夕闇さんにご相談を

 廊下で通りがかった先生に占い部の部室の場所を聞いて行ってみると、そこは2階のとある空き教室の一角だった。一角というのは、1つの教室を他の文化部と共有していて、教室半分をパーテーションで区切ってそれぞれの部室としていた。縦長の狭い部室中央に、机2つが向かい合うように置かれ、片方の机では、目つきの悪い男子がノートパソコンを忙しくカタカタと打ち込み、奥に鎮座した黒いソファでは長い黒髪をした女子が横になって本を読んでいた。部活というよりもうただの友達の部屋みたいな空間がそこにはあった。


 ドアを開ける音に気づくと2人は一斉に振り向く。目つきの悪い男子の視線と、カラコンだろうか、紅色の目をした女子の視線を感じて一瞬たじろぐ。


「何かの相談?占いかしら?」


 尋ねたのは紅目の女子の方だった。2年、いや3年だろうか。敬語を使うべきか迷ったが、相談者としてここは敬語を使っておくのがベターだろう。あなた何年生?って聞いた後に口調を変えるのもなんか感じ悪い気がするし。


「ちょっと相談がありまして。最近流行りのイースターエッグについてなんですけど」


 あぁまたか、といった表情で2人は目を合わせた後、紅目の女子の方が、


「鷹野君、ちょっとそこどいて」


 鷹野と呼ばれた男子はノートパソコンを持って奥の黒いソファに移動し、女子の方は先ほど鷹野が座っていた椅子に座りなおす。読んでいた本を机に置いて、どうぞ、と向かいの椅子に座るよう私を手招きする。置かれた小説に目をやると、江戸怪異物語というタイトルのホラー小説?だった。


 招かれて向かいに座った私は、その女子の驚くような綺麗な白い肌におぉ、とつい感嘆の声を漏らしてしまう。それにストレートのさらっさらな長い黒髪。手で触りたい。指通りめちゃくちゃ良さそう。長髪は手入れが面倒だし夏は暑いしでショートヘアーに甘んじている私よりもずっと女子らしい女子。


 ただ、あまりに綺麗なせいなのか、独特な空気感を漂わせているというか、そこらの可愛い女子にはない異質さを感じる。鷹のように鋭い紅目はまるで相手の全てを見透かしているようで、10秒も見続けていられないだろう。


「私は夕闇鴉。2年よ。あそこでパソコンカタカタやってる子は1年生の鷹野君。あなたは?」


 あ、同学年だったのね。変わった名前。こんな子同学年にいたっけ。


 これほど綺麗な顔立ちと白い肌、切れ長な紅目を持つ彼女は、すれ違ったら思わず目がいってしまうだろうに。彼女の肌を思わずじろじろ見てしまう私は、ヤラシイおっさんと言っても差支えない視線を送っていただろう。ハッとして彼女に向き直る。


 静かに笑みを湛える彼女にちょっとドキッとしまった。男子か私は。


「わ、私は縁野美柑。同じく2年。学校内に広まってるイースターエッグの呪いについての相談にきたの」


「最近凄い噂になってるわね。相談に来る子は他にも何人かいたわ。テストの点数が急に悪くなったとか、通学中に急に痴漢されるようになったとか」


 うわぁ。隣のクラスの誰かさんじゃん。


「原因は分かったの?」


「その時持ってたエッグの特徴を知りたいから見せてほしいと言ったら、それはもう誰かに売っちゃったから手元にない。また、持ってたエッグについては渡した相手や周りの人達に知られたくないから大っぴらにはできない……ということだわ」


「……渡した相手に悪い印象を与えるから、ね」


 雲雀の言葉がふっと頭をよぎり、思わず口について出る。


「というよりも、自分の持ってるエッグが呪いのものだと周囲に知られると、誰にも渡すことができず、エッグの持つ呪いを持ち主の自分がずっと受け続けることになる。また、エッグを渡した相手が次の誰かにパスできなくなってしまう。自己保身の連鎖が情報をクローズドなものにしてしまっているのね。当人から湧き上がる不安は”誰かの話”という形で噂に形を変えて広がり、そこに面白がって群がる人達の創作話が入り乱れて真実がぼやけている。呪いのエッグは特定できないし、正体も原因も、真偽すら分からないのが現状ってところね」


「そんな呪いのイースターエッグなんて存在するのかね……。そもそも、そんな不気味なエッグだって分かったなら、さっさと捨てちゃえばいいのに」


「そんな不気味なエッグは捨てても持ち主の所に戻ってくるから、逃れられない呪いとしてここまで校内で噂されているのよ。それに、あなたも不安を抱えて占い部のドアをノックしたのではなくて?」


 私の目の奥をじっと覗き込む夕闇さんの紅目は、相手の真意を試すようで、嘘や建前のような薄いベールを射貫いてしまう程に鋭い。彼女の言う通りだった。不安ではない、といえば嘘になる。ただ、不安よりも――――


「疑念を解消したいの。くだらない噂話を明らかにして自分の問題を解決したい。今は手元にないけど、なんとか探してみる」


「そのエッグを持ってきてくれれば、こっちで解決の糸口を探すわ。あなたのエッグに関する話を聞かせてもらっていい?」


 夕闇さんの問いかけで、私は事情を語り始める。エッグを雲雀にプレゼントしたことや、彼がそのエッグを売ったサッカー部の小鳩先輩、彼らに起こった心霊的な出来事を真剣に聞く彼女の様子から、決しておふざけで相談を受けてるわけではないことは分かった。同時に彼女は何者なんだろうかという好奇心も湧いてくる。


「夕闇さんって、こういう心霊的なジャンルが好きなの?」


 こちらの事情を一通り話し終えたところで質問を投げてみる。


「好き、というか、家系としてこの手のモノに長く関わっているというのかしらね。住職ってわけじゃないけど、情報にはある程度精通しているつもりよ。だからあなたにちゃんと協力できると思うわ」


 家系として関わりがある、……分かるような分からないような。住職でないなら仕事として携わっているわけではないのだろうか。”家系として”という表現から、親族内で継承されていく仰々しい何かという響きは伝わってくる。具体的な内容には触れない程度の距離感を感じたが、それを土足で踏み越えていくほど私は野蛮じゃない。


 なるほどね、と一言相槌を打って一区切り入れる。


「ところで、占い部としてこういう込み入った心霊的内容の相談については、相談料をいただくことにしているのだけど」


 夕闇さんはにっこりと笑い、三本の指を立てる。


「え?」


 相談に際して金を取るのかと呆気に取られる。三本だから、三千円?三万ということはないだろう。雲雀に半分請求してやりたい。


「簡単な占いは無料で行うけど、それ以外の相談や協力については、有料で応じているのよ」


 夕闇さんは笑みを崩さないが、まばたきせずにこちらをじっと見つめる彼女の様子から冗談で言っているわけではないのだろうとすぐに察する。先ほどまでカタカタと鳴っていたキーボードの打鍵音が一瞬止まり、鷹野もチラッとこちらを横目で見る。


 私は学生鞄から財布を取り出し、三千円を取り出すと、夕闇さんに差し出した。

 その様子を見て、鷹野は何故かギョッとした様子で、手が止まって固まっていた。いや、提案してきたのはあんたたちの方だったが?


 夕闇さんの方も、提案した割に、物珍しいものを見たように目を丸くしていた。不意に降りた沈黙のことを、”天使が通る”と言われるらしいが、まさしく今ここに天使が通過しているのか、僅かな沈黙が包みこむ。


「え……、三千円なんでしょ?」


「……え、えぇ、ありがとう。でも今じゃなくていいわ。あなたの持っていたエッグを私の元へ届けてくれた時にお金は渡してくれれば」


「ううん、最初にあなたに渡しておきたい。これは……まぁ約束みたいなものだと思ってくれれば」


 これは、必ずエッグを取り戻すという自分への約束。そして、その問題解決に協力してもらうという、夕闇さんとの約束。それをお金という形で結ぶ行為は、夕闇さんの本意でもあるはずだ。


 ふふっと、夕闇さんはほころんだように表情を崩す。


「自分にも他人にもはっきりとしたあなたの性格、けっこう好きだわ。でも、今はまだ大丈夫。全てが片付いたらお金は受け取るから」


 夕闇さんは鷹野にニヤリと一瞥すると、何故か彼は気まずそうに顔をしかめた。

 相談料三千円に対して何か思うところがあったのだろうか。


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