終幕とそれから
秋津月乃の首を発見をした数日後、彼女の一件について話し合おうと喫茶店で夕闇さんと落ち合った俺は、彼女からある提案を受けた。
「秋津月乃ちゃんを成仏するための手助けをあなたにしてほしいの。私の裸を見た責任を取ってほしいと、死体探しの日の帰り道、彼女が言っていたわ」
彼女の言葉に、テーブルに置かれたナポリタンへと伸ばす手が止まる。
ここまで悲惨な目に遭ってきた彼女に一体俺が何をしてあげられるというのか。
それにまさか彼女の頭蓋骨を見た俺の行いを人質にして交渉に持ってくるとはなんて奴。今となっては秋津月乃に気味の悪さなんてものは微塵も感じない。同居していた分、親近感を覚えているほどだ。出来ることなら応じたいという気持ちもあるのだが……。
間の悪さを誤魔化すようにナポリタンを啜る。ケチャップの甘さとピーマンのほろ苦さ、ジューシーなソーセージが口内で踊り、思わず笑みがこぼれる。俺が自炊して作るナポリタンと材料はほぼ同じだろうに、どうしてここまで味が違うのか、なんて明後日の方向に思考を巡らせていると、夕闇さんはスマホを取り出して俺に画面を向ける。
「死体探しをした次の日、当時の月乃ちゃんの友人宅に訪問して彼女の話を色々聞かせてもらったのよ。高1の時の集合写真や学園祭、その他行事で撮影された写真を見せてもらったんだけど、あなたが気になっている月乃ちゃんもばっちり写っていたわ」
ほう。ほうほうほう。ほうほうほうほうほうほうほう。
「成仏させるにはやはり生活を共にすることで価値観や時間を共有し、彼女を徐々に知っていくことから始めないといけませんな。男たるもの、女性の頼みを無下にはできまいに。最善を尽くしましょう」
俺の熱い掌返しに夕闇さんは呆れた目を向ける。清々しいほどの面食いとでも言いたげな顔をしているようだ。そうだ面食いだ面食いの何が悪い。この世界はルッキズムに支配されているのだ。俺の心を映し出すようにグラスのアイスコーヒーがひとりでにぐるぐると渦を巻き、氷がグラスを叩いて夏の軽やかなメロディーを奏でる。
「はぁ……。まぁ、月乃ちゃんがご機嫌なようだから私は何も言わないわ。困ったことがあったら、いつでも私に連絡してね。蝶野君はともかくとして、月乃ちゃんとはたまに会って話もしたいしね」
俺はともかくとしてって一言が余計だったが、彼女、本当はツンデレでは?と邪な期待を膨らませてしまうのだから思春期男子の妄想力は手に負えない。今度はアイスコーヒーがグラスの中を嵐のように波打っていた。
一体、俺が何をしたというのかおてんば月乃ちゃんよ……。
「あ、そうだ。再会した月乃ちゃんとの同棲生活はどう?充実しているのかしら」
「え?月乃ちゃんって、夕闇さんが連れ帰ったんじゃないの?」
夕闇さんの言動に、俺の目が点になる。夕闇さんはあの時、私が連れて帰ると確かに言っていたし、俺のアパート暮らしもその後何の音沙汰もなかった。
夕闇さんはというと、俺の疑問には答えず、にんまりとしたやらしい笑みを俺の真横にただただ向けているだけだった。
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