生徒会長のフクロウと申します

 色々考えた末、私は占い部の部室をノックした。

 中で話し声が聞こえ、他の生徒からの相談中かなと思ったが、後日訪問するという余裕もなかったのでドアを開いてしまった。


「あら、いらっしゃい。進捗は……って、聞くまでもなさそうね……」


 それほど私は酷い表情をしていたのか、黒いソファに座っている夕闇さんは察したように苦笑した。ソファに座る夕闇さん、机に座る目つきの悪い男子……鷹野君だったか?の他に、眼鏡をかけた凛々しい顔つきの男子が立っていた。


「呪いのエッグの回収に難航しているんでしょう?今こちらの眼鏡会長さんに、イースターエッグの回収を依頼していたところなのよ。生徒会を通した学校全体の取組としてね」


 眼鏡男子は、軽い会釈をしてニッコリと笑みを作る。


「生徒会長の福原一郎です。今学校内で流行っているイースターエッグが原因で騒ぎやトラブルが起きていると夕闇さんから相談を受けていたところで、生徒会としても校内の問題としてちょうど議題に上がっておりましたので、それらイースターエッグを強制回収する案を考えていましたが、どういった建前を元に先生方にイースターエッグの回収提案をすべきか、回収した大量のイースターエッグから呪いのエッグをどう選別し、また処分するのか――――」


「話が長い!」


「失礼しました!」


 生徒会長の福原さんは、謝辞の言葉とともに綺麗なお辞儀をして、鷹野君の向かいの席に座った。


「今フクロウ会長が言った通り、あなたの抱えるエッグの他にも呪いのエッグが複数紛れ込んでいる可能性を考慮すると、学校全体として全てのイースターエッグを回収するのがベストだと判断して彼に相談しているところなのよ」


「フクロウ会長?」


「福原一郎という名前なので、略してフクロウというあだ名で呼ばれております」


 福原会長は偽りのない爽やかな笑顔で返事をした。


 あぁなるほど、私のペリカンってあだ名と一緒かと納得。ただ、ペリカンというあだ名自体を好きになれない私と違って福原会長は自身のフクロウというあだ名を気に入っている様子だった。


「彼女も呪いのイースターエッグに振り回されてウチに相談にきたのよ。縁野さん、フクロウ会長は怪異に理解がある人だからその辺は気を遣わなくて大丈夫よ」


「そうなの?」


「私も以前、夕闇さんに怪異関係の問題を相談して解決していただいた過去があるんです。縁野さんもそういった問題に見舞われたのは不幸だと思いますが、夕闇さんに出会えたことは不幸中の幸いですね。私はかつて、決して開けてはいけない押入れの中から毎夜聞こえてくる女性の姿をした怪異に――――」


「話が長い!」


「失礼しました!」


 福原もとい、フクロウ会長は立ち上がって綺麗なお辞儀をした後、再び席に着いた。そして内心で、私以外にも心霊現象に悩まされていた人が実在したのだという事実に少しホッとする。こういう心霊現象の類は、非科学的で曖昧であるという性質上表沙汰にならないだけで、それらは確かにあちこちで存在しているのだ。


 教室でアレに掴まれた右腕を見ると、掴まれた跡は残っていないが、紅爪の白い腕に掴まれたという冷たい感覚はまだはっきりと覚えている。左手の方ももちろん火傷もなければ痛みもない。あの発火自体幻覚だったのかもしれないが、パチパチという火が舞い散る音や伝わる熱の感覚は本当にあったものだ。


「大丈夫かしら?」


 夕闇さんは心配そうに声をかけてくれたので、えぇと一言返事をする。

 起きたことを考えすぎてもしょうがない。不安でいっぱいになるだけだから。これからどうするのかという方向に目を向けるべきだと切り替えよう。


「生徒会の助力で生徒たちのイースターエッグを大量に回収した後の話なんだけど、その呪いのエッグは、それに憑いている怪異の特質上、通常の廃棄に出しても元の所有者に戻っていく可能性が高い。正当な取引や双方の合意があって所有権が移転されないといけないってわけね。神社でお焚き上げ供養ならば問題はなさそうな手段だから、知り合いの神主に依頼しようと思うのだけど、ただ怪異をお焚き上げして祓う前にあなたにお願いしたいことがあるの」


「どんなこと?」


「あなたが今回収に苦戦している呪いのエッグを、生徒会がこれから回収してくる大量のエッグの中から選別して私に見せてほしいの」


「それは別にいいけど、学校のイースターエッグ回収案内に、生徒達は簡単に応じるものなのかな。サッカー部の小鳩先輩の彼女が今のエッグの所有者なんだけど、特に手放したいって様子じゃなかった」


「呪いのイースターエッグを持っている生徒にとってはすぐに手放したいと思っているはずよ。呪いのエッグを今持っているその生徒も、実際に怪異に遭遇したら怖くてすぐに手放すはずだわ」


「確かにそうかも。でも何のために選別するの?まとめてお焚き上げすればいんでしょ」


 私の問いに、夕闇さんは遊園地ではしゃぐ子供のように天真爛漫な笑顔を向けて続ける。


「その呪いのエッグに憑いた怪異を直接観察したいの」


 爛々とした彼女の紅い瞳に私は思わずギョッとする。


 あの恐ろしい存在に自ら興味と好奇心を持って、そして楽しい遊戯を待ち望むかのように向かっていくその神経と感覚が理解できなかった。いわば生と死の境界線に触れるのと同義なのだから。


「私は占い部を通して怪異に悩まされる子達の問題を解決する活動をしているけれど、それが本来の目的ではないの。この活動の目的は、怪異という存在に相対して認識し、記録すること。怪異、それすなわち"現象"。幽霊の中でも特別に強い未練を持つモノ、存在が消えた後にも残り続ける強い"想い"から生じるそれら現象に立ち合い、それぞれが持つ固有の特質や背景を理解し、その全てを記録したいの」


 にんまりと細く横に裂けた口、そして、前髪から覗く、鷹のように鋭い彼女の紅い目が怪しげに光り、私を見据える。


「あなたが持っていた呪いのエッグは、神社にお焚き上げするまでの数日、誰かがそのエッグの所有者として保管しなければならない。つまり、所有している数日間はエッグの呪いに晒されてしまうのだけど、その所有者の役割は私が引き受けるわ。その怪異の正体を見極めるためにね」


 彼女から発せられる異質な空気がじんわりと部室内を流れたかと思いきや、彼女はパッと表情を変えていつもの口調に戻る。


「そこの目つきの悪い彼には、心霊現象の記録係としてお手伝いしてもらっているのだけど、今回の怪異の記録は、全てが解決した後に、私の報告をまとめてもらう。それでいいわよね、鷹野君?」


 夕闇さんに確認された鷹野は、不機嫌な表情をしながら腕を組んで押し黙っていた。考え事をしているのか、目の前にあるパソコンをただ黙ってじっと見つめていると、おもむろに口を開く。


「あんたは、それでいいんですか?」


 誰に向けた言葉なのか分からず全員が疑問符を浮かべるが、鷹野君は私に身体を向けて再び問いかける。


「呪いのエッグは生徒会に回収してもらって、神社にお焚き上げしてもらうまでの間は夕闇さんに保管してもらう。その後は神社にお焚き上げ供養してもらって綺麗さっぱり解決。あんたは、それでいいんですか?」


 鷹野の問いは私を試しているような口調だった。


 それで解決するんならいいでしょ、と言い切れない私の中の罪悪感は、一体何を求めているのだろうか。そう問いかける彼の質問の真意はなんだろうか。彼は…………私がしてしまった行いを知っているのだろうか――――。


「あんたが相談に来る前、あんたと同じクラスの目白さんって女子が相談に来た」


 瞬間、その質問の真意を理解した。

 彼は、いや、占い部の彼と彼女は、最初から知っていたのだ。


 目白さんが作ったイースターエッグを私が横取りして、雲雀にプレゼントしたということを。彼女が片想いをしていた雲雀君にこれを代わりに渡してほしいと、私に頼んできたことを。私と雲雀が付き合っているのは重々承知しているが、気持ちだけでも形として受け取って欲しかったということを。それを私は、自分が作ったイースターエッグだと偽り、彼にプレゼントしてしまったことを。


…………だって、私が作ったイースターエッグよりも可愛かったから。

…………目白さんが作ったエッグよりも出来の悪いエッグを彼に渡すのはなんだか負けた気がしたから仕方なく――――


 怪異の発端となった私が、この問題の解決の当事者とならずに事を終えてしまうことに対してお前は何も感じないのかと、彼は私に問いかけているのだ。


「目白さんは、自分が作ったイースターエッグが友人に奪われてあちらこちらに流されている。そしてそのエッグが呪いの根源になっているかもしれないから、探して適当に処分してくれとさ。怪異の発現段階が、エッグの製作時に起きたのか、それともあんたに奪われた直後なのかはまだはっきりしてません。ただ、目白さんのあんたに対する恨みが怪異発現の発端になったんじゃないかと占い部としては推察してます。そうでなくても、人から奪ったって事に対する償いなり反省を態度で示す必要はあるんじゃねぇのって思いますけど」


 鷹野の言葉に対し、夕闇さんは困惑したようにあぁー、あぁーと急に割って入るように声を発する。


「……ちょ、ちょっと待ってね。でもねぇ、縁野さんに呪いのエッグを持たせて何かあったらね?縁野さんも自分で持つのはさすがに怖いでしょう?ね?」


 夕闇さんは私を気遣っている……と信じたいが、どうしても自分が呪いのエッグを所有して怪異に立ち会いたいのだろうことは感じ取れた。お伺いを立てる夕闇さんに私は、躊躇する。


「何かあったらヤバいのは夕闇さんも同じですよ。こういう解決の仕方って、なんか…………、違いますって」


 夕闇さんは慌てて鷹野の言動を手で制する。当事者でもなんでもない夕闇さんが危険を冒すことに納得していないのであろう彼の言葉は私の罪悪感をチクチクと刺激する。私の中で怪異への恐怖と、己の行いに対する罪悪感がせめぎあう中で、私は反射で口を開き、言った。


「私が呪いのエッグの所有者になります」


 罪悪感が勝利した。

 夕闇さんはというと、怪異に立ち会えなくなってしまったことに頭を抱えだしたが、私は心がどこかすっきりとしたのを感じた。

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