模造された怪異
ビッグワック、ポテトLサイズ、ワックシェイクにアップルパイと、人の金だと思って躊躇がないのか、これでもかというほどの鳥海の注文と、コーヒーSサイズという至って質素な私の注文分のトレーを持って席に着いた。
席に座る鳥海はニコニコしながらサンキューと一言添え、アップルパイにむしゃぶりついた。パパ活のパパの気分を味わったようで、搾取されてる感が半端ない。
アップルパイを即座に平らげ、ワックシェイクをチューチューと吸いながら鳥海は私に視線を戻す。
「それで、何か企みがあるんでしょ。何なのよー?」
察しが早い。馬鹿ではないのだろう。私もコーヒーを軽く啜り、本題に入る。
「盗むわけじゃないってことは先にあんたに言っておくね。その上での話なんだけど、彼女さんの持ってるエッグを学校に持ってこさせてほしいの」
「なんのために?」
「彼女さんの持ってる素晴らしく出来の良いエッグを観察させてもらって、それをモデルに新しいエッグを作りたいなぁって思ってるだけよ。そのために、彼女さんに学校にエッグを持ってこさせて、それを少しの間観察させてもらうってだけ。鳥海にはそれに協力してもらうってだけだよ」
鳥海は眼鏡をくいっと上げ、どういうことやらと眉を潜めたが、何かを察したようにハッとした後、さながら越後屋と悪代官様のように意地悪い笑みを浮かべる。
「ははぁーん。縁野氏ぃ、お主も悪よのう」
「いえいえ、鳥海氏ほどでは」
お前ほど悪ではない。
エッグの模造品を作り、彼女の持つ呪いのエッグとすり替えるという悪行に見える一行為も、包括的に捉えると、善行であるのだから。
鳥海はビッグワックをもしゃもしゃと咀嚼しながら、スマホで高速タイプを始めた。恐ろしく速い高速タイプ。考えるより先に動いているのであろうその指先。私でなきゃ見逃しちゃうね。
ほい、と鳥海が私にスマホの画面を向けてきたので、顔を近づけてみると、それは鴨川さん(彼女さん?)という子へ先ほど送ったらしいメッセージ文だった。
『2年の鳥海と申します。友人から鴨川さんのCODEのIDを聞いてメッセージさせてもらっちゃいました。いきなりでごめんなさい。鴨川さんが小鳩先輩からプレゼントされたイースターエッグがめっちゃ評判で、ウチのクラス内で話題になってます!差し出がましいお願いで恐縮なのですが、クラスの友人から、鴨川さんの持ってるエッグをモデルにしてイースターエッグを作りたいと懇願されまして。。もしよろしければ、一度学校にエッグをお持ち込みしてもらって、それを拝見させてもらうことは可能でしょうか?長文失礼いたしました』
ビジネスマンと思われるような整った文章に、相手を立てる言葉選び。彼女の普段の言動とは打って変わったような文章に感心させられるのと同時に、何故か敗北感のようなものも感じた。
性格の良し悪しではなく、こういった立ち回りの良さが人間関係を円滑にさせるポイントで、鳥海は抑えるべきところを抑えているのだ。彼女さんのIDをいつの間にかゲットしているそのネットワークの広さも含めて恐ろしい子……。
「これで、周りに告げ口した私の失態とこのビッグワックセット奢りはチャラですな。ナハハハハッ」
鳥海がビッグワックを平らげる頃に、鴨川さんから、快諾の返信が来た。
それを確認した後、鳥海が私に釘を差した。
「明日の放課後、私はペリカンを連れて鴨川さんの所に行き、一緒に軽く挨拶した後、私は帰宅、ペリカンはエッグを観察させてもらうだけ。私が帰った後、ペリカンが何をしているのか、私は見てないし聞いてもないし、何も知らない。いい?分かった?」
鳥海が事前に張る予防線に、私は静かに首肯した。
「大丈夫、きっと気づかれないから」
「それはどういうことなのかねぇ」
「いいえ、なんでも」
お互いにとぼけたような表情を作り、彼女はワックシェイクを、私はコーヒーを飲み干した。
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次の日の放課後、鳥海とともに鴨川さんの教室に訪れた私は、彼女への簡単な自己紹介と挨拶を終えて、エッグを借りることに成功した。
鳥海と鴨川さんは用が済むと早々に教室を出ていき、1人教室に残った私は、前日大急ぎで作った模造品のエッグをこっそりとバッグから取り出す。周囲を見回して誰もいないことを確認し、本命のエッグとすり替えようと手を伸ばしたとき、バスケットに入った6つのエッグの内の1つが、私の即席で作った物と柄や作りが全然違うことに気づいてハッとする。
それは鮮血のようにくっきりとした赤、淡いピンクの花が咲き乱れる花柄の布を外側に貼り付けた和風のエッグで、私は誤って他の卵と同様に卵に直接絵具でデザインしてしまっていたのだ。当然デザインのクオリティも陳腐。
このまますり替えると即座にバレる。
手芸専門店で似た柄の布を購入して模造品を作り直そうと思い、エッグの柄を写メろうと手に取ったら――――
――――――――カエシテ。
消え入るような小さな声が耳元で聞こえた気がした。
後ろを振り返るが、そこには誰もいない。
ただの風かと思ったが、教室の窓は全て閉まっており、風が吹き抜けるような通り道はない。身体がゾクッと震えたが、気のせいだと考え直し、エッグを適当な角度で何枚か撮影して教室を後にした。
もう一日レンタル延長を鴨川さんにお願いしたら、面倒くさいながらも渋々といった様子でOKの返事をもらってホッとしつつ、何で私がこんな必死になっているんだろうと改めて自問自答する。
わざわざ実費で布を購入し、自宅に帰ってエッグの製作。自問する問いへの返事に窮するたびに、込みあげてくる怒りから買ってきた卵をデスクで叩き割ってしまうというのを数度犯してしまった。小さな命を粗末にするのは流石にまずいと心を落ち着かせて作業に集中する。
次の日の放課後、製作し直したエッグを持って誰もいなくなった彼女の教室に入った私は、ここまで無駄に潰してしまった小さな命達に冥福を祈りつつ本命である呪いのイースターエッグに向き合う。
一応最後に、自身が作ったエッグと呪いのエッグに相違がないか確認。
うん、大きくは変わらない、と思う。
正直、バレたらバレたでもういいかなと思うほどにうんざりもしていた。イースターエッグ自体、一時の流行りであって、プレゼントされたそれらもそのうち飽きられて置物から邪魔物に変わっていくのもどうせ時間の問題。多少柄が変わっても気づかれないどころか興味すら持たれなくなるでしょなんて、目の前の呪いのエッグを冷めた目で眺めながら考えていたその瞬間だった。
――――――――カエシテ。
前日と同じ、囁くような、聞き逃してしまうレベルの小さな声が耳元で聞こえてきた。
呪いのエッグ…………まさかね、とかぶりを振りながらエッグをバスケットに戻そうと右手を動かそうとしたが、何故かその右手が縛られたように動かない。
――――――――え?
右腕が何かに掴まれていた。
爪紅で染められた真っ赤な爪に、白化粧されているであろう真っ白な腕、そして現代に似つかわしくない和服の袖が見える。掴んでくるその腕は驚くほどに冷たく、掴まれた私の右腕は微動だにしない。
――――――――カエシテ。
瞬間、掴まれていない左手が急に熱を感じる。
左手には、すり替え様の模造品エッグを持っていた。
そのすり替え様の模造品エッグが、ひとりでに燃え上がっていた。
「…………は?」
訳が分からない。
何故燃えているのか。
いや、何故燃えているのか考える前に、この燃えている模造品エッグをどうにかしないと。
水、消化しないと……。トイレ、トイレ!!早く!!
いつの間にか右腕が掴まれていた感覚はなくなり、私は燃える模造品エッグを持ってトイレへ駆け出す。我を忘れたせいか熱は感じなくなっていた。とにかくヤバいどうしようというチープな言葉だけが脳内を何周も駆け巡り、前へ前へ走れ走れというシンプルな指令のみが私の四肢へ発令される。
飛び込むように入った女子トイレの水道で模造品エッグを水にかける。エッグにデザインされた絵具は水に溶け、水流の勢いでエッグ自体が割れていく。発火自体がまだ小さかったおかげであっという間に鎮火できた。それと、走っている間に火に晒されていたはずの左手は、火傷をしておらず、痛み一つない。
発火、掴んできた白い腕、耳元で囁かれた小さな声。小鳩先輩がマンションから飛び降りたという事実と恐怖が、実体験を持って急激に襲ってきて、背筋が凍り付く。
それに模造品エッグは全てダメになってしまった。これからどうしよう。でも、怖い。凄く怖い。
まだ右手が掴まれていた時の冷たい感覚が残っていて、恐る恐るトイレの鏡を見るが、背後には誰もいない。戸惑いと恐怖で身体が震え、女子トイレからしばらく動けなくなってしまった。
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