終幕

 格子のように木材が組み上がったお焚き上げの炎の中でパチパチと爆ぜる音と熱が、冬の寒さでかじかむ両手や肌を温めてくれる。私、夕闇さん、鷹野、生徒会長のフクロウさんの4人が火を囲んで両手をかざす。


 呪物のお焚き上げの炎に不用意に手をかざしていいのだろうか、呪い移るんじゃね?って疑問を誰も持っていないのだろうか。いや、単純に4人みんな冬の寒さに気持ちが負けただけだろうとも思える。だって寒いし。


 曇り空が広がる今日の平均気温は氷点下を下回っていると朝のニュースが告げた通り、コートの隙間から入り込む冷気は容赦がない。夕闇さんは元々肌が白雪のごとく真っ白なため、青ざめているという表現を地でいっている。ただ顔色は悪いどころか、楽しそうな様子が垣間見える。


「この神社の近くで抹茶が美味しい喫茶店があるとクラスの友人から聞いたのだわ。お焚き上げが終わったら、そこで温まりましょう。甘いものも食べたいし」


 夕闇さんのニッコリした笑顔は、これから食すであろう美味しい物のみを捉えているのがありありと分かった。イースターエッグの怪異のことは炎とともに綺麗さっぱり頭の中から消え去っているのであろう。私含めた3人は、身体の震えを抑えながらこくこくと首を縦に振って同意を示す。


 我が浦和鳥栖高校の近くにある広い公園で、その園内には今回お焚き上げするために来た飛翔神社の他、喫茶店、テニスコートなどが併設しているなかなか充実した県営公園。今、土曜日の午前10時頃ともなると、ランニングする人や社会人サークルっぽいテニス集団、遊具で遊ぶ親子でほどほどに賑わっていた。


「私は紅茶とチーズケーキが食べたい。というかもう今行きたい。暖房利いた室内でくつろぎたい」


 呻くように呟いた私のささやかな願望に夕闇さんはクスッと笑ったかと思うと、いじめっ子のようないやらしい笑みに変貌する。


「ここにいる3人分の喫茶店代、よろしく頼むわね?」


「は、……え?」


 鷹野が困惑するような私を諭すように告げる。


「あの、今回の相談料ですね。その分ここで奢ってくれっていう」


 邪気の一切ない純白の笑みを浮かべる夕闇さん、先輩の奢りで少し遠慮気味に苦笑する鷹野君、静かな笑みを湛えながら小さく拍手するフクロウさん。お焚き上げの爆ぜる音はすでに止み、人の営む生活音と楽し気な声が園内を包む。


 喫茶店に向かっていく先頭の夕闇さんの両足は軽やかで、お供の3人は彼女の歩行速度に引きずられるように早足になっていく。美しい旋律を奏でるように動く真っ白な両足の艶めかしさは、どこか人間風味が抜け落ちたようにも感じられて。


 私はなんとなしに前を歩く夕闇さんに尋ねる。


「夕闇さんは昔から幽霊的なものが視えたんですか?」


「いいえ、生まれ持った能力とかではないわ。ある出来事がきっかけで、私の瞳はこの燃えるような紅い色に染まり、それは生者以外のモノも映すようになったの。……ねぇ、フクロウ君?」


 夕闇さんからの問いかけに、福原会長は嬉しそうな、気まずそうな、相反する感情が入り混じった苦笑で流した。


「それはまたの機会に、彼にお話してもらおうかしらね。そんなことより、甘いもの甘いもの!」


 ハミングしながら喫茶店に向かう彼女はごく普通の女子高生らしい雰囲気を放ちながら、マイペースに足を弾ませて歩いて行った。

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