幽霊系少女
コンビニを出た直後、強い立ち眩みに襲われた。
世界全体が軋んでいると思うくらいの激しい意識の揺らぎ。
平衡感覚が数秒も持たずにその場で勢いよく尻もちをついてしまった。
仕事疲れだろうか。コンビニ仕事は覚えることはたくさんあるが、重労働になるようなことはほとんどないし、これまでこれほどの強い立ち眩みは感じたことがなかった。尻もちをついてしまったが、軽い衝撃で止んだのが幸いだった。ポッポさんは、駅前ロータリーから伸びる大通りをまっすぐ歩いている。今走ればなんとか間に合う距離だろう。
22時前ではあったが、この時間帯でも多くの帰宅中のサラリーマン達が駅前を歩いていた。コンビニ前で大きく尻もちをついた僕の目の前を、まるで見えていないかのように目もくれずに歩き去っていくのに違和感を覚えたが、彼らも同様に疲弊しきっているんだろうなと他人事ながら遠い目で見送っていく。
ポッポさんを追いかけようと重い腰を上げると、いつの間にいたのだろうか。
目の前に、真っ白い肌色の女の子が立っていて、冷たい視線でこちらを見下ろしている。
制服姿であることと発達した身体から察するに恐らく高校生だろう。かなり綺麗な女の子が突如目の前に現れたことに心臓が口から出そうなほど驚いたが、それはポッポさんに抱くような感情とは真逆のそれだった。
全身の血液を全て抜かれてしまったような肌の白さ。
鷹のように鋭く、そして夕焼けを宿したような鮮やかな紅の瞳。
おおよそ異質と呼ばれる存在が無慈悲な面持ちでこちらを見下ろしていることに、僕は反射的に恐怖を覚えた。
何を言えばいいのか口籠っている僕を他所に、彼女はただ無感情に告げた。
「彼女を追いかけるのはやめなさい。あなた、抜け出せなくなるわよ」
彼女が話す言葉の意味が分からなかった。
ポッポさんの事を知っているのだろうか。
コンビニの一部始終を見てた?
それよりも、止める理由は?抜け出せなくなるとは?
まるで追いかけてはいけないナニカを追いかけようとしている僕を止めているかのような物言いだった。
「はぁ?いきなり現れて何言ってるんだよ。そもそも君は誰なんだ」
「私が誰かはどうでもいいのだわ。それよりも、これ以上深くまで彼女を追いかけないことよ。今すぐコンビニへ引き返しなさい。そうすればこんな悪夢を繰り返さずに済むのだから」
不気味なのはビジュアルだけではないようだった。言動も意味不明で、電波系というか、統合失調症患者のそれに近い異様さを感じた。それよりも、彼女と話している時間すら惜しいのだった。
彼女を無視してポッポさんの歩いていた通りを見やると、彼女の姿はもうそこにはなかった。見失ってしまった。せっかくコンビニ外で話せる機会ができたのにと気落ちしたが、次に彼女がコンビニに買い物に来た時にスマホを渡してあげればよいかと思い直す。
通せんぼをした先ほどの女子高生へ恨めしそうに視線を送ろうとしたが、周囲には誰もいない。いつの間にか煙のように消えてしまっていた。
電波でも統失でもなく、本物の幽霊なのかあの子は。この短時間で一体どこに消えたんだ。そう考えると薄ら寒くなってきた。
そしてまた、身体を大きく揺さぶられているような激しい立ち眩みに襲われる。
大学時代、陰キャだった高校生の時の自分を変えようとサークルの新歓飲み会で無理にお酒を飲みまくった時のことを思い出した。居酒屋で吐き散らした挙句、迷惑をかけたサークルには居づらくなって1ヶ月もせずに辞めた記憶。彼女どころか友達もできなかったっけ。
波打つ意識と急浮上してきた嫌な記憶を抑えつけるように屈みこんで目元を抑える。早く明日になれ、ポッポさんが来る時間まで早送りになれと強く祈った。
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