想いは怪異と共に流転する

 それから間もないある日、3年生のとある男子生徒が、自宅マンションのベランダから落下して重症を負ったことが校内で話題になった。マンションの3Fだったことと、落ちた先が植栽された庭で、草がクッションとなったことで大事には至らなかったらしかった。


 これはどこまで尾ひれがついた話か分からないが、その生徒は、事故が起きた後、周囲にこんな奇妙な発言をしたらしい。


 家が火事になったので、慌ててベランダから飛び降りた。


 だが、実際には火事など起こっていないようで、起きてもいない火事を幻視してベランダから飛び降りたという彼の奇行は、まことしやかに校内で噂された。その噂を肴にしてクラスのグループの内でダベッていたら、久しぶりに雲雀からCODE上でメッセージが届いた。


『今日また相談したいことがある。もう許してほしいとは言わないから、話だけ聞いてほしい。帰り、校門前で待ってる』


 スマホの画面を見てため息をつく私を見て、茶化すように友達がにやける。


「雲雀君と上手くいってないのかー?」


「……もう別れた」


 あ、マジか。と一言。

 私が話を続けたがらない様子を察して、グループの友達らもそれ以上追及はしてこなかった。


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 校門を次々と出ていく学生の波から少し外れた所に立つ雲雀の顔は青ざめていて、何かとんでもないものに遭遇したような顔をしていた。


「それで、話ってなに?」


 冷めた口調で問う私に、雲雀は唇を震わせながら答える。


「ベランダから飛び降りたって人がいるって話あっただろ。その人、サッカー部の小鳩先輩って人なんでけどさ。俺がイースターエッグを渡した人が、その人なんだわ」


――――――――は?


 怒りを通り越した呆れから、言葉に一瞬詰まったが、大きくため息をついて言葉を紡ぐ。


「まさか火事がどうのって話のこと?あんな話本気で信じてるの?」


「俺だってエッグを持ってる時はおかしな出来事がよく起こったんだ。今日松葉杖ついて登校してる小鳩先輩を見かけたから、何があったのか聞いてみたんだ」


「そしたら?」


「疲れていただけで、火事は何かの見間違いだったって言ってた。ただ、自分がエッグを持ってたことは誰にも言うなって」


「なんで?」


「そのエッグは自分が作ったことにして、彼女にプレゼントしたからだと。それに自分の事故のせいでプレゼントしたエッグに悪い印象を持たれたくないってことなんだっつって」


「プレゼントしたって、それ、私が――――」


 私が作った、そう言いかけた私はハッとして口を閉じる。背中を刺すような罪悪感が、冷や水をかけられたように怒りを冷却させていく。目白綾香の責めるような視線がふと頭をよぎり、無理やり振り払った。


「作ってくれたのは嬉しかったんだけどさ、でもさ……。美柑ちゃんは何も見てないのか?」


「……何も見てないわよ」


 雲雀は、そうか、と一言言うと押し黙った。何を言うでもないが、何か言い足りないのか、それとも共感してほしいのか。そこから動こうとせず、ただ下を向いて立ち尽くしていた。


「それで、私にどうしてほしいの?」


「……抱えきれないから、誰かに話したかったんだ。エッグのことが周囲に知られるわけにはいかないから他の誰にも相談できないし……。それに美柑ちゃんにも一応知っておいてほしいわけで」


 様子を伺うような雲雀の視線に私は察した。

 彼は、エッグの件について自分はこれ以上関わりたくないけど、どうにか丸く収まり解決されることを願っている。解決してくれる人は自分じゃない、他の誰か…………。


 こんな他力本願で心の小さい人間が彼氏だったなんてと思うと自分が情けなく感じた。背が高くて見た目が爽やかではあるが、彼の本質を目の当たりにした今、なぜドキドキしながらプレゼントを用意して渡して、それら一連の出来事に心を揺り動かしていたのかと、冷め切った感情が冷静に自らに問いかける。


 その答えはどこからも返ってこない。過去の自分にノックをしても応答なし。


 ただ、それと同時に、決意に近いものが芽生える。

 自ら作り出した不穏を自分自身が収拾して処分することで、ケリをつけること。

 これでこの心のモヤモヤを終わりにする。呪いとやらも。失恋も。


「分かった。色々考えてみる」


 不満を喉の奥でぐっと堪えて立ち去ろうと背を向けると、彼は申し訳なさそうな声色でそっと言葉を添えた。


「……占い部って部活、心霊的な相談に乗ってくれるらしいぜ」


 ジブンデイケ!

 口には出さず視線で彼の心にぶつけてみたが、やはり応答はなかった。

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