イースターエッグの怪

流行するイースターエッグ

学校内でハンドメイド雑貨のプレゼントや交換が流行りだしたのは、2月14日バレンタインデーの日からだった。同学年の誰かが彼氏に、チョコと一緒に渡した手作りのイースターエッグが目を惹くほど綺麗だったのが皮切りとなっているようだった。


 イツメンの友達に聞いてみたら、流行りに乗っかろうとしているのか、ポーチとかブレスレットとか、それぞれ思い思いのハンドメイド雑貨を製作しようか検討しているらしい。彼氏へのプレゼントだけじゃなく、同性の友達と交換したり、完成度が高い物だとお金で売買される時もあるとか。


 学校内のあちらこちらで目にするハンドメイド雑貨は多種多様なのだが、安価で手軽に作れ、そして流行の始まりでもあるイースターエッグが一番の人気で、学校内で最も多く流通していた。


 自らエッグを作らず、手先が器用でセンスのある友人に作ってもらったり、またそれを友人間で売買、プレゼント、はたまた転売したりで、自分が作って相手にプレゼントしたエッグが、いつの間にか全く知らない誰かの手に渡っていたりなんかもして、学内でトラブルに発展するケースも起きていた。全く女子というものは……なんて、自分も女子でありながら同性特有のキャッキャしたミーハー具合に辟易する。


 先日開かれた学年集会で、つい最近生徒が巻き込まれた交通事故の話の他、現在流行中のプレゼントについて、生徒間での物の売買はトラブルの元になるので自粛するようにと学年主任の先生から注意喚起があったほどだ。


 そもそもイースターは本来、春分の後の最初の満月の次の日曜日だから、イースターエッグを今の時期に作ること自体がおかしいとも言っていたが、それに聞く耳を持つような子は、この学校にはいない。要は本人たちが楽しければなんでもいいのだ。


 かくいう私も、一番人気のイースターエッグに目をつけ、彼氏の誕生日にそれを渡した。生前的なシーグラスバスケットに敷き藁を乗せ、その上に天使のキャラ絵が描かれたエッグを何個も乗せたものだったが、反応はいまいちだった。


「お、おう。……ありがとな」


 目と口元が引きつった彼の顔を直視できず、やはり普通に財布とかマフラーとか、無難な物を渡しておけばよかったと後悔した矢先、それに追い打ちをかけるような噂が学校内で囁かれるようになった。


――手にした人間に不幸が訪れる、呪いのイースターエッグが紛れ込んでいる。


「呪いのイースターエッグが学校内で出回ってるんだってー。ペリカンの彼氏は大丈夫~?」


 教室内でイツメンと昼休みを満喫中、友達の1人から、例のエッグの噂を聞きつけたのか、冷やかし交じりに聞いてきた。


 縁野美柑(へりのみかん)。それをモジってペリカンというあだ名がいつのまにか付いて呼ばれるようになったが、ペリカン特有の長いくちばしやぐねっと曲がった首が気持ち悪くて、正直私は好きじゃなかった。ただ、明るくて垢抜けた子達が集まるグループに自分が馴染んでいるという事は、ペリカンという名を通して私に自己肯定感を与えてくれているとも感じる。ちょっとした優越感。


「雲雀君は喜んでくれたし、いんじゃない?呪いの噂なんてどうせすぐに飽きがきてなくなるでしょ」


 雲雀の微妙な反応を思い出したが、振り払うように涼しい顔でかわした。


「持ち主におかしな事が立て続けに起きるんだって。家の電気が勝手に消えたり、ドアをノックされて出たら誰もいなかったり。中には階段を降りる時に後ろから押されたりなんてこともあるとか」


「それならさっさと捨てちゃえばいいのに」


「捨ててもいつの間にか戻ってくるらしいよ」


 こわーい、合いの手の合唱。


「隣のクラスのなっちゃんも、彼氏からエッグをプレゼントされて以来、嫌なことが続いてるんだって」


「例えばどんな?」


「テストで赤点取ったり、通学中の電車内で痴漢されたりとか」


 それって……、ツッコミを入れたくなったが、空気を読んで何も言わなかった。テストの赤点は学力の問題だし、スカートの丈を短くして満員電車に乗っていれば痴漢に遭うのは必然だ。あるはずのないものに噂が重なり、それが長い尾ひれをつけて一人歩きしているのは明らかだが、


「不幸なことが続くってことは、やっぱり呪い的な何かがあるのかもね。やだ怖い。イースターエッグ絶対作らない」


 だよねー。

 内心呆れ顔の上に作り物の笑顔を張り付けながら頷いた。空気感が出来上がるとはこういうものだろう。


 学校という狭いコミュニティの中で生きる学生達は常に話題に飢えている。お喋り好きで噂好きな女の子は特に、呪いや心霊のようなオカルト、運気を上げるパワースポット、占いといった実体のないものを好むため、呪いのイースターエッグの噂も一時的に過熱するだろうが、すぐに冷めて別の流行に話が移り変わるだろう。


 話題から外れるように窓際へと目を逸らすと、窓際の席で1人昼食を取っている目白綾香(めじろあやか)と目が合った。たまたまなのか、それともずっとこちらを見ていたのか。黒縁の地味な眼鏡をかけた彼女の瞳が、糾弾するかのようにこちらを見据え、気まずさを感じた私は視線を友達達へと戻した。


「ペリカン、どしたん?」


「ん、なんでもない」


 私はなんでもない顔をして雑談に戻っていった。


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 学校が終わり、帰宅部の私はバッグを持って帰ろうと教室を出ると、雲雀がドア近くで私を待っていたのか、よっ、と声をかけてきた。


「あれ、雲雀君。これから部活じゃないの?」


「これから行くところなんだけどさ。その前に美柑ちゃんに相談したいことがあるんだけど」


 雲雀はバツが悪そうな顔をして返答した。

 嫌な予感がしたので、周囲を見回して友達がいないか確認してから、なに?と話を促す。


「プレゼントしてくれたイースターエッグのことなんだけど。あれってどうやって作ったんだ?」


「どうやってって……、市販の卵とか、百均で買ってきたバスケットを使っただけだけど。何かあったの?」


 嫌な予感が的中しそうな気がしたので、声を潜めて尋ね返す。


「最近学校内で呪いのイースターエッグの話あったじゃん?多分何かの間違いかって思うんだけどさ。最近おかしなことが起きるんだよ。部屋の照明が勝手に消えたり、棚の置物が勝手に落ちたり……」


「そんなの気のせいでしょ。まさか呪いって思ってるの?」


「部屋の窓からトントンってノックする音が聞こえたりすんだよ。俺の部屋2階だぜ?ありえないんだよそんなこと。なんか怖くなってさ。噂のこともあるから聞きにいこうと……」


「私のプレゼントが欲しくなかったならはっきりそう言えばいいじゃん。呪いのせいにしたりしないでさ」


「ち、ちげぇよ。そういうんじゃなくてさ。綺麗な出来栄えだったと思うよ。でもさ……」


「返して」


「え……?」


「私のエッグ返してよ。いらないなら他の友達に渡すから返して」


「あぁ……それなんだけどさ――」


 申し訳なさそうに頭を搔きながら続ける彼の言葉に私は愕然とした。


 呆気に取られたのも束の間、こみ上げてきた熱に身を任せ、罵る言葉を散々吐いてその場を足早に去った。何を言ったのか、帰り道の途中でもう覚えていなかったが関係を修復できないくらいのことは言ったと思う。


 雲雀は私の言ったことを黙って聞いて耐えていた。本当は何か言い返すこともできただろうが、そこは彼の最低限のモラルが働いたのだろう。だからといって、私のプレゼントしたイースターエッグを他人に転売した彼を許すつもりはないし、信頼もへったくれもない。今日からもうただの他人だ。


 こんな話、最悪の噂の種になる。クラスの友達に知られたら何を言われるやら。そう危惧していたが、翌日学校に言っても特に昨日のことについて話題にはならなかった。誰も周囲で聞いていなかったことが不幸中の幸いだった。あれから毎日のように、帰りのHR後に教室の外で申し訳なさそうに私を待つ雲雀を無視し続けるのは面倒だったが、一週間もすると、彼は諦めて教室前で待つことがなくなり、メッセージアプリ、CODEでのメッセージも来なくなった。


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