄い。家系で受け継いでいる壮大な創作活動にいつの間にか自分が寄与していたことに誇らしさを感じてしまったので、無賃労働には目を瞑ろうと思う。このデスクに座って彼女の近くにいることができるのも記録係の特権の1つだし。
「でも祖父が、書籍を通して怪異や心霊の存在を世に知らしめ、彼らとの明確な棲み分けを実現する、なんて強い理念やご高説をご飯の時に垂れるものだから気が滅入るってものよ」
「夕闇さんもその理念を受け継いでいるってことですね。立派ですね」
「いえ、私が志している世界はその逆にあるのだけどね」
薄く笑いかける彼女の口の端が不気味に歪む。
「……それって、聞かない方がいい類の話ですか?」
「あら、賢くなったじゃないの。成長したわね」
頭を掻きながら視線を横にそらす。素直に照れます。
夕闇さんとの付き合いは1年にも満たないが、短い付き合いを通して彼女の言動や間合いは少しずつ理解が深まってきた気がする。
彼女には天真爛漫な少女らしい一面と、オカルトに対して真剣で時には厳しい一面。そして、得体の知れない一面があるということ。決して踏み込んではいけない禁足地。
「そういえば、黒い木の怪異事件で俺が病院に入院してた時、『江戸怪異物語』って本を確か読んでましたよね。あれってもしかして……」
「そう、あれは祖父の執筆した本よ」
「おぉー、俄然興味湧いてきましたね、令和怪異物語に」
「そうでしょうそうでしょう。そしてなんと実はここに1冊、出版社様から先行していただいたサンプルがございます」
彼女の執筆した作品よりも、天狗に変身していく彼女を眺めている方が楽しいかもしれない。嬉しそうに令和怪異物語のページを捲るので俺は微笑ましく一緒に覗かせてもらった。
「ブラックツリーの怪、これは俺が遭遇した話。晒し首となった者達の怪異ですね。イースターエッグの怪、これは最近校内で起きたあの事件か」
他にも自分の知らない話、目を惹くタイトルが目に飛び込む中、一層惹き付けられるタイトルを見て思わず口にしてしまう。
「開かずの間の怪?こんな怪異事件ありましたっけ?」
「それはあなたと出遭う前、占い部が発足する前に出遭った怪異よ。今では生徒会長となった福原一郎君の昔話。そして、私がこの瞳を得るきっかけとなった事件。福原君の許可は事前に得ていることだし、この話を一緒に読み進めていこうかしら?」
「いいですね、大賛成です。あ、それと、最終話の”裏世界”ってお話もなんだか気になりますね」
「それは…………あなたには読む必要のない話よ。その話を読んで共感するようなら――――」
夕闇さんは何かを言いかけて口ごもる。先ほどまでとは打って変わって夕闇さんの顔が曇っていく。踏み込んではいけない所だろうか。それでも好奇心は止められず口をついて出てしまう。
「知る必要のないってなぜですか?見聞きしただけで呪われるアレ的な?自己責任系のホラーですか?」
夕闇さんは一層悩まし気に肩を組んで考え始める。
「いや、呪いではなく救いに繋がる話なのだわ。ただ…………あなたのような普通の人にとっては蚊帳の外に感じる話でしかないのよ。まぁでも、もしあなたが生きていくことに自信がなくなってしまったら、”裏世界”を読みなさい」
そう言って笑いかける少女の顔は寂しげだった。
開かずの間の怪を意気揚々と読み進めていく彼女の声を聞きながら、その時の顔が頭からずっと離れなかった。
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